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2-02 女装王子と死に戻り令嬢。~私の婚約者が可憐すぎる件~

 私は婚約者である殿下に浮気され、冤罪を押しつけられて――牢獄の中で死んだはずだった。

 そんな私を神様が憐れに思ったのか、どうやら私は『死に戻り』というものをしてしまったらしい。

 でも、死に戻る前の経験から私は『男性恐怖症』になってしまっていて。


 そんな私のために、殿下は女装を始めてくださったのだ。


 ――私の婚約者は、女装をしている。


 貴族としてはあり得ないし、王族としてはもっとあり得ないことだ。


 でも、子供の頃から彼――彼女? いやいや、彼は女装を続けていて。なんとなんと、周りの人間もそれを受け入れてしまっているのだ。


 その原因は、私と彼を取り巻く数々の噂。


 いわく、殿下の婚約者(わたし)は幼い頃に誘拐され、男性恐怖症となった。


 いわく、そんな私を怖がらせないため、殿下は女装をするようになった。


 いわく、これこそが『真実の愛』なのだと。貴族令嬢を中心として美談になっているらしい。


 しかも最近では私たちをモチーフとした物語が小説となり、演劇となり、貴族から庶民まで広く楽しまれているのだとか。……さすがに自分のことを面白おかしく脚色された物語を読む勇気はないので、詳しいことは知らないけれど。


 とにかく。私の婚約者は幼い頃から女装をしている。これだけは変えようのない事実だった。


 そんな私の婚約者、クリストファー様は毎朝私を迎えに来てくださる。二人とも同い年で、貴族学園に通っているためだ。


 ちなみに『クリストファー』は男性名だけど、愛称である『クリス』だと男女ともに使える感じになるので、女装しているクリス様の名前としても違和感はない。


 ……いやいや、まずは王族が女装していることに違和感を覚えましょうよ私。


 なんだか流されているなぁと私が考えていると、クリス様を乗せた馬車が到着した。


 馬車から降りてきたのは女子生徒向けの制服に身を包んだ絶世の美女。いや美男子。……いやいや美女としか表現できない。


 王族の中でもひときわ美しい金髪は腰まで伸ばされ、朝の風を受けて柔らかに揺れている。


 やり直す前(・・・・・)数多くの女性を虜にしていた怜悧な目つきは、今はもう見る影もなく。穏やかに、優しげに、美しく。私を見て弧を描いている。


 その目の中にある瞳は、サファイアを思わせる深い青。空の色よりなお青く、海の色よりなお奥深い。ずっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうな……。


「リリー、どうかした?」


 クリス様が首をかしげる。


 まるで女性のような声。

 いや、そうだ(・・・)と分かっていると男性のように聞こえるけれど、何の注意もしないでいると女性にしか思えない。そんな不思議な声音だった。


「いえ、クリス様の美しさに見惚れてました。今日もまた可愛らしいですね」


「そ、そうかな?」


 ちょっと自慢げな顔をしながら、頬を僅かに赤く染めるクリス様だった。うん可愛い。


 たいへん満足しつつ、やはり「女装しているのは私のためじゃなくて、趣味なのでは?」疑惑が湧き上がってしまう私だった。


 ……いやいや、そんなことはない。クリス様は優しい御方。憐れな私のためにやりたくもない女装をしてくださっているのだ。うん。


「じゃあ、行こうか」


 淑女のような見た目で。紳士のように右手を差し出してくるクリス様。


 男性から差し伸べられた手を女性が取り、階段を昇り降りするときなどにエスコートしていただく。それがこの国での一般的な所作だ。


 そう。女性が、男性の手を。


 ――男性恐怖症。


 私とクリス様の噂はテキトーなものばかりだけど、クリス様が私のために女装してくださっていることと、私が男性恐怖症であることは紛れもない事実だった。


 男性恐怖症の私を怖がらせないためにクリス様は女装をしてくださっているし、私も見ているだけなら(・・・・・・・・)恐怖を抱くことはない。


 さらに言えば。男性恐怖症である私に直接触れなくてもいいよう、クリス様は制服に定められていない白手袋を付けてくださっている。


 そんな気遣いを、無下にするわけにはいかなかった。


「……ありがとうございます」


 たぶん、いつものように笑えていると思う。むしろ可愛らしいクリス様を見たばかりなので普段より朗らかですらあるはずだ。


 なので、大丈夫。


 毎日やっていることじゃないか。しかも私だって手袋をしているので、二重ガードだ。


 だから平気。

 だから大丈夫。大丈夫。大丈夫……。


 私は心の中で絶叫しながらクリス様の手を取った。


 ――ごつごつとした。大きくて、骨張った手。


 もちろんクリス様は肌のお手入れを欠かしてしないし、爪の手入れも完璧。生来の指の長さもあってとても美しく、細く、しなやかな手をしている。


 でも、それはあくまで見た目だけのお話。


 こうして実際に触れてみると、二重の手袋の上からでも『男性の手』であることはよく分かった。


 そう。乱暴で、凶暴で、抵抗する私なんて片手で軽々と押さえてしまえるような、男性の手。


 ――気持ち悪い。


 手を離したい。


 叫んでしまいたい。


 ……でも、それがどうしたのだろう?


 クリス様は私のために女装をしてくださっているのだ。

 私を怖がらせないために、こんなことまでしてくださっているのだ。


 そんな彼を安心させるために、男性恐怖症が少しずつ良くなっているのだと思っていただくために、私だって少しくらい我慢しなきゃいけないじゃないか。


 女の演技力を舐めないでほしい。


 一度やり直した人生経験を甘く見ないでほしい。


 心の中で涙目になりながら、それでも表面上は嬉しそうに。私はクリス様にエスコートされながら玄関の階段を降りた。とはいっても、数段だけなのだけど。


 普段ならここで一旦手を離し、馬車に乗る際にもう一度エスコートしていただく。


 でも、今日の私はクリス様の手を握ったままだった。その状態で手に力を込めたり、緩めたりする。


 動悸が酷い。

 目眩までしてきた。


 それは男性恐怖症のせいか――あるいは、『彼女』のことを口にしようとしているせいか。


 しかし顔には出ていないはず。

 顔に出ないよう、この十年頑張ってきたのだから。


「……リリー?」


「そういえば、今日は転入生がやって来るのでしたよね? この時期には珍しいので噂になっていましたよ?」


「……うん、そうだね」


 忘れもしない。

 やり直す前の人生で。私からクリス様を奪っていった男爵令嬢。


 ……とはいえ、私たちは『家と家が決めた婚約者』でしかなかったのだから奪うという表現もおかしいのかもしれないけれど。クリス様は私のものじゃなかったし、私もクリス様のものではなかった。


 私も、クリス様も、お互いのことを形式的な婚約者だとしか思っていなくて。二人の間に愛情なんてものは存在しなかった。


 だからこそ、あのような『喜劇』に繋がってしまったのだろうけど。


 ……もうあんな目には遭いたくない。


 だから私は微笑みかけた。せっかくやり直せたというに、再び、こんな私の婚約者にさせられてしまった御方に。望まない結婚を押しつけられようとしている可哀想な御方に。……今回は(・・・)、優しくしてくださった御方に。


「クリス様のおかげで男性恐怖症も良くなりました。まだ少し緊張してしまうのはお恥ずかしいですけれど……」


 恐怖ではなく、緊張。

 私はことあるごとにそう説明しているので、クリス様も信じていただけていると思う。


「……いや、気にすることはないよ。リリーは私の婚約者なのだからね」


 婚約者だから。

 つまり、婚約者でなければここまで優しくはしていただけないのだ。


 ……婚約者でもないのに親切にしていた、あの男爵令嬢とは違って。


 クリス様が損得勘定なしに優しさを注ぎ込んでいた彼女は、今日、学園にやって来る。『前』と同じならばこれからクリス様と『真実の愛』を(はぐく)みはじめるはずだ。


 そうなると、私はクリス様にとって『邪魔な婚約者』にしかならない。


 なら、いっそのこと。


「私は、もう、大丈夫です。男性恐怖症も何とかなるでしょう」


「……リリー?」


「ですので、婚約破棄したくなったらいつでも申し出てくださいね? もう、罪悪感に(さいな)まれる必要はないですから」


 10年前。婚約者としての初顔合わせの日。クリス様の手を握った私は男性恐怖症を発症。顔を含めた全身に蕁麻疹(じんましん)が出て、気絶してしまったのだ。


 この優しい御方は、あの日のことを今でも気にしているに違いない。


 だからこそ女装をしてくださっているし、私が男性に慣れるよう、こうして少しずつ触れ合いの機会を増やしてくださっているのだ。


 最初、顔にまで出ていた蕁麻疹は、今ではずいぶんと良くなった。


 すべて、この人のおかげなのだ。


「リリー……」


 少し寂しそうな声でクリス様が私の名前を呼ぶ。


 前回とは違い、優しくしていただいたおかげか。今さらながらに惜しくなってしまった私は思わず下を向いてしまい……。クリス様がどんな顔をしたのか確認することができなかった。


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