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まりあ、悪の手下を倒す

まりあが鬼龍(きりゅう)政影(まさかげ)に連れていかれた先に建っていたのは、荘厳な雰囲気の格式ある家屋だった。

重厚な黒塗りの門に嵌められた真鍮(しんちゅう)錠前(じょうまえ)が、不審者を寄せつけぬよう無言で睨みを利かせている。


(ここが、鬼龍会の事務所……)


政影の後に続いてまりあ門をくぐると、足元に敷かれた白砂利が小さく音を立て、侵入者の来訪を知らせる。

鹿威(ししおど)しの澄んだ音色が響き渡る池には鮮やかな色の錦鯉が悠々と泳いでいるが、そんな美しいはずの光景さえも、どこか空恐ろしい印象を感じさせる。


(なんだか、人を癒やすためではなく、威圧のために磨かれているような……)


整いすぎていて、逆に冷たい。

そんな風にまりあは感じる。

実際にこの庭園は『裏の顔』を隠す、『表向きの顔』なのだろう。

建物から感じられる無言の圧を受け流すように、まりあは政景を追って躊躇なく奥へと進んでいく。

……そこへ突然、声が飛んだ。


「止まれ」


目の前に突きつけられた、黒光りする銃口。

建物の中から出てきたのは、政影の部下だろうか。上質なスーツを着た強面(こわもて)の男だった。


「ここはお前みてぇなお嬢さんが来る場所じゃねぇよ」


脅しのつもりなのだろう。

政影は部下の行動を咎めることもなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま縁側に腰掛け、まりあの行動を見守っている。


―――舐めるな。

と、まりあは思う。曲がりなりにも、まりあは国家に匹敵する権力を持つ(すめらぎ)財閥の令嬢だ。自慢ではないが、誘拐も誘拐未遂も、両手では足りないくらいに経験している。

拳銃を突きつけられた経験も、もちろん一度や二度ではない。


「その拳銃(オモチャ)は、脅しには不向きですよ」

「はぁ?」


怯えた様子は少しも見せず、挑発するような言葉を発するまりあに男が怪訝(けげん)な表情をする。


「拳銃って不思議ですよね。人を殺せる恐ろしい兵器のはずなのに、持つと大抵の人が弱くなる」

「んだとっ!?」


まりあの挑発に男が激昂し、銃を突き出す。

―――その瞬間、まりあの手が素早く動いた。


拳銃の腹をトンと叩いて銃口の向きを逸らし、そのまま男の手首を掴む。

そのまま流れるような動きで男を背負い、投げ飛ばした。


「ヒュウ♪ 見事な背負い投げだ」


口笛を吹き、パチパチと手を叩いてまりあを賞賛する政影。

それには構わず男が取り落した拳銃を拾い上げたまりあは、地面に転がる男の胸にグリ……と銃口を押し当てた。


「脅しに使用するなら、こうしてしっかりと体に密着させておくことをお勧めします。これなら外すこともありませんし、相手にリアルな死を感じさせられますよ」


などと、教訓まで授ける始末だ。


「くっ……!」

「もしくは、ナイフを使うべきでしたね。その方が簡単に恐怖を与えられますし、行動も制限できます」


刃物は首元に少し触れるだけでも痛いですから。と、自らの経験談を事もなげに言い放つまりあに、男は困惑の表情で絶句する。

そんなまりあと男の均衡を破ったのは、政影の低く笑う声だった。


「クックックッ。なかなかやるじゃねぇか、お姫様」


その言葉を合図に、まりあは男を解放し手を差し伸べる。


「以前父から、暴漢に襲われて銃を突き付けられた際に、自分を守れるようにと訓練を受けていたんです。その時の知識が役立って良かった……」

「いやいや、なんでそんな事態を想定して生きてんだよ……」

「他にも、遭遇した熊に襲われそうになった場合の対処法なんかも教わっています」


ある程度のトラブルからは身を守れる自信があるので、無駄な力試しはもう止めてくださいね。という意味で告げたまりあだったが、政影は何故か呆れた表情でまりあを見ている。


「アンタの父親は、なんで娘を戦わせる選択肢ばかり用意してんだ……」


本当に娘が大事なら、まずは逃げることを教えろよ。と呆れ顔の政影だが、まりあはキョトンとして首を傾げる。


「逃げるだけなら誰でもできます。選択肢は多いに越したことはないと思いますが……?」


それはさすがに、強者の思考すぎるだろ。と、政影は思う。

命の危機に直面したとき、普通の人間は戦うことよりも逃げることを選ぶ。その方が生き残れる可能性が圧倒的に高いからだ。

戦うことを選べるのは、真に強い者だけだ。


「アンタ、本当に面白ぇな」


ククッと喉を鳴らして笑った政影だが、まりあに手を借りて立ち上がった男に対しては冷たい視線を送る。


「それに比べて、お前は全然演技がなってねぇな、銀次(ぎんじ)

「……申し訳ありません」

「紹介するよ、お姫様。こいつは狗堂(くどう) 銀次。俺の右腕だ」

「右腕……!?」


まりあが思い切り投げ飛ばしたのは、政影の腹心の部下であり、鬼龍会No2の肩書を持つ男だった。

その隙だらけな立ち振る舞いから、てっきり下っ端だと思い込んでいたまりあだったが、なるほど、演技が下手だったのか。道理で激昂した口調の割に、敵意が感じられない訳だ。


「演技とはいえ、政影様の客人に無礼を働いてしまい、申し訳ない……!」

「いえ、こちらこそ……演技とは気づかず、投げたりして申し訳ありませんでした……!」

「硬い硬い。もう少し柔らかくいこうぜ、銀次」


頬に傷のある強面の男に誠心誠意頭を下げられ、恐縮したまりあもペコペコと頭を下げる。

そんな銀次に近寄り、気安く肩に手を回した政影は、


「このお姫様、俺の秘密基地に連れていくぜ?」


と、まるでいたずらっ子のように宣言をした。


「まさか……皇財閥のご令嬢に何かあったらどうするんです!?」

「その時はドブにでも捨てていくさ。足手纏いになるような弱いヤツなんざいらねぇ」

「政景様、怒りますぞ……!」


客人(まりあ)に対して軽薄な態度をとる政影に、銀次が(いきどお)りを露わにする。

真面目な性格なのだろう。飄々とした政影に振り回される銀次の苦労が易々(やすやす)と想像できる。


「ご心配には及びません、銀次さん。自分の身は自分で守れます」

「ですが……」


危険な場所であることは覚悟の上だとまりあがフォローを入れるが、銀次は尚も躊躇い続けている。

ただでさえ敵の多い『裏社会』だ。まりあの安否が心配だというよりも「皇財閥を敵に回したくない」という気持ちが大きいのだろう。


「なんなら一筆したためましょうか? 『私に何があっても、鬼龍会の皆さまに一切の責任はありません』と」

「いえ、必要ありません。皇財閥のご令嬢にそこまで言わせて日和(ひよ)っては、鬼龍会の名が(すた)ります」

「そうだぜ、銀次。心配ならテメェが守ってやりゃあいい」


どこか他人事でスタスタと歩いていく政影にため息を吐き、銀次がまりあに手を差し伸べる。

どうやら、エスコートをしてくれるらしい。

今まで出会ったどのエリートたちよりも、強面で無法者な銀次が一番紳士的だと、まりあは少し面白くなる。


「ありがとうございます、銀次さん。よろしくお願いします」


優しくされて嬉しいと言わんばかりの素直な笑顔を見せて、まりあが銀次の手に自らの手を重ねる。

さすがは皇財閥のご令嬢。エスコートなど、され慣れているのだろう。

そんなまりあに若干頬を赤らめた咳払いする銀次を横目に、政影を追って歩を進めた。



行き先は、地図にも名前の載らない『裏社会』の秘密基地。

法と違法の狭間を、まりあは軽やかに踏み越えていく。


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