雑過ぎる追放劇の、当然の結果。
深く考えずに追放だのなんだの言っちゃうような連中が、それまでに恨みを買ってないわけないよね。
「オレ考えたんだけどさあ、パーティーメンバーってこう、もっと、エロい女が欲しくねえ?」
そう言ってギャハギャハと下品な笑い方をしたリーダーのロベルトに、ロジェはあからさまにしかめっ面をして見せた。
「女なんか街に戻った時だけにしとけよ、バカ」
「なんだよ、女がいたら不自由しねえじゃん?」
「ロベルト、おまえ天才じゃね?街まで行かなくて済むじゃねーか」
すぐ調子に乗るのが盾士のニック。
「野営中に女がいたからって、何になるんだよ?」
「そらおめー、やる事やるにきまってんじゃねーか」
ロベルトとニックがゲハゲハと笑い、言葉は挟まなかったが剣士のワルターも顔じゅうでニヤニヤ笑っていた。
「おめーらバカか?こんなところでおっぱじめて、無事でいられるつもりか」
このパーティーが今いるのは森の中。まあ、魔物狩りなんてだいたい森の中でやるんだから当たり前である。
そして毛布にくるまって火の回りで寝るだけの野営なんだから、一応は身を守れる馬車の中で寝泊まりするのとはわけがちがう。猪や熊が出てきてひと撫でされれば、それでおしまいだ。森の中で野営中に、隙が大きくなる性行為なんかするのは馬鹿だけである。
「わかってねーなー、見張りさせときゃ良いヤツがいるだろ?」
「おうおう、雑用係がいるよなあ?」
「あいつはどうせ役に立たねーんだからよ、毎日徹夜で構わねーんだよ」
「おれらはしっぽりイイコトしてからゆっくり寝たいんだよー」
雑用係、と言いながら3人が目を向けた先には、風よけになっている大岩の上で見張りをしているジェフがいた。
ジェフの武装は短剣と短弓で、身に着けているのは手入れの行き届いた革の防具だ。鉄の胸当てをしたロベルトや、同じく鉄の小手と胸当てに脛あてまで巻いたニック、鎖帷子を着込んだワルターにしてみたら、貧相な装備に見えるのだろう。
ちなみにロジェはジェフと同じ革の防具の他に、金属で補強した小手を左腕だけに巻いている。
「あ、そうだ、雑用係を取り替えたら良いんじゃね?」
お調子者ニックが手を打ってそんな事を言い始めた。
「取り換えるって?」
「女の雑用係を入れるんだよ。メシ作って俺らの世話する雑用係さぁ」
「夜の世話もするって?名案だな!」
「夜の見張りはどうすんだよ」
「ロジェがやるだろ、どうせあぶれるんだからよ」
下品な大声で笑う3人に、ロジェは頭が痛そうな顔になっていた。
知らんぷりしているジェフのほうから、殺気が漂っているし。
しかたない。
『こいつら捨てて行って構わないんじゃないか?』
声に出さないままでそう、念話を飛ばした先は、ジェフである。
黙ってキレて3人を始末されるより先に、声をかけておこうという腹だった。
『捨てるのは良い案だが、ここは森が浅い。捨てて行ったところで生還するぞ?』
ジェフから返ってきた念話は、普通に話すのと同じくらいはっきりしたものだった。
『捨ててから生還したらもめごとになる。どうせ縁を切るなら、あと腐れなく切れたほうが良いだろ?』
『あと腐れなく、てどうするんだい?』
『どうせ明日はギルドに顔を出すんだ、そこで縁切りしよう』
『うまく行ってくれると良いんだがな』
『任せろ』
『よろしく』
馬鹿話を続ける3人を街に連れ帰ってやるのか、とロジェはげんなりしていた。
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あけて翌日の午後。
「というわけでぇ、俺らはジェフをクビにしまーす」
ギルドでへらへら笑いながら大声で宣言したロベルトに、周囲の視線が突き刺さった。
「カワイ子ちゃん募集しちゃうよー、ちゃんと守ってやるから大丈夫だぜ?」
「料理上手な子は歓迎するぜ!」
数秒考えてから、ほとんどの者はすっと目をそらしていた。
「なんだよぉ、オッサンたちノリ悪いなあ」
「アリッサちゃんなんか、どう?俺ら儲けてるからさあ、分け前はちゃんと出すよ?」
ニックがなれなれしく声をかけ、肩に肘を置いてもたれかかったのは、年のころなら15、6になる薬草採りの娘だった。
「お断りするわ、私は野営しないことにしてるの」
「またまたぁ、俺らと一緒なら楽しい楽しい夜が過ごせるのにぃ」
ニックはアリッサの肩に置いた肘に、さらに体重をかけた。
「肩が痣になるからどいて」
「一緒に行くって言ったらどいてやるよぉ?」
アリッサにわざと体重をかけたニックは、アリッサに接吻できそうな距離まで顔を近づけて、ニヤニヤしていた。
「息が臭いわよ、ニック」
「おっ、その気の強さがたまんないねえ?」
「いいかげんにしろよ」
ため息をつきながら、ニックの首を掴んでアリッサから引きはがしたのは、クビを宣言されたジェフだった。
見た目は優男だが、ジェフはけっこうな腕自慢である。ついでに言うと魔法で身体強化もできるので、ニックより実はずっと強い。
まあ、今は身体強化も使っていないのだが。
「おい!ジェフ、てめえ!!」
アリッサをからかうのを邪魔されて、ニックはジェフに殴り掛かった。
ジェフはひょいと拳をかわし、ニックの腕が伸びきったところで軽くその腕を引く。勢いでつんのめったニックの鼻っ柱に掌底を叩き込み、それからガラ空きになった腹に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
それを見たロベルトとワルターが殺気だって殴り掛かったが、周りにいた男たちに取り押さえられている。
「おやっさん、あれ、まだ置いとくつもりですか」
ジェフやその他の男たちが3人をタコ殴りにしている間に、ロジェは2階から降りてきたギルドマスターに声をかけた。
「これまで、追い出す決定的な理由が無かったからなあ。いい仕事をしてくれた」
「手間賃払ってくださいよ」
「なんでだよ」
「あの3人を押し付けられた時点で、そういう契約だったでしょ」
「ちっ、覚えてやがったか」
「銀貨が絡んでりゃ、忘れたりしませんて」
ロジェとジェフがロベルトたちと組んだのは、つい先月の事だ。
ロベルトのパーティーにいた二人のメンバーが怪我で抜けたのだが、新たにパーティーメンバーを募集しても組みたがるギルド員がおらず、パーティー解散の危機にさらされていた。
そこでギルドマスターの仲介で組んだのがロジェとジェフだが、3人の悪評を聞いていた二人はあらかじめ、ギルドマスターとの契約に注文を付けていた。
ちなみに見かけによらず荒っぽいジェフの出した条件は、『3人を場合によっては見捨てるが文句を言うな』というもので、殺意に満ち溢れていた。
馬鹿が馬鹿をやった時に銀貨に変えようとするのがロジェ、始末しちまえとなるのがジェフである。荒っぽいジェフを引き留めるのがロジェで、慎重すぎるロジェを引っ張るのがジェフの役回りだから、これはこれで良い相棒なのだ。だから二人の出した条件を合わせれば、まあまあ妥当な線になるのが常である。
「……ジェフにその場で始末させなかった功績は認めてやるよ」
ロジェがジェフを冷静にさせたのだと、ギルドマスターは気が付いていた。
「じゃ、追加の駄賃で銀貨5枚」
「守銭奴かよ」
「ワルターの親族に文句言われず済んだんだから、安いと思ってくださいよ?」
ワルター自身はただの魔物狩りだが、生まれた家は騎士の家門だ。家の面目を潰されたと思えば、嫌がらせの一つもしてくるだろう。
皆の見ているところでワルター自身に問題を起こさせて始末したほうが、色々と厄介ごとが減る。
「ちっ、足下見やがって」
腰につけていた革袋から銀貨を出すと、ギルドマスターはそれをロジェに手渡した。
銀貨を数えてから自分の革袋に入れ、ロジェはにんまり笑った。
「まいどあり」
「で、この騒ぎ、お前ら何をしたんだ」
「それは後で説明しますよ。あいつら片付けるのが先でしょ」
ボコボコにされた3人を見下ろすジェフに視線をやりながら、ロジェはそう言った。
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3人はギルドから除名処分。そう伝えられると、その場にいたギルド員にホッとした空気が流れた。
魔物狩りギルドの評判を落とすような奴がいつまでも居座っていれば、そのうち、ギルド自体が街から追い出されてしまう。
ギルドに所属するものの大半は、この町の民と認められない『武力を持ったよそ者』であるから、ギルドの保証が無ければこの町に滞在することは出来ない。よそから来た魔物狩りに市民権を与える市も稀にあるが、ここは魔物狩りが何年滞在しても市民と認めない町のひとつだ。ギルドの口利きで魔物を金に換えている魔物狩り達にとって、ギルドがこの町から追い出されるのは、自分たちもここから追い出されることを意味している。
評判の悪いギルド員を追い出すのは、だからこの場にいる皆にとって正しい事だった。
「じゃあ、森に捨ててきます」
「一人で大丈夫か、ジェフ」
「大丈夫ですよ、ほら」
獲物用の袋に3人を突っ込んだジェフの様子を見ていたギルド員から、『ジェフだもんなあ……』という声がしていた。
大きい獲物を運ぶために使われる運搬袋は、軽量化の魔法がかけられた逸品だ。個人で持っている者はほとんどいない品だが、魔法使いでもあるジェフは自作の品を使っている。
「ロジェ、説明しといてくれ」
「あいよ」
相変わらずの相棒に、ロジェは苦笑いするしかなかった。
「あいつ、見た目のわりに血の気が多いんだよなあ」
近くのテーブルにいたベテランのワーリーも、苦笑していた。
「見た目で馬鹿にされることも多かったんで、喧嘩っ早いんですよ」
「見てくれだけなら、穏やかそうなヤツだからな」
ジェフは荒事など向いていない、町の商人かなんかだと言われた方が納得できる見た目である。背が高いわけでもなく、男らしくたくましい体つきでもなく、面立ちも整っているが柔和な印象が強くて、柔らかい茶色の髪と茶色の瞳がその印象をさらに強めている。
「おまえら、見た目と中身が逆だったらちょうど良かったのにな?」
「俺の性格であのなりだったら、俺、すっげぇ苦労しそうなんですけど?」
「それもそうだな」
背が高くて鍛え上げた体つきのロジェだが、性格はきわめて温厚だ。自分から喧嘩を売る事なんかしたこともないし、諍いを解決するにも最初は拳ではなく、言葉を尽くすことをまず選ぶ。
荒くれどもに軽く見られがちな性格なのだが、見た目で威圧できるから、アホに絡まれずに済んでいる。デカくなるように産んでくれた親に感謝するしかない、とロジェはいつも思っていた。
「で、おまえら、何を仕込んできた?」
と、ギルドマスターが割り込んできた。
「仕込んだというか、昨日の晩にあいつらが馬鹿話してた時の状態を復活させただけです」
「馬鹿話?」
「あいつら、野営中に女を抱きたいからって、ジェフをクビにして女を雇おう、なんて話してたんですよ」
「マジモンのバカだな」
ワーリーが鼻をふんと鳴らした。
「でしょ?その場で捨てても良いんじゃないかとジェフには言ったんですけど、ジェフが街についてからにしろって。で、その場ではいったん眠らせて」
「ほほう?」
「仕事の報告を終えたらすぐに、バカ話してた時の状態に戻すように魔法をかけたんですわ。ジェフが」
「アリッサに馴れ馴れしくするなんて命知らずだと思ったが、そういう事だったか」
「酔っぱらって気が大きくなってる時と、同じようなもんでしたからね」
正気だったら『毒草使い』アリッサにあんな態度をとる奴はいない。なにしろアリッサは割と容赦なく一服盛る。一服盛られなかったとしても、アリッサの機嫌を損ねれば、各種の薬が手に入らなくなるからだ。
「ふぅぅぅん、迷惑料貰って良いよね?」
そのアリッサが、不機嫌そうに口をはさんできた。
「クソ気持ち悪い男に絡まれたんだからさ。あの馬鹿があたしに絡む気になったのって、あんたらのせいでしょ」
「アリッサに絡むとは思ってなかったんだよ」
「つまりあんたらの失態ってわけじゃない?」
「はいはい、それで詫びは何が良いかな?」
完全に機嫌を損ねていることだし、ここは引いておくべきだった。
なにしろ相手は毒薬使い。変に意地を張ろうものなら、強い下剤を盛られて、明日1日は便所に籠ることになる。臭い便所で休日を過ごす趣味がある変態でもなければ、そんな目に合うのはごめんというものだ。
「そうねー、砂糖漬けのシトロン、最上級を半ポンドで手を打とうか」
「ちょっとまて幾らすると思ってんだよ」
砂糖もシトロンも遠い南から運ばれてくる高級品である。それも最上級となると、半ポンドも買うなら金貨1枚は覚悟しないといけない。
「あたしは安い女じゃないのよ」
「詫びは銀貨2枚までにしてくれよ」
「ケチね、せめて5枚だわ」
「まけて3枚だ」
「4枚」
「3枚半」
「銀貨3枚半分の砂糖で手を打つわ」
うっしっし、と笑ったアリッサの逞しさに、ロジェはわざとらしく肩をすくめて周りの皆を眺め、周りの連中がどっと笑った。
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「それで、銀貨3枚半分の砂糖を荷物持ちした、ってわけか」
アリッサの買い物に付き合わされてからギルドに戻ったロジェに、3人を捨てて戻ってきたところだというジェフがそう声をかけた。
「いや、荷物もちしてやったんで銀貨3枚になった」
だいたい一刻ほど付き合ってやっただけだから、銀貨半枚でもまあ不満はない。
熟練工の日当が銀貨4枚から5枚なのだから、悪くはないだろう。
「というわけで、今回の報酬の取り分だが、アリッサへの詫び金で減った」
「仕方ねえな」
「残金を約束通り山分けだ」
二人にはもちろん、身ぐるみ剝がれて森に捨てられた3人の最期なんて、どうでもいい事だった。
その頃の森のどこかでは、腹をすかせた狼がちょっとだけ良い目を見たようである。
最期に狼さんに施しができたので、3人も全く無駄な人生を送ったわけじゃないと思う。たぶん。