2-12 TS転生おじさんはモフモフにまみれて暮らしたいけど邪魔者多め
あまり報われない人生を送ってきた氷河期世代おじさんが、けっこうハードモードの異世界にTS転生して大好きなモフモフを愛でたり、仲間にしたり、邪魔する奴をぶっ飛ばしたりするお話し。
不遇幼女からスタートし救国聖女を経て、モフモフ狂いの拳神へと至る道のりをおじさんの語りと共に。
私は死んだ。
ついさっきまでは生きていたというのに、なんともあっけない終わりだ。
骨や内臓が飛び出た自分の死体を見下ろしても、そんな感想しか浮かばなかった。
今の私はさしずめ幽霊というやつだろう。
仕事の帰り道、少年とその飼い犬であろう柴犬に向かって突っ込んできたトラックを目撃。
いつの間にか動いていた体は彼らを突き飛ばし、身代わりとして見事な死体から幽霊という訳である。
後悔はそれほどない。人生なんてものは氷河期世代というのも相まって諦め続きだったし。
こんなくたびれたおっさん一人の命で少年と柴犬を救えたなら、まあ良しとすべきだろう。命の使い方としては上等だ。
しかし、心残りがない訳ではない。私の唯一の癒しであったモフモフ達との触れ合いだけは、飽きるほどに堪能してみたかった。
犬カフェとかで一日中過ごしたり、いや、それをいうなら飼えば良かった。出張の多い仕事だからと言い訳せずに転職を頑張れば……。
……いかん、そう思い始めると後悔が込み上げてきたぞ。このままでは地縛霊コースではなかろうか。成仏できる気がしない。
おおっ、モフモフアニマルだけが人生の煌めきだった! 癒しを、我に癒しを! せめて最後にモフモフをっ! 冥土の土産にモフらせてくれっ。
……と、燃え上がるような衝動が沸き起こる最中、さきほど助けた少年と柴犬がこちらを向いているのに私は気づいた。
……ああ、もう、モフるしかない。
私は滑るように少年と柴犬の前へと移動した。
うーん、素晴らしい毛並み。普段なら必ず断りを入れて触るが、今はもういいだろう。我慢ができない、さあモフらせてくれよ。
幽霊だから触れないかもだが——
『——やあ、加藤憲一』
んお?
『おーい』
……えっ? 喋ってないかお前。
『聞こえてるよね?』
……いや、喋ってるな。それに何で私の名前を。犬って霊感強いとか聞いたことがあるしそれでだろうか? いや、うーん、わからん。今はそれよりも、この首のフサッとしたところを触りたい衝動が強い。
……ふほぉ。この手触りたまらんっ。
『加藤憲一。お前は死んだ』
「知ってるよ。さっき死んだばかりだ。にしてもお前、ツヤツヤでふくふくじゃないか。ちょっと肩口も触らせてくれよ」
『けれどそれは僕に出会ったせいだ。ああ、そこ気持ちいい。もうちょい上もお願い』
そうかそうか、ここのモフモフに隠されたムチっとしたとこだな。こういう手触りも大好きだから、いいぞぉいくらでも撫でて……。
「……ちょっと待て。どういうこと? 出会ったせいって」
『うん。落ち着いて聞いてね』
柴犬が私の顔を見つめてきた。
『僕は君たちの言うところの死神だ』
そうか、ずいぶん毛並みのいい死神だな。可愛すぎるぞ。
「死神という事は、私を冥土に連れて行ってくれるのか?」
『違う。僕が連れていくのは、この子だよ』
私は柴犬、もとい死神が顔を向けた先を見た。
少年だ。……よく見ると目の焦点が合っておらず、心ここに在らずといった感じで元気がない………まるで死んでいるかのようだ。
幽霊である私の方がよほど元気にみえる。
『この子を連れていく途中にお前にあったんだよ、加藤憲一。あそこで出会わなければ、いや、割り込んでこなければお前は死ななかった』
柴犬の説明で、私の中にあることが思い浮かんだ。
「もしかしてなんだが……無駄死に?」
『そうだね』
そうだねって、軽いな。
……しかし、無駄死にかぁ。なんと言えばいいやら。だが目の前のモフモフの危機を助けないという選択肢は私にはなく、仕方がないことだったのは間違いがない。うん……せめてモフモフで癒されよう。
『時々、お前みたいな奴が僕とか死者を見てしまうんだ。そこ、もうちょっと上』
「ここだな。よしよし。ところで私みたいな奴とは?」
『寿命が短い奴とか人生を諦めている奴だよ。そういう奴は僕を見ることが多いのさ』
「……そう言われるとそうだな」
独身の不摂生で、きっと寿命は短かっただろうし、人生なんてものは諦め続けないと犯罪に走ってしまいそうになるぐらいには希望が見出せなかったからな。
だがそうなったのは、時代や上の世代が……おっと、いかん。今は愚痴る時じゃない。モフる時だ。
『で、なんだけど。それだと僕が上司に鬼ヅメされちゃうんだよ。予定外の魂を持ってくるなって』
「そんなに怒られるのか?」
『大変だよー、予定外はめちゃくちゃ怒られる』
おお、そんな可愛さを振り撒きつつゴロンと転がってお腹を見せてくれるのか。良いぞーいくらでも撫でる、いや撫でさせて。
『それで本題だけど』
たまらん。手触りたまらん。
『お前には転生してもらう』
……ちょっとまて。いきなり話が飛躍したな。
「転生? というとラノベやアニメのアレか」
『そうアレ』
「異世界行っちゃう?」
『行っちゃうね』
「なんか強そうな能力とかでハッピーになっちゃう?」
『なっちゃうね』
これは……嬉しいかもしれない。
責任の割には安い給料でこき使われ、数少ない友人とは年々疎遠になり、両親も他界して兄弟もいない。もちろん恋愛なんてものはまともにしたこともなく。
そんな、寂しい私の人生。それをチート能力付きでやり直せるなら。
……いや、待て。上手い話には裏があることが多い。まだ浮かれては駄目だ。
気になるところ……そうだな、まずは文明レベルや生活環境を聞いておこう。
「風呂とかトイレはどうなる? ちゃんとある世界か?」
『いくつかある候補先は、こっちでいう中世洋風世界で、どれもお風呂が習慣化されているね。現代地球と比べるのは無謀だけど、苦労に見合った充実感は得られるぐらいのレベルかな。あと、トイレは都市部なら水洗のところもある』
「なるほど……対応はできそうだな」
潔癖症という訳でもないし、我慢できるレベルか。
「有益な情報だ。期待度が高まって——」
『——でも』
「……ちょっと待てくれ。でもってなんだ。いきなり不穏なワードを挟まないでくれるか」
そのタイミングでの、でもはないって。不意をつかれて真顔になったぞ。やめてくれよ全く。とりあえず落ち着きたいからモフらせてくれ。
『少し条件があるんだ。あっ、そこ、背中ゴシゴシ強めでお願い』
「強めゴシゴシ了解。それで条件とは?」
『そう。転生先の世界選択についてだね。希望を反映せずにランダムで選ぶと、チートは強力だし、治安や生活環境も良い異世界で、イージースタートが切れるよ』
ん? 特に困る要素が無くないか?
「ランダムで結構だが」
『モフモフがいない異世界でも?』
「それは困る。というかあり得ない」
それなら此処で死んだままの方がましだ。いくらチート付きといえど、癒しなき世界に魅力など微塵も感じられない。
『でしょ? だから選ばせてあげようと思って』
「君はなんて素敵なんだ……この美しいモフモフだけではなく、素晴らしい心遣いまで備えるなんて」
『ありがとう。じゃあモフモフが多い異世界は確定っと。チート能力はどうする? 生き抜くための基本能力は付与済みで、それ以外にサービスで一個おまけしてあげるよ』
「……モフモフと通じあいたいな。今みたいにモフモフと話せるなら嬉しい」
『んー、出来そう。でも結構コスト重いな。戦闘系の能力が付けれそうにないなぁ……そうだ、こうすればいっか。よしよし、仲間の力を借りる感じでいこう』
おや? 何だか意識が遠のいてきた……まさか。おいおいちょっと待て、もう始まってるのか?!
『じゃあ行ってらっしゃい。あっ、そうそう、お願いのコストが重くて、代わりに環境というか境遇はちょっぴりハード気味だから。そこんとこよろしくで』
ちょっ、ちょっちょっ、最後に詐欺めいたことをして……おーい! 愛らしく首を傾げたまま遠ざかって行くんじゃない、何がよろしくなんだっ! ダメだ声を出そうにも意識が途切れ——————。
◆
「——起きなさい、シスター・フィア。そんな演技で日課をサボれるとは思わない事です」
至近距離で雷が落ちたかのような轟音が脳内に響いて、私は意識を取り戻した。
視界に入るのは意地悪そうな顔の修道女? 隣には神父? ここは……石の床に倒れているのか?
「ごほぉっ」
胃からせりあがる不快感と口に広がる血の味。
ちょっと待って、なんだこの状況。理解が追いつかない——
——その時、混乱する私への答えとでもいうように、私の意識と誰かの意識が混ざり合い記憶が繋ぎ合わされていった。
小さな女の子の記憶。六歳まで生きて、そしてついさっき死んで、たったいま生き返ったフィア・アーシェスの記憶。
これが私の転生先……。
「さあ祈りなさい」
妙齢の修道女、記憶の通りであればシスター・カタリナが、棘のついた太い金属棒を握りしめながら私に語りかける。
いやいや、ちょっと待て。そんな物で殴ったら死にますけど。
というかさっきそれで死んだ記憶があるんですが。
「祈りなさい」
……私は柴犬に転生させてもらい生き返った。のだが……これ、失敗してないか?
振り上げられた金棒を見ながら、私はそんな感想を抱いた。





