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1-16 田楽隊の活躍

いよいよ今日は田植えです。

 いよいよ田植えの日となった。カーツくん、コトちゃんそれからわたしの年少組は足手まといになるので田植えには参加しない。だからこの日のために鳴り物を猛特訓していた、少しでも田植えに貢献したい。入念に練習を重ねてぎりぎり昨日完成形を見たという所だ。いよいよお披露目の日だ。カーツくんによると田植えのときはみんな黙々と作業するのみだそうである、唄で気を紛らわせたりはしないらしい、しんどくてそんな余裕がないそうだ。そこで田植えをする間わたしたちが畔のうえで笛、鉦や太鼓を鳴らして応援するのである。初日はうちの田んぼなので気合が入る、最初はサプライズにしようということで直前まで楽器を隠しておいて

 田植えはご近所の4軒合同で行う、初日はうちだ。田んぼが一番小さく、手元も二人だけで応援部隊が主力となるので練習を兼ねて一気に仕上げようということらしい。

 当日は水汲みは免除で起き抜きすぐに田んぼへ出る、まずは田植えの準備だ。マンフェに教わりながら苗床の苗を一束づつ束ねて括ってゆく。苗を束ねて藁で括るのだか、指を押さえる場所に指が届かないし出来た束の太さもマンフェのに比べて半分くらいしかない。これにはマンフェの参ったという感じだった。もう少し肉体的サイズを考慮できないものかねぇ。という訳で四苦八苦しながらマンフェと同じような束を作った。手順も違うしマンフェに比べて半分くらいの効率である。明るくなってきたので一旦作業を終えて朝ごはんの仕度をすることになった。出来上がった苗を適当な間隔で田んぼにばらまく、近くはマンフェが遠い所はわたしが投げた、マンフェの体力の衰えを改めて感じた。

 朝ごはんも食べ終えてすっかり明るくなったころ、 ご近所が私のうちの田んぼへ集合した。いつもの手順なのだろう、分担もあらかじめ決まっているようでてきぱきと段取りよく準備が進んだ。長方形になった田んぼの長編に縄をはる、縄にはだいたい1尺ごとに結び目が作られている。そして短編に沿ってご近所勢ぞろいで一列横隊で並ぶ、男も女も太もものあたりまで着物を端折っている、圧巻の眺めであった。ごく一部に脚絆のようなものを巻いている人がいるが大半の人は裸足であった。わたしたち年少組はかねて用意の鳴り物を持って畔に現れた。それぞれ鉦、太鼓、笛を構えていざ演奏開始の段となった時いきなりマルテアの怒号が田んぼに轟いた。

「こらぁ、なにさぼってんだい、はやく田んぼへ入りな」

 それはわたしへ向けて放たれたらしい。

「わたしたちはここからみなさんの応援を・・」

 最後は消え入るような声で言いかけたがマテリアの眼力にすくみ上った。マルテアは持ち場から離れてこっちへ向かってくるとわたしの耳をつまんで引きずってゆく

「いたい、いたい」

 と言っても容赦はされず無慈悲にもわたしは田んぼの中へ引きずり込まれた。マルテアが着物をお尻まで端折ってくれ、わたしはわら草履を脱いで裸足になるとマルテアの隣に並ばされた。年少組は田植え免除じゃないんかい、恨めしそうに畔の方を見た。

 あきらめた私の目の前には一定間隔で結び目の作られた縄が横たわっている。マルテアは目の前に落ちていた苗の束、それは先ほど私が投げ込んだものだが、を掴み上げると結んでいるわらを解いた。その一部をわたしに押し付けると田植えのチュートリアルをしてくれる、束から3本苗を取って目の前の縄の結び目の真下の土に差し込む。というものだ、根を痛めないようにくれぐれも言いつかった。まあ、田植えというものはテレビで見たことがあるので大体わかっている。ただ、水面下というか土の中は当然ながらテレビでは映らないのでどうなっているのかは分からない。そこのところはマルテアに聞いても

「ていねいに植えるんだよ」

 というだけだった。自分なりにやってみよう。わたしは目の前の結び目だけを見て作業したらいいらしい、マルテアは結び目ふたつを担当する、すなわち2条植えということだ。横を見るとそれぞれの間隔にばらつきがある、能力に応じて担当する結び目の数が違いようだ、概ね女性は3条男性は4条受け持っているようだ。マルテアはわたしの面倒を見るために本来より一つ減らして2条受け持つのだろう、わたしが1条だけなので、結局マルテア一人で植えるのと変わりなく生産性は同じどころか落ちているのではないかと思われる。わたしたちが位置につくと一気に緊張が高まった、いよいよスタートである

「せーの」

 マルテアの掛け声で始まった。目の前の結び目めがけてわたしは苗を突っ込む、しっかりと苗を固定する気持ちでいるとすかさずマルテアの声が飛ぶ

「あんまり力を入れ過ぎたらねが痛んじゃうよ」

 あくまでやさしくということらしい、わたしを監視・指導しながら自らも作業しなければならないのでマルテアも大変である。

 ひとつ植える間もなく目の前の縄が手前に動いてわたしのすねを打った、

「早く下がりな」

 すかさずマルテアの叱咤が飛ぶ、わたしは一歩下がって次の苗を植える、と今度は植えているわたしの手を縄が打つ。

「ぐずぐずすんじゃないよ」

 再び怒声を浴びてわたしはあわてて一歩下がる。せわしない、テレビで見た田植えはたしか田植え唄を歌いながら優雅に植えていた、それに対してこちらで並んでいるのはとても早乙女というにははばかられる小汚い面々っだった。異世界の田植えは母国のものとはまったく違っていた。ぐずぐずしていると縄が容赦なく手や脛を打つ。いつしか必死で目の前の結び目に意識を集中させていた。ヌルっとした田んぼ独特の土の感触が裸足の足からひざのあたりまで絡みついて重い、しかしながら早朝なのに水は意外なことに少し生暖かいくらいだ。だんだんとリズムがつかめて縄の動きに追いつけるようになった。気が付くと畔の上では田楽が始まっていた。カーツくんは太鼓だけでなく鉦も持って忙しそうにしている。コトちゃんは笛に集中している、田楽というよりもまるでチンドン屋だ。しかしまるで曲になっていないむちゃくちゃな騒音もどきの演奏であったがかえってそれが田植え作業にはあっているような気がした。というか前言撤回チンドン屋さんには失礼した、彼らはプロである伝統的なお囃子から流行歌まで彼らは流暢に演奏する、決して騒音もどきと比べるべきものではないなぁ、と勝手に想像して苦笑いが浮かんだ。時々変な音が出てみんながどっと笑う、楽しんでもらえているようだ、でも田植えの手は止まらない。

 手もとの苗がなくなったなぁと思うと脇からマルテアの手が伸びてきて苗を渡してくれる、マルテアはと見ると彼女の手もとの苗が丁度なくなるタイミングで目の前に今朝投げた苗の束が現れてそれを拾って田植えが続けられた。田植えの間、適当な間隔で苗が降って来る、マンフェが残りの苗を束ねて田んぼに放り込んでくれているのだ。彼は腰を痛めているので田植えは出来ない。自分でやってみてわかるのだが、田植えは腰にくる、後で腰痛が心配だ、この歳(10歳)で腰痛持ちにはなりたくはない。マンフェの苗は適当に投げ入れているようでいて、各自の補給が必要になった所に次の苗の束が落ちている。これはもう名人芸といってよいのではないだろうか。田楽のテンポがどんどん上がって来たなと気付くと田植えのテンポも速くなっている、どちらがどちらに合わせたのやら正帰還がかかって発散しそうである。わたしも今のところはそれについてゆけている、田んぼにはみるみる苗が並んでいった。そうして田植えが1枚分終わった。一仕事終えて眺める田んぼには苗が美しく並んでいた。

「やけに早く終わったねぇ、どっか抜かしてんじゃないかい?」

 マテリアがご機嫌に言う。

「カーツ、あんたのおかげで田植えが楽しく早く終わったよ、初めてみんなの役に立ったねぇ」

 カーツは自分の母に褒められて、口元をほころばせた。

 一服しようと田んぼから上がった私はすねに群がるウィンナーソーセージのようなものを見て血の気が引いた。思いっきり血を吸ったヒルがお相撲さんの親指のくらいにぱんぱんに膨れ上がって私のふくらはぎから足首からびっしりとぶらさがっている。(びっしりというのは大げさだけど。)田植えをしているときは夢中だったのでこんなにヒルに吸い付かれていたとは気が付かなかった。脛が痛かったのは必ずしも縄のせいだけではなかったのではないだろうか。

「きゃぁー」と叫びながら、わたしはヒルをあわててはがした。ヒルに張り付かれたあとが三角のあざみたいになっている、そこから血が噴き出して全然止まらなかった。死ぬんじゃないかと思い震えながらあたりを見回すとみんな平気な顔をして足からヒルを引きはがしていた。だれかがヒルを引き取って箱に収めている、何に使うのだろう?

 一服していると、マテリアが

「今日ははかどったねぇ、このままもう1枚片付けようじゃぁないか」

 と言い出した。

 するとみんなも

「そうだなぁ、昼までにもう1枚できそうだ」

 ということでそのまま次の田んぼで田植えをすることになった。

「次もがんばりなよ、カーツ」

 カーツはお母さんにお尻をたたかれていた。すぐに段取りができて、今日2枚目の田植えが始まった。カーツはさっきより一層張り切って演奏しながら踊っていた。みんな手慣れて来たのでより一層はかどった、本調子を取り戻してきたようだ、わたしもなんとかついていけている。いくぶん余裕も出て来たので、周りを観察しながら上達をめざす、といけないものを見てしまった。始めは目の錯覚かと思ったのだが、間違いない、ヒルが結構な速さでわたし目掛けて泳いで来るのである、足元まで来るとそこはかき混ぜられて泥水になっているので水の中の様子は見えない。見えないところで起こっていることを想像するとかえって恐ろしくなる。田植えの間できるだけ足を大げさに動かしてヒルが吸い付きにくいようにしたつもりだが次から次に泳ぎ寄って来ていた。土の中に潜んでいるのが嚙みついてくると思っていたので泳ぐヒルは恐怖だった。

 もう一枚終わってお昼にすることになった。まずはヒルをはがしてから、すっかり曲がって痛くなった腰を無理やり伸ばして畔に腰かけ用意してきたおにぎりを出して食べ始める。わたしはお茶を沸かしてきて配った。

「それにしてもなんなんだいあのへんてこなのは」

 お昼の話題の主役はカーツであった。

「あれは田楽といって、田植えがはかどるように応援するのです」

「へぇー、確かに気が紛れて田植えの途中でしんどくならなかったし、いつもよりはかどたんじゃないかい?」

 みんなは口々に田楽の効用を褒めた。田植えは重労働で、単純動作の繰り返しに精神的にもつらいものがある。しかもここの田植えはペースが速すぎて気を紛らす唄を歌う暇もない。田楽のおかげで随分と精神面の苦痛が和らいだ様子であった。

「昼からも頼むよ、カーツ」

 そう期待の声を掛けられて、普段要らない子扱いされているカーツは嬉しそうにはにかんでいた。

「昼からは2条植えな」

 マルテアの無情な宣告だった。なんとかついて行けるようになったと思ったら午後からは2条受け持つようになった。マルテアは3条受け持つ、午前中から2倍の生産性アップだよ、やっと慣れて来て楽になったと思ったら、トホホである。しかし恰幅のいい男衆はひとりで5条植える人もいる。わたしが2条植え手押し田植え機なら、男衆はさながら5条植え乗用田植え機だろうか。体格の小さなわたしは2条植えに幅が広がった影響は大きく午後は一層目まぐるしく大変だった。とくに次に植える場所に足を置いてしまってマルテアに何度も注意された。

 午後もカーツの大活躍で仕事は大いに捗り、予定を大幅に越えた成果をだしてその日の作業はお終いとなった。

 また明日ということでみんなは解散していった。

「なんだいあの田楽ってのはあんたの考えかい?」

「うん、田んぼの仕事が楽になるかなぁと思って」

「仕事をさぼってやられちゃあ困るが、いつも役立たずのカーツにとっちゃいい役割だったねぇ」

「この分だとうちらの組は今年は早く田植えが終わりそうだよ。」

 夕食を食べている間中、いつになくマテリアの機嫌がよかった。ここちよい疲れでその夜はぐっすりと眠ることができた。

ノラちゃん、今日は頑張りましたね。

5条植えの人ですがいくら想像で書いているとはいえ手植えで6条植えられる人が想像できないので、でも5条も植えたらかえって作業効率が落ちそうな気がします。農協のカタログには5条植えの田植機は載ってないように思います、田植え機の条数は偶数ですね。

昔は田植えの初日には田楽を呼んでいたのでしょうか。今は機械植えなので田楽はすっかり見なくなりました。

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