三つ子の女神の暇つぶし~とある王国の召喚の儀~
暇を持て余した三つ子の女神は、幾重にも広がる世界を横目に果物をつまんでいた。
「……納得いかないわ」
不満げに呟く長女に、「どうしたの?」と次女が問いかける。
長女が透明な泉を指差すと、そこには、彼女が最近熱心に観察している世界が映し出されていた。
「また若い女よ。若い女か、それか男。どうして召喚の儀で呼び出されるのは、いつも若者ばかりなの?」
何を言い出すのかと思えば、どうやら異世界召喚で選ばれるのが若者ばかりなのが気に入らないらしい。
「……そうだ。召喚の儀で、本来呼ばれるはずだった人間とは別の人間を送り込んだらどうなるかしら。呼び出した側がどんな反応をするか、見てみたいと思わない?」
「あら、面白そうね。ルールはどうしようかしら」
「どんな人間を選ぼうかしら。宇宙人もありかしら」
三つ子の女神たちは、召喚の儀に選ばれる者を決めるため、三つのルールを制定した。
一つ、舞台は長女が注目していた王国にすること。
一つ、召喚されるのは若者以外とすること。
一つ、新たな特殊能力は与えないこと。
各自、どんな人材に目を付けたのか。互いに探るような笑みを湛える。
そして、三人は透明な泉を囲み、とある王国で行われている召喚の儀を見守ることにした。
――その王国では、代々召喚の儀が行われてきた。
召喚されるのは、当然ながら若き者。王族の伴侶として迎え、子をなすことが慣習とされていた。
なぜ、わざわざ異世界から人を呼び寄せるのか。
答えは簡単だ。
異世界からの来訪者は、特殊な能力を持ちながらも、基本的に従順で、主体性に乏しかった。
特に「ニホン」という世界から召喚される者は、その傾向が顕著だった。
彼らは「聖女」や「勇者」と持ち上げれば、王国にとって都合よく働いてくれる。
最初は帰りたいと泣きわめく者も、眉目秀麗な王族に引き合わせれば頬を赤らめ、「あなたにしかできない」と適当な魔物を討たせれば、勝手に使命感を燃やしてくれた。
過去には、本当にその時代の魔王を討つ者や、文明を発展させる者もいたという。
王国にとって不要になったとしても、政略結婚の駒として使える。
異世界人を擁すること自体が、他国との外交手段として有用だった。
召喚の儀には貴重な魔晶石と莫大な資金が必要だったが、それに見合うだけの価値があった。
だから今回も、当然のように国益となる者が召喚されるはずだったのだが――。
長女が送り込んだのは、腹の出た、ボサボサ頭の中年の男だった。
「――ヒッ!」
魔導士たちが呆然とする中、王女の悲鳴が響き渡る。
召喚されたのが男ならば、自分の婿になるはずだったのだ。
こんな脂ぎった男、愛せるはずがない。
「こ、ここは……?」
一方、召喚された男も状況が飲み込めず、最初こそ困惑していた。しかし、何か思い当たることがあったのか、「まさか、転生した?!」と叫び、勢いよくガッツポーズを決める。
「やった……! ついに俺も異世界転生したんだ……! そうだよ、俺はあんな田舎で終わる男じゃなかったんだ! これからは俺TUEEEEなチート無双が始まるんだ!」
興奮したまま喚き散らし、男は周囲をぐるりと見渡す。そして、にたりと笑みを浮かべた。
「――趣味が悪いわ」
泉からその様子を眺めていた三女が、呆れたように呟く。
「もともと何か特別な力でも持ってるの?」
次女の問いに、長女は肩をすくめ、「なんにも?」と軽く答えた。
「特別な力はなくても、知識は持ち合わせているのよ。果たして、それに気付いてもらえるかしら?」
泉の向こうでは、中年の男が必死に「ステータスオープン! ステータスオープン!」と繰り返していた。
しかし、何も起こらないと悟ると、「まさか追放モノじゃないだろうな……?」と、先ほどまでの高揚を一気に萎ませる。
国王は冷静を装い、鑑定士に能力を確認させた。
見た目はどうあれ、有用な能力さえ持っていれば、まだ使い道はある。
しかし、スキルを確認しても、やはり特筆すべきものは何一つ持ち合わせていなかった。
「なんなんだ、この男は……! ただのハズレではないか!」
王は外聞も気にせず叫んだ。
国家事業として莫大な予算を投じたというのに、これではまるで割に合わない。
「そ、それじゃあ俺はどうなるんだ……?」
「わたくしは、こんな人と結婚だなんて絶対に嫌ですわ!」
王女の悲痛な叫びが響く中、王は決断を下した。
「……仕方あるまい。その男はひとまず捨て置いて、続けて召喚の儀を行うとしよう。まだ魔力は残っておろう?」
「しかし、続けてとなると魔導士が消耗し、使い物にならなくなるかと……。せめて日を置いてから……」
「ならぬ。今日召喚の儀を行うことは周辺諸国にも周知している。威光を示すためにも、稀代の能力を持つ者を呼び寄せねばならんのだ」
王は男を一瞥し、「これは例外に過ぎぬ」と吐き捨てた。
実際、これまでの歴史で、こんな男が召喚されたことはなかった。
王の妻も、元はニホンの女学生だった。
帰れぬと知った彼女は心を壊したが、それでも浄化の力を持つがゆえに、この国のために献身してくれた。
だから、次こそはマトモな者が来るはずだ。
仮にたいした能力を持っていなくとも、若ければ使い道はいかようにもある。
急ぎ儀式の準備を整えた魔導士が呪文を唱えると、再び転送陣が輝き出す。
次女が送り込んだのは、しゃんと背筋を伸ばしながらも、何の変哲もない小柄な老婆だった。
「――貴様ら! 本当に真面目にやっているのか!」
若き王子が怒りを露わにし、魔導士たちを叱責する。
すっかり萎縮した彼らも、まるで訳が分からないといった様子だった。
それも当然だ。手順はこれまでと同じであり、本来ならば王国にとって有益な人材が召喚されるはずだった。
……女神が介入さえしなければ。
もちろん、そんなことを知る由もない儀式の間の面々は、大混乱に陥っていた。
放置されていた男は、老婆の姿を認めると心配そうな表情を浮かべたが、すぐに王女の鋭い睨みに怯え、身を縮めた。
「あらまぁ、ここは病院ではないですよね? いったいどこかしら?」
「ご婦人、失礼ながら何か特別な力はお持ちでしょうか? かつて聖女として名を馳せたことは――」
「すみませんが、もう少し大きな声で話していただけませんかね?」
どうやら、すっかり耳が遠くなっているらしい。
この王国の平均寿命は六十歳。それを超えているように見える彼女は、いつ死んでもおかしくないと判断された。
つまり、今回も"ハズレ"ということだ。
「老人は敬うべきなのにね」
泉からその様子を眺めていた長女が、呆れたように呟く。
「もともと何か特別な力でも持ってるの?」
三女の問いに、次女は肩をすくめ、「なんにも?」と軽く答えた。
「特別な力はなくとも、経験は持ち合わせているのよ。果たして、それに気付いてもらえるかしら?」
泉の向こうでは、老婆はきょろきょろと辺りを見渡すばかりで、すっかり困っているようだ。
そんな彼女を気遣うように、中年の男がそっと手を引き、部屋の端へと招き寄せる。
王は二人の様子を忌々しげに眺めた後、鋭い視線を魔導士へ向けた。
「――あと一度、可能だな?」
「し、しかし、これ以上の召喚は死人が出るやもしれません……」
「無能がいくら死のうが構わん! まさか今代に限って、こんな事態になろうとは……!」
王の冷酷な命令に、魔導士たちは最後の力を振り絞り、再び呪文を唱えた。
すると――泉を眺めていた長女の身体が、突如として光に包まれた。
次の瞬間、彼女は儀式の間の転送陣の中央に立っていた。
三女が送り込んだのは、敬愛する長女だった。
ぱちくりと目を瞬かせる彼女の美しさは、誰の目にも疑いようがない。
一拍の静寂の後、歓声が湧き上がった。
「……特別な力しか、持っていないわね」
泉からその様子を眺めていた次女が、呆れたように呟く。
三女は涼しい顔で受け流し、楽しげに泉へ目を向けていた。
歓喜に湧く儀式の間では、長女を取り囲み「まさに女神のようだ」と祭り上げる。
一方、男と老婆は部屋の片隅で、所在なさげに語り合っていた。
その後、三人がどう過ごすのかを何とはなしに眺めていたが、次女も三女もすぐに飽きてしまい、それぞれ別の遊びに興じ始めた。
人間にとっての長い半生も、神々にとっては鳥が羽ばたくほどの一瞬にすぎない。
長女が「ただいまぁ」と気だるげに戻ってきた時、すでに百年の月日が流れていた。
「あら、お帰りなさい。早かったわね」
まるでそこらにお散歩でも行っていたかのように、次女は軽い調子で出迎える。
三女も、宇宙戦争を繰り広げる世界への介入を中断し、長女に視線を移した。
「貴女、何してたんだっけ?」
「もう、貴女が私をあの国に召喚させたんじゃないの」
「……そうだったわね? 忘れてたわ。それで、何をしてきたの?」
長女が透明な泉を指さすと、そこには一つの国の光景が映し出された。
崩れ落ちた城、焼き尽くされた街並み、そして草木すら生えぬ荒野――。
「あいつらさ、奇跡の力を見せろってしつこかったのよ。だから、三つだけ叶えてあげるって言ったの。そうしたら、不老不死と莫大な財産、それと私は王子の嫁になれ、ですって」
「あらまぁ、強欲ね」
次女がどこか楽しげに言うと、長女は穏やかな笑みを浮かべた。
「全部叶えてあげたのにね。まとめて魔族の捕虜になった王族は、死ぬことも出来ずに苦しみ続けてるんじゃないかしら。蓄えていた財宝も、国民たちに根こそぎ奪われたみたいだしね」
「お嫁さんなのに助けてあげなかったの?」
「添い遂げてあげなさいよ、薄情ね」
次女と三女がくすくすと笑うと、長女も妖しく口元を歪める。
「嫁の務めとして、ちゃんと国の最期は見届けてあげたんだから、十分でしょう? 魔族の襲撃の時も助けろって喚いてたけど、三つだけって約束だったからね」
どうやら、かの王国では女神を御しきれなかったらしい。
誰もいなくなったから帰ってきた、という長女にワインを勧めると、彼女は「次はどんな遊びをしようかしら?」と、何事もなかったようにそれを傾けた。
透明な泉は、もう何も映さない。
ただ、女神の興味が移ったその世界では――。
小さな村の中央に、腹の垂れた男の銅像と、亡国で聖女として名を馳せた女の像が寄り添うように並んでいる。
そして帝国の図書館には、多くの妊婦を救った産婆の物語が静かに収められていた。
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