番外編 勇士召喚!田園勇者ノラ見参の巻
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
さて、今回は新春特別企画といたしまして、いつもの話を離れてノラちゃんが召喚されたときの様子をお届けします。ノラちゃんの秘密に一歩近づけるかもしれませんよ。
わたしの名前は『ノラ』。この世界ではね。もとは令和の日本で平凡なサラリーマンをやっていた。それが『異世界』に召喚されてここにいるという訳だ。
今はとある農家の牛小屋の片隅をわたしは寝床にしている。今日も一日の仕事を終え寝床にもぐり込んだところだ。窓から見える満月をぼんやり見ていると妙に頭が冴え冴えとしてきた。それでも体は疲れてぐったりと動かない、眠れずにしばらくは悶々としていたが、そのうちにあたまもぼうとしてきて夢うつつにこの世界に来た時のことを思い出した。
私が召喚されたのはお城の一室だった。そこは儀式部屋のようで飾り気のない大広間に大勢の人が煌びやかに居並んでいた。広間は飾りつけこそ質素であったが天井や柱、壁、床を見るにそれは高貴なもので、そうどこかの川沿いの大劇場の舞台の上のように華やかで、気品に満ちあふれていた。
私の前にも召喚された人がいたようで、17,8歳くらいだろうかそれは綺麗なお姉さんだった。気のせいか白い光がぼうとその人を包み込んでいるように見えた、あるいはその人自身から光が発しているかのようだった。そのせいで部屋がやけに暗く思えた。なんか偉そうな人がお姉さんの前に跪いて丸いお盆のようなものをかざすとそれは眩く白銀に光った。はじめその偉そうな人はまぶしそうにしていたが、お盆を覗き込んでおおっと大きく感嘆の声を上げた。
「大聖女さまのご来臨です、お名前はエウラさま」
そこにいた人々は大きくどよめいた、感激のあまり嗚咽しだす老女がいた。
煌びやかな衣装に身を包んだ高位の聖職者然とした人々が何人も進み出て彼女の前に跪いて言った。
「今日の良き日に神の限りなき祝福と栄光あらんことを、こころよりの感謝を神に」
次にわたしの順番が回ってきた、彼はわたしの様子を見て戸惑っている様だったが、それでもその目は期待に満ちている。
その偉そうな人は逡巡したあと意を決したようにお盆をわたしにかざした、お盆には何の変化も現れなかった。
その人はお盆を見て最初驚いたようにそして幾分蔑むような目でわたしを見下ろし、憐れむような表情でこう言った「田舎娘の・・・ノラ?」語尾にクエッチョンマークが付いてるような言い方であった。さっきとは別のどよめき、驚きやがて落胆の波が広まり消えていった。ひそひそと隣の人と言葉を交わす人、とまどいの声があちこちで起こった。ざわめきはやがておさまり、偉そうな人はお盆をくるりとひっくり返してわたしに見せた。
「田舎娘 ノラ」と2行だけこの世界の文字で書かれていた。それはこちらの文字だったが何故かわたしには読むことができた。この世界の文字を見たのはその時限りである。
一向に状況を呑み込めずその場にわたしひとり取り残されていた、人々の興味はもうわたしにはなくなっていた。
「まぁ」喜びの声がとなりから聞こえてきた、従者風の人がなにか板状のものを恭しく捧げ持ち聖女エウラさまが嬉しそうにうっとりとそれを覗き込んでいる。
次に従者風の人は私の所へ来るとぶっきらぼうにそれを私の鼻先に突き出した。そこには小学3,4年生くらいの女の子の顔がみっともなく・・そのときはそう感じた・・映っていた、口角が上がっていて目尻がすこし垂れ下がっている。愛嬌のある軽薄そうな表情をしている。血色はいいがそばかすが目立っていていた。髪は真っ黒いくせっ毛で背中のあたりまでのびているのがまるでたてがみのようであった。それは鏡であった、それ故により一層わたしは混乱してしまった。そこに映っているのは他ならぬ自身の姿ということになるのだ。今振り返ればわたしの容姿もそんなにみっともないことはなかったのだが、華やかな人々であふれている空間で、庶民面したわたしには自分が随分とみすぼらしくその時は思えた。しっかりしていそうな人が群集の中から前に進み出ると、エウラさまに向かって恭しくお辞儀をして話し始めた。
「ようこそ、わが王国へお越しくださいました。あなたたは我が国をお救いいただくために召喚の儀式によりお招きいたしました。突然のお呼びだてお詫び申し上げます。わが国民の苦難をお救いくださるべくお力をお貸しいただきますよう伏してお願いいたします。」
あなたの中には一応わたしは含まれていないのだろ、男はわたしなぞ眼中にないとばかりに無視を決め込む。ここで忘れ去られて全く知らない土地に放り出されてはかなわないがまずは現状の把握を最優先とし、その男の言葉の続きを聞くこととしょう。
「この度お呼びした勇士さまは全部で10名、すでに8名の勇士様はご到着なされており、別室でおくつろぎいただいております。あなたさまが最後となります。お疲れのところとは存じますが、早速国王陛下にご謁見賜りますよう、ご案内申し上げます。」その人はエウラさまを先導して歩き始めた、わたしは置き去りにされまいとあわててその後について行った。絢爛豪華な廊下を長々と進みやがて別の大広間へ入った。
そこはまばゆいばかりの世界であった、近世欧州の宮殿、そう写真で見たことのあるベルサイユ宮殿を彷彿とさせた。無影燈というのか無数の照明によってその部屋は一点の陰りもなく、くまなく照らされており人々の影は床になかった。内装は先ほどの部屋よりも一層豪奢に作られ、調度品も豪華でありつつも上品さを失っていなかった。先に集められた勇士は直ぐに分かった、部屋の中央に人だかりがありその真ん中にいる一際華やかに見える8人がそれであった。わたしたちはそこへ導かれ、その輪に入った。貴族然とした取り巻きもそうだが、勇士たちの様子は一層輝いている、エウラが加わった9人はその場にしっくりなじみながらもさらに異彩を放っている。わたしはその場にはそぐわず馴染めなかった。ただ一人みすぼらしく見えたことだろう、自分では自身の姿が見えないのがせめてものなぐさめだった。取り巻き連の中にはわたしを見てあからさまに眉をひそめる物もいた。
「大聖女エウラさまと・・ノラさまです」男は8人および部屋にいた人々に後から来たわたしたちのことを紹介した。わたしの名前の前でちょっと言い淀んだね、おとこ。割れんばかりの歓声が起こった。
「大聖女様万歳、勇者様万歳」と叫ぶものまでいた。
みんなは口々に勇者をたたえた。しかし当の勇者たちはまだ事態を吞み込めてはおらず、一様に不安に満ちた表情をしている。
「国王陛下のおなりです」時を置かず呼び出しの伝令が部屋へ入ってきた。私たちは国王謁見の作法について簡単に説明を受けた後謁見の間へ向かった。
謁見の間に入ったわたしはその大きさに面食らった、控えの騎士や貴族が大勢いる中、奥の玉座まで優に30mくらいはあるよう思えた。床にはくるぶしまで埋まるくらいの毛足のある錦の敷物が敷かれており、壁も天井も絢爛たる装飾で埋め尽くされている。行く手を見ると、すでに王妃は席についておりそのはでな衣装の裾を揺らしていた、横には王子と思しき人が3名屹立している。
我々が定位置に進むと短いファンファーレがなった。騎士は最敬礼し、低位の貴族は膝をついた、我々は高位の貴族とともに深く礼をして王を迎えた。奥の扉からおもむろに王は入室すると我々に一瞥をくれ着座しあたりを睥睨した。われわれはもう一段深く頭を下げた。勇士は高位貴族と同等の処遇を得たことが読み取れる。
「魔王の復活が予言された、わが国と民を救うよう貴公らには魔王退治を期待する」
そう言い放つとさっさと王は立ち上がり退席してしまった。
王からお言葉を賜った後我々は謁見の間を下がり元いた控えの間へ戻った。さっきまでごった返していた部屋はもう空っぽになっていて、関係者と思しき者が数名残っているだけだった。
情報交換やそれぞれの思うところをみなは話し合った、皆一様に何が起こっているのか、何をされるのかわからず不安そうな面持ちであった。
「ところであんた、ノラちゃん?あんた何?エウラさまは大聖女だろ」
一人だけ浮いているわたしにチャラそうな青年が不躾に聞いてきた、
「田舎娘にございます」
横から、係の人が余計なことを言った。
すると、勇者のみならずエウラを除いて、その場にいたみんなが大爆笑した。エウラはもう知ってたもんね。期待通りのみなの反応に愛犬のジョニーも大喜びだ。
「なにそれ?全然わかんないんだけど、なんなの田舎娘って。まぁ見たまんまだけど」
わたしもさっき自分の正体を聞かされてまだ呑み込めてないんよ。こっちが聞きたいよ”田舎娘”って何?。
「俺たち、まぁ言ってみれば星6以上確定のスペシャルイベント10連ガチャで呼ばれたみたいなもんだろ、田舎娘って、こいつせいぜい星2ってとこだぜ。ノラだって?漢字は野良って書くのかな」
男は周りを見渡すと
「ここ大爆笑するところですよぉ」
といった。
「よかったな名前があって、なけりゃ星1キャラだぜ。」
超絶イケメンが最低なことを言っている、そう勇士たちは全員絶世の美男美女だ。ここは精神的ダメージを食らってやるのが正解なのだろうが残念ながらノーダメージであった。高校を出て就職してから24年間、それこそ死に物狂いでわたしは仕事を頑張ってきた。もっとひどいことも言われたし、されても来た。こちらを人間扱いしない取引先なんか何十人も相手した。人間のクズは飽きるくら見てきたのだ、こんな若造にちょっとディスられたくらい仕事の苦労に比べれば屁とも感じない。もちろんこれは負け惜しみなんかではない。言い返す必要もないので黙っていると、何か勘違いでもしたのか、もう一人のすこぶる付きの色男が割って入った、この人が大勇者さまかな?
「おい、小さな子供に大人げないだろう、ごめんな、お嬢ちゃん大丈夫か、悪いのはこいつだ、気にすんなよ」
そうそう、いまのわたしは”ちいさな子供”でした、おとなしくなぐさめられてやろう。
「すまねぇな」
案外素直に超イケメンは謝った。澄んだ目をしている、人間目をみりゃその性分は分るというものだ、性根は曲がっていなさそうだ。素直なためかえって思ったことを口に出して墓穴を掘るパタンなのかもしれない。私の中ではこいつはもう許してやっていいと思った、わたしのふところはそのくらい広くまた深いのだ。誠意をもってぶつかると人というものは案外仲良くなれるものだ、こぶしで語り合う必要などはない。腹を割って話せば分かり合える、そう考えていたら、いかにも親父くさい自分の考えに内心で苦笑してしまった。それが、泣きそうな表情に見えたのか、勇者のとなりのおねえさんが頭を撫でてくれた、見上げるとにっこりと微笑んだ、間近に見る別嬪さんにまだおじさんが抜けていないわたしの心はとろけてしまいそうだ。おねえさんはわたしを完全に子ども扱いである、気持ちいいのでそのままされるがままにしていた。私をディスった男はバツが悪そうに明後日のほうを向いている、世界を救うために選ばれた勇者たちだ、口はともかく中身は正義の熱きこころが渦巻いているのだ、と信じたい。
私を除くと勇士連中は大体10代後半から二十歳そこそこの外見をしている。中の人は知らないがすくなくとも外面は若いんだから多少配慮に欠けた物言いをしたとしてもしかたがない、内面が大人のわたしはそんなのは気にしないさ。
ああだこうだ言い合っているところにぞろぞろと人が入ってきた、「これからみなさまの能力を調べさせていただきます、どうぞよろしくご協力お願いいたします」といって、それぞれ担当の勇士を連れていった。部屋にはエウラと私のふたりが残された。
そのエウラは国王の言葉を聞いてから非常に不安そうにしている。突然、今までの常識も通用しないような全く知らないところへ連れてこられて宙ぶらりんの気持ちの所へ、いきなり魔王を倒せなんて聞かされた。誰でも不安になってしかるべきである。外見は兎も角中味は中年ビジネスマンのわたしはこれまでにいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。エウラさんの中身は知らないが、外見通りの年齢と想定して、ここは年長のわたしがなんとか励まさないといけない。
「仲間が10人も居るんです、みんなで力を合わせて乗り越えましょう。みなさんそれぞれ得意の能力をお持ちのようですし、わたしたちが魔王とやらを退治しなきゃこの国はきっとやばいことになるんでしょう?きっと大丈夫です、山より大きな猪は出ん、海より大きなクジラはおらん、と言います、なんとなりますよ、滅びゆく者に栄光を、小天狗ノラの活躍に刮目あれ!」
最後は少しおどけて見せた。
「あなたは・・・」
あきれたような表情をエウラさんはした。いぶかしげに少し傾げた顔はとろけるように蠱惑的でおじさんの魂は持っていかれそうだ。
「さっきひどいこといわれたのに、わたしを励ましてくれるのね。まだ小さいのにあなたのほうがよっぽどしっかりしてるわ。でもわたしの能力は”すべてを愛す”というものです。一体何の役に立つのでしょう?」
いえ、あと10年いやあなたならもう5年もすれば世界中の男連中を癒しまくる美人さんになりますよ、私が保証しましょう。もう20年若ければわたしも立候補・・・ゲフンゲフン。えっ?エウラさんはもう自分の能力が分かったの?
「聖女といえば癒しと祝福じゃないですか、きっとすべての人の傷を癒し、守り励ますことができるということですよ。わたしは田舎娘だから、能力は田植えとかニワトリの世話とか?」自分のことは冗談めかしてそういった。
「そう石板に書いてあったのですか?」
あのお盆は石板だったのか?
「書いてあった?」
わたしが小首をかしげると
「名前の下にニワトリの世話と書いてあったのですか?」
とエウラがさらに問うた。
「いえ、書いてあったのは田舎娘 ノラ だけでした、名前の下にはなにも書いていませんでした」
「ごめんなさい、余計なことを言わせました」彼女は心底すまなさそうにした。
「わたしの場合石板に書かれていたのは3行、聖女 エウラ すべてを愛す でした、おそらくこの世界での役割と名前そして能力だと思います。あ、大はついてませんでしたよ、単なる聖女です、私」
「そうなんだ、それならわたしには特別な能力なんかないんでしょうきっと」
「ほんとの能力は隠されていて、その時になれば明らかになるとかかもしれませんよ」
その時とはどの時だよ。
「でも、田舎娘ですからねぇ、せいぜいニワトリを平気でつぶせるとか田植えが人より手際よくできるとかくらいでしょう」
自虐的にいうのもなんだが、エウラさんの心が和めばと私は思った。
「私の能力は抽象的で何の役に立つのかわかりません。他の人のも同様でしょう、だからほんとにできることを調べる必要があったのでしょうね。」
「あの、私たちはどちらへゆけばよろしいのでしょう」
わたしは部屋にいた係の人に尋ねた。自分の能力、役割がはっきりしたらエウラさんもすこしは安心できるかもしれない。
「恐れながら、聖女様をお測りするような恐れ多いことは私共にはできません」
ええと、わたしのことも聞いているんですけど、思わず突っ込みそうになったが、中身がおとななわたしは余計なことは言わなかった。
「ええと、わたしは?いががすればよろしいのでしょうか」
その人は、不快そうに軽蔑するようにわたしを一瞥すると
「特になにもないかと」
と言ってエウラにお辞儀をすると下がっていった。
「わたしはもともと書かれていなかったから調べるまでもなかったんですね、そして聖女であるあなたは役割がはっきりしているので、調べる必要がないのでしょう、みんなも喜んでいたし自信を持ちましょう、でんとかまえて微笑んでいればまわりがよきように取り計らってくれると思いますよ」
お互いの事情は違うが、どうやら私たちは調べてもらう必要はないようである。
「ありがとう、励ましてくれて、きっと、聖女である私が本当はみなさんを励まさないといけない立場なのでしょうね。」
でも聖女って何をすれば、不安気にエウラは言った。おびえるエウラを励ましつつこれからどうなるのだろうなどと話しながらしばらく待っていると、女官がやってきて言った。
「今日はお疲れでしょう、これからのことは明日になります。今からお部屋へご案内しますので今日はおくつろぎください」
「それでは、後でお部屋にいっていい?」
女官に誘われて不安そうに部屋を出て行くエウラにそういうと彼女は縋るような眼差しで小さくうなづいた。わたしは女官の後ろに従っていた女中についてあてがわれた部屋へ向かった。一人になると余計に不安がつのるであろう、後で励ましに行こう。少女の身の今なら妙齢の女性の部屋へ行ったとしても問題なかろう。と中身が中年親父のわたしは自分の心に折り合いをつけた。そういえば、エウラは部屋を出て左、謁見の間のほうへ向かったが、私は右へ進んだ、部屋が離れ離れなことに、その時はそういうものかと気にすることなくわたしは廊下を進んだ。
いくつかの階段を降り、廊下を何回か曲がり、進むにつれてだんだん薄暗くなってくる。天井も床も質素になってゆき、やがて3畳くらいの広さの飾り気のない部屋に案内された。奥には窓がありその下に質素な寝台が据えられている、家具らしきのもはそれだけだ。窓から外を見ると、そこは裏庭で城から出たごみを運び出してゆく荷車が見えた。まるで独房だなと入ったこともないのにそう感じた。ほかのみんなはどうしているだろうか。測定する能力とは魔王とやらと戦うための戦闘力なのであろうか、それならおそらく回復役で戦闘には参加しないと思われる聖女のエウラが測られないのは合点がいく、わたしは、おそらく戦力外ということなのだろう。田舎娘の戦闘力を測るまでもないとでも思われたのだろうか、鎌でももたせたら案外旅人くらいなら殺れるかもしれないぞ、鍬があれば領主にだって逆らって見せる・・・。戦力外通告ということはお次に来るのは自由契約ということか。わたしの処遇は他の召喚者とはいささか異なる道をたどりそうだ。
寝台に転がってごろごろくつろいでいるとさっきの女中が夕食に呼びに来た、どういう状況なのか他の人と情報交換しようと思いながら食堂へ来ると、そこには他のメンツはいなかった。そこは家庭科室の隣の準備室のようなところで、調理道具や何かの容器がところ狭しと置かれたテーブルの上の邪魔なものを少し横に寄せてスペースを作るとそこで私は一人夕食をとった、それはパンとスープと野菜を煮たものが少しでお城で出されるには質素だなと感じた。少しの違和感をこのとき初めてわたしは感じた。
食事を終えると部屋へ戻り現状を分析しようと思った。あまりにも情報が少なすぎてどこから手を付けてよいかわからない。エウラに相談しようと思い、部屋を出でようとすると扉は外から鍵がけられていて出ること能わずであった。誰かいないかと呼びかけたが返答はなかった。しかたがないと寝台に戻りあれこれ考えているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。
あくる朝は部屋に女中がパン粥の朝食を持ってきてくれた、そして2切れのパンと焼き野菜を少しばかり容器に入れたものを渡して、「お昼はこれを食べてください」と置いていった。
「あの、顔を洗いたいのですが」昨日はお風呂に入れなかった。日本人としては顔くらい洗いたかった。髭はそる必要はもうなさそうだが。女中はちょっと困ったような表情をしたが、そのまま黙って出て行っってしまった。がちゃりと扉の鍵を掛ける音が響く。
どう言うこと?洗顔の用意をしてくれるってこと?それともこのまま放置?状況がわからずに面食らうばかりであった。部屋を出ることもできないので、ぢっとしているとまもなくお呼びがかかった。
「それではこれからあなたに暮らしていただく村へ向かっていただきます」
初老の職員が慇懃に説明してくれた。私を受け入れてくれそうな村へ送り届けてくれる、いや追放してくれるそうである、そこでわたしはこの世界で生きるすべを身につけて、要はあとは知らない勝手に生きてくれということらしい。家には愛する妻も子供もいる。私の名前は、そうだ野瀬頼良、満41歳になる。働き盛りの私は会社では責任ある仕事をまかされてさあこれからもっともっとバリバリ働くぞという矢先だった。取締役会で新しいプロジェクトについて役員を前にプレゼンしている最中に急にめまいがしたかと思うと目の前が真っ暗になって気が付くとあの広間にいたのだ。もう薄れかけている元の世界の記憶を思い出たわたしはあわててそれを頭に刻み込もうとした。この世界に必要ないのなら元の世界へ返してほしい、しかし、こうなってはあきらめるしかないのか。そうなのか。
私は女中にもらったお弁当を抱いて、がらくたと一緒に荷馬車に積み込まれ、でこぼこの地道に揺られてゆき、3日後の夜遅くになってやっとその村へ到着した。当面の目標は帰還の方法を探すこととしよう。わたしは心を保つため無理やり生きる目当てを決めた。
他の9人はどうしているか?展開が急すぎて全く頭がついてゆかない。これからどうしたらいいのか考える余裕なんてその時のわたしにはなかった。
※ ノラには今余裕がないようなので特別に筆者から他の勇者の様子を報告しておこう
能力測定はそれぞれの勇士がもつ能力がどういうものかを調べるものであった。それは直ぐに済んで勇士たちはそれぞれの部屋へ案内された。
そこではそれぞれの世話をする小間使いが待機していた、勇者たちは着替えを済ませ、湯あみをしたあと王国の用意した貴族にふさわしい応接を受けたのだった。そこで王国の重鎮や聖職者と食事を共にし情報を共有した。
「それでは、われわれを紹介させてください」
一通り食事が終わり、食後の飲み物が配られると、取りまとめ役と思われる貴族が口火を切った。
「ここにいる者たちで勇士様のお世話をさせていただきます」
そして一人ずつ立って自己紹介をした。勇士は長々とした挨拶に辟易したが、自分たちも自己紹介しないわけにはいかなかった。
「それでは、今度はわたしたちが」
とまず勇者が言うと自己紹介をはじめた。
「私はユウメリア、勇者です、憂いを終わらせる者です」
その場のものは感心したようにうなずいた。すると、大臣が立ち上がり補足した。
「ユウメリア様は勇者、クローザーです、魔王に止めを刺し地上に平和をもたらすものです。得物は勇者の剣、それはこの国のどこかに眠っています。まずはその剣を探し出すのがお役目の始めでしょう」
そう言うと席に着いた。つぎにエウラが挨拶をした。
「わたしはエウラです。聖女です。すべてを愛するものです」
ここで、みんなは再び感動し、涙をにじませる者すらいた。すると高位の聖職者が立ち上がった。
「大聖女様は、すべての者を愛し慈しんでくださいます。勇士さまを守り、癒してくれるでしょう。あなたの錫杖はわが教会が大切に保管しております、後ほどお渡しするでしょう」
そう言って着席した。大聖女と言われた時エウラの表情が少し歪んだが誰にも気づかれることはなかった。
このようにしてそれぞれの勇士が紹介された。それぞれの勇士にはそれぞれに専門家がおり、過去からの伝承によりその特徴や使用武器等について補足説明がなされた。こうして都合勇士のパーティは次のような構成となった。
・勇者
・(大)聖女
・騎士 : メインタンク 壁役として勇士パーティを守る 得物は片手剣と盾
・戦士 : 近接物理アタッカー兼サブタンク 得物は主に両手剣、槍を装備して間接物理攻撃もこなす。
・拳闘士: 近接物理アタッカー 得物はベアナックル、もしくはガントレット等
・賢者 : 魔法アタッカー、デバッファー、ヒーラー 得物は短杖 必要に応じて触媒、魔法媒体を併用する
豊富な知識と高度な知能でパーティの司令塔役
・射手 : 遠隔物理アタッカー 単体および広範囲攻撃 得物は弓矢、主に長弓を使うが、短弓を使って格闘戦もこなす。クロスボーによる射撃も可能。
・盗賊・忍び:近接物理アタッカー、遠隔物理アタッカー 偵察、暗殺、毒・罠使用、幻惑系魔法 得物は短剣、手裏剣、暗器、短弓
・踊り子・歌い手:遠近物理アタッカー、魔法アタッカー、デバッファー、バッファー、ヒーラー、フィールド魔法 得物はチャクラム、鉄扇、棒、剣舞の際は剣を持つ その踊りは戦場をかく乱し、場を支配する
最後に紹介のあった踊り子・歌い手は過去にそれぞれ一例しかなくほとんど情報がないため王国の専門家の説明もあいまいなものとなった、さらにひとりでふたつの称号を持つのは前例がなく今回の召喚がイレギュラーであったことがわかる。本来はノラが踊り子か歌い手であったのかもしれないと考える者もいた。ただ、当人は「私ってまんまアイドルじゃん」と考えていたらしい。
そして、召喚者が集まった際ノラに絡んできたのは戦士であったことを補足しておく。
さて、いかに期待外れだったとしても、ノラの受けたぞんざいな扱いはあまりにもひどくはなかろうか、思わず出しゃばってしまうほどに筆者も憤っている。しかしこれには裏の事情があったのである。
自分たちの勝手な都合で呼び出した者をいくら役立たずだからといって邪険に扱うほど王国とて非常識ではない。これには、ノラを王城の影響下から迅速に切り離し、遠ざけたいという何者かの見えざる意思が働いていたのだ。田舎娘ノラは他の9人の召喚勇者たちにも増して数奇な運命の糸にからめとられてしまったようである。見えざる力にあらがうこともかなわず翻弄される薄幸の美少女ノラの行く末やいかに、そして九人の勇士たちはみごと魔王を打ち倒し、あっぱれ使命を果たすことができるのであろうか、それはこれから語られる物語にて明らかになるであろう。異世界に突然放り込まれてしまった召喚者たちの行く末に幸あれと筆者は願わずにはいられない。さてこれからの講釈に乞うご期待あれ!
今回は番外編ということでいつもと趣向を変えましたがいかがでしたでしょうか。
これは、本作を書き始めるときに考えていた設定を元に書いたものです。このあと村で怪力に目覚めたノラは修行に打ち込み戦闘力を磨きます。魔王との闘いで勇士パーティが危機に陥ったときさっそうと現れたノラが”オレツエー”の力を発揮しみごとパーティを救って魔王を倒し大団円という運びとなるはずでしたが、いまの様子では・・・
もうお話は軌道修正ができないところまで来てしまいました。自分でもどうしたらいいのかわからなくなっています。
ちなみに「勇士」パーティは大好きな真田十勇士をオマージュしております。主人公のノラは野生児のサスケです。ノラにからむ戦士は霧隠才蔵のつもりでふたりはでこぼこコンビになるはずでした。これからの講釈はありません、たぶん勇士パーティはもうお話には出てこれないと思います。
まったくなんてこったい。
ことしもみなさんにとって良い年でありますように。