1-4 のんびり野良仕事
こんにちは、今週もよろしくお願いします。
わたしが畑へ出るまでの間にマンフェはせっせと床土作りをしていた。寒さのピークは越えたとはいえ、まだまだ寒い寒起こししておいた畑を均しながらマンフェは堆肥を入れていく。外に出たわたしを見つけると、にこにこしながらこちらへやってきた。ここしばらくは冬の土作りを習っている、保存用に埋めておいた作物がなくなった所から順番に畑の天地返しをしていった。
「こうやってな、上の土と下の方の土をてれこてれこにしてだな」
と言って、土の入れ替え方を見せてくれる。わたしも見様見真似でやってみるのだが、背が低いため深い所の土に鋤の先が届きにくくとても難しい、もっと上背が欲しい、こうした野良仕事が男の人に向いているのは背が高いからなのかもしれない。単なる深耕ではなくてなんで土を入れ替えるのかなぁと考えながらも言われるがまま懸命に作業した。天地返しの済んだ畑は土を均さずに荒れ放題のまま冬の間放置している。今度はそれに堆肥を入れて均してゆく。作業の合間にときどきしゃがみ込んでマンフェは土をみた。マンフェはわたしを呼ぶと、土を握って見せてくれた、それはふんわりとした塊になった。その匂いをかいだり、口に含んで味見したりしてふむふむというようにうなづいた。それは江戸前のお寿司のシャリのようにふんわりとまとまっていて、口にれるとほろりと崩れるようだった。
「ノラもやってごらん」
と言われ、わたしもひとすくいの土を握ってみたが、さっき肥を入れていたのを思い出して口にするのはためらわれた。もじもじしていると、
「まだ難しいかな、土をいじってるとだんだんわかるようになるさ」
と言ってマンフェは作業に戻った。自分の耕したところの土を見ると、表面はほろほろになっていたけど、鋤の届かなかった少し深い所の土は大阪のお寿司のようにかっちりと固まるくらいの出来だった。情けなさそうにマンフェを見上げると。
「肥しを入れよう」
と言って堆肥を入れる作業を再開した。わたしも堆肥を運んできては見様見真似で畑に入れた。すっかり作業が済んで畑を見回すと思わず
「マンフェのところはまんべんなく肥しが土にまざってるね、わたしがやったとこはまんだらになっちゃった」
と声が出てしまった。マーブル模様になってしまった畑に少し申し訳なくなってマンフェを見ると、
「肥しなんか、何回も耕しているうちに混ざってしまうから気にせんでええ。肥しを入れて何回も耕していると土がさっきみたいにふかふかになっていくんじゃよ、このままがんばって続けとったらええ」
と慰めてくれた。
お昼にお弁当を遣っているとき
「お昼からは、いちじくをやってしまおう」
とマンフェが言った、
「今日くらいが塩梅よさそうじゃ」
まだよくわかっていないのだが作業するタイミングが重要みたいだ。なんのことかよくわからなかったけど、
「はい」
と答えて弁当がらを片付けた。マンフェは裏庭へ回った、とことことわたしもついて行く。うちは家の周りに自家用の果樹を何種類か植えていて、自分たちの食べる分だけごく少量の果物を栽培している。
「そうだの、今日はいちじくの剪定を教えてやろう、今上手に剪定すれば夏にはおいしいいちじくがどっさり味わえるぞ」
「いちじくはそのまま食べてもおいしい。干せば日持ちがするし、ジャムやコンポートにしてもめちゃめちゃおいしいよね」
そう蘊蓄を披露するとマンフェはわたしが意外に物知りなことに目を丸くした。砂糖のないこの村で果物の類は貴重な甘味である。特にいちじくはパウンドケーキやパイにしてもいいし、おいしいワインも仕込める、大変優れた万能果物である、こんなんなんぼあっても困ることはない、どっさり出来るのが楽しみだ。
うちのいちじくは樹形をゴブレットつくりにしている。毎年剪定しているのだが、冬になって葉っぱがすべて落ちたスケルトン状態になった木を見ると枝が攀じれたりあちこちこぶができたりしてちょっとホラー映画に出てきそうな不気味な雰囲気がある。どこをどう切るか、どの芽をのこすか、芽が伸びた時に枝がかさならないように、すべての枝にまんべんなく日の当たるように芽が伸びたときの樹形を考えながら実がよく成るように、成った実が収穫しやすいように慎重に剪定する枝と位置をマンフェは吟味してゆき、よくわかるように都度々々指さして教えてくれた。
思うようなところに芽がないときは、マンフェは枝にちょちょっとナイフで傷をつける、
「こうすりゃこっから芽が出るんじゃよ」
マンフェはおちゃめにぱちんとウインクした。
作業のひとつひとつの目的とやり方を教わりながら次々を枝を落とす。マンフェの教えてくれた事はあらかじめ知ってたかのように全て次々と頭の中に納まってゆく。これが、「田舎娘」のチート能力なのだろう、これまでも習った農作業は一度で全て理解、記憶できている。作業しながらわたしはこの世界での天職を得た手ごたえを感じていた。
今の時期は枝を切っても白い汁が出ないため手がかゆくならないので有難い。あまり切りすぎて樹勢を落とさないよう、徒長枝が出にくいよう、いろいろとコツを教えてもらいながら慎重かつ大胆に枝をそろえていった。落とした枝を集めると結構な量になった、わたしがそれを集めて庭の端へ積むとちょっとした小山ができ当分の間の風呂の焚きつけが確保できた。力仕事はすべてわたしが引き受けるので体力の衰えてきたマンフェは喜んでくれている。
「家族が増えたし、もう少し増やそうかの」
そう言うと、切った枝からよさそうなのを何本か見繕ってちょちょいと剪定はさみで整えると、マンフェは空いている地面にそれを挿していった。いちじくは活着がよくそのまま挿してもすぐ根がついて増やすのが容易だそうだ。
「これはノラのいちじくじゃ、あんたが世話すりゃえぇ」
とマンフェが言う、いちじくの世話をする練習用に挿してくれたのだ。
「3,4年もすれば実をつけるようになるじゃろ。」
ここに来て初めて自分の財産が出来たように感じてその苗を愛おしく眺めた。わたしのいちじくは畑の端っこの牛小屋とのあいだの細長い地面に挿したので大きなゴブレットつくりにできないため、作業のしやすい一文字つくりに仕立てるのがいいだろうと助言してもらった。整然と並んだ自分のいちじくの挿し木をながめてわたしはほくそ笑んだ。マンフェとマルテアにわたしの育てたいちじくを食べてもらうのが今から楽しみである。調子に乗って牛小屋のほんねきまでいちじくを植えた。いちじくの並んだ先、牛小屋の横手にはリンゴの木が植わっている、白いつぼみの根元に血のように赤いさしが入っている、どんどん挿してゆくと牛小屋に近づくにつれおでこの汗と体臭と排泄物の臭いが漂ってきてふと我に返った。
「ごめん、先に戻ってるね」
とマンフェに言って、道具を片付けるとその匂いに急かされるようにあわてて夕飯の仕度にわたしは走った。