2-03 聖女は黒歴史をデリートしたい
女子大生の清宮真白は、ある日異世界に召喚される。真白が召喚された国、アドラー王国では、魔物が生み出す瘴気が国民を苦しめていた。
真白を召喚した魔導士は、聖女である真白に、瘴気を浄化するまで日本に帰さないと宣言。
真白は困った。腐女子である真白が日本に置いて来たパソコンには、見られたくないデータがわんさかある。早くデリートしなければ。
そこに現れたのが、王子と恋人同士である平民コリンナ。彼女は、自分が瘴気を浄化する事で王子との結婚を認めてもらおうとしていた。
そこで真白は、自分の代わりとしてコリンナに瘴気を浄化してもらおうとするのだが……。
気が付くと、私、清宮真白は見知らぬ建物の中にいた。
「おお、聖女様の召喚に成功したぞ!」
黒いローブを着た老人が歓喜の声を上げる。辺りを見渡すと、中世ヨーロッパの貴族らしき人々が沢山こちらに視線を向けている。
どうやらここは、どこかの城の広間のようだ。
私は大理石の床に座り込んだ状態で視線を下に向ける。床には何やら複雑な魔法陣が描かれている。
「あの……これは一体どういう状況でしょう? 聖女と聞こえましたが……」
私が尋ねると、黒いローブの老人が白い髭を撫でながら言った。
「ああ、これは失礼致しました。私はこのアドラー王国の魔導士で、ヘルムートと申します。実は、この国は大変な危機を迎えておりまして。聖女であるあなた様のお力を貸して頂きたいのです」
「へ? アドラー王国?」
詳しく聞くと、アドラー王国は今魔物の出現が相次いでいて、兵士や魔導士を総動員しても中々退治しきれていないらしい。
その上、魔物が生み出す瘴気が国のあちこちに発生していて、国の存亡に関わる事態になっているとか。
そこで、国は異世界から聖女を召喚する事にした。国王は、ベテランの魔導士であるヘルムートさんを城に呼び出し、瘴気を浄化できる聖女を召喚するよう要請。そしてヘルムートさんは召喚魔法を城の広間で行い、現在に至るというわけだ。
「……つまり私は、瘴気を浄化する聖女として召喚されたと……」
私の言葉に、ヘルムートさんは頷く。
「待って待って、私はただの日本の女子大生! 大学の帰りにいきなりここに召喚されただけなんです! 浄化とか出来ないです!」
「ホッホッホッ、ご冗談を」
ヘルムートさんは髭を撫でながら笑う。私の言葉を信じてくれない。
「実は、この魔法陣は聖女を召喚すると同時に、微量の瘴気を発生させる作用があるのです。微量の瘴気に耐性のある貴族でもなく、瘴気を無毒化する薬を飲んでいるわけでもないのに、あなた様は具合が悪くなる様子もない。あなた様が聖女である証です」
「そんな……」
ヘルムートさんは、先程までとは打って変わって鋭い目つきで言った。
「逃がしませんよ。あなた様は、私が複雑な魔法を使ってやっと召喚した聖女なんです。少なくとも、瘴気の発生が治まるまでは、あなた様にはこの国に滞在して頂きます」
「瘴気の発生が治まるまで……」
それを聞いて、私はハッとなった。私がこの国にいる間、日本では私の扱いはどうなっているんだろう。行方不明者扱い? それとも死亡扱い? どちらにしても、まずい事になった。
何故なら、私は根っからの腐女子。一人暮らしのアパートにあるノートパソコンには、見られたくないデータが沢山入っている。
男性同士があんな事やこんな事をする小説やイラスト等を見られたら、社会的にも身体的にも死ねる。
警察や家族がパソコンを見る前に日本に戻って、データを削除しないと。
しかし、私に浄化なんて本当に出来るのだろうか。浄化の仕方なんて分からないぞ?
私が不安に思っていると、突然広間のドアがバンと開かれた。
「ちょっとお! 聖女を召喚したってどういう事!?」
ドアを開けた二十歳前後の女性が叫んでいる。プラチナブロンドを首の辺りで切り揃えた美人だ。彼女の瞳はスカイブルーで、貴族が着るような仕立ての良いピンクのドレスを着ている。
「瘴気なら、私が浄化するって言ってるじゃない! 私が浄化出来たら、平民の私でもディルク王子との結婚を許してもらえるんでしょう?」
「いや、しかし、あなたは以前浄化出来ずに大変な事に……」
ヘルムートさんは、必死でプラチナブロンドを宥めている。どうやらプラチナブロンドの美人は、この国の第一王子であるディルク・アドラーの恋人らしい。
しかし、彼女は街の飲食店で働く平民の為、身分差があり、王子との結婚を認められていないようだ。
彼女が平民とは意外だけれど、ピンクのドレスは王子からの贈り物なのだろう。
プラチナブロンドは、以前治療院で不思議な力を使って老人の病気を治した事がある為、自分が瘴気を浄化出来ると申し出た。
しかし、つい先日彼女が国境付近で発生した瘴気を浄化しようとしたところ、かえって瘴気が広がり、対処が大変だったそうだ。
プラチナブロンドは、私の方を睨むと、ビシッと私を指さして言った。
「何よ、こんなちんちくりん! 私の実力を知らしめて、この女をすぐにでも異世界に送り返させてやるわ!」
いや、確かに私は小柄でちんちくりんだけど、そんなはっきり……ん、待てよ? 送り返す?
私は、ヘルムートさんの方を向いて聞いた。
「あの……この美人さんが瘴気を浄化したら、私は異世界に帰してもらえるんですか?」
ヘルムートさんは、頷いて答えた。
「はい。このコリンナさんが浄化出来るのなら、あなた様に滞在して頂く理由は無いので。私は異世界に帰す為の魔法陣も存じておりますし」
いい事を思いついた。私はプラチナブロンド――コリンナさんの方に手を向けて言った。
「ヘルムートさん、もう一度コリンナさんにチャンスを与えては頂けませんか? コリンナさんとディルク王子とやらは愛し合ってるんですよね? そんな二人の仲を裂くなんて、私にはとてもとても……」
私は、涙ながらにそう訴えた。
ヘルムートさんは、髭を撫でながら考え込んだ後、頷いて応えた。
「……そうですな。実は、農村で瘴気が発生したという知らせが届いております。明日農村でコリンナさんに瘴気を浄化してもらいましょう。上手くいったら、コリンナさんとディルク王子との結婚を認めるよう私から国王陛下に進言致します。その際には、もちろんあなた様に異世界へと帰って頂きます」
私は、笑みを隠せなかった。コリンナさんが浄化に成功すれば、私は日本に帰る事が出来る。
コリンナさんは、少し戸惑ったような表情で私に話し掛けた。
「ま、まあ、よく分からないけど、礼を言うわ。……ところで、あなたの名前は?」
「あ、私は清宮真白です」
「マシロね。あなたが聖女としての働きをしないとしても、この城で寝泊まり出来るように私からディルク王子に頼んであげるわ」
「ありがとうございます、コリンナさん」
私は、満面の笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
その後、私、コリンナさん、ヘルムートさんは、城にある会議室で明日の打ち合わせをした。
「農村は、明日の朝この城を発てば昼前には着くでしょう。農村に行くのは、私、コリンナさん、マシロ様、第一王子、第二王子、その他護衛の兵士四名ほど。王家専用の馬車は広いので、二台あれば良いでしょう」
机に広げた地図を見ながらヘルムートさんが言う。
「あの、農村の瘴気って、どれくらい広がってるんですか?」
「この城の敷地の二倍くらいでしょうか。特産品の野菜が瘴気で採れなくなり、農民は困り果てているようです」
「そうですか……」
思ったより深刻な事態のようだ。
「何辛気臭い顔してるのよ、マシロ。私がしっかり瘴気を浄化してあげるわ」
コリンナさんが、自信たっぷりに言う。
「頼りにしています、コリンナさん」
私は、笑みを浮かべて言った。絶対日本に帰って、黒歴史ともいえるあのデータを、デリートしてみせると誓いながら。