2-24 銀河協奏自由形
2040年、光の柱とともに人類に訪れた“覚醒”――それは、遥か昔に地球へとやってきた宇宙人の血が呼び覚まされた証だった。新たな力〈エイリア〉を得た人々は混乱の中で能力に順応し、やがてそれは社会の「標準技能」となっていく。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、
いっ……イヤァァァァっ!
2040年1月1日0時0分。新年を迎えるカウントダウンの「0」の直前に、それは起きた。
地球全体で地響きが鳴り響き、光の柱がたった。
地震に不慣れな国ではパニックが起きた。
柱から放たれた七色の光輪を浴びて、二足歩行ができなくなった者や宙に浮いてしまった者など、人々の身体に異常が起きた。
数時間後、なんとか新しい身体の使い方を掴む者が現れはじめた。
そこからようやく現状の復帰が行われる。幸い、この時代には科学の発展により、瓦礫の撤去、怪我人の処置はロボットが行ってくれた。
しかし、人々の身体に起きてしまった変化は元に戻らなかった。
様々な研究がされた結果、はっきりしたのはこれが病気でなく、変化であるということだ。
細胞が、DNAが変わってしまったのだ。
その中には特殊な能力が使えるようになる者も現れた。
様々な騒乱が起こる中、光の柱からそれは現れた。
その時、それには姿というものがなかった。ただ、そこに”在る”ことがわかった。
それは人類に語り掛けた。自分たちに起きた変化は遠い昔、宇宙人たちが地球にやってきて彼らと交じったことによって得た能力と姿であると。
歴史にはそのことは消えてしまったが、今、その血の記憶が呼び覚まされたのだ。
その力の名は『エイリア』と呼ぶ。光の柱からやってきた者たちはオーバーロードと名乗った。
ここまでが、私の話を語る上での前提、それから数十年後ーー
「ムニャムニャ、あと10分……」
そう言って、私は布団にくるまった。
「おねぇ、朝だよ!」
妹がカーテンを乱暴に開けた。病み上がりの姉にひどいことをする。
「お母さん、おねぇがまた溶けてる〜!」
「廊下のお酢ぶっかけなさい」
妹が一升瓶のお酢を構えて走ってきたので、私は慌てて飲み干した。
ゴクゴク…………。
「ぷは〜、頭がスッキリする〜」
足の感覚が戻ってきて、頭がハッキリした。
私は一階のリビングに降りる。テーブルには朝食が並んでいた。
「今日から学校でしょう」
「うん……」
「あなただけ、入学式に動けなくて6月になった。それが憂鬱?」
「うん」
「気にしなくてもいいじゃない、オンラインで授業はうけてたでしょう」
「そうだけどさあ〜」
私は鬱々としながらトーストをかじり、ビネガーソースを飲んだ。カリっとしたパンが口のなかで甘酸っぱいソースと混じって美味しい。
「あなたが望むなら、外部生として学校に行かないことだってできるわよ」
「それはいやだ。学校には行きたい」
「じゃ、さっさと食べていきなさい」
「わかったよ」
私は残りを平らげた。
「じゃ、行ってきます!」
家を出て歩き出した。
桜はとっくに散ってしまい、風は初夏の力強さを増している。本来なら4月が初登校だったのに、私は入学式当日に覚醒し、今まで学校に行けなかった。
管理局の人が家まで来てくれて、どうやらお酢がいいらしいということがわかり。ようやく、歩けるようになるくらいまで""身体のコントロール""ができるようになった。
じっと手の平を見る、掌心が盛り上がり、虹色の泡のようなものが浮かんでは消えた。
「こんなことができるようになってもね……」
私はため息をつく。オーバーロードの目的は地球人全員がエイリアを使いこなし、それが社会での一般的な技能になること。しかし、試行錯誤のさなか。この力がどういう社会を築くのか。多数の能力が出ているが、まだ完全に系統分けすらできていない。
そんなことを考えていると、ピタ、ピタ、と頭の上になにかが落ちた感触がした。
なんだろう、雨かな?と思って指でつまんでみると、淡いピンクの桜の花びらだった。
「え?」
私は辺りを見回した。6月だ。桜なんてとっくに散っているはずなのに。
見上げると、いつのまにか満開の桜が私の頭上に広がっていた。
もう6月で夏の兆しが見えはじめていたと考えていたというのに? 見上げると、さきほどは見えなかった桜の花が咲いていた。
「はじめまして、だね」
穏やかな声がした。
私は驚いて目を向ける。
そこには、さっきまで誰もいなかったはずなのに、自分と同じくらいの年頃に見える女性が立っていた。
腰まで伸びた長い髪が風向きを撫でるかのようにウェーブをかけている。髪の色は陽の光の間に立った木々の枝のような優しいブラウンだった。
見た目は目が覚めるような美人さん。しかし、一見すると普通の女の子にも見える。ずっと前から自分にとっては身近だったかのように勘違いさせるような。
ただ、彼女の態度、雰囲気から異様な気配を感じた。
「もしかして、オーバーロード!?いや、オーバーロードさん!? さま!?」
「やだな~、私はオーバーロードのクロノス。気軽にクーちゃんって呼んでよ」
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「キミの名前は、藤本綾音ちゃんだね」
「私の名前を知っているの?」
「あやねちゃんだけじゃないよ。全校生徒全員の名前はちゃんと覚えているよ」
彼女は、私をまっすぐに見て。
「2ヶ月遅れての勉強は大変だと思うけど、人類一人一人の能力開発が未来につながってるから、あやねちゃんにも期待しているんだよ。これからよろしくね」
その言葉と同時に、視界が一瞬揺らぎ、次の瞬間には彼女も桜も消えていた。気づけば私は校門の前に立っていた。
職員室に行き、先生の指示に従って、クラスに案内されて挨拶をして席に座った。
そんな中でも、私の頭の中では先ほどのことがリピートされていた。
さっきのは何だったんだろうか。幻覚を見せられた。時間が巻き戻っていたのかな?
オーバーロード クロノス……じゃなかった、ク―ちゃんのエイリアなんだろうか。それとも別の力?
「あやねちゃんだよね」
考え事をしていると、隣の席の女の子に話しかけられる。
眼鏡をかけている。おでこが出ていて、髪を後ろにまとめている。椅子の背もたれまで伸びている。ふわっとしていて柔かそうな髪。
「私の名前は日ノ本宵子。
選挙公平自発的管理の延長線上による運営組織および、
コスモスタンダード促進委員会でありながら、
銀河技能探索同好会であるが故に、
オーバーロード崇拝教構成員であったがために、
政治家の日ノ本直志の娘。
そして、クラス委員長だよ。よろしくね」
「肩書きが……多すぎない!?」
隣の席になったクラスメイトと話している最中、校内放送が流れた。
『厳正なる審査の結果、生徒会長は黒塔牙城に決まりました』
その言葉で教室がザワついた。
「マジかよ! あの牙城だと!」
「だれだよ、アイツに投票したバカは!」
教室にいる学生たちが口々に語る。
私は疑問に感じた。どうなってるんだ? 生徒会選挙って投票で生徒会長を決めるものなんでしょ?
普通だったら、教室の半分、少なくとも3分の1くらいは彼に好意を持っていてもおかしくないのに。
私以外の教室にいる生徒全員が彼を嫌っている。そんなのあり得るのか?
「理由はハッキリしてるぜ」
一人が憎々しげに言った。
「今回の選挙で、あいつが外部生も投票出来るようにしたからだ」
「でも、外部生全員の表を合わせても、牙城は当選することはないはずだぞ!」
『票数はクロノス・オーバーロード120票、黒塔牙城が125票。120対125で黒塔牙城に決まりました 』
「オイオイ! てっことは、外部生以外にこいつに投票した奴が5人もいたってことかよ! だれだよ、そんなバカは!」
一人の生徒の言葉に鼓動が高鳴った。心臓が飛び出てどこかに走り去ってしまいそうなくらいだ。
(牙城くんが掲げていた外部生のための政策に共感しただけだったのに……まさかこれほど校内で嫌われてるなんて知らなかった!)
私が投票したって、知られないようにしなきゃ、そう思っていた。さきほどまで話していた日ノ本宵子ちゃんから次の言葉を聞くまでは。





