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1-15 ひみつのたくらみ

なかよし幼年組がないやらたくらんでいるようです。どうか見守ってやってください。

 田んぼの準備も仕上がってきた、苗代の苗も青々と元気に育っている。いよいよ田植えの始まりだ。

 田植えはご近所同士で協力して行う。この村の風景はどことなく日本の田舎を彷彿とさせるが、決定的に違うのはそれがとても人工的な印象を与えることだ。

 概ね4軒づつの家がひとつの単位となって固まって建っていてそれそれの家の農地が四方に広がっている。上空からみるとそれぞれの農地が田の字に並んでいてその中心に家が固まって立っているのだ、他の字のそれぞれのマスが各家の農地にあたる。田植えや稲刈りなど人手のかかる作業ではこの4軒が一組になって共同で農作業をするのだ。

 田植えが近づくにつれて大人たちは準備にいそがしく動き回っている。サイツ兄ちゃんやミイムねえちゃんも大人たちに混じってこまねずみのように飛び回っている。わたしたち年少組は戦力外なのでいつもよりもむしろ暇である。大人たちは年少組にかまっている暇はない。まるで台風の目に入ったような穏やかさだ。何もすることがないのでカーツくんの家へ集まって大人の邪魔にならないところで遊ぶようにした。3人で遊んでいるときふとカーツくんがいなくなった、どこへいったのかしらんとことちゃんと捜していると納屋の奥で手招きしている。何をしているんだろうと奥まで行くとそこは納屋に入れられた道具類の奥の方が少し空いていて丁度秘密基地のような空間ができている。そこにカーツくんが居心地よさそうにちんまりと収まっていた。カーツくんはおいでおいでと手招きしてわたしたちを呼び寄せると納屋の入り口の方を気にしながら、作業に忙しくて大人たちがのぞきに来るはずもないのだが、なにやらごそごそとしている。わたしたち3人が奥の狭いスペースに収まるとけっこうぎゅうぎゅうになった。窮屈そうにカーツくんが一番奥の箱を開けて中身を取り出した。それは粗末な楽器だった、(かね)と太鼓と横笛があった。私にとってはこちらに来てから初めて見る楽器である。こんな文化的なものがこの村にあったなんて意外である。

「これはなあに」

 ことちゃんが尋ねる、おそらく楽器を見るのが初めてなのだろう。

「これは、鉦と太鼓さ」

 そう言うと一緒に入っていたばちでそれらを叩きながら得意そうにカーツくんは胸を張ったが意外と大きな音がしてびくっとした。

「これは?」

 と横笛のことを訊かれると、それはよくわからないようでもじもじしている。

「よこぶえね」

 とわたしが代わりに答えると。なんで知ってるの?という顔でカーツくんはわたしを見た。

「こんなもの、どうするの?」

 なぜ楽器がカーツくんちの納屋にあるのかも教えてもらいたいが、これをどうするつもりなのかが気になる。

「ふん、これでみんなを応援するんだ」

「応援?」

 聞き馴染みのない言葉にことちゃんが首を傾げる。

「田植えは重労働だろう、いつもみんなしんどそうだからこれで応援するんだ」

「どうやって?」

 ことちゃんの問いはいたってシンプルだ。がカーツくんは説明できないでいる、鳴らしてみれば一発でわかることなのにここで派手に鳴り物を鳴らすわけにはいかないらしい。

「田植えをしているときにこれを鳴らしてみんなを応援するんだよ」

「ふーん」

 何をするのかまだよくわかっていないことちゃんは生返事をした、

「これはどうやって鳴らすの?」

 笛の方が気になるらしい。カーツくんはどう使うのか知らないようでだんまりを決め込んでいる。

「こうするんじゃないかな」

 わたしは笛を手に取ると、横手に構えて鳴らして見せた。とたんにふたりの目が輝く。

「すごい、やっぱりそれも音がするんだ」

 カーツくんは笛も楽器だというのは知らなかったらしい、ばちの一種だとでも思っていたのだろうか。なんで知ってるんだよというような顔でわたしを睨んでいる。

「もっと音を出して」

 とことちゃんは興奮気味におねだりしてきた。わたしは切羽詰まってしまった。音を鳴らすくらいはできるが演奏は出来ない音階もままならないのだ。

「ここであんまり音を出したらだめだよ、見つかっちゃう」

 さっきからこそこそとカーツくんは見つかるのを恐れている。助かった、演奏しなくて済んでわたしは胸をなでおろした。

「かってに使ったらしかられるんじゃないの?」

 年季の入った楽器を見て持ち主に怒られるんじゃないかとわたしが訊くと

「それは大丈夫だと思うけど、内緒にしておきたいんだ、田植えの時にいきなり鳴らしてみんなをおどろかせたいんだ」

 ずいぶんと冒険だ、みんなの反応が予測できない、へたすると大目玉を食らうことになるぞ。

「こっそり練習してみんなをアッと言わせようよ」

 あまりアッと言わせたら「ふざけるなっ!」と叱られそうだけど、悪くない提案だ。ずっと農作業ばかりの単調な毎日でいささか退屈していたところだ。上等だたとえ叱られたとしても、かえっていい刺激になる。

「わかった、でも田植えを手伝わなくてもいいの?」

 と肝心なことわたしは確認した。

「田植えはみんなでそろってやるんだ。こどもは大人のペースについていけないからかえって邪魔になるんだ。だから田植えの時はぼくたちは手伝えないんだよ。だからこれで応援したいんだ」

 カーツくんは真剣なまなざしでわたしたちを見た。彼なりに貢献する方法を考えたのだろう。これは乗っかるしかないじゃないか。

「うん、わかった、ことちゃんもいい?」

 ことちゃんはうなずいた、OKのようだ、たぶん今の説明の内容はわかってないみたいだけど、手にはしっかりと横笛を握っている、とても気に行っているようで、笛担当は譲らないということらしい。

 こうして、わたしたち年少組はこっそりと鳴り物の練習をすることになった。少しくらい音を出しても気づかれないところまで離れてそれぞれの受け持ちの楽器を練習する。もちろん横笛はことちゃんだ、カーツくんは太鼓を取った、わたしは鉦を担当することになった。わたしに鉦を持たせたらチャンチキおけさになってしまうぞ、大丈夫か?

 ことちゃんの横笛も始めは苦戦した、わたし自身横笛なんてまともに吹けないので効率よく教えることなどできなかったのだ。口笛の要領で口をとがらせて唄口に息を吹き込むように言っても口笛というものがわからないのだった。最初に音が出るまで実に苦労した。しかし、一旦音が出せるようになるとみるみる上達していった。楽譜がないし、わたしも手本を吹いてあげることも出来ないので自己流でまるででたらめにひゃらりひゃらりと吹いていたのだが、練習しているうちにだんだんと様になって来た。ちゃんとした曲にはならないがめちゃくちゃに出していのに音と音のつながりがなんとなくスムースというかいい感じになってきたのだ。きっとことちゃんは音楽の才能があると思う、英才教育を施せば才能を伸ばせるのに、惜しいと思った。カーツくんの太鼓もでたらめだったがそれでいいのだ。演奏会じゃないのでただにぎやかして田植えの人の気を紛らせたらいいだけなのだから。演目もだんだんと形になって来た。ことちゃんの横笛が上達して、でたらめでも聞いて楽しいものに仕上がっていた。こんな感じで田楽が成立していったのかなぁと感慨深い。

 わたしたちの田楽もそろそろ板についてきたある日、

「明日は田植えじゃよ」

 とマンフェが言った。いよいよ田楽隊のデビューが決まった。

「明日は早いから水汲みはいい、田植えの準備を手伝いなさい」

 マルテアに言いつけられた。一瞬よからぬ予感がした。無事デビューを飾ることができるのだろうか。すべては明日だ。決戦に備えてわたしは気を引き締めるのだった。


いよいよ田植えが始まります、さてたくらみは無事成就するのでしょうか。一方我らがノラちゃんにもいよいよ春が訪れる兆しが、次回もお楽しみに。

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