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1-5 その名もガンテツ

今週もよろしくお願いします。

 野良仕事に精を出しつつ何日か過ごしたある日お昼ご飯をいただいているとマルテアが来て、

「なんか、ヤエイさんが呼んでたよ、手伝いに行ってあげな」

 と言いつけられた。食事を終えると早速二人に了解をもらってヤエイさんの手伝いに行かせてもらうことになった。ヤエイさんの田んぼへ着くとそのへりに腰をかけてぼんやりと田んぼを眺めている人影があった。

「ヤエイさん」

 わたしが声を掛けるとちょっとびくっとしてから振り返って、

「おお、やっと来たか、早く水門を直しておくれ」

 そう言う。水門が見あたらないので、

「水門は?」

 と聞くと。

「ガンテツのところに預けてるから取ってきてくれ」

 とのことだった。その足でガンテツさんの工房へわたしは向かった。ガンテツさんはいつも水汲みの帰りに挨拶する村の鍛冶屋さんである。

「ガンテツさぁん、ヤエイさんの水門をもらいに来ましたぁ」

 入り口から声を掛けると、ガンテツさんがのそりと顔を出した。顔は赤黒くて妙なつやがあり鼻の頭がてかてかとハイライトになっている。溶鉱炉からの熱に長年焼かれたためなのだろう。その表情は(いか)つく、日々の労働で鍛えられた体つきもがっしりと頼もしい。

「あれ、ノラちゃん、ご苦労様、ノラちゃんが取りに来てくれたのかい?」

「はい、修理ってできてますか?」

「ああ、出来てるよ、そうだなぁ、お代は5枚だったな」

「えっ、お代?お金がいるんですか?」

「あたりまえだろう、わしも仕事でやってるんだ」

 わたしはお金の話は聞いていなかったので、そう答えるとガンテツさんは少しムッとした様子でそう言った。でも困った、お金なんて預かっていない、切羽詰まってしまった。そもそもこの村に暮らしていてお金を使うことはまずない、現金の動く唯一といっていい局面がこの鍛冶工房だった。そのお金というのも政府が発行する正式なものではなく、ガンテツさんが勝手に作ったコインである、この国ではわたし的な通貨発行が許されているわけではないと思うのだが。いずれにせよ村の外ではただの鉄くずなので問題にはなるまい。

 この村の経済は基本的には物々交換で成り立っている。しかしながら請負仕事が主なガンテツさんは野菜などと交換できる財をもたないので自ら勝手にコインを作って村人に渡している。作物などを分けてもらうときに村人へ渡し、仕事を請け負うときにそのコインで工賃を払ってもらっているのだ。ガンテツコインは鍛冶屋だけに通用する通貨であった。価格はコインが何枚必要かで決まるが見ていると随分と適当なものであり、まさに一物多価で気分次第に決めているようだった。

「わたし、ヤエイさんからお金を預かってません」

「なんだと、取りに来るとき5枚いるってヤエイには言ってあったんだぞ」

 食い気味にガンテツさんは怒鳴るようにわたしにまくしたてる、困っていると、

「わかった、俺が行く、おまえは水門を持ってついてきてくれ」

 と重たい水門をわたしに持たせて入り口の扉も開けっ放しのまま工房を出てすたすたとガンテツさんは歩き出した。

「おうい、ヤエイよう」

 ぼんやり座るヤエイさんを見つけるとガンテツさんが叫んだ。

「修理ができましたか、ガンテツさんありがとう」

 ぬぼうと答えるヤエイさん、

「水門を取りに来るとき5枚持ってこいって預かるときに言ったろう」

「でも、ぼくお金持ってないですよ」

「だったら水門は渡せないぞ」

「なんで?お金ないんだから払えるわけないですよ、ないものを払えだなんて、あなたはなんて無茶な人だ」

「何言ってやがる、大事な水にかかわるもんだから他の仕事放りだして大急ぎで直したんだぞ」

「別に大急ぎでだなんて頼んでませんけど」

「なにほざいてやがる、おいノラちゃん、水門持って帰るぞ」

 『なになに?せっかく重たい水門をここまで持ってきたのにまた持って帰るの?勘弁してよ」

 とわたしはどっと疲れた。

「なんでだよ、俺の水門だぞ、返せよこの泥棒」

「泥棒とはどういう言い草だ、修理代払えってんだよ、払ったら返してやるんだから」

 やたらと圧の強いガンテツさんにヤエイさんが怯んでいる。不毛な応酬を聞かされてわたしはうんざりしてきた。水掛け論がしばらく終わりそうになかったので暇な大人は放っておいて多くの用事をかかえるわたしは帰ることにした。

「それじゃ、畑仕事があるので帰ります」

 挨拶して帰ろうとすると、

「待って」

「待て」

 二人の声が小汚くハモった。

「工房まで水門持って帰ってくれや」

 とガンテツさん。

「はやく水門を直しておくれよ」

 とヤエイさん。

 もうやってられない。

「決着ついたら呼んでください」

 そう云い捨てて水門をそのままにしてわたしは家に戻った。

 ぷりぷりして道を歩いていると、ご近所のコトちゃんに出会った。

 コトちゃんはわたしと同い年の仲良しだ。ちっちゃな体で何かの入った大きな籠を抱えて急ぎ足で歩いている。わたしを見つけると歩み寄ってきた。

「こんにちは、ノラちゃんなにしてるの?」

「ヤエイさんの手伝いに行ってきたところだよ」

「わたしはねぇ、おとうさんにおとどけものではたけへいくんだよ」

 と籠を見せる。手ぶらのわたしにたいして荷物を持ってる自分の方が少しばかり偉いと言いた気である。

「わたし手伝ってあげる」

 と言って籠を取り上げると

「あっ」

 と言ってきょときょとしている。立場の急な逆転についてこれないようだ。わたしはそのまま籠を頭に乗せるとさっさと歩き始めた、コトちゃんちの畑は少し先だ。

「かえして」

「大丈夫、畑まで運んであげるよ」

 手を伸ばすコトちゃんを置いてまっすぐに歩く、籠は少し重かった小さいコトちゃんでは畑にたどり着くまでに何度休憩しなければならないだろうと思う。コトちゃんちの畑の手前まで来ると「はい」と籠を返してわたしは踵を返した。後ろで

「ありがとう、またね」

 という声を聞きながら、にやける顔を見られないように振り返ることなく手を振って別れた。本当にコトちゃんはかわいくてついかまってやりたくなる。

 家に戻ると、マンフェは納屋のところで作業をしていた。

「ただいまぁ」

 わたしがマンフェのところへ行くと

「お帰り、水門は直ったかい」

 と聞かれたので、事の次第を話していると。

「やれやれ、ヤエイさんにも困ったもんだねぇ」

 いつの間にか横に来ていたマテリダが突然声をかけてきた。

「ノラや、そろそろ畑の準備をしなくちゃいけないよ。今日は牛と畑を耕しておくれ」

 『え、牛と畑を耕す?牛って耕せるの?』などと頭がこんがらがってしまった。牛と一緒に畑を耕せということだと気付くのに少し時間がかかってしまった。

「そうだのぉ、今日はノラに苗つくりを教えにゃぁならんのだが」

 マルテアに続けてマンフェがそう云うと、何も言わずにマテリダは家の方へ戻っていった。

「今日は苗つくりをしよう、畑をたがやすのは明日でいいよ」

 マンフェはそういうと納屋に入っていった。

「苗半作といってなぁ、丈夫な苗を作れば今年の農作業は半分終わったみたいなもんじゃ。」

 そういって種の植え方や管理の仕方を細かく指導してくれた。

 そうはいっても一年の間の大変な農作業を思い起こすとこれだけで半分の作業が終わったとは到底思えないのだが。

「水は切らさないようにな、でもやりすぎてもいかん。加減が大事なんじゃよ。日に当てにゃならんが当てすぎても苗が弱るでなぁ」

 単純なようで結構難しそうだ、今日は、苗床に苗を作るやり方を見様見真似で教わった。納屋の隅には棚が据えられていた。平たい木箱のお菓子の箱みたいに仕切り板で区切ってあるところに種を植えてゆく。ここにはホームセンターや農協がないからセルトレイやポリポットなどの播種・育苗のための資材は手に入らないので苗床はマンフェの手作りだった。

 夢中になっているとふと気付くと日が傾きかけていた。わたしはあわてて洗濯物を取り込みに走った。

「なんだい今頃、いつまで洗濯物をほっとくんだい」

 母屋からするマテリダの小言を背中に聞きながら大急ぎで洗濯物を取り込んだ。洗濯物をたたむとそのまま夕飯の支度にとりかかる。へっつさんに火を熾すとすっかり料理人モードにわたしは切り替わる。米を研いでへっついさんにお釜を据えて、おかずを作り始める。わたしの手際もすっかり良くなった。保存しておいた野菜など食材が底をつきかけて少ないので工夫は必要だが、材料が少ない分料理に手間のかけようもなかった。出来上がってみるとほんとうに有り合わせで作ったという感じの食事なった。相変わらず肉類がないので、野菜をよく煮込んで味に深みが出るように工夫したのが評価ポイントだ。

 食べ終わって食事の後片付けをしているとマルテアが話しかけてきた。

「あんた、ヤエイさんの水門ほっぽり出して帰って来たんだってねぇ。ヤエイさんが明日は水門を直してくれって言ってきたよ」

 そこで、わたしは今日のことを一通り説明した。

「ほんとぅにしょうがないねぇ」

 何がしょうがないのか一体、マテリダは嘆息した。明日は朝からヤエイさんの手伝いに行くということでとりあえずは落ち着いた。



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