まりあ、悪女となる
「5人のエリートを、恋に落とす……ですか?」
いきなり何の話だ。と困惑するまりあだが、ノアは至って真面目な表情で話を続ける。
「いい? アナタに必要なのは、アララート国王に対抗しうる『絶対の権力』でしょ。
だから、それを得るために、この国の5大領域である『政界』『経済界』『芸能界』『裏社会』『電脳世界』にそれぞれ君臨するエリートたちを手中に収めるのよ♡」
つまり、5つの大きな権力を合わせて、アララート国王に釣り合う権力にしようというのがノアの作戦だ。
各領域のトップに君臨する人間を掌握すれば、その権力はそのまままりあの意のままに……なるだろうか?
「『帝王眼』を使って支配すれば、どんな権力もアナタの意のままよ。……とはいっても、『帝王眼』で支配するためには、相手を屈服させないとね」
その屈服させるための方法が、「恋に落とす」なのだろうか。
……なるほど、わからん。
「『惚れたら負け』ってよく言うでしょ? 恋愛感情ほど相手を支配しやすい主従関係はないわ♡」
逆らう気なんて起きない位に、骨の髄までアナタにメロメロにしちゃいなさい♡
と、軽い口調で言ってのけるノアだが、相手はこの世界で知らぬ人間などいないほどの超有名人たちだ。惚れさせるとはいっても、そう簡単なことではない。
『政界』を統治するのは、言わずもがなこの国の皇太子である大倭 桔嘉。
『経済界』を牽引するのは、この国でトップシェアを誇る大企業、九条グループの総帥・九条 理仁。
『芸能界』に君臨するのは、今やメディアで見ない日はないほどの人気を博す、スーパーアイドル・諸星 輝夜。
『裏社会』を牛耳るのは、泣く子も黙る非合法組織、鬼龍会の若頭・鬼龍 政影。
『電脳世界』を司るのは、この国の情報資産保護の要を担う天才ハッカー・数寄屋 零兎。
どの人物も、普通に生きているだけではまず関わることのない天上人だ。
……まあ、同じく天上人クラスの地位をもつ皇財閥の令嬢であるまりあは、彼らの中で既に2人ほど接点を持っているのだが。それはいったん置いておこう。
(でも、私が最上位層に君臨するトップエリートだったら、絶対に今の私に恋なんかしない。……する理由がない)
自分を不細工だとは思っていないまりあだが、だからといって何をせずともエリートに選んでもらえるような超絶美女だとも思ってはいない。
……一応、父は毎日「まりあは世界で一番可愛いよ♡」と褒めてくれていたが、身内の評価ほど当てにならないものもない。
エリートたちが恋をする相手の条件に何を挙げるかは分からないが、数多の人間が欲しがる「皇財閥の令嬢」としての価値も、天上人である彼らにとっては「追加オプション」程度のものでしかなく、恋人にするための付加価値としては弱いだろう。
とはいえ今のまりあには、ノアの言う通りにエリートを恋に落とす以外に他に父を救い出す方法がないのが現状だ。できるかどうかじゃない。やるしかないのだ。
「恋に落とすというのは、具体的にはどうすれば……?」
「そうね、細かいアドバイスはその時々でしていくけど、基本的にやることは、
①相手の好みを装い
②好意を匂わせ
③熱烈なアプローチを仕掛けて
④心を縛る。
……こんなところね」
「好意を匂わせるんですか? こちらが先に好きになったと思わせる……? 惚れたら負けなのに」
「そ。基本的に男はね「自分のことを好きな女が好き」なの♡ 誰よりも自分を理解してくれて、けれども容易くは手に入らない……そんな追いかけたくなる女を演じなさい♡」
そう言ってノアが妖艶に微笑む。
「追いかけたくなる、女……」
例えエリートたちに釣り合うモノがなくとも、思わず手に入れたくなる女のフリであれば、特別なスキルを持たないまりあでもできる。
必要なのは、嘘を貫き通す覚悟だけだ。
(恋愛感情を利用するというのは、好意を弄ぶようで申し訳ないけれど……)
それでも、父を助けるためならば、この程度の罪悪感など簡単に飲み込める。
詐欺師のように狡猾に、男を誑かす悪女になってやろう。
(誰を傷付けても、誰に嫌われてもいい。
みっともなくても、正しくなくても、できることは全部やる)
父を助けるため、そう決めた。
その揺るぎない覚悟が、まりあの『帝王眼』の糧となる。
「いい表情になったわね♡ 覚悟は決まったのかしら?」
「えぇ……相手が誰であろうと、必ず屈服させてみせます」
「見かけによらず、いい啖呵を切るわねぇ♡」
ほんの数時間前までは、寂しさと不安に押しつぶされそうな、大人しい箱入り娘の面持ちでしかなかったのに。今はその瞳に、強く硬い決意を宿している。
「安心して。それぞれのターゲットをオトすためのテクは、アタシがちゃーんと伝授してあげるから♡」
そう言って、ノアがまりあへと右手を差し出す。
「これでアタシたちは一蓮托生ね。これからよろしく、まりあ」
「よろしくお願いします、ノア」
差し出されたノアの手を、まりあが固く握り返す。
不安がなくなった訳ではない。悲しみだって癒えてはいない。
それでも、ノアと一緒なら、不思議となんとかなる気がした。
「それから……本当に、ありがとうございます」
父を助けようとしてくれて。
私を独りにしないでくれて。
今さらながらに、導いてくれる存在がいることに自分がどれだけ救わているかを、まりあは自覚する。
「お礼を言うにはまだ早いわ。大変なのはこれからなんだから」
「それでも、伝えたかったんです。……ノア、ありがとう」
「っ〜〜〜!!」
最大限の感謝と親愛の気持ちを込めてまりあが微笑むと、何故か顔を真っ赤にしたノアが机に突っ伏す。
「不意打ちなんて反則だよ」などとブレた言葉遣いでブツブツ呟いているノアだが、幸か不幸か、まりあの耳には届かなかった。
「おデコ、大丈夫ですか?」
「問題ないわ。ちょっと痒かったから打ち付けただけ」
「……ワイルドな対処法ですね」
かなり苦し紛れの言い訳をしたノアだったが、まりあはそれを追及するでもなく、上手に世辞を返す。
根は素直で思いやりのある子なのだ。こんなことにならなかったら、人を癒す優しき令嬢に成長していただろう。……それでも、もう戻ることはできない。
「それじゃあ気を取り直して……これから2人でトップエリートたちを屈服させまくるわよっ♡」
えいえいおー!と、ノアが握った手を大きく振り上げる。
こうして、まりあの長い長い戦いが始まった。