野菜を押しつけてくる伯爵家に嫁ぐのが嫌なので、秘宝の力を使います!
――人は生まれつき欲を持つ。その1つが”食欲”だ。
これは生きるのに欠かせない。それはどこの世界でも万人に共通することである。
*****
ある国にジュディ・ホワイトという子爵令嬢がいた。彼女は1人娘で両親は待望の女の子を授かり、幸せだった。ただこの家はとても貧しい。アクセサリーもドレスも、それどころか石鹼や化粧品なんかも全部手作り。そのおかげでジュディを含めた一家はとても手先が器用だった。
そんな彼女の元に縁談が舞い込んだ。相手はどうやら幼い頃にジュディに一目惚れした伯爵で名前はロバート・カモミールというそうだ。彼は容姿もよく銀色の輝く短髪に碧眼を持ち、肌は白く背も高く瘦せ型だ。ジュディ自身、他に好きな人もいなく、結婚すれば確実に家計は安定するので婚約した。
ただし、ジュディはこのとき見落としていた。カモミール伯爵家には大きな問題がある。
◆◇◆◇◆
「朝食ができましたよ」
使用人の言葉に自室のジュディは肩を落とす。今現在、ジュディはロバートの持つ別荘に同居していた。彼女は同居を始めてから、食事の時間が憂鬱になった。
(ああ、またなのね…)
2階にいても匂いでわかる。生の草――野菜だ。実はカモミール家は肉を食べたがらないのだ。婚約してから調べてみると、なんでもご先祖が野菜の品種改良に貢献したそうで、それ以来野菜しか食べないのだ。さらにロバートの父が家庭菜園に目覚め、息子まで目覚めてしまい火に油を注ぐ事態となったのだ。
「ああ、嫌だなあ…」
ジュディは実家では感じられないフカフカのシングルベッドで横になる。彼女の栗色の髪が日光を受けて輝きエメラルド色の瞳はどこか暗い。正直食べたくないのだが、腹はそんなのお構いなしで鳴り続ける。
「この部屋に持って来て」
「かしこまりました。ジュディ様」
使用人はお盆を部屋に置いた。その上にはゆでられたジャガイモ、生の大根。そして無色透明の水。
(ここは牢屋か!?)
これでもマシな方だ。以前は調理すらされてなく、バスケットに入っていたのだから。使用人がいなくなるのを見届けると、ジュディは誰にも聞こえないように小さく息を吐く。
「…前に『口が切れそうなので一口大にしてください』と言って良かったわ。あと寒いからゆでてください作戦も成功ね。でも塩は欲しかったな…」
ジュディは警報が鳴り止まない胃のためにそれらを食べる。
ロバートはどうしてるのかって?仕事だ。でも、彼はどこにも働いてない。しかも帰ると香水と肉汁の匂いがしてくる。どう考えても働いてない。
ジュディは初めの顔合わせ以外、全くロバートを見ていない。聞いた言葉は――
「君のような細い少女を迎えられて幸せ」
それだけだ。裏を返せば――
「こんなガリガリのチビだなんて、俺は不幸だ」
それにロバートが初めにジュディのどこを見たかでジュディは愛せなかった。体型だ。ロバートはかなり物語の虜であり、魅力的な体型の女性が好みのようだ。顔なんて見もしない。ジュディは現実的な体格で別に悪いわけではない。でもロバートにはわからなかったようだ。
それが5年続いてついに想像していた事態が起こった。
「…あれ」
ジュディの目の前の景色が歪んで、力も一気にぬけていく。階段じゃなくて人目のつきやすい居間であったことが不幸中の幸いだ。
ジュディが倒れてしまったのだ。体はやせ細って健康的な肌は雪のように白い。すぐに使用人が診療所に行かせた。気づけばジュディは病室のベッドにいた。横にいた白衣を着た年配の男性がカルテを見ている。
「お目覚めですか?」
「あ、あなたは…!」
ジュディはその男性に見覚えがあった。前にジュディの実家の近くの診療所で働いていた医者だ。ジュディが貴族学校に通うのと同時に彼は仕事の関係で引っ越していたので感動の再会である。
「ありがとうございます」
「いえ、患者の笑顔を取り戻すのが仕事なので」
医者は笑顔で話す。それが暖かくてジュディは泣いてしまった。
「…うぅ」
医者は慌てる。彼女の背中をゆっくりさすった。
「どうしたんだい?どこか痛むのかい?」
そのとき、ジュディはあの野菜地獄を医者に包み隠さず話していた。彼ならきっと味方してくれる。親でも良かったが早く気持ちを打ち明けたかった。全てを聞いた医者はうなづいていた。
「…なるほど、それであなたは栄養失調で倒れたのですね」
「…はい」
「栄養失調」という言葉はジュディの空いた穴を埋めてくれた。医者は診断書をジュディに差し出した。
「これは診断書だ。これを持っていきなさい」
敬語を忘れるほど、彼は真剣だった。しかし、ジュディは首を横に振る。
「無理です。そうすれば、ロバートは『今までの婚約者はこれを耐えた。君も安定する』とか言いますよ」
「それもそうだな。あの家は頑固だからな」
2人はしばらく頭を抱えた。そしてジュディはそのとき名案が浮かんだ。
「そうだわ、あれを使えば!」
医者は眉をひそめる。
「”あれ”とは?」
ジュディは胸を張っていた。
「我が家の――ホワイト家に代々伝わる秘宝、”鏡写しの天秤”です」
医者は目を丸くした。
「随分と大胆な。あれは使うと――」
「いえ、もう決めました」
ジュディの迷いのない目が医者を黙らせる。そして、医者は止めることをやめた。
「いいでしょう。これで”令嬢”と呼べませんな」
「ええ、私も”私”じゃなくなるので悲しいです」
その会話のあと、ジュディは「実家に一度帰る」とロバートの別荘を去った。
これをあとでロバートは後悔することになる。
*****
――2か月後
ロバートは髪をかきむしって資料を探していた。
「…なぜだ、なぜ婚約破棄が勝手にされている!」
一方的に婚約破棄をジュディがしたのだ。彼女から来たのは婚約破棄の通知と法的な慰謝料の請求書のみ。かなり高額だった。そして、今彼が探しているのはジュディの実家の住所のメモだ。彼は整理整頓ができないので紙の束のどこかにあるはずという曖昧な考えしかない。
「くそ…」
しかし、見つかったのは紙の山の奥にあった焦げた羊皮紙だけ。そこには「ホワイト」と書かれていた。そこに使用人の1人が書斎に入る。
「ロバート様」
「なんだ、今忙しい」
苛立ったロバートに使用人はひるみながらも続ける。
「ホワイト家から客人です。ジャニスという男性で…」
「ジャニス?」
その男は初めて聞く名前だ。ジュディは1人娘。兄弟なんていない。
「わかった。ホワイト家なら、なおさらこの不当な婚約破棄を正さなければなるまい」
ロバートは応接室の扉を勢い良く開けた。そのとき、ロバートは目を丸くした。
「初めまして、ロバート様。私がジャニスです」
そのジャニスという男性はジュディと顔が瓜二つだったのだ。ロバートは困惑しつつも席に座り、早速本題に入る。
「お宅のジュディという令嬢が婚約破棄を言い渡した。俺はこんなの許可していない。どういうことか説明できるか」
ジャニスはある紙を渡す。
「こちら、”ジュディ”の診断書。これをきっかけに彼女は療養のため実家に向かいました」
ジャニスはさらに資料をテーブルに置いた。
「さらに探偵を雇いましたところ…。ロバート様、あなたはいくつもの交友関係をお持ちですね。――おや、訂正しましょう。いくつかの”家庭”ですね」
ロバートは顔を引きつる。しかし、ジャニスは微動だにしない。
「”ジュディ”の婚約破棄についてですが…。これは大きな問題が発生したからなのです」
ロバートは前のめりににらみつける。
「問題!?まさか浮気で嫉妬したのか?浅はかな女だ」
「…おや、浅はかでしたね――”私”は」
「は?」
ロバートは聞き間違いだと思った。だが、間髪入れずにジャニスは立ち上がって礼儀正しく礼をした。
「申し訳ございません。紹介が遅れました。私は”ジャニス・ホワイト”。元・女。元・ジュディです」
ロバートは嘲笑した。
「あはは、お前馬鹿か?女が男になるだなんて物語じゃあるまいし…」
「我が家の秘宝、”鏡写しの天秤”をご存知でしょうか」
「秘宝?あの貧乏一家にか?どうせ大した値打ちはないだろ」
ジャニスはある古い書物を見せる。座らなかった。
「こちらの秘宝は、祈りを捧げた人物の、性格、性別、体質といったものを正反対にするという能力を持っております。おかげで私は男になれました。しかも勉学や戦術にも優れ、食べても太らない体質になったのです」
ジャニスは嬉しそうに語り始める。生まれ変わったようだ。本当にそうなんだが。
「そういうわけで、婚約の本来の目的の”子孫繫栄”が不可能になり、さらに浮気の件、”ジュディ”を野菜攻めにしたことで婚約破棄となりました。解消ではございません」
ジャニスが話し終えるとロバートは突然泣き始めた。
「…ごめんな、実は育てた野菜が不味くて誰かに押し付けたかったんだ。使用人はやめそうで怖いから…」
「だから、婚約者に?くだらない考えは捨ててくれないか?」
ジャニスはロバートの泣き落としを一掃した。そして服を着崩し始める。
「ああ…。お上品なふりは疲れる。もう他人だから去るとするか。あと、お前は野菜を食べずに外で肉を食べてたな?」
「そうだが…」
「そうか、それだけだ。今、俺には大切なレディがいるのでこれで失礼するぜ」
ロバートはテーブルに打ち付けるように頭を下げた。
「すまん、考え直してくれ。ジュディ!」
「誰だ、そいつ?俺はジャニス。秘宝でもう一回祈れと言われても、1度使うと戻れないんだ」
ジャニスはロバートの髪を掴んで持ち上げて顔をギリギリまで近づけて笑った。
「…ジュディ・ホワイトはあの日死んだ。もう死人に愛を捧げるのはよしな、ロバート様」
そうして、ジャニスは応接室を振り返らずに去った。表の馬車がいなくなるのを窓から見届けることもロバートにはできなかった。
*****
それからロバートは家庭と交友関係が白日の元にさらされ、社交界から遠巻きに見られるようになった。野菜は元々、虫がわくやら、品質が悪いやら、薬品の匂いがきついやらで不評で、さらに莫大な慰謝料により首が回らないそうだ。
一方、ジュディ――ジャニスはというと、店の並ぶ商店街にある女性と来ていた。彼女はリリアナ・スカーレット。ジュディと幼馴染で、ジュディがジャニスになったことをきっかけに付き合いだした。
「恋愛に夢を見過ぎだよね~皆」
「そうだな、まず仲良くなってそこから恋人って感じだよな」
リリアナは理想の恋などないのでジャニスにとっては付き合いやすい。さらにリリアナは有名な宝石商である。贅沢三昧とまでは言わなくても家計の心配は無さそうだ。
また、ジャニスも新しい道を歩みつつある。
「ジャニス、今度でしょ?」
「ああ、王国騎士団入隊試験。必ずトップになる」
「わあ自信すごい。でもフラグだね、それ」
「あはは…これからは自分でも稼ぐよ」
ジャニスは剣術だけでなく、体術、応急手当や戦略で優秀な成績をおさめ王国騎士になるという目標を掲げた。これは慰謝料がたんまりもらえて戦術の短期大学に入れたからである。
そして、何よりも嬉しいのが…。
「見て、ジャニス!羊肉の屋台だよ」
「おお、初めての料理だ」
野菜地獄から抜け出せたことだ。リリアナも事情はよく知っていたので付き合ってから肉料理の美味しい店を探して回るようになった。
ジャニスはケバブサンドを購入して2人で頬張る。
「ああ、全身の細胞がタンパク質に喜んでいる…。」
リリアナは小さく少しずつちぎって食べるのに対してジャニスはガッツリかぶりついていた。
「ジャニスは男だと美男子。女子でも可愛かったけど、こっちもいいね。私がそんな風に食べると化粧落ちちゃう」
「そうだ、今度油でも落ちにくい化粧品の作り方教えるよ」
このような関係が現実的な恋愛の優秀な模範解答なのかもしれない。
――美味しいものを食べるのはいいが、ちゃんと栄養バランスを考えて心も体も健康的に生きよう!
※この物語はフィクションです。
最後までご愛読いただきありがとうございます。良ければ評価とリアクションをしてください。今後の作品の励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。




