27 魔王を超える潜在魔力
その日の夜。烈牙様は夕食の時間になっても戻らなかった。
やはり勇者の件で魔王様と話が長引いているのだろうか。
もし勇者が本当に現れていてそれが真の勇者だったらどうしよう。
不安に押しつぶされそうになる自分を私は落ち着かせるように自分に言い聞かせる。
大丈夫よ、真雪。
たとえ真の勇者であってもあの烈牙様が負ける訳ないじゃない。
誰よりも美しく強い烈牙様が。
心を落ち着かせた私はいつでも夜のお酒を出せるように準備しながら烈牙様の帰りを待った。
やがて玄関の方がざわつく気配がする。
烈牙様がお帰りになったのだ。
今夜、私はお酒の他に軽食を作って置いた。
魔王城で食事を取られたなら良いけれど、もしまだ食事をしていないなら何か食べた方が良いと思ってサンドイッチを作ったのだ。
厨房の者に頼み込んで私自身がサンドイッチを作らせてもらった。
作ったのは私だがちゃんと毒見係に試食をしてもらっているので問題はない。
烈牙様が私室に戻られた様子を確認してお酒と軽食を運ぶ。
私室の扉をノックすると中から「入れ」の言葉が聞こえる。
私が部屋の中に入ると烈牙様はソファに足を投げ出しソファに横になっていた。
だいぶお疲れのようね。
烈牙様は私をチラリと見たが何も言わない。
テーブルにサンドイッチと赤ワインをグラスに注いだものを私は置いた。
「お仕事お疲れ様です。夕飯時に戻られなかったので軽食もご用意しました」
烈牙様はようやくソファから起き上がる。
そして何かを探る目付きでサンドイッチを見た。
「もしかしてこのサンドイッチは真雪が作ったのか? いつもと形が違うように感じるが」
私は料理人ではないからいつも作られるサンドイッチよりも形が悪くなってしまうのは仕方ないこと。
でもそんな些細なことにも気付くのはさすが烈牙様だとも思ってしまう。
「はい。料理長が急ぎの用事で出かけてしまったので私が作りました。もちろん毒見済みです」
烈牙様を癒したくて自分が料理長に頼み込んで作らせてもらったことは秘密にする。
そんなことを言ったら私が烈牙様に好意を持っているとバレてしまう。
もちろん烈牙様に私の気持ちがバレてもその気持ちに烈牙様が応えてくださるならば嬉しい。
しかし今は勇者の案件で烈牙様もお忙しいだろう。
烈牙様に余計な負担はかけたくない。
私とのことは仕事が少し落ち着いてからでかまわない。
「そうか。ありがたくいただこう」
烈牙様はサンドイッチを一つ摘まむと口に運ぶ。
サンドイッチの具は烈牙様の好きな鶏肉を使っている。
「うまいな。真雪は料理ができるのか?」
「できると言うほどではありませんが実家ではよく作っていました」
すると烈牙様は驚いた顔をした。
「実家では厨房に出入りしていたのか?」
貴族の娘は普通は厨房に入ったりはしない。
しかし我が家は男爵家。それほど礼儀に厳しかったわけではない。
私の両親は放任主義で子供がやることにあまり興味を示さなかった。
だから私は自由に厨房で料理やお菓子を作っていたのだ。
「私が好きで料理人に料理を教わっていたんです。両親はとやかく言う人ではなかったので」
私が説明すると烈牙様は私の家の事情を察したようだ。
「なるほどな」
そう言うと二つ目のサンドイッチを手にする。
二つ目を手にするということは私が作ったサンドイッチの味を気に入ってくれたということだろう。
気に入ってもらえて良かったわ。
たくさん食べてお疲れを取ってくださいね。
サンドイッチを食べながら烈牙様は私に質問してきた。
「今日は王立薬学研究所に行っていたんだろ? どうだった?」
「はい。とても素晴らしい研究所でした。青龍様の研究が人々の役に立っていることも分かりましたし。それに偶然樹牙様にもお会いしました。熱冷ましの薬をもらいに来たと仰ってましたが」
「樹牙に?」
「はい。樹牙様は宮廷医師でいらっしゃるんですよね。樹牙様もとてもご立派な方だと思います」
「樹牙は昔から薬草や医学に興味があってな。兄上が信頼できる宮廷医師を探していたから私が推薦したのだ」
「そうでございましたか」
「兄上を毒殺しようとする輩は多いからな。宮廷医師であっても信用がおけない」
「え?」
私は思わず驚いた声を上げてしまった。
今の烈牙様の言い方ではまるで宮廷医師が魔王様を毒殺するような言い方だ。
魔王様は政敵が多い方だが自分の主治医も信用できないなんて気の毒に思えてしまう。
そんな考えが私の顔に現れていたのか烈牙様は私を見つめて僅かに苦笑する。
「前に兄上が体調不良を起こした時に調べたらその時の宮廷医師が毒を盛ったことが分かったことがあったのだ。その宮廷医師は家族を誘拐され脅されていた。兄上の命を狙うのに敵も手段は選ばないということだろう」
「そんなことが」
「まあ。多少の毒ならば問題はない。兄上は魔力も強いし毒の耐性もつけているからな」
「それでも万が一ということがありますわ」
「そうだ。だからもっとも信用のできる息子の樹牙を推薦した。樹牙はまだ独身だし身内を誘拐して脅そうとしても親は私だし樹牙の兄弟の他の息子たちはそれぞれ魔力が強い者だからな。そう簡単に敵の手に落ちる息子たちではない」
確かに樹牙自身が魔王様を傷つけることはないだろうし烈牙様や兄弟の公子たちは魔力が強いから簡単に誘拐できる者たちではないのは分かる。
烈牙様を誘拐することは直接魔王様と戦うようなものだもんね。
敵もそんな危ない橋を渡ることはしないわよね。
魔王様は身内びいきと言われることもある。
自分の同母弟の烈牙様しか信用されておらずそれ故に烈牙様に権力を集中させているからだ。
その烈牙様が推薦した樹牙のことを魔王様も信頼しているに違いない。
昔、私は魔王様に尋ねたことがあった。
なぜそんなに烈牙様のことを信用できるのかと。
魔王様は笑って答えた。
もし烈牙が魔王の座を狙っているなら私はとうの昔に殺されていると。
そして自分よりも烈牙の方が潜在魔力は高いのだと教えてくれた。
魔王様よりも烈牙様の方が潜在魔力が高いという事実に私は驚きを隠せなかった記憶がある。
もちろんこれは絶対に他の者にバレてはいけない話だ。
「そうですね。樹牙様が魔王様を傷つけるとは私も思いません。公子様たちもお強いでしょうし」
「ああ。私の息子たちは私のためによく働いてくれる」
息子たちが烈牙様のお役に立てているなら母親としてこれほど嬉しいことはない。
烈牙様はサンドイッチをたいらげて赤ワインを飲みだした。
これは訊いてもいいかしら。
私は烈牙様に昼間聞いた勇者のことを尋ねてみることにした。
「あの。烈牙様。訊いてよいのか分かりませんが勇者が現れたというのは本当でしょうか?」
「誰がそんな話を?」
「あ、いえ。噂で聞いたものですから」
やはり訊いてはいけないことだったかしら。
烈牙様は真面目な表情になると私に説明してくださる。
「今はまだ調査中だがそういった噂があることは承知している。真の勇者かどうかもまだ判明していない」
「もし……もし勇者が現れたら烈牙様が戦うことに?」
「当然だ。私は魔王軍の元帥だ。魔王を護ることは何より優先される」
烈牙様の言葉に迷いは感じられない。
私が口出しできる問題ではないと分かってはいても烈牙様の身を心配してしまう。
「どうかその時はお気をつけてください」
私は心配で涙が零れそうになるがグッと耐える。
すると烈牙様は私に笑みを見せた。その笑顔はまるで私を安心させるかのような笑みだ。
「私が勇者ごときに負けると思うか? 真雪」
「いえ。烈牙様ならどんな敵にも打ち勝つと信じております」
烈牙様の赤い瞳を見ながら私は自分自身を言い聞かせるように強く断言した。
そうだ。烈牙様が負けるわけない。
「お前たちのことは私が護るから心配するな」
いいえ、烈牙様の御身を心配してるんです。
貴方がいなくなったら私は生きていけないの。
生まれ変わったのにまた烈牙様と離れるのは絶対に嫌なんです。
言葉には出せない想いを私は呑み込む。
「はい。ありがとうございます」
私はそう言うと烈牙様に一礼して部屋を出る。
烈牙様を信じよう。
私の愛する烈牙様が勇者などに負ける訳はない。
そう強く信じなければ烈牙様のことが心配で私は立っていることができなかった。




