2-13 孤独の王は仲間を探すようです〜なお、仲間ができると弱体化する模様〜
「俺、近くに味方がいると本気で戦えないんだけど」
最強の冒険者、『孤高のセン』は街の外れに暮らしていた。
そこにやって来たのは、神託を携えた少女『フォルトゥナ』。
曰くその神託とは、『仲間と共に魔王を倒す』こと。
ところがどっこい、センの身体は呪いで満ちており、戦うために力を出すと呪いが振り撒かれ、周囲の人間は極端に運が悪くなってしまう!
戦場においては、些細な運も致命傷に繋がる。
故に今までは常に一人で戦ってきたわけだが……
「まあでも神託は神託ですからね! 細かいことは気にせず盲信していきましょう!」
「シスターの台詞としてはギリギリ駄目だろ、それ」
仲間を得ると弱体化する!
絶対に一人で戦った方が強い男と、運にだけは自信があるシスターによる弱体化冒険ファンタジー、開幕!
「俺はね、本当は孤高じゃなくて、孤独だったんだ」
最強の冒険者は誰か。
冒険者の間でしばしば挙げられるこの話題。
『蒼炎のガレス』
『戯剣のフォル』
『闇殺のゼル』
魔獣狩りならガレスだろう。
闘技場ならフォルが強い。
いやいや、何でもアリならゼルが最強だ。
信憑性などという概念はなく、所詮は酒呑み共の肴でしかない話題だ。
ただ、そんな話題におけるある種の暗黙の了解として、決して挙げてはならぬ名前がある。
別に名前を言うと呪われる、なんて話ではない。
ただただ単純に、その名前を出すと話が終わるから。
早い話、全会一致の事実として、その男は。
『孤高のセン』は、誰もが認める最強なのだ。
◆
孤高のセンは、その名に相応しく街の外に住んでいた。
本来、それは危険な行為である。
何故なら、街の外は脅威となるものが多い。
流石に魔獣が街の近辺まで降りてくるようなことは滅多にないが、野盗が彷徨いていることはよくある。
だが例外的に、センの住む近辺には野盗の類も滅多に出てこない。
「って聞いてたのに……!」
真っ黒い修道服に身を包んだ少女――フォルトゥナが、街道の外れを駆けていた。
「おい! 待ちやがれ!」
その背を追うのは、この近辺では珍しい野盗三人。
見ての通り、彼女は襲撃を受けていた。
何故護衛なりを付けていないのか、疑問に思うかもしれないが、一応の理由はある。
フォルトゥナは一人旅の身だ。
その危険性は経験と、人伝の体験談から理解していた。
そのため、一人旅とはいうものの殆ど一人で行動することはなかった。実際、センの住む場所の最寄街までは、護衛の付いた乗合馬車を利用している。
だが、今回に限って彼女は人を頼らなかった。
それは、この近辺に野盗が出ないという噂を鵜呑みにしたからであり。
そして、ここまで何だかんだ大丈夫だったし、多分大丈夫! という……まあ要は油断であった。
「はっ、はっ!」
フォルトゥナは聖職者、俗に云うシスターである。
荒事の心得はなく、故に許される選択肢は逃走の他なかった。しかし、旅によって多少マシになったとはいえ、元々彼女には体力がない。
追いつかれるのは時間の問題――
「わっ! きゃ!?」
――だったのだが、たった今、更に短くなった。
「ははっ! 転びやがった!」
嘲笑うような。いや、事実彼らは彼女を嘲笑っている。
「間抜けだな」
「ひっ、痛い!」
「やっと捕まえたぜ。逃げ足が速えと面倒で仕方ねえな」
乱暴に髪を掴まれ、思わず悲鳴が漏れた。
「シスターなら初物だろ? 顔も悪くねえ。喜べ、良い値が付くぞ」
「ボス、味見しても良いか!?」
「値下がりした分テメェが払えるならな」
げらげらと、下卑た笑いが周囲に響く。
そんな中。
「や、やめてください!」
「あん?」
「こんなことをして、どうするつもりなのですか!?」
涙目になりながら、フォルトゥナが叫ぶ。
「はっ、何だ。天罰がどうのとか喚くつもりか?」
「違います! 私を売って、その後どうするのかと聞いたのです!」
「んなことテメェには関係ねぇだろ」
「人から何かを奪ってお金を得て、足りなくなったらまた奪う。そんなことを何時まで続けるのですか? 何時までも続けられると、本当に思っているのですか?」
おもむろに、ボスと呼ばれた男が彼女の腹を蹴りつけた。
「あぐっ」
「喧しいな。聖職者ってのは皆そうなのか?」
「あなたは……」
「そりゃあ続けるさ。死ぬまでずっと、俺は俺より弱い奴から奪い続ける。それの何が悪いんだ?」
「良い筈が……ぐっ」
「奪われるのは弱いから。弱いってのは悪いんだよ。お前だって、強けりゃあこんなことにならなかった。簡単な話だろ」
論点がズレている。
だが、狩りに茹だった、野盗に堕ちる程度の頭では、そんなことすらも理解できない。
「つまんねぇ説教だったぜ」
「そうか? 考えさせられる話だったと思うけどな」
その声は、彼らの真横から聞こえた。
「なっ」
「まあ下調べもせず、わざわざここを狩場に選んだ頭じゃあ理解もできないか」
その男は、誰にも気付かせぬ間にそこにいた。
一瞬のうちに野盗から彼女を拐った男が、気遣うように声を掛ける。
「大丈夫か?」
「あなた、は」
「そういうのは後で。今片付けるから、君は何もするな」
野盗共の手の届かぬ場所にフォルトゥナを置いて、乱入した男は野盗に向き直った。
「お前……何モンだ?」
「センだ。憶えなくて良い。そんなことより」
瞬間。
「構えろ、外道共」
センから放たれる澱んだ気配が、辺り一帯を色濃く包んだ。
「これは……呪詛?」
フォルトゥナが小さく呟いた。
聖職にとっては、ある意味で馴染んだ気配だ。
しかしセンから放たれるソレは、フォルトゥナが今までに見たどんな呪詛よりも圧倒的に濃く、強い。
「""蠱独:雀蜂""」
詠唱によって形作られるのは、漆黒の細剣。
飾りのない簡素な見た目。遊びはなく、込められるのは只管に純粋な殺意のみ。
武器とは美術品ではなく凶器なのだと、その全身が激しく主張していた。
「お、お前ら!」
野盗たちが慌てて武器を構える。
しかし。
「あ、あれ?」
慌てすぎたのか、ボスと呼ばれた男はポロリと短剣を取り落とした。拾おうと隙だらけになった男の首を、センの細剣が薄く薙ぐ。
ヒュッと軽い音がして、まるで噴水のように赤色が噴き出した。
瞬く間に顔色を悪くした男が、ふらりと倒れた。
もう二度と、起き上がることはないだろう。
「あと二人」
「う、わぁああ!」
残り二人の片割れが、パニックになったように錆びた手斧を振りかぶる。
しかし。
「あ」
運悪く躓いてしまった。
それだけならまだしも、振りかぶられた手斧は、吸い込まれるようにもう一人の頭に直撃した。
醜く砕かれた頭からは、これまた噴水のように赤色が溢れ出す。
倒れた男は、やはり二度と起き上がらないだろう。
「あと一人」
「ひっ」
仲間を殺してしまった男は、ここに来てある種の冷静さを取り戻したようだ。
逃走を図るため、元気よく立ち上がって走り出した。
しかし。
「あぇ?」
不運にもつるりと滑って転んでしまった。
血に塗れた土草は、存外滑りやすかったらしい。
無様に這いつくばる男の心臓を、細剣がさくりと貫く。
するとやはり噴水の如く赤色が噴き出し、身体を支えるための手足から力が抜けていった。
べちゃりと倒れた男も、二度と起き上がることはない。
「……」
唐突に始まった一対三。
その決着はあまりにも呆気なく、見応えもなかった。
周囲の呪詛と共に消失した細剣に驚くフォルトゥナに、センは優しげに声を掛けた。
「君、怪我はないか?」
「え、あ、はい! 大丈夫です!」
何度か腹を蹴られていた筈だが、フォルトゥナに強がる様子はない。当たりどころが良かったのだろう。
安心したように目を細めたセンに、フォルトゥナはおずおずと問い掛ける。
「あの、あなたは『孤高のセン』様で、間違いありませんか?」
「……自分で名乗ったことはないけど、そう呼ばれることはあるよ」
「やっぱり! 私はフォルトゥナといいます! あなたにお話があって来ました!」
「話? ……まあとりあえず、場所を変えようか」
「あ、はい! でもその前に……」
立ち上がったフォルトゥナが、事切れた野盗たちに近付いた。
そして血に塗れることも厭わず、その遺体に触れる。
「先に、彼らを弔ってからにさせてください」
「……手伝うよ」
◆
フォルトゥナが聖職者らしく野盗三人を弔った後、二人はセンが暮らす小屋へと場所を移していた。
「改めて、フォルトゥナと申します。先程は助けていただき、ありがとうございました」
「センだ。よろしく」
軽い自己紹介を済ませ、話は早々に本題へと進む。
「それで、話って?」
「はい。教国の聖女様から、言伝を預かって参りました」
教国とは、シルルと呼ばれる神を信仰する宗教、シルル教を国教とする国である。そして聖女とは、教国の中でシルル神からの神託を受け取れる唯一の人間だ。
つまり聖女からの言伝とは、即ち神託そのものである。
「『孤高のセンよ。仲間を集め、邪悪なる魔の王を討伐せよ』……とのことです」
「……は?」
「そして、一人目の仲間は私、フォルトゥナです!」
「へー」
自信満々なフォルトゥナはさておき。
「魔の王って……魔王だよな? 十年くらい前に倒されたとかいう」
「その魔王だと伺っています!」
実は倒されていなかったのか、とか。
何故センなのか、とか。
そもそも言うことを聞かなければならないのか、とか。
「疑問がある場合は一度教国へ来るように、とも言付かっています」
「疑問しかないが……」
それ以前に。
「俺、近くに味方がいると本気で戦えないんだけど」
「えっ」





