46 お茶会の誘い
その日の夜。
私は烈牙様のお部屋にお酒を運んだ。
烈牙様にお酒を渡すと烈牙様はお酒を一口飲み私にソファに座るように言う。
そして私も烈牙様にお酒を貰い一口赤ワインを飲む。
やはりとても美味しいわ。
貴重なマルク産のワインだものね。
「真雪に渡したい物があってな」
「はい。何でしょうか」
烈牙様は細長い袋を取り出し袋ごと私に渡す。
ズシリと重みのあるモノだ。
何かしら?
「開けてみろ」
「はい」
私は袋からそれを取り出した。
それは細身の短剣だった。鞘には細かい装飾があり短剣とはいえ高価な物だと分かる。
「これは何ですか?」
「護身用の短剣だ。私の周りにいる以上危険に巻き込まれる可能性もある。自分の身は自分で護れるようにな」
烈牙様は真面目な顔で仰った。
そうね。烈牙様は常に命を狙われる立場の人間だもの。
私がいる時に暗殺者が来ても不思議ではないわ。
「はい。ありがとうございます。大事にします」
私は短剣を触りながら烈牙様の心遣いに感謝した。
烈牙様に自分の身を心配されただけで嬉しい。
「朝の稽古でやっている剣の練習もだいぶ様になって来たからな。それぐらいの短剣ならば使えるだろう。もちろん使わないで済むならそれに越したことはないが」
確かに私は最近は木剣を持ってもその重さによろけることもなくなった。
腕に筋肉がついてきたような気がする。烈牙様の言う通りこれくらいの短剣であれば扱えるだろう。
「短剣には短剣の扱い方があるからまた朝稽古で教えてやる」
「ありがとうございます」
私は短剣を袋にしまった。
この短剣は大切にしなくちゃ。
「それと明日は私と王城に来てくれないか?」
「王城にですか?」
「ああ。兄上に真雪を連れてお茶会に来いと言われているんだ。都合が悪いなら断ってもいいが」
魔王様に名指しで指名されて断れるわけがない。それでも私の意向を聞いてくれる烈牙様の優しさが嬉しい。
別に魔王様のことは嫌いではないし私はお茶会を断れる身分でもない。
それにもしかしたら王城に行けば麗華王女に会えるかもしれない。
麗華王女のことはまだ話に聞いただけで直に会ってないから皆が噂する人物なのかも確認しておきたいところだ。
烈牙様を困らせる者はたとえ王女様とて許さない。
もし本当に我儘で傲慢な王女様なら私も容赦する気はない。
たとえ今は私に御心が向いていなくてもいつか烈牙様に真雪を愛してもらうのだから。
「いえ。大丈夫です。せっかく魔王様がお誘いしてくれたんですもの。喜んで参ります」
「そうか。明日着て行くドレスや装飾品は私の方で用意するから」
「ありがとうございます」
王城に行くようなドレスや装飾品を持っていないから助かるわ。
「兄上は臣下には優しい方だ。そんなに恐縮することはないからな」
「はい。先日少しお会いして使用人にも優しい方だと思いました」
魔王様は人間のアリシアにも優しく接してくれたほどの方だ。
魔王様は烈牙様のことを頼りにしていて烈牙様も魔王様に忠誠を誓っている。
今の魔界はこの二人で治められていると言っても過言ではない。
魔王様が即位した当時は反魔王派が各地で暴れたことがあったが全て烈牙様により壊滅させられた。
私が魔界に迷い込んだ時は既に魔界は平和な時代を迎えていた。もちろんまだ反魔王派の残党はいるらしいが。
時々その者たちが事件を起こすのでその度に烈牙様率いる魔王軍が鎮圧に向かう。
平和な時代と言っても完全に平和とはいかないのがこの魔界だ。
それ故に魔王軍の元帥を務める烈牙様の権力は強い。
誰もが烈牙様の妻になりたいほどに。麗華王女も例外ではないのだろう。
もちろん私は烈牙様が魔公爵だから好きになったわけではない。
烈牙様が烈牙様だから愛したのだ。烈牙様が一般の魔族だったとしても私は烈牙様を愛したはずだ。
「では明日は昼食を食べた後に王城に行く。準備をしておくようにな」
「はい。承知いたしました」
私が笑顔を答えると烈牙様もお酒を飲みながら満足そうに微笑んだ。
その笑みは私の心を揺さぶる。
ああ、この烈牙様の笑顔を守れるなら私はなんだってやるわ。
いつまでもこのゆったりした時間が過ぎればいいのに。
アリシアの時には出来なかった二人でお酒を楽しむ時間というのも好きになりそう。
今世でお酒を飲めるようになって良かったわ。
私はそんなことを考えながらワインを口にした。
「ところで今日は颯の部屋に行っていたようだが颯に無体なことはされなかったか?」
「…っ!」
思わず飲んでいたワインを噴き出すところだった。
まさか颯の部屋に行ったことを烈牙様が知っているとは思わなかった。
しかも無体だなんてそんなことを疑われるなどとんでもないことだ。
烈牙様の瞳には僅かに剣呑な光が宿っている。
もしここで私が颯に何かされたなんて言おうものなら颯がどんな罰を受けるか分からないような気配を烈牙様から感じた。
烈牙様はお優しい方だから侍女でしかない私のことも気にかけてくれるのだろう。
そもそも颯には麗華王女の情報を訊いただけで烈牙様に対してやましいことなんてしていないのだからきちんと説明しないと。
「いえ、そのようなことは一切ありません。颯様には麗華王女様のことを訊いただけでして」
「麗華王女の?」
「はい。烈牙様を麗華王女様からお守りするのにはまず麗華王女様がどんな人物か分からないといけないと思いまして」
「……私を麗華王女から守ってくれるのか?」
「烈牙様とそうお約束しましたので。私なりに烈牙様をお守りしたいと思っております」
「そうか。ありがとう、真雪。……やはり変わらないな……」
烈牙様の言葉の最後は声が小さくてよく聞こえなかった。
「はい? 何ですか?」
「いや、何でもない。それより今夜はもう休め」
「はい。分かりました」
グラスの残りのワインを飲み私はその日の仕事を終えた。




