悪徳領主の育て方
「領民諸君!」
先代領主の葬儀から数日。
グランベルク領の広場には、多くの領民が集められていた。
この日は新領主である、レオンハルト・フォン・グランベルクが、初めて人前に立つ日だった。
集められた領民たちは、不安そうな顔でその姿を見上げている。
そんな彼らを前に、レオンは胸を張って高らかに宣言した。
「今後、諸君らは私のために身を粉にして尽くすのだ! 私は父上以上に厳しいぞ!」
一瞬で広場が静まり返る。
そこには拍手も歓声もなく、ただ絶望だけが広がった。
先代領主、レオンの父は稀代の悪徳領主で、税を絞り、私腹を肥やし、好き放題生きてきた。
領民が苦しむ姿を肴に酒を飲む、そんな絵に描いたような暗愚であった。
その息子が堂々と。
「父以上になる」と宣言したのだ。
領民たちは顔を青くする。
中には今にも倒れそうな者までいた。
だが。
そんな中で一人だけ。
なぜか嬉しそうに微笑んでいる少女がいた。
レオンの婚約者であり、補佐役でもあるエレノア・アストレイアである。
昔のレオンは違った。
泣いていたエレノアに手を差し伸べてくれた。
誰よりも優しく。
誰よりも真っ直ぐだった。
だから彼女は知っている。
レオンの本質は何も変わっていないことを。
「だから必ず取り戻してみせる。昔のレオン様を」
***
広場での演説から数日。
レオンは執務机を叩いた。
「よし!決めたぞ!」
エリーは静かに紅茶を置く。
「何をでしょうか」
「領民から税を搾り取り、生前の父上のように贅沢三昧をする。だから、税を引き上げようと思う!」
そう誇らしげに宣言する。
「父上は六割の徴収をしていた。ならば私は八割だ!」
レオンは名案を思いついたとばかりに満足げに頷く。
対するエリーは淡々と即答した。
「レオン様。それも良き案ですが、もっと領民を絶望に堕とす案があります」
「ほう? 俺に意見するか。よかろう、言ってみろ」
レオンは値踏みするようにエリーを見る。
「今年の税率を二割にするのです」
「なっ!?」
エリーの案を聞いたレオンが勢いよく立ち上がる。
「それでは逆効果ではないか! 私は父を超えるのだぞ!」
「はい、そのつもりです」
怒るレオンに対しエリーは平然と答える。
そのエリーの態度を訝しみながら、レオンはドスンと椅子へと深く沈む。
「税を減らしてどうする! 民が喜ぶではないか!」
「その通りです」
「そんなもの却下だ! ありえん!」
「ですから」
エリーは妖しく微笑むと、レオンの耳元に口を寄せ、囁く。
「まずは油断させるのです」
その言葉にレオンが固まる。
エリーはそっと身を離し、再びレオンの正面へと立つ。
「考えても見てください。領主が変わったばかりの今、領民たちはレオン様を警戒しています」
ここで再度、声のトーンを落とす。
「そこで、減税を行います。すると、領民は必ず安心します」
「それで?」
「レオン様に恩を感じ、多大な感謝をするでしょう」
「それはそうであろうな」
「一度そうなってしまえばこちらのものです。民の心を掴んでしまえば、将来的に重税を敷いたとして従うでしょう」
エリーは静かに結論を告げる。
「つまり、今は恩を売るべきなのです」
執務室が静まり返る。
レオンはゆっくり立ち上がる。
「なるほど……!」
得心がいったように、目を輝かせる。
「領民に感謝させ、安心させ、そして依存させるのだな」
「その通りです」
「ふははははは!」
レオンは高笑いした。
「流石はエリー、恐ろしい策を思いつくものよ。お前が補佐にいてくれて心強い。では、そのように進めてくれ!」
翌日。
グランベルク領は騒然としていた。
「おい、聞いたか? 税が下がるらしいぞ!」
「嘘だろ!?」
「やった……! 今年は冬を越せる!」
突然出たお触れに対し、領民たちは歓喜していた。
市場には活気が戻り、畑には新たな人手が集まる。
「レオン様万歳!」
誰もが新領主を称えていた。
その様子を屋敷の窓から見下ろしながら、レオンは満足そうに頷いた。
「よし。順調だな」
「はい」
「領民たちは感謝しているな?」
「えぇ、とても」
レオンはニヤリと笑う。
「愚かな奴らめ。これが絶望の始まりとも知らず」
エリーはレオンの横顔を見る。
窓の向こうでは、税が下がったことで救われた農民たちが笑っている。
その笑顔を見たレオンも、満足そうな表情を浮かべている。
本人は気付いていない。
だがエリーは知っている。
昔。
泣いていた自分へ手を差し伸べてくれた少年と。
今の笑顔が少しも変わっていないことを。
「どうした」
レオンが首を傾げた。
「いえ」
エリーは髪飾りに手を触れ微笑む。
「何でもありません」
***
減税政策は大成功だった。
畑の収穫量は増え、市場は連日大賑わいだ。
領民の表情も明るくなっている。
そんなある日。
執務室で帳簿を眺めていたレオンが眉をひそめた。
「人手が足りんな」
エリーが顔を上げる。
「人手、ですか?」
「あぁ、そうだ」
レオンは腕組みして答える。
「減税に加え、新たに土地を開いたことで畑も増えた。お前が進言した街道の整備で商人も増えた。だが肝心の働き手が全く足りん」
レオンは、どうしたものかと思案する。
窓の外からは子供たちが遊んでいる声が聞こえてくる。
このグランベルク領が平和であることの証だ。
その事実にエリーの心が安らぐ。
しばし、考え込んでいたレオンだが、突然名案を思いついたように立ち上がった。
「そうだ! 子どもを働かせろ」
エリーの表情が固まった。
が、それは一瞬のことで、すぐに返事をする。
「なるほど?」
レオンも頷く。
「いい案だろう?」
そう言って窓の外を指さす。
「見ろ、あのガキどもを。毎日遊んでばかりではないか」
「子どもたちは遊ぶのが仕事ですから」
「この私ですら働いているのに、そんなもの許される訳がないだろ!」
レオンはそう言うと机をたたく。
エリーは静かに口を開く。
「レオン様。でしたら学校を建てましょう」
「は?」
レオンが首を傾げる。
「働かせるのではないのか?」
「働かせますわ」
エリーは即答した。
「ですが読み書きも計算もできない子どもは、大人になっても大した仕事ができません」
「ふむ」
「しかし教育を施せば違います。十年で優秀な働き手になり、二十年でさらに何倍もの利益を生みます。
つまり、今は損でも将来は必ず得をします」
レオンの目が見開かれる。
「今は損でも、将来は得……!」
エリーは微笑んだ。
「さらに、優秀な人材に領主の仕事を押し付ければ、レオン様は働く必要がなくなります」
「な、なんと……!」
レオンが立ち上がった。
「素晴らしいぞ! 流石だエリー!
そうと決まれば子どもたちを徹底的に教育しろ!
私のために教育を施すのだ!」
こうしてグランベルク領に初めての学校が建設された。
数ヶ月後。
学校は予想以上に大盛況だった。
これまで文字も読めなかった子どもたちが、毎日楽しそうに学んでいる。
その中にトーマスという一人の少年がいた。
ある日の放課後。
トーマスは何かを握りしめながら屋敷へやって来た。
「領主さま!」
突然呼び止められたレオンは振り返る。
「なんだ?」
少年は一枚の紙を差し出した。
そこには拙い文字が並んでいた。
れおんさま
ありがとう
たった二行の文章だったが、少年は嬉しそうだった。
「先生に教えてもらって、初めて書けました!」
トーマスは弾けるような笑顔で続ける。
「ボクの家はすごく貧乏で、勉強なんて無縁のものだと思ってました。
でも、そんな僕でも学校に通えるのは領主さまのおかげだって。お父さんもお母さんも泣いて喜んでました」
そして決意に満ちた表情で
「僕、頑張って勉強して立派な大人になって、必ず恩返しします!
そのことを伝えに来ました!」
トーマスを見ていたレオンはしばらく黙る。
そして。
「ならもっと勉強しろ。読み書きに計算、他にもあらゆることに精通しろ」
ニヤリと笑って。
「そした私がこき使ってやる」
それを聞いたトーマスは満面の笑みで頷いた。
「はい!僕、頑張ります!」
そう言ってトーマスは走り去っていく。
レオンはその後ろ姿を見送ると屋敷へと戻った。
「おう、帰ったぞ」
エリーが執務室で書類をまとめていると、レオンがドアを開ける。
その口元はどことなく綻んでいるように見える。
「あら? 何かいいことでもありましたか?」
「いや、物事が計画通りに進むのは気持ちがいいな」
そう言ってレオンは一枚の紙を木製の額縁に入れ、大切そうに机の上に置く。
「そうは思わないか? エリーよ」
そう言ってはにかむレオンの顔が、幼少期の、父によって歪められる前の、優しい少年のものと重なった。
そんな表情に懐かしさと温かさを感じながら、エリーは書類をまとめる手を再び動かした。
十年後、グランベルク領に一人の文官が仕官する。
彼は政治や財政をはじめ、領地経営のあらゆる分野で非凡な才覚を発揮した。
彼のおかげでグランベルク領はさらなる発展を遂げることになるのだが、それはまた別のお話である。
***
ある時、グランベルク領は未曾有の危機に見舞われた。
春の長雨による凶作だ。
そして、それに追い打ちをかけるように流行した疫病。
市場から穀物は消え、領内には病人が溢れていた。
「もう終わりだ……」
「せめて子どもだけでも……」
そんな声が領内のあちこちで囁かれ、
次第に領民たちの表情から笑顔が失われていく。
当然、その報告は領主であるレオンのもとにも届けられる。
「現状を報告しろ」
レオンの言葉に、町医者の一人が震える声で答えた。
「疫病は日に日に広がっていて、このままでは多数の死者が出ます」
エリーが続ける。
「食料も不足しています。対策が遅れれば領地は崩壊しますね」
最悪の事態を前に執務室に重苦しい沈黙が落ちた。
しかし。
レオンは腕を組んだまま口を開く。
「民が死ぬと税が取れんな」
町医者たちは一瞬脳内に疑問符を浮かべる。
が。
レオンの隣に立つエリーも静かに頷く。
「その通りですわ」
二人の表情は真剣そのもので、そこに冷酷さなど欠片もない。
「まずは食料だな。エリー策はあるか?」
レオンは即座に尋ねる。
エリーは用意していた資料を机の上に広げた。
「はい。備蓄倉庫を開放しましょう」
「あれか」
数年前から領内各地に建設を進めていた大型倉庫がある。
豊作の年に余った穀物を買い取り(レオンからしたら安く買い叩いた)、備蓄していた。
「それで食料については問題ないでしょう」
レオンは頷く。
「ふむ。疫病の方はどうする?」
「無料の診療所を複数設置します」
「無料だと? 金がかかるな」
「ですが民が死ねばもっと損です」
エリーは即座に反論する。
「確かに、その通りだ。ここまでせっかく育てたのだから、まだまだ働いてもらわねば困る」
一息ついてレオンが続ける。
「よし。では早速手配しよう。この未曾有の災害を皆で乗り越えようではないか!」
その日から領地は慌ただしく動き始めた。
備蓄穀物の放出。
診療所の増設。
それに伴う医師の招集と薬の手配。
グランベルク領では人も物資も絶え間なく動き続けた。
そして、診療所では、学校に通う子どもたちも活躍していた。
「次の人はこちらです!」
「名前を書いてください!」
少年少女たちが受付や帳簿の整理を手伝っている。
読み書きができる人材が増えたおかげで、作業効率は大きく向上していた。
例の少年トーマスもその一人だった。
「先生! 今日の分の在庫確認と帳簿の整理が終わりました!」
医師が驚く。
「助かるよ。君は本当に仕事が早いな」
トーマスは誇らしげに胸を張った。
「領主様の学校で勉強していますから!」
同じ頃。
穀物配給所では、老人たちが受け取った袋を抱き締めていた。
「助かった……。減税だけでなく、穀物の配給まで……。前領主の時代じゃ考えられん」
「あぁ、本当にレオン様は最高の領主じゃ」
彼らの目には涙が浮かんでいた。
数か月後。
ついに疫病は収束し、危機は去った。
死者は出たが、当初予測された数には遠く及ばない。
そして今日、広場には多くの領民が集まっていた。
皆が一人の男へ視線を向けている。
壇上に立つ男、レオン・フォン・グランベルク。
現領主だった。
老人が前に出て、深々と頭を下げる。
「レオン様。ありがとうございました」
続いて子どもたちも頭を下げる。
「領主様ありがとう!」
感謝の言葉が次々と飛び出した。
レオンは居心地悪そうに顔を背ける。
「勘違いするなよ」
広場が静まる。
「お前たちには元気に働いてもらう。まだまだ税も納めてもらう予定だからな」
一瞬の沈黙。
そして。
誰からともなく笑い声が上がった。
「はい!頑張ります!」
「元気で長生きします!」
レオンはくつくつと静かに笑う。
「ふはは、今回も私の計画通りだ」
そんな光景を遠くに見ながら、エリーは静かに目を細めた。
優しくて。
不器用で。
誰よりもお人好しな領主様。
(私を助けた時と何も変わっていませんでしたわ)
エリーは小さく微笑み、胸の中でそっと呟いた。
(だから私は、あなたが好きなのです)
***
疫病事件から数年後。
グランベルク領はますます大きく発展していた。
街道は整備され、商人の往来も盛んになり、活気あふれる市場には、豊かな農地で採られた作物が並ぶ。
学校の数も増え、年齢ごとに分かれて教育を受けられるようになり、診療所には腕の良い医師が常駐している。
かつて貧困にあえいでいた領地は、今や周辺でも有数の豊かな土地となっていた。
当然ながら、領民たちからの評価も高く、誰もが口を揃えて言う。
「レオン様は名君だ」と。
だが。
当の本人だけは納得していなかった。
「おかしい」
執務室で腕を組みながらレオンが深刻な表情で唸る。
向かいにはエリーが座っていた。
「何がおかしいのですか?」
「最近、どうにも民が幸せそうなのだ」
エリーは紅茶を一口飲む。
「それは良いことでは?」
「良くないぞ」
レオンは即答した。
「私は父を越えねばならん」
「はい」
「今の私は領民から慕われ過ぎていないか」
「そうですねぇ」
エリーは思わず笑いそうになるが、何とか堪えた。
本人はこれで真剣に悩んでいるのだ。
レオンは机を指で叩きながら考え込む。
「何かないか? 民が絶望するような策は」
エリーは少しだけ考える振りをした。
そして。
静かに微笑む。
「……ひとつだけありますわ」
「本当か!」
レオンの顔が輝いた。
エリーは立ち上がり、レオンの前まで歩み寄った。
「とっておきの策です」
「聞こうじゃないか」
エリーは深く息を吸う。
指先は震え、心臓の鼓動がこだまする。
だが。
今なら言える。
昔からずっと思っていたことを。
「私たちが結婚するのは、どうでしょう」
数秒の沈黙。
そして。
レオンも勢いよく立ち上がった。
「なるほど!それはいい案だ」
あっさりとした返答に、エリーがぱちぱちと瞬きをする。
「エリーは領民から慕われている!
なにやら、【エリー様ファンクラブ】というものまでできているらしい。
そのお前を名実ともに私のものにするということか!」
レオンは大きく手を叩く。
「なんと素晴らしい策だ!」
エリーは思わず俯く。
口元が緩んでいるのを見られるのは恥ずかしいから。
「よし!」
レオンは高らかに宣言する。
「エリー、結婚するぞ!」
「はいっ!」
エリーは心の底から微笑んだ。
数か月後。
結婚式の行われる広場は領民のほとんどが集まり、溢れかえっていた。
減税で救われた老人も。
学校で学んだ子供たちも。
疫病の時に命を救われた者たちも。
皆が二人を祝福した。
何故か主役のレオンは納得のいかない表情を浮かべていたそうだが、
エリーは花の咲くような笑顔で民の祝福を受けていた。
そして。
式が終わった夜。
二人きりになった時のことだった。
レオンが不意に口を開く。
「なあ、エリー」
「なんでしょう」
「お前はなぜ、昔からそこまで私に尽くしてくれるのだ?」
珍しく真面目な声音だった。
エリーは少しだけ目を細め、懐かしい記憶を思い出す。
「忘れてしまわれたのですか?」
「?」
「昔、池に落ちた髪飾りを探してくださったでしょう」
レオンはしばらく考えた。
「そんなことあったか?」
全く覚えていないようだ。
レオンにとって本当に些細な出来事だったのだろう。
しかしエリーは首を横に振る。
「私にとっては大事なことでしたわ」
エリーは幼い頃、気弱な少女だった。
貴族令嬢としては失敗ばかりで、周囲から笑われることも多かった。
ある日、父に連れられて参加した社交界。
会場の庭で転び、お気に入りだった髪飾りを池へ落としてしまう。
大泣きするエリーに使用人たちは困った顔をして告げる。
『もう見つからないでしょう』
『新しいものを用意いたします』
と。
しかしエリーが泣き止むことはなかった。
それは亡くなった母から貰った大切なものだったからだ。
そんな時、たまたま通りかかったレオンが池へ飛び込んだ。
これからパーティだというのに、服を泥だらけにしながら探し続ける。
使用人たちは慌てる。
『若様、そのようなことをなさらなくても!』
しかしレオンは当然のように言った。
『大切なものなんだろ? だったら探すのは当たり前だ』
そうして髪飾りを見つけ出して笑った。
『おい、泣くな。俺がいる限り、お前の大切なものは守ってやる』
エリーにはその笑顔が太陽のように感じられた。
(あの時からずっと私は……)
「エリー。黙りこくってどうしたんだ?」
「いいえ、何でもありませんわ」
エリーは微笑みながら腕を絡める。
そう、エリーは昔から知っていた。
レオンハルト・フォン・グランベルクが、誰よりもお人好しで、誰よりも領主に向いている少年だったことを。
レオンは後世の歴史書において、『グランベルク最大の名君』として記されることになるのだが。
本人はその生涯を終えるまで、自らを悪徳領主だと信じて疑わなかったという。
「さぁエリー。次はどんな悪政をやってやろうか!?」
最後までお読みいただきありがとうございます。
今後の執筆モチベーションに繋がりますため、☆1つでも構いませんので、評価をしてくれると嬉しいです!




