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やりっぱなし短編集  作者: Tm
3/3

アモルの矛先 【異世界トリップ,BLの橋渡し?】

 メインではありませんがボーイズラブ要素が含まれますので苦手な方はご注意ください。

 心はどこにあるのだろう。


 そんな疑問を浮かべたことはないだろうか。

 心臓、脳みそ、果ては頭の上、なんて説もある。私はそれらが情操教育による賜物であって、本来備わっているものではないんじゃないかって、考えている。物を知り見聞を広げ教育を受け数多の感覚を手に入れる。それらの集大成が心なのだと捉える。

 それらが何もなければ、心なんて生まれない。無機物と一緒だ。呼吸をしているかしていないか、生命維持をしているかいないか、ただそれだけの違いしかないんじゃあないだろうか。

 それならば心の必要性とはなんなのだろう。生きるため? 生命維持に苦も楽もなければそれを妨げる理由にも促す理由にもならないだろう。心の必要価値は何なのだろう。

 その疑問への明確な答えは、いまだ現れない。それともこれは果て無き疑問なのだろうか。それこそ果て無き旅のように私の心が追い求めている。

 そうだ。これは心そのもの、私そのものの存在理由を探す、果て無き旅なのだ。





『俺、渋谷が好きなんだ』


 突然、彼がそんなことを言った。

 そのときの私といえばカップ麺に丁度お湯を注ぎ終え、三分を測っているときだった。

 そんな私の傍らで重々しく告白した彼は、何か重大な秘密を晒すように思いつめた表情を晒していた。ロケーションは、部室。他には誰もいない、私と彼の二人っきり。なかなかどうして、告白には適している。

 だが私はそんな彼の決死の言葉に対して、言うべき言葉を失っていた。

 それはそうだ。彼は男。私は生物学上一応女。そして彼の呼ぶ渋谷は私ではなく、彼の親友。そして私の記憶によれば私は彼の友人というより部活の仲間程度の付き合いでしかなかったし、彼の親友と思わしき渋谷は生物学上確かに、男であった。

 静まり返った部室にぽつりと転がったその告白は、悲しいかな、耳を疑いようもなかった。


 ――そうか、あんた、渋谷が好きなのか。


 で、何故それを私に言う。

 三分経ったか経たないか。恐らくは身を千切る思いでその告白をしただろう彼にとっては、恐ろしく長い時間だっただろう。

 けれど不運なことに、彼は望んだ答えを得ることは出来なかった。というか、私が彼に答えることができなかった。二重の意味で――。


「我が悲願を成就させよ。我は其の主なり。古のアモルよ、其の矛先にあるのが我が悲願なり。成就させよ。誓願せよ。我が名にかけて。其の魂にかけて。我は其の主なり。心の盟約を刻む同志なり」

「――は?」


 カップ麺を手にしたまま、軋むパイプ椅子に身を預け、私は飛んだ。果てすら凌駕する、その世界に。




 どうやら私は飛んだらしい。飛んだといっても脳みそ的な意味ではないし、なにかやばい薬を一発決めちゃったわけでもない。まあそれも確証がないので憶測から来る断定というか、願望でしかないけれど、どうにも実感が篭もりすぎているため事実を受け入れざるを得ない。

 結論から言えばどうやら私は、誰かに呼ばれてしまった、らしい。

 死んだのかと思えば呼吸も脈も正常だし、寝食共につつがなく過ごしている。異常は感じられない。頭打っちゃってるのかとも考えたけれど、目の前の光景が私の妄想の産物だとしてもいやに精巧すぎて矛盾点が感じられない。その矛盾点すら私の脳みそが強制排除しているから見当たらないだけなのかも、とも思ったけれど、こんな試行錯誤を繰り返すことこそ気が狂いそうだったので早々に事実を受け止めることにした。

 真実がどうあれ今目の前で起こっている出来事から逃れようとしても所詮徒労で終わる。意思が脳に抗うことなど不可能だ。それなら適当なところで折り合いをつけたほうが余程健全というものだ。そうでなければ気が狂う。もしくはもうそうなっていたとしても、妄想の中でまで狂ってしまうのは遠慮したい。せめて自分が正常だと信じるくらいは許されねば、身が持たないというものだ。


 さて、その受け入れた事実とやら。まずは始まり。

 カップ麺を手にしたまま飛んだ私は腰をかけるパイプ椅子ごとそこに現れた。国名で言うならばアーテュス。王都は都、サリティウスの王城、地下の一室、隠された秘密の部屋。王室と限られたものしか入ることができず其の存在すら秘匿とされている、いわく付の部屋らしい。

 真っ暗な石畳に覆われ下は黒い水にひたひたと浸かり、妖しいことこの上ない。円環状に明かりが灯され、それの合間を縫うように等間隔で全身黒尽くめの人間達が立っていた。その、私を囲んで。あのときぶつぶつと何かを呟いていたのはその国の皇子であるらしく、私を召還した張本人でもあった。

 彼らは私を囲んだまま言葉を交わし、意思と言語が通じることを確認すると、存外丁重にもてなしてくれた。訳もわからず戸惑う私に暖かい食事と寝床、部屋と侍女を与え、不都合など感じようもないほどのサポートを誂えた。そして目まぐるしい展開に私の頭がついていかず困惑している間何をせかすこともなく根気良く接し、また投げ出すこともせず付き合ってくれた。

 こうまでされては話を聞かないわけにも行かない。呼ばれ飛ばされ十日経ち、私はことのあらましをその私を呼び出したという皇子、ユスカ・ドル・リルクヴィスト本人から聞いた。


『我が悲願の成就を願う』


 どこか遠くを見つめながら、心持思いつめたような眼差しで、彼はそう言った。

 彼は私の名を聞かず、私のことをアモルと呼んだ。本当の名前を教えるのは契約を結ぶとき。今のままでは仮契約のままなのだそうだ。アモルとは古の名前であり、象徴なのだとも。その名前こそが、彼の悲願を示しているのだ、とも。


「あれですか」

「あれだ」

 ――あれか。

 それを見下ろし、息を呑む。思いもかけず、けれど確かな既視感をも覚えるそれを示され、何の因果か、と私は天井を仰ぎたくなった。

 つまり、その悲願は、居たわけだ。見方によればなんてことはない、よくある話なのだと思う。友人に相談する内容としてごく適切だ。強いて言うならば赤の他人、ましてや何の力も持たない一般人である私に向けるには少々荷がかちすぎている気もしないでもない。それもまた、まあ、見ようによっては少々程度だ。なんだそんなことか、の一言のお釣りすら手向けることができる。

 ただ、まあ、その、なんだ。ああ、酷く混乱している。

 ここは現実か? 夢なのか? もしくは妄想か。過ぎたる問題を突きつけられ私は現実逃避を始めたとでも言うのか。現実逃避? まさか。逃避できてないじゃないか! むしろ悪化しているだろう! 非効率にも程がある! 無能な脳みそめ!

「どうした、アモルよ」

「……いや、ああ。はあ、少し、待ってくれ。少々、気が動転しているみたいだ」

「そのように見える」

「そうなんだ。うん、そうか。そうなんだよ。はあ」

 なにやら眩暈さえ起こしかけ、目の前の窓ぶちに手をかけ身体を支えた。ひんやりと手のひらの温度を奪っていくそれの感触によってますます頭だけが冴えていき、否応にも今自身に降りかかるすべての事柄が現実から由来しているのだと知らしめてくる。

 ああ、忌々しい。なんだと言うのか。これは私への、罰、なのか。あの時彼に応えられなかった私への罰だとでも、言うのだろうか。

「アモルよ」

「……なんだ」

 答えるまでのささやかな沈黙には話しかけてくれるな、という無言の抵抗があったかもしれない。けれどそんなささやかな抵抗に、ましてや地位も権力も名誉も、ましてこの国では権限すら持ち合わせていない私に対する遠慮など、彼は与えてはくれなかった。

 それはそのはずだ。彼は私にその悲願の成就を示し、そうしてそれを私が叶えると信じている。いや、真偽の話ですらない。呼び出すことができたのだから、成就も絶対なのだと彼の中で証明されてしまったのだ。だから彼にとって私の存在とは、それを成就させるためだけに在る。それだけなのだろう。

 なんとも傲慢で残酷な男だ。そんな男に呼び出された私の恐怖と絶望を、誰が慮ってくれると言うのか。

 ああ神よ、私はアモルではありません。それでも彼は私をアモルと呼ぶのです。

 ああ神よ。私はアモルなどというものすら知らないというのに、彼は私がアモルたることを信じて止まないのです。両者の矛盾が解消される日は来るのでしょうか。

 ああ神よ。私はそれこそそれが成就するか破綻するかしなければ、未来永劫訪れることはないだろうと、そんな気がしてならないのです。

 遠く想いを馳せこの理不尽を嘆く振りをして現実逃避を測る私に、しかし皇子は慮ることもなく言った。

「我が愛に試練は必要か」

 神妙な顔をして物を言うこの皇子が酷く真面目なのだと言うことも、また始末に終えない。

「……それそのものが試練だとは?」

「さもあらん。言いえて妙だ。流石はアモル」

 言ってくれるな。ここから飛び降りて何もかも忘れたくなる。試練とあらばまさに今このときこの皇子を相手にしていることこそ我が最大の試練だろう。難問にも程がある。

「皇子はこの試練を、乗り越えたいと?」

 その悲願とやらを絶対に成就させろと?

 オブラートに包んでそうにかこうにかそれだけ絞り出せた。彼は果敢にも頷いた。

「だからこそアモル、そなたを召喚したまで」

「試練とは己の力で乗り越えてこそとの覚えがあるが」

「恐れを持たぬ御遣いよ。だからこそそなたを呼び出した。故にこそ在る我が手段なのだ」

 つまり私の力を借りることも呼び出した自分の実力であると。物の言いようにルールがないからこんなことになる。人類による言論の規制の緩さの皺寄せが私にきているのではないのか。不公平だ。

 ため息をつきたい気持ちを抑え、私は再びそれを見下ろした。彼の言う、その悲願を。

「私の意思を打ち負かす気概があるならば神頼みなど無用だろうに」

「無論だ。だがこうしてそなたはここにある。ならば為すべきことを為せ。それがアモルの故、性、そして盟約なのだろう」

 私はアモルではない。けれどそれを彼は許さない。ならば流れに従いその盟約とやらを果たさねばならない運命にあるのだろう、私は。例えその悲願が――アモルと称される私の人間性、価値観を揺るがすものだったとしても。

 その悲願、いやその歌謳いを見下ろし、私は覚悟を決めた。ならばこれもきっと定めなのだ。答えを出せと。応えろと。そういうことだ。

「解った」

 傍らに佇む皇子を初めて真正面から見つめる。精悍な面差し、思いつめた眼差しの先に見える揺るがぬ意思、そしてさらにその奥に湛える灯火。私の一息で吹き消すことなど敵わない。ならば風を送り、煽ってやるまでだ。それが燃え尽きるか何かを為すかは、文字通り神のみぞ知る。私はアモル。神の御遣いだ。

「貴方が私を信じる限り、私も手を尽くそう」

「よかろう。この悲願が果てぬ限り、そなたを信じる。……名を」

 名を告げれば、契約は成立する。そうなればそれが果たされるときまで、帰ることはできない。けれど契約しようがしまいが、結果は同じだろう。恐らくは私が答えを出すまで定めは変わらない。これはきっと私の旅の分岐点でもある。彼に応えることが出来なかった私につきつけられた、試練。私はこの試練を乗り越えなければならない。彼のためでも皇子のためでもない、私の為に。


「――……乾、灯架」


 盟約が刻まれる。私は果たさねばならない。皇子の悲願。狂おしい恋に終着を。

 これはある歌謳いに恋焦がれる一人の皇子の物語。私はその導き手。私の名はアモル。アモルとは古の名。それは最古を生きる神の御使い。生きとし生けるものが思い煩う永遠の病を昇華する、天使の名だ。

 愛に性差はあるものか。その命題に取り組むべく私は呼ばれた。

 皇子は男。

 私は女。

 彼は男。

 渋谷は男。

 歌謳いは――――男。


 疾く応えろアモル。これは愛の命題である。その矛先にかけて応えよ。アモル。

 恐らくまるで意味が解らなかったであろう全閲覧者に向けてと見せかけて技能の無いTmをフォローするためのにちゃん風解説↓


 大学二年生の乾灯架はある日同じ部活に所属する同級生より同性愛をカミングアウトされて『ちょwww』とか思っている間に異世界召還されて『ちょwwwまwww』とか思っている間もなく皇子様に『俺とアイツの仲をア――ッしてくれ(BL的な意味で)』と言われ『うはwww拒否権無しwwwおkwwww』となりました←今ココ

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