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2-21 Requiem for Blue ~バーチャルアイドルと地上最後の日~

2101年。

人類史上初の地球統一国家がその産声を上げた年。

歌うこととギターが大好きな平凡な女子高生、水野星羅。彼女は軽音楽部内の学内バンドに所属していたが、とあるきっかけで空中分解してしまう。

大好きな歌とギターを諦めきれない彼女。心機一転ストリートライブを始めるが、上手くいかない日々。

そんなある日、ライブ中のトラブルから逃げるようにしてたどりついた砂浜にて。

大好きな三人組バーチャルアイドルユニット「エミューリア」のライブ配信を見逃していたことに気づく星羅。慌ててつけるとやっていたのは、ストリートライブでも演奏するほどに大好きな、エミューリアの代表曲。

ついライブに合わせて演奏したくなり、口ずさむ星羅。

そんな彼女の歌声に惹かれ、姿を現われた者たちの正体とは・・・・・・?

そして、そんな彼女たちの運命を揺るがす恐ろしい計画と、そこに潜む地上滅亡の危機とは・・・・・・?

2101年。

とあるビル街の中心に浮かんでいるのは、空を覆うほどに巨大なバーチャルサイネージ。

その下では、すっかり人口も減ったその都市のどこに隠れていたのか、数多の観客たちが一斉に画面を見つめている。

その視線の先。ホログラムの海に浮かび上がるのは、幻想的な海中ステージと、そこに上がる三人組の女性バーチャルアイドルユニット「エミューリア」。

海洋生物モチーフの彼女達のモデリングは、質感も元の生物へと精巧に寄せられている。揺れ広がる髪や衣装、水を掻いたときの泡までもが再現され、作り手のこだわりが伝わってくる。

一曲ごとに沸き起こる地鳴りのような大喝采も、ホログラム越しの彼女達には聞こえているか解らない。それでも彼女達は、まるで本当にそこにいるかのように、ファンの歓声へと応えていた。

三人組のうち右側は、推定170cm代の高身長が、他メンバーと並んだときに頭一つ抜けて目立つ少女。彼女の名はリーヴァ。

白鯨モチーフの純白の衣装に、優しい色味の金色の髪を束ねたロングポニーが映え、その姿は神々しさにも似た雰囲気をたたえている。

それに加え、全てを包み込むかのような優しい笑顔と、天使のような美しいソプラノボイスまでもを持ち合わせており、それらの全てがエミューリアファンを魅了して止まない彼女の武器である。

向かって左側。推定140cm代の小さな身体がリーヴァとの対比で目立つ少女。彼女の名はノチラン。

擬人化のモチーフ元としては珍しい、オウムガイをモチーフとした白と橙の半々に入り混じった配色の外ハネボブが彼女のトレードマークだ。

そんな彼女がときにステージ上で魅せるのは、そのミニマムな体躯に似合わぬダウニー系のクールな表情と、キレのあるダンス。そんなギャップがファンの心を掴み、根強い人気を博している。

そしてセンター。身長こそ150cm代の中背でノチランよりは高いのだが、その白いという次元を超えて、もはや透き通らんばかりの肌と華奢な体躯のせいか、少し触れただけで溶けてしまいそうな儚さをたたえた少女。彼女の名はクララ。

クラゲをモチーフにした水色のドレス衣装と、色素の無い透けるような白のウェーブロングの髪。今にも海に溶けてしまいそうなその危うさこそが、ファンを絡め取る彼女の魅力である。

「今日はワタシたち、エミューリアのライブに来てくれてありがとー」

クララがその口を開くと発せられたのは、そのビジュアルに違わぬ透き通った儚げな声。しかし、その一見頼りない声は不思議なことに、熱気に沸く観衆をも支配するかのように澄み渡っていく。

「それでは次が今日ラストの曲です。聞いて下さい『Dive into the Strait』」

舞台の照明が深海のごとく暗転すると、湧き立った観衆が嘘のように一斉に鎮まりかえり、息を呑む。

そして次の瞬間。軽快なエレキギターのイントロが、静寂に染まった街を駆け抜けていった。


***


前のめりなエレキギター演奏に合わせ、一人の少女が懸命に歌っている。彼女の名前は水野星羅(せいら)。17歳の高校生だ。

20時の駅前。通行人の姿はそこそこだが、星羅の演奏に足を止める者はいない。

酔っ払いの中年男性が一人、音楽関係なしに好き勝手騒いでいるだけだ。しかもその視線は、演奏に合わせて揺れるスカートから覗く、星羅の白い柔肌ばかりを追っている。

状況の俯瞰などしようものなら、心が折れてしまいそうだ。それが分かっているからこそ、星羅は努めて目の前の演奏にのみ集中する。

勢いそのままに、エンディングフレーズまで一気に駆け抜ける。余韻まで完全に消えきると、星羅じゃ唯一の観客に向けて深々と一礼した。

「姉ちゃん、ばいおりん上手いなあ。コレ、あげるわ」

すると、その中年男性は千鳥足で星羅へと寄ってきた。そして、スーツの胸ポケットからしわくちゃの一万円札二枚を手渡そうとする。

「え、あ、こんなに受け取れません・・・・・・」

ストリートパフォーマンスに対するおひねりにしては、二万円はあまりにも高額過ぎる。そもそも星羅がおひねり目当てでストリートライブをしていたわけではないことも相まって、彼女は突然突き出されたその大金を前に、すっかり混乱してしまっていた。

そんな星羅の困惑を余所に、千鳥足の男は無遠慮にも、彼女のパーソナルスペースにまでぐいぐいとにじみ寄ってくる。

「遠慮せんでとっとき」

「い、いえ。本当に結構ですので・・・・・・。こ、困ります」

二万円をなんとか男へと突き返そうとする星羅。至近距離でのやり取りのせいで、酒気と加齢臭の入り混じった強烈な刺激臭が鼻を突く。

「いいから。その代わりやけどなあ・・・・・・おじさん、この近くにホテル取ってるねん。今夜、どうや?」

男の意図が判明すると同時に、星羅の左大腿にさすられるような感触が奔った。ぞわぞわと悪寒が立ちこめ、吐き気を催すほどの不快感に襲われる。

「い、いや・・・・・・」

震えながらも、なんとか声を絞り出す。

「いやいや。こんなところでJKのコスプレなんかして、誘っとるんやろ? いいから黙ってこっちに来い!」

しかし、そんな星羅の必死の訴えも、男の嗜虐心をくすぐるのみであった。男に左腕を乱暴に引っ張られ、身体を引き寄せられそうになる。

「や、やめてください!」

星羅は無我夢中で、空いている右腕を使い、ギターのボディを男の胴体目掛けて思い切り押し込んだ。単なる偶然だったが、ギターは男のみぞおちをものの見事に捉えた。

男は酒に酔っていたこともあり、その衝撃と痛みでよろけてバランスを崩し、そのまま地面に尻餅をついた。

事態を重く見た通行人たちによって男が取り押さえられると、星羅は足元のギターケースだけを拾い上げ、逃げるようにしてその場から駆けだした。


***


「はぁ・・・・・・」

星羅の大きな溜息も、寄せては返す波の音へと上書きされる。

無我夢中で走った星羅は、気づくと近くの砂浜まで来ていた。荒れた呼吸を整えると、誰もいない夜の砂浜へとそっと腰を落とす。

「散々な目に遭った・・・・・・」

波の音以外に何も聞こえない静けさの中、見上げる空にはベテルギウスがやっと見えるのみ。星羅の独り言に対し、返事をする者がいるはずもない。

「ストリートライブなんて止めたほうがいいのかなぁ・・・・・・」

星羅は、線のつながっていないギターの弦を弾いてみるが、その無機質な音もすぐに波の音へと呑み込まれた。

元々は高校の軽音部で部内バンドを組んでいた彼女。学園祭ライブで大トリを務め大成功を収めるなど、学生活動としては順風満帆・・・・・・のはずであった。

ベースとドラムが星羅に隠れて付き合い始めたという噂を聞いた頃から、それとなく嫌な予感はしていた。

案の定その嫌な予感は、ベースがサッカー部のマネージャー、ドラムが野球部のエースとダブルで浮気していたことが発覚するという、予想の斜め上を行く方向で的中することとなった。当然両者の関係は気まずくなり、部活にもまったく顔を出さなくなった。

その一見おとなしそうなルックスのせいで、幼い頃から優等生タイプと決めつけられ、ときに損をすることも多かった星羅。そんな彼女にとって赤いエレキギターは、唯一そんな呪縛から解き放ってくれる魔法のような存在だった。そんな大事な存在を、痴情のもつれ、しかも自分の預かり知らないところでのことなんかがきっかけで手放す決断などできるはずもない。

とはいえ、大陸への人口流出で過疎化が深刻な、ハコダテの高校の軽音部なんかに再度バンドメンバーを集められる程の部員がいるはずもなく。そこで星羅が目をつけたのが、単身でのストリートライブであった。

しかし、結果はこのザマだ。

「はぁ・・・・・・」

再びの大きな溜息も、波の音へ同じように呑み込まれていく。

すると、上着のポケットに入れていた通信端末が通知を寄越してきた。

「なんだろう? あ、エミューリアのライブ配信!」

星羅が端末を取り出して確認してみると、通知の正体は動画投稿サイトの投稿通知。

「ま、まだやってるよね?」

慌てて通知から配信へと飛び、両耳にイヤホンをつける。

「それでは次が今日ラストの曲です。聞いて下さい『Dive into the strait』」

配信はちょうど、クララがラストの曲のMCをしている場面だった。

「あ、次ダイストじゃん。せっかくだし一緒に弾こ」

エミューリアのライブに合わせてギターパートを弾いていると、今度は彼女たちと一緒に歌いたい気持ちがこみ上げてくる。

砂浜の向こうの海に、少女の口ずさむ声がわずかに響いた。


***


「ねえ、ノッチー。本当にやるの?」

「ああ。もう時間が無いんだよ」

「そうは言ってもさ。こんな真冬の海岸に人なんているの・・・・・・?」

「待って、クララちゃん。あっちから何か、歌が聞こえないかしら?」

「え? あ、本当だ。しかもこれって・・・・・・」

「ダイストじゃん。しかも、ボクよりよっぽど上手くて草なんだけど。決めた。ターゲットはあの娘にしようよ」

「ずいぶん即決だね?」

「そりゃあ、あんな逸材捕まえられれば、ボクが安心してサボれるだろ?」

「ノチちゃん?」

「やだなあリーヴァ、冗談だって。だからその両手を引っ込めてくれないかな?」

「ふふ、悪い子にはちゃんとおしおきしてあげないとね」

「だから冗談だって! 笑顔でにじみ寄って来ないで! 怖いから!」

「はぁ、漫才はMCのときだけでいいから。ほら、ターゲット決まったなら早く行くよ?」

「はーい」

「ああ、死ぬかと思った」

三人の人影は、海中をすいすいと、歌声の聞こえる方向へと泳いでいった。


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