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1-7 マンフェとの時間

こちらの世界ではいよいよ冬が近づき朝晩寒くなってきましたね、お風邪などひきませんように。異世界では逆に春が近づいてきているようです。

今週もよろしくお願いします。

 春も近づき野良仕事が本格化してきた。今日は田んぼの準備を教わることになった。冬の間マンフェが時間を見つけてはせっせと床土作りをしてくれていたが、腰が悪いため思うように進んでいない。うちの田んぼの広さはだいたい1町(1ha)くらいでこの村では小さいほうだ。それでもマンフェの体力を考えるとぎりぎり精いっぱいの広さである。朝の仕事を終えてから田んぼに出るとわたしは忙しそうに働いているマンフェに声をかけた。

「今日は何しよう」

「そうだの、床土を作るのが遅れているから、手伝ってくれんかい」

「まかせて」

 これまでに終わっているのはせいぜい1反(10a)くらいであった。休耕地でもないので床土作りにはそれほど手間はかからない。一通りやり方を習うと、

「マンフェ、あとはまかせてお家へ帰って休んで」

 とこの寒空に汗をかきばて気味のマンフェを帰した。

 それから速攻で作業を進める、おでこも大活躍して午前中に4~5畝くらい仕上げることができた。せっせと働きながら'せっせ'って漢字にすると'畝畝'と書くんじゃなかろかなどとしょうもないことを考えた。午後を回るとおでこがばててしまった。じっと止まったまま梃子でも動かなくなった。

「大丈夫?少し休もうか」

 こうなるとどうしょうもない。犂を外しておでこは休ませた。今度はわたしが犂を引っ張るとかえって作業が進む、そんなに重くもないのに嫌がるとはおでこはさぼりすぎじゃない?結局午後は1反くらいできた。  

 一息ついて村を見渡す。一見日本の田舎のなつかしい風景と重なるのだがどこか違和感がある。区画整理が行き届き一枚々々がほぼ正方形になった田んぼが緩やかな斜面にそれぞれが30㎝から50㎝くらいの段差で整然と並んでいる。これこそまさに棚田の風景と言えるのではないだろうか。各戸の田んぼは一か所に固まっていて、自分の田んぼがあちこちに散らばっているということがない。そのためいちいちの仕事がはかが行く。整然とした農地の様子はこの村が開拓村で農地が計画的に作られたことを示しているように思えた。はじめてこの村に入ったとき感じた違和感はここが異世界だからなのだろうと自分で納得していたのだが、その正体はよく整理されたこの真四角な田んぼや畑から来ているのだと野良仕事を手伝うようになって気付いた。

 ということで残りの床土作りもわたしが担当することになった。去年作っておいた燻炭やおでこ謹製の上等な堆肥をすき込みながら土を混ぜ込んでゆく。

 床土作りがひと段落した合間々々についでに畔塗りに取り掛かった、これも時間がかかるので早めに手を着けて少しずつ進めていくことにする。先日ヤエイさんがやっていた作業だ、もちろんうちは水門をいじったり余計なことはしない。マンフェにコツを教わりながら淡々と作業をこなしてゆく。ひび割れたところに泥を塗って埋めていると、

「あっ、穴が空いてるよ」

 何故だか畔に穴が空いているの見つけると思わず口に出た。

「それはもぐらだね」

 マンフェが覗き込みながら言う

「困ったやつだ」

 ところどころに穴は開いている、

「小さい穴もあるよ、子供用?にしても小さすぎる」

「それはおけらだね」

「ここにも空いてるよ」

 もぐらやおけらがいたずらしたらしかった。改めて見ると大きいのや小さいのや畔は意外と穴だらけになってる。

「ふさがない水漏れするし放っておくと畔が崩れてたいへんなことになる。だから畔塗りが大切なんじゃ」

 一つ一つの作業が如何に大事か、何事も自分で体験してみないとわからないものだ。

 何日かかかって田んぼの床土がやっと仕上がった。するとマンフェは田んぼ1枚ごとに隅っこを区切り始めた。区切った区画の土を丁寧にならしてゆく。

 何をやっているのだろうと見ていると、

「苗代を作ってるんじゃよ、ここに籾を撒いて苗を作るんじゃ」

と教えてくれた、わたしも見様見真似で、苗代作りを手伝った。見て盗んで体で覚える。学びは実践第一だ。

「今日はこんなもんかの、今度は籾撒きじゃな」

 今日の作業はここまでで終わった。日本だったらトラクタを使って一発でできる作業も異世界ではいくつも段階を経て手間ひまをかけないとできない。こちらも日本とそっくりな世界だなぁと思っていたのだが、実際には随分と違うことに気が付いた。 

 あくる日、塩の崖から土を取って来るようマンフェに言いつけられた。結構な量の土を持ち帰ると、マンフェはどっから持ってきたのか大きなたらいを用意していた。たらいに土を放り込んで水路から水を汲んで入れかき混ぜる、しばらくしてから上澄みをすくって塩水を作った。できた塩水をぺろりとひとなめするとさっき取ってきた鶏の卵をそこに浮かべた。奇天烈な儀式に豊作を願うためのなんかのおまじないかと思ってみていると水面すれすれに浮かんだ卵にマンフェは満足そうにほくそ笑む。すこし不気味だ、一体なにが始まるのだろう。

「ノラや、籾を持ってきてくれんかの」

 言われて去年取り分けて大事に納戸にしまってあった籾の入った麻袋を持ってきた。マンフェは麻袋に両手を突っ込みつかみ上げると、拝むように籾をもみもみ揉んでからたらいに投げ入れた。日本では農作業は神事と密接にかかわりがあるので、これも何らかの儀式かおまじないかと思い眺めていると、投げ込まれた大量の籾は一旦塩水に浮かんだ、やがて一部の籾が底へ沈んでゆく、マンフェは浮かんでいる籾をすくって別の入れ物に取り分けると、底を浚えて沈んだ籾を回収する。なにをやっているのか聞きたかったが、黙々と続けるマンフェの神聖な儀式を邪魔して叱られるのが怖くて黙って見ていた。

 何回か繰り返して籾がなくなると、最後にたらいの底を丁寧に攫えてまだ残っていた籾を全て回収した。沈んだ籾を流水ですすいで塩分を洗い流すと、水を張った桶に入れる、当然ながらすべての籾は水中に沈んだ。

「やれやれ、これでえぇ、このまま8日ほど水につけたらいよいよ播種だよ」

 マンフェは嬉しそうに目を細めてまるで我が子を見るように桶をのぞき込んで言った。

解説:田んぼの広さについて

 馴染みのある日本の単位を使いました。異世界では当然ながら違う用語を用いています。しかしながらどちらも足や腕など人間の部位に基づいて長さの単位が決められているため、二つの世界の単位にそれぞれちょうど対応するものがあって日本語に違和感なく翻訳することができました。という設定です。

 現実世界では戦後の農地改革で農地が細分化されて零細農家が激増したためか普段の会話では’反′がよく出ますね、今回出た'町'はあまり使わなくなった印象です、みなさんのまわりではどうでしょうか。

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