表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

あぁ麗しき毛むくじゃらよ 〜人間関係なんてクソ喰らえ教の信者による〜

作者: いわみね
掲載日:2026/05/02

何故、こんな場所まで付き合いで来てしまったのだろうか。今日は待ちに待った、休日土曜日。本来の私であればこんな所にくるべきではなかった。今回も強く断るべきであったのに、と思う。私は人と会うのは大の苦手だ。人付き合いはクソ喰らえという教えの信者なので、予定がなければ永遠に家で惰性を貪る。


これは私の性格によるものが多いのだろう、昔から本音を言うことが難しかった私は連れて行かれる度に、人の意見に挟まれて退屈としか感じなかった。めんどくさい人付き合い、体力を使う遠出、疲れるだけじゃないか。そんな私でも、日常生活を送る上で関わる、友人と言うか、知り合い、顔見知りがいるもので。大学で同じ授業を取っていたAは唯一の知り合いであり、平日、人と関わると言えば彼しかいない。本来あまり関わりたくは無いのだが、向こうの方から関わって来て話を展開してくるのだ。1人で十分だろうと言う考えは持ちながら、反発する力はなく話を聞いていた。彼は、彼で人とのコミュニケーションは得意ではないのだろう。人と関わって繋がって置くことが彼なりの生存戦略と考えている。そんな彼に半ば強制的に連れてこられた、今日の休日出勤、約束なんてしていなければ今頃は愛用の布団の中でくるまっていた事だろう。今、想像したところで私が横になって休める訳では無いのだけど。


駅の改札を出たところでこちらに手を振っている人がいることに気づいた。ここで出てくる奴は大抵決まっているのだが、一応、誰だろうか。メガネを取り出して睨みつける。あの貼り付けた笑みを浮かべる彼は紛れもなくAだ。苦手な人付き合いで無理をしているんだろう。貼り付けた笑みを返した。Aはいつものように語り出す。

「おはよ! 今日は来てくれてありがとう」

「うん、おはよ」

本当は、本当に今すぐ逆を向いて、走り出したかった。今だったらまだ電車に乗れたはずだ。ここまで来て、帰り出したらどんな顔するだろうか。次からは大学であっても話しかけて来なくなるだろうか。好都合だな。帰ってしまおうか。だが、そんな考えは今しがた払った交通費と天秤にかけられて直ぐに却下される事となる。元々そんな勇気はなかったし、冗談か通じる仲でもなかった。


彼は確認すると目的の方向へと歩き出した。私はそれについて行く。どこに行くのだろうか、私は行き先について彼に確認していない。


Aはしばらく歩くと突然立ち止まった。

「あれ、あそこ…」

彼が指さす先には大型犬がリードなしで彷徨いていた。 飼い主は居ないのだろうか…。尤も暴れるようには見えない、少し体毛が汚れてはいるが、賢そうな、犬に見える。 元から犬は嫌いじゃない。人付き合いはクソ喰らえだが、犬なら話は別だ。少なくとも奴らは、私を休日出勤に誘ったりはしないのだから。


私はその子に近づいて腰を低くし目線を合わせる。私の読み通り、吠えたりしない、落ち着いた、頭のいい、良い子だ。私を見つめる愛らしい瞳は、吸い込まれそうだ。このままでいい、訳の分からない出勤などなくていい。ああ、いい子だ。朝早くから、この麗しき毛むくじゃらは、一体どこに向かう途中だったのだろうか。

「その犬、野良犬かな」

耳に入ってきた雑音、憩いの時間を邪魔する者。私の嫌いなあの声。Aである。

「その犬、首のとこになにか付いてない?名札とか…」

珍しく、確かに、彼の言う通りだ。名札でもついて入れば、この子を家に返せるのかもしれない。首元に手を伸ばしてみる。板状の物が首に付いているのが感触で分かった。名札だろうか。手で手繰り寄せて見てみるとそれは名札の形をした全くの別物だ。


普通、犬の首に付いているものと言えば名札や連絡先の類なのだろう。もし迷子になったとしても見つけてくれた親切な人が連絡をして、家に帰ることが出来る。いくら頭の良くない犬だとしても周りの人に頼ることで帰ることができるとても便利なシステムだ。そのはずなのだが、今回は違った。まさか、イタズラでもされたのだろうか。そこには「たすけて」と書かれていた。気味が悪い、一瞬手が板から離れる。嫌だ、この憩いの時間を終わらせないでくれ。なんなんだよ。これは何かしらのメッセージなのか、冗談じゃない、見なかったことにしよう。私は後ずさりそのまま立ち上がろうとする。


ふと背中に何かが当たる感触。それはAだ。静かにしていたから気づかなかった。バランスを崩して倒れそうになったが何とか耐えられた。

「大丈夫?何て書いてあったの?」

Aの声が妙な雰囲気というか、声色で、悪寒が走る。なんだ?いつもの貼り付けられた笑顔がどこに行ったのだろうか。これはこれで気味が悪い。いつも以上に不自然さが滲み出ている。


彼は何か知っているのだろうか。もしこれが仕組まれたもので、この犬でさえ仕組まれている。だとするなら、ここで私が正直に内容を答えると、当然何か面倒臭い物事に巻き込まれてしまうのだろう。それだけでこの休日が終わってしまうのはとても惜しい。もし純粋に板の内容を聞いているのであれば彼には申し訳ないが、ここで帰る口実になる。犬好きをアピールし、離脱する。今日の私の最適解かもしれない。ここは普通の名札だったと嘘をついてこの場から逃げ出すことにしよう。

「別に、普通の名札だよ」

「本当?『たすけて』書いてあるように見えたんだけど」

なんだ見えていたのか。面倒くさいな、いや、いいや、押し切ってしまおう。ここで言い切れば逃げられるかもしれない。

「見間違えだと思うよ、この子俺が連れていくよ」

とりあえず誤魔化そう。そう思っていた。あれ、本当にこの返事で良かったのだろうか。


「ああ、そうだね。連れて行こうか」

意外な返答だった。そうか、コイツは犬を好む種族だったのか。気が合うかもしれない。一緒に連れていったら話が弾むだろう。かなり楽しいな。いや、ダメじゃないか。ここでこいつにこのまま、付いてこられると、私が1人になって帰るタイミングが無い。ああ、私の休日はこんな早朝から終わりを告げてしまうのか。


始めにこいつは私を何処に連れていこうとしていたのか。たまの休みに遊びにでも誘いたかったに違いない。だが、今ではもうそんなことは気にしなくて良さそうだ。2人と1匹は近くの交番に向かっている。手持ちのビニール袋を細くよった物。急造のリードとして繋げることを試みたが、長さが足らず姿勢がどうしても窮屈になる。元々、ビニールの強度がそこまで持つのかと言う疑問もある。もしこの子が無理やり強く引っ張ったら耐えることは出来まい。結局、リードを付けられないままなのだが。人の言葉を理解しているのか、確認する術はないのだけど、上手く後を着いて来てくれている。元々、リードなんて必要なかったのだ。


駅から10分くらい行ったところに、ようやく目の前に交番が見えて来た。ふと目をやると、何故だろう。落ち着きが無くなっている。どうしたんだ。さっきからずっとお利口に静かに付いて来ていたのに。今から向かう交番に何かあるのだろうか。Aも慌てて慰めようとする。先程からずっと同じ場所をぐるんぐるんと円を描いている、中に入りたくないのだろうか。

「どうしたんだろ、ほら中入るよ」

Aが半ば強引に首元を掴みかかるが、なかなか捕まらない。

そこまでして逃げる理由がこの交番にあるのだろうか。ふと独特な生臭くベッタリと張り付く物が鼻を刺激する。周囲には人があまり通らず、私たちだけが交番に視線を向ける


くどいかもしれないが、ここで改めて書かせて欲しい。今日私はここに来るべきではなかった。交番にいるはずの警察官はそこにはいない。普通有り得ないような赤い液体が、机、壁に待で飛び散っている。本来警官がいるべき場所には、代わりに見知らぬ男が有った。この異様な空間が幻覚を見せているのか?目の前の惨劇と止まない鳴き声が私の脳内を駆け巡る。私は家で寝ているべきだったと改めて強く感じる。


血にまみれたこの処刑室は元々この街の正義の象徴だった。この子は野生の勘というか、元々よく効く鼻を持っているからこの違和感に気づいたのだろう。やはり、血の匂いは本能的な不安を煽り立てる。決していい香りでは無いことは確かだ、できることなら逃げ出したい。それを私たちよりも強く感じたのか、辛いことをさせてしまった。普通に生きていて本来触れることのない場面。どう形容したらよいものか。あまり直視したくない現実、これは夢だろうか、いいや現である。


部屋の奥の方から何か、箱が落ちる音がした。それは私を現実に引き戻す。奥の方に誰がいるのか。音を受け取った耳は信号を伝え頭で理解したはずなのに、足はその場で硬直を始め、逃げる気なんて無さそうだ。それ以降の音は耳が受け付けなかった。

「誰かいるんですか…」

沈黙を破って口を開いたのは、やはりAだった。上ずってはいたが確かな声だ。当たり前だが返答は無い。静寂に包まれる。いきなり襲いかかってくるような気の違った奴ではないらしい。私としてはむしろ返事をしてくれればどんなに楽だったかと思う。もう今日は部屋の中身を確認しなくては決して帰れない。


こうして何分経ったか。正確な時間は数えてはいなかったし、数えるような余裕はなかった。ようやく、足が通常を取り戻し機能する。鼓動はまだ速いが充分だ。待ち望んだ光景がついに見れる、そう考えると、やけに緊張する。あれからずっと変化はなく、誰も出てこない。もし、中に人がいるのならよく耐えられているなと関心する。私ならとっくに逃げ出してここには居ない。私が1歩ずつ踏み出して、奥の扉へと歩を進める。利き手とは反対の右腕で扉にそっと触れた。もし相手が反撃を考えているのなら最低限、利き腕は守り抜きたいというのが心情だ。日常生活に戻るために失うのなら右手だろう。扉に触れた右腕にひんやりとした温度が伝わる。決して不手際があってはならない。細心の注意を払い扉を押し開ける。


部屋の外で聞いた情報に間違いは無い。恐らく棚から、箱がひとつ落ちたのだろう。棚を見ると同じような箱がいくつも並んでいる。密かに期待を寄せていた殺人犯はいなかった。良かった。裏口などは見当たらない。初めからここには誰もいなかったのか。 処刑室はその瞬間から殺人現場に変貌する。状況を鑑みて、まず考えることは連絡か。


視線と注意を入口に向け、報告をする。Aがまだそこに突っ立ってこちらを伺っている。なんだ、中に入ってこない。まだこの状況が飲み込めていないのか。とりあえず、携帯を使って通報をしない事には。そう思った時に何かが、足元を通り部屋の奥へと入っていく。


あの麗しき毛むくじゃらは、今一番の賢者であったか。部屋に入って、一瞬威嚇のように睨みつけたと思うと、落ちている箱に覆い被さる。大きく噛みつき、食い破り中身が露呈した。箱から転がり出てきたのは人の右手。肘の辺りから先がない。断面は乾いているようだった。私は反射的に自分の右腕をさする。無意識のうちに感じていた。自分の腕に似ていたとか、知っている刺青があったとかそういう事ではない。もう、この部屋に殺人犯は居ない。そのはずなのだが、残った痕跡はどれも、性質が腐っている事を表していた。


世の中は多様性だとか、配慮などという言葉で平穏を保ちたがっているけれど、流石にこんな犯罪は想定外だろうな。幾ら性癖が尖っている、と言ったところで殺人は犯罪だ。普通、理性が止めるような行動を制御出来ない、異常者は正しく裁かれるべきでしかない。

「その腕って… 」

背後で声がする。いつの間にかAがこちらにいた。彼も初めに部屋の中の腕が目に入ったらしい。さっきまで入口で思考停止していたとは思えない。部屋を見回している。棚に同じような箱を見ると手を伸ばす。中身は想像に容易い。

「箱は開けない方がいい」

私の静止に耳を傾けずにAは己の興味のまま、箱を開け始める。一瞬目を見開いたかと思うと、箱を私に押し付けるように見せる。


また同じような中身だと思うと気が重い。私は別に普段から見慣れている訳ではないから、改めて気味が悪い。見せつけてくるような神経は理解が出来ない。そう思いつつ私は好奇心には勝てない。 箱の中身を覗く。 恐れていたような中身は存在せず。空っぽだった。

「びっくりしたかな」

普段通りのAの声は、この場に不自然なほどに似合わない。こいつは何を言っているんだろうか。このような状況は普通であれば遭遇しない。それはAにとっても同じでは無いのか。でなければこいつはこの状況を楽しんでいるのか。このまま二人で居てはいけない。私は逃げるように後ずさりながら右手の携帯に視線を向け、通報を試みる。 Aは腕に掴みかかり止めてくる。


「やめてよ」

「せっかく用意したのに」

追い詰められる私は今までで1番恐怖を覚えている。携帯を握る手は震え、もう逃げられない。あの貼り付けた笑みは再び現れる。この猟奇的な犯罪の犯人は目の前にいた。

「結構本物みたいでしょ」

「この右腕はシリコンで出来ているんだよ」

「君が書く小説のネタになるといいなって」

小説のネタ?これまでの惨劇は全て用意されたもので偽物だったというのか。私が感じた気味の悪さ、恐怖、震えは全て本物に違いない。確かに私は日常的に小説を書くが題材に困っていることなどAに話した事はないはずだ。どこでその事を知ったのか。こんなくだらないことに私は休日を費やす羽目になったと思うと、一気に嫌になってくる。これだから人間関係はクソ喰らえだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ