1-14 田植えへ向けて
よろしくお願いします。
日を追うごとにどんどん気候は暖かくなり、仕事も益々忙しくなってきた。まだ寒いうちから何度も何度も繰り返して田畑を耕してきた。今日も上等な堆肥を惜しみなく田んぼに投入して土を起こしてゆく、おでこもここを先途とばかり力を出した。深耕七度肥要らずとばかりに鍬の届く限り深く耕した。昨年から残っていた稲の根っこや春が近づくにつれ蔓延ってきた雑草などもお構いなく力任せにすき込んでいった。おでこのパワーが足りず犂が曳けなくなって止まってしまったときはわたしが代わって犂を曳いた。夢中で耕しているとなにやら後ろが騒がしい、振り向くと真っ白なサギが降りてきて頻りに土をほじくり返している。いつもなら人が近づく素振りを見せるだけですぐに飛び去るくらい用心深いのに、ここ最近は大胆になってわたしが近づいても一向に頓着することなく耕す尻から追いかけてきて一心に土をあさっている。
「サギが帰って来たのか、もう春だなぁ、耕した土に虫がいるのでそれを拾って食ってるんだよ。もうすぐ雛を育てにゃならんから今のうちに栄養をつけとるんだよ」
マンフェが感慨深げに教えてくれた。耕しているとまるまると太ったカナブンの幼虫なんかをよく掘り出す、それを狙っているそうだ。そうこうしているうちに田起こしが粗方終わった。マンフェは田んぼの中でところどころ土を掬っては握ったり、においをかいだり、味見している。わたしはその姿を眺めていたが、たっぷりと肥しを入れた土の味見は自分には無理だなと思う。一所懸命混ぜ繰り返したので土は適度な硬さになっているようだ。ぐっと握ると一旦塊になってからほろほろと崩れてゆく、団粒構造がしっかりとできていて保水力も高そうだ。田んぼの土は畑と違って粘り気が少し勝っている、いい土に仕上がってきたとマンフェの満足そうな表情が語っていた。
「ノラも土を見てごらん、土の様子をみながら耕していくんだよ」
と何度も聞いたことをうれしそうにまた説明してくれた。暗くなるまで仕上がった土のサンプルを見ながらの講義を聞いてからその日の仕事を仕舞った。そのあと何日か置いて田んぼの土を十分乾かした。その間はしばらく畑の方で作業をしていたが、そのなある日
「そろそろ田植えの準備だの、明日は田んぼに水を入れるぞ」
とマンフェが言った。さあいよいよ田植えだ、戦闘準備だ。ここはひとつ褌を締めなおしてがんばるぞっ。
水の入った田んぼは日の光を反射して美しくきらめいていた。ところどころ水面から土が顔を出して趣のある風景を作り出していた。ここでもおでこの出番だ、わたしはマンフェに教わりながらおでこに馬鍬をしっかりととりつけた。フル装備を纏ったおでこはいつものくたびれた様子から見違えるようにりりしくりっぱに輝いている。わたしはその鼻輪をとっておでこを導くとさっそく代掻きをはじめた。傍らにはマンフェが寄り添って一つ一つの作業や注意するポイントなどを指導してくれる。田んぼの真ん中あたりまで進んだところでもう大丈夫そうだと後の作業はわたしに任せてくれてマンフェは畔に上がって腰を下ろし一服し始めた。額にはじっとりと汗がにじんでいる、腰の具合が悪いのにわたしのために無理をしてくれていたみたいだ。マンフェが畔に上がるととたんにおでこが止まってしまった。こうなったらいくら鼻輪を引いても梃子でも動かない。あまり強く引っ張ったら鼻がちぎれてしまうかもしれないと思うと怖くなってそれ以上引っ張ることはやめた。しかたがないのでおでこから馬鍬を外して自分で引っ張ることにした。せっかくフル装備でかっこよかったのに残念な牛である。これまでも耕しているときにこんなことが度々あった。土が固くておでこの力では犂が動かなくなってわたしが助けたことが度々あった。そういえば春に近づくにつれおでこの代わりにわたしが犂を引くことが多くなっていたような気がする。代掻きは浅く耕すのでそんなに力はいらない。深耕していた時に比べるとずいぶんと楽だ。どろを引っ掻くようなもので馬鍬が土に突き刺さって動かなくなるなんてことはない。冬の間わたしが手伝ったことでおでこはさぼることを覚えてしまったのかもしれない。「ああ、またやってしまった。」若いころわたしがやらかした失敗を思い出した。会社に入って数年した頃にはじめて後輩の指導を任された。彼は新入社員研修を終えてわたしのいた部署に配属されたばかりだった。自分自身も新入社員の時苦労して仕事を覚えその頃になってやっと一人前にできるようになったと思っていたので後輩にも早く一人前になってほしくて熱意をもって仕事を教えた、難しい仕事をまかせたとき四苦八苦しているのを見て一緒に考えたり資料を整えるのを手伝ったりもした。後輩もだんだんとわたしを慕ってくれるようになって、仕事についていろいろと頼ってくれるようになっていった。後輩の成長する姿を見たと思ったわたしはつい嬉しくなってしまい後輩の仕事を度々手伝ってやったりもした。後輩は甘え上手でわたしは嫌な気もせず就業時間内は後輩の面倒を見て自分の仕事は残業してこなすようになっていった。そんなある日わたしは大きなプロジェクトのメンバーに抜擢された。上司からは後輩の指導を離れてプロジェクトに専念するように申し渡された。わたしのサポートがなくなった後輩はそれから仕事に苦労しているようだった。ある日、社食で昼飯を食べていると後輩の同期が後輩のうわさをしているのを小耳にはさんだ。
「あいつはだめだよな、入社した時は偉そうにしていたくせに、未だに全然仕事できないじゃん」
それを聞いたわたしは自分の指導が行き届かなかったために後輩が苦労していると思い大いに悔いた。そんなことがあった後ある日遅くまで残っている後輩を見かけた、彼はうんうんうなりながら資料と格闘している。思わずわたしは声を掛けた。
「おい、大丈夫か?しんどそうだぞ」
「あっ、先輩。資料がまとまらないんですよ、明日客先へ提出しなきゃいけないのに」
どれどれとその資料を見せてもらうとその出来はまったくでたらめであった、構成は乱れているし、計算間違いも散見された。少し目を通しただけで不具合があるのだこれは相当難儀だぞと思った。自分が十分に指導できなかったためにかわいい後輩が今こうして苦労しているのだと思うと申し訳なかった。
「よし、久々に合同作業といこうか」
と声を掛けると今ままでゾンビのように絶望に打ちひしがれていた後輩の表情がぱあと明るくなった。わたしは後輩の仕事を手伝い二人で協力してなんとか資料を仕上げることができた。ふたりで仕上げたというよりもわたしが後輩に説明しながら資料を作ったというのが実態だった。
「ありがとうございます、先輩は命の恩人です。このお礼に今度奢らせてください」
「そんな大層なことないよ、後輩に奢ってもらうほどまだおれは落ちぶれてはいない、でも今度一緒に飲もうや、いろいろと愚痴も聞いてやるよ。今日はもう帰って、ゆっくり寝ろ。万全な体調にして明日がんばれ」
「はいっ、ありがとうございました」
と言うと嬉々として後輩は帰宅していった。わたしはもう誰もいなくなったオフィスの照明を消した、真っ暗になった部屋がまるで何かの象徴のような不思議な感覚を覚えた。『疲れているのかな』胸の奥から湧き出るような不安な気持ちを照明の消えたオフィスに置き去りにしてわたしも退社した。それからはプロジェクトが一層忙しくなり後輩を気に掛ける余裕もなくなったが日頃の努力が認められプロジェクトのリーダーを任されることになった。その時上司から後輩の現状について聞いた。
「君が面倒を見ていた後輩君だがな今度資料室にまわされるそうだ」
その言葉は衝撃的だった、資料室といえば出世競争に敗れたロートルが定年前に回される典型的な窓際部署だ。地下にあって窓もないのに窓際部署とはこれいかにといわれている。彼のような若手が回されるなんて聞いたこともない。
「まあ、うちの会社も芽の出ない奴は40過ぎたらどんどんリストラするようになって、資料室も人材不足らしいからな。でも彼をつぶしたのは君だよ。君がかまい過ぎたため彼はひとり立ちできなかった。いつまでたっても半人前のままだ。君にも今度部下ができる、部下の指導についてはよく考えてくれたまえ、仕事を肩代わりしてやることがかならずしも部下のためにはならないよ。目標を達成するだけじゃいけない、部下の育成も期待されているんだ、プロジェクトのマネジメントについてはよく考えるように」
そう言って上司はわたしを見た。
「君が権力をつけて彼を救い出してあげればいい」
将来わたしの部下として後輩を引き上げればいいということなのだろうか。それからはがむしゃらに働いた、独りよがりにならないよう大事な案件は何事も上司にお伺いを立て、部下ともよくコミュニケーションをとるよう心掛けた。そんなある日健康診断のマーゲンで特大の影が見つかり精密検査をすることになった。レントゲン技師さんが思わず声を上げたほどで撮影はすぐに中止になった。きりきりとした激痛がずっと続いていたのだが病院で診てもらう時間もなく耐えながら仕事を続けていたのだがそんなことになっているなんて思いもよらなかった。そのときはさすがに覚悟を決めなければならないと思った。なんとか半日休みを確保して胃カメラを飲んだがオペレーションしてくれた医者も拍子抜けで影の正体は胃潰瘍の跡がこぶになってしまっていたものだった。
「潰瘍になっては治ってを何回も繰り返してますね、これほど大きくなるまでよく我慢できましたねぇ、さぞ痛かったでしょう」
と半笑いで診断結果について医者は説明してくれた。そんな思いで必死で働いたおかげか順調に出世することができ、部下の指導にも自信をもてるようになった。そう思っていたのにまた同じ過ちを犯してしまった。良かれと思ったのにおでこの仕事をとりあげて結果役立たずにしてしまうところだった。同じ小屋で寝泊まりしてすっかり同僚の気分でいたが、田畑へ出ればわたしがおでこの鼻輪をとって導いてあげなければならないのだ。しんどそうだからと代わりに仕事をしてあげるのは間違っていた、おでこの能力を最大限発揮できるように指導してあげるべきだった。おでこには申し訳ないことをしてしまった。自分が生きていくのに必死で周りへの配慮が出来なくなっていたようだ。大いに反省してこれからはまわりにもしっかりと気を配りながら余裕をもって働いて行こうとあらためて決意したのだった。
本文に出てくる「マーゲン」は胃部レントゲンです。あのバリウムを飲んでげっぷをがまんしながらぐるぐる回わされるやつですね、おなじみの人もいるんじゃないでしょうか。




