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春子と不思議な物語シリーズ  作者: 独蛇夏子
春子、二年生‐三年生春
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1 しぶとい大豆の話

2011年1月3日ブログ掲載 テーマ:発芽する者ども

『表集 蛇山夏子小編集』

2011年6月12日 発行 文学フリマにて販売

 からになったマグロの缶詰に水を張って、発芽しかけた大豆を五粒沈めた。

 育つかなと思ったのである。


 冬休みに入って、春子は毎日豆の観察をしていた。暖房の効いた室内で、豆はぬくぬくしている。

 冬休みにも自由研究があれば良いのに。そしたら上手い具合に宿題を出せる。毎日の豆の変化を、日誌に絵と一緒に記録している。そういうことをしている時に、宿題は書初めや漢字の書き取りばかりで、自由研究はない。不自由なものだ、と子供ながらに春子は思う。

 春子が発芽しかけた豆を見つけたのは母が買って来た炒り大豆の中だ。「炒ってあるのに何で発芽しているのだ」と、母も兄も父も愕然とした。

 春子もわけが解からない。解からないが、発芽しているものは発芽しているものなのである。

 発芽しかけている大豆を拾い上げると五粒あった。生きているっぽいと思い、母から発芽しかけている豆を全部貰い受けて、実験してみる事にした。


 豆はうごうごと動いて、何日か時間をかけて、ぽこんとみんな、芽を出した。


 春子は面白くなったので、祖父に見せに行った。



 祖父はいつも一階の縁側にいる。夏は縁側に着流し姿で背中を丸めて座っていて、冬は出窓の内側で、草色の毛糸のカーディガンを着て背中を丸めて座っている。大体背中を丸めて座っている。春子は祖父を見かける度に、丸いなぁと思う。

 祖父はしわくちゃの顔をしていて、白い髪の毛を短く刈っている。耳がちょっと尖っている。春子が面白いと思うものを持ってくるのを、無上の楽しみとしていて、愉快になると、ぷくぷくと笑う。

 仏っぽく鎮座しているのに、なんとなく得体の知れない妖怪みたいな感じがする。春子はそんな祖父が好きだった。

 春子が発芽豆入りマグロ缶を持って行くと、祖父はそれを受け取って見て、「また面白いものを見つけるのう」と愉快げに笑った。

 「これ炒り豆じゃろ」

 「うん、そう。」

 「何で発芽しとるんじゃ」

 「芽が出てるから、芽が出てるんだと思う」

 春子の意見を聞いて、祖父はぷくぷくと笑った。

 「おぬしはようけ変なもんを見つけるのう」

 「そうかな」

 「大体こんなもんが入ってる炒り大豆を買ってくるもんも、買ってくるもんじゃ」

 「お母さんが買ってきたよ」

 「おぬしの母も変なものに好かれるのう」

 「そうかな」

 「おぬしの母は、もうそれが尋常じゃて、気にせんの。おぬしは変なものをわざわざ拾うのう」

 「なんだか面白いんだもの」

 「よきことじゃ」

 肌色の豆から若葉色の芽がくねって発芽している。五粒の豆は水に浸かってつやつやしている。最初の頃はカラカラだったが、ずっと生き物っぽくなった。得体の知れなさが、祖父になんとなく似ている。

 豆と祖父が似ていると言うのはなんだか失礼なので、春子はその感覚を祖父にうまく説明できない。

 祖父はにゅっと笑った。

 「明確な意思じゃ。」

 「明確な意思?」

 「豆に明確な意思があるのじゃ。食われてたまるかという明確な意思。にょきりと生えようという意思じゃ」

 「へー。」

 「炒られているのにそれはおかしい。人間に食われるはずだったのに、それに抵抗しようというのはおかしい。」

 「うん。」

 「おかしいが、それが事実」

 祖父は春子の目を見て面白げに言う。

 「そうして、発芽する者どもをおかしいと思っておるが、おかしいものをおかしいまま認めて、面白いと思っているのが、おぬし。」

 「うん。」

 ちょっと尖った耳をひくつかせて、祖父は満足げに頷いた。

 「愉快じゃのう」

 祖父がぷくぷくと笑っていると、缶詰の中に浸る豆も一層つやつやしてぷくぷく笑っているように思える。やっぱり似ていると春子は思う。


 祖父はその昔、祖母に恋をして妖怪を辞めた、脱妖怪なのだそうだ。

 その娘の春子の母には、自分が妖怪であることを教えていない。

 春子の母は半分人間で半分妖怪。だけどどちらかというと妖怪側の感覚に鈍感。変なものには好かれるが、それを総スルーするのが得意。だから人間として生きる方が良いのだという。

 孫の春子は四分の三が人間で、四分の一が妖怪。だけど妖怪の部分が冴えている。人間の部分が多いけれど、変なものによく気付く。だから祖父は喜んで、春子の様子を面白がる。


 「おじいちゃんの変な話信じちゃ駄目よ。普通の商社マンだったんだから。妖怪なんて嘘だからね。おじいちゃんは変なお話をするのが、昔から好きなのよ。」


 母はそう言う。おじいちゃんと仲が良いのはいいけれど、変な話を春子にするのは困っている。


 春子は母の話が本当でも、祖父の話が本当でも、どちらでも良い。

 どちらにとっても、本当の話なのだろうから。

 春子にとっては、お母さんはお母さん以外の何者でもなく、おじいちゃんもおじいちゃん以外の何者でもない。


 だけどとりあえず、大豆の発芽は本当のこと。

 母にとっても、祖父にとっても、春子にとっても、大豆にとっても本当のこと。

 それぞれがどう考えていても。



 「大豆の中にも変り種がおるということじゃのう。」

 祖父は「大事に育てなさい」と春子にマグロの空き缶を返した。

 春子はきょとんとしてその缶を受け取った。

 「ねえおじいちゃん、この大豆、春子がもう何もしなくても勝手に育つと思うよ」

 「ほう?」

 祖父は目を丸くする。

 春子は確信を持って言った。


 「だってこのお豆、とってもしぶといもの。」


 それを聞いて、祖父はまたぷくぷくと笑った。

「脱妖怪」のおじいちゃん。重要人物です。

おじいちゃんにはずっと謎でいてもらうため、「脱妖怪」の詳しい説明は書きません。

あしからず、ご了承下さい。

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