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まりあ、腹黒と対峙する



「おや、もう済んでしまわれたのですか?」


まりあが廊下に出ると、部屋の前で待機していた執事服の男が目を丸くしてそう呟く。

彼の名は米良(めら) 誠史郎(せいしろう)桔嘉(きっか)の専属執事だ。


「まさか坊ちゃまに、こんなにも堪え性がないとは……!」


嘘くさい狼狽(ろうばい)の演技をしながら、意味深な言葉を口にする誠史郎。

どうやら彼は主人に可愛がられているはずのまりあに対してセクハラまがいの嫌味を言っているようだが、そういった知識に(うと)いまりあには、残念ながら通じていない。キョトンと目を丸くして首を傾げている。


「失礼。淑女に対して下卑(げび)た失言でございました」

「……?」


戸惑い、首を傾げ続けるまりあに一礼して謝罪を述べる誠史郎だが、これも男性経験のないまりあに対する皮肉である。


「改めまして、わたくしは桔嘉坊ちゃまの専属執事を務めております、米良誠史郎と申します」


そう言って、ニコりと愛想の良い笑みをまりあへと向ける誠史郎。

キッチリと整えられた清潔感のある黒髪に、すべてを見通すかのような漆黒の瞳。

優しげな印象ではあるが、この執事はただの使用人ではない。


―――大倭(おおやまと)桔嘉は、優秀な番犬を飼っている。


政界全土でそう揶揄(やゆ)されるほどの実力者で、桔嘉を傍で支え続ける知略の化身のような男だ。

その噂はまりあも聞いたことがあったが、実際に対峙してみると、その底知れなさに身が竦む。


(桔嘉さんを手に入れるには、彼の攻略も必須だろうな……)


ただでさえ困難な道のりが更に険しくなったまりあだが、ここで挫けている時間はない。

誠史郎に(なら)い、まりあもお辞儀をして自己紹介をする。


(すめらぎ)まりあです。初めまして」

「えぇ、存じておりますとも。かの有名な皇財閥のご令嬢を、知らぬはずがございません」


にこやかに返答する誠史郎だが、急に声の調子がひとつ落ちる。


「だからこそ、皇財閥の経営が傾き始めているこの時期に貴女がこの屋敷へと現れた意味。……これは、わたくし共とて無視できる問題ではございません」


漆黒の瞳が、鋭くまりあを射抜く。

だが、まりあはそれよりも聞き捨てならない台詞に思考を削がれる。


「皇財閥の経営が……? 誠史郎さん、その話は本当なんですか!?」


先ほど桔嘉もそんなようなことを言っていたが、「そんな事実は知らない」とばかりに狼狽するまりあ。

そんなまりあに、皇財閥の経営難を打破するために桔嘉へと近付いたのだと推測していた誠史郎は、図らずも虚を突かれた形になる。


(おやおや。父親の危機すら知らない、ただのお育ちのいいお嬢様でしたか……)


「まだ噂にすらなっていない、憶測の域を出ない話でございます。……ですが、何らかの綻びを感じ取っている者は、わたくしの他にもいるようですよ」


突然知らされた悲報に不安で揺らぐ少女に対する情けなのか、誠史郎がやんわりと言葉を選びながらまりあへと告げる。


(本当に、私は……何も見えていないんだな……)


家族なのに。

娘なのに。

赤の他人ですら、父の変化に気付けていたのに。

この屋敷に来てから、仕事ができるだの気が利くだのと使用人たちに褒めてもらったが、肝心なところで何もできていない。


そんな風に自己嫌悪に陥るまりあだが、敵はいつまでも寛大ではいてくれない。

誠史郎にも守るべき相手がいるのだ。


「それでは、わたくしの質問にもお答えいただけますね、まりあ嬢。貴女は一体、何を企んでいるのでございますか?」


再び鋭くなった視線をまっすぐに受け止めながら、まりあは心を整えるように深く息を吐く。

誠史郎の雰囲気に飲まれないよう、一拍間を置いて小さく息を吸い、静かに言葉を紡いだ。


「婚活に、来たんです」


その言葉に、誠史郎の目が細められる。

予想外ではあったのだろうが、冗談だと切り捨てるつもりもないようだ。

まりあを見定めるようにして注視している。


「婚活、でございますか」

「そうです。桔嘉さんは候補の一人です」


大倭邸に来た当初、使用人たちの好奇の言葉を意に介していなかったまりあだが、まったく聞いていなかった訳でもない。その中で囁かれた「政略結婚でも目論んでいるのではないか」という言葉を、上手く使えると思って覚えていたのだ。

婚活であれば複数人の男に同時にアプローチをしていても不自然ではないし、狙うのがトップエリートだけだとしても、皇家の令嬢であれば違和感もない。

エリートたちと恋愛をするつもりはないまりあだが、恋に落とすつもりではあるため、まったくの嘘という訳でもない。


「ほう。桔嘉様がご自身の婚約者として相応しいか、わざわざ見定めにいらっしゃった……と」

「皮肉は承知の上です。もちろん、私自身も審査される立場であることは忘れていません」


真っ直ぐに誠史郎を見つめるまりあに、何かを考えるようにしばし沈黙する誠史郎。

まりあを「お育ちのいいお嬢様」だと侮った誠史郎だったが、流石は皇財閥のご令嬢だ。芯の強さと度胸は持ち合わせているらしい。


「……なるほど。坊ちゃまがなぜ未だに姿を見せないか、理由が分かった気がします」

「?」

「いえ、こちらの話でございますよ。どうかお気を悪くなさらずに」


有無を言わさぬ笑顔と丁寧な物言いでまりあの疑問を制し、誠史郎がまりあの脇をすり抜けて廊下を進む。


「それでは、まりあ嬢。お部屋のご案内をさせていただきます。住み込みの身であれば、寝所と今後の業務スケジュールを把握いただかねばなりませんので」

「あ、ありがとうございます……!」


突然警戒態勢を解いた誠史郎に困惑しながらも、まりあは小走りで誠史郎の後を追う。

どうやら、このまま住み込みのメイドとして働き続けることは許可されたらしい。


「ただし、監視の目は常に貴女の周囲にあると心得てくださいませ。坊ちゃまの周りは、敵も味方も紙一重の者ばかりですので」

「はい、(ぞん)じています。私も、桔嘉さんを守れるように尽力します……!」


誠史郎の忠告に対し、拳を握って力強く宣言するまりあ。

傷一つない真っ白な細腕ではあまり頼りになりそうにはないが、女性の身で皇太子を守ろうとする心意気だけは買っておこうと誠史郎は思う。


(甘やかされて育った世間知らずのご令嬢であることは否めませんが、自ら考え行動できるところは好感がもてますしね)


婚活という動機は不純ではあるが、その行動力は評価に値する。

それにまりあが言う通り、まりあも審査される側の人間なのだ。


(坊ちゃまにとって利があるかどうか、見定めさせていただきますよ。まりあ嬢)


そうして、まりあは誠史郎に導かれ、屋敷の奥へと足を踏み入れていった。


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