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1-13 嗚呼、春や春

よろしくお願いします。

 あれからは三ばかの襲撃もなく平和にすごしている。今日も元気いっぱい野良仕事に精を出していたら気が付くとあたりが薄暗くなっていた。すっかり遅くなってしまった、みるみる辺りは真っ暗になった。星明りがほのかに畑を照らしているのがわかる。今日は月がないのでことのほか星がにぎやかにまたたいている。

「朝は朝星夜は夜星か、昼にいただく梅干しはないけど・・、以前ならこれからが仕事の本番だったなぁ」

 サラリーマン時代を感慨深く思い出した、夕方6時くらいまでは客先からの問い合わせや社内の業務など雑事に追われるので、6時過ぎてからやっと自分の仕事にとりかかれるのだ、8時ころおやつを食べてからがエンジン全開、仕事を終えるとダッシュで会社を出て全速力で駅まで走って終電に駆け込むのが日課だった。こちらに来てから仕事は暗くなったら終わりなので、なんとなく後ろめたさを感じながら早々と仕事を仕舞う。

 星空を眺めてため息を一息、今日の仕事を終えたわたしは帰途に就いた。

 帰り道を遠回りして下の洗い場で体を洗う、肥撒きをした後は体中強烈に臭くなるのでそのまま家には入れない。肥のかかった体を洗うときは用水を汚さないよう一番下の村の出口にある洗い場でしか体を洗ってはならない。真っ暗で誰にはばかることもないので、わたしはすっぽんぽんになって水浴びをする、ついでに服もよく洗った。春先でまだまだ水は冷たく体は凍えてしまうけどすっかり慣れてしまった。薄く擦り切れそうになった服を破かないように慎重に絞ると、脱水機にかけたくらいに絞れた、湿ってはいるがそのまま着てわたしは家路についた。

 そういえばこの間マルテアも混ざってご近所のおかみさんたちがひとしきり騒ぎながら芹をどっさり採っていたのを思い出した。用水路沿いのあぜ道を見るとちょうど芹の群生がこんもりとした影になっていたので、採りすぎないように何本か見繕って摘んで帰った。ずいぶんと夜目が利くようになったものだ。この香りは苦手ではあるがぺこぺこのお腹には替えられない、おかげでこんばんのおかずが一品増えた。家に帰り着くとにもう一度水浴びをして着替えてから家の中にはいるのだ。

 中の様子をうかがうと、養父母はもう夕食を食べている気配である、水浴びしたとはいえまだ結構匂う、今入ると大惨事になるのでわたしは牛小屋に入ってとりあえずおでこの世話をした。

「おや、帰ってたのかい?」

「はい、ただいま、マルテア」

 気配を察知してくれたマルテアが様子を見に来てくれた、

「ご苦労様だね、早く夕ごはんをおたべ」

 さすがに今日はマルテアが夕飯を用意してくれていた。相当匂うはずだがいやな顔一つせずマルテアは母屋に帰った。私は遠慮して、牛小屋に食事を持ち込んで食べた。ご飯をほおばりよく噛んでいると、おでこも口をもぐもぐしながら体をゆらゆらさせている、

「いっしょだね」

 おでこに声をかけながら、二人で食事をとった。

 食事を済ませて片付けようとそっと母屋を覗くと二人はもう休んでいるようである、マンフェたちを起こさないようにそっと食器を引き上げると自分の分と合わせて洗い場で洗う。今日の仕事もこれでおしまいだ。まだ宵の口なのに、あとは寝るだけなんてなんだか世間さまに申し訳ない気がする。

 さすがにまだ眠れないので、外へ出て森の入口まで行く、うちは村の一番はずれにあるので森まですぐだ。森の木が生えているところまで草原(くさはら)の茂みになっている。仰向けに寝っ転がると茂みの隙間から星空を見上げた。

 ここに来てからのことをしみじみと思い出した。ずっとサラリーマンをやっていたので農業の経験など全くなかった、はじめてのことばかりで難儀した、たくさん失敗もした。マンフェもマルテアもそんなどんくさいわたしを根気よく導いてくれた。春の農作業が本格的になってマンフェの指導もやっと成果があらわれてわたしもだんだん自信がついてきたように思う。暮らしの面倒を見てくれて、生業を仕込んでくれている。天涯孤独のこの地に放り出されてここまで生きてこれたのも、将来生きてゆく自信をもらいつつあることも、ふたりの大恩に感謝してもしきれない。

 夜露が降りて来た。風邪をひく前にわたしは引き上げて、わらの寝床にもぐりこんだ。思いのほか疲れていたのかすぐに寝入ってしまい、朝まで起きることはなかった。

 翌朝も相変わらずのモーニングルーチンだ、いつもの淵で一休みして空を見上げる。星は流転して今頭上でおびただしく輝いている星々は昨夜見たのとは違った星なのだ。かつて絶えず流れる川の水は以前見たのとは同じではないととか言った人がいたが、私も星の流れを見て世の無常なるを思う。夜になったら一周回って元の位置などという野暮なことは決して考えないわたしなのだった。

「おはよう」

「おはよう」

 野良へ向かっていると自然と仲良し5人組が集まる、それぞれの畑や田んぼまでのあいだわいわいお話がはずむ。

「そういや、最近あの三兄弟は来ないね」

 カーツくんがあの話題を持ち出した。この間の三兄弟襲撃のとき一番ビビっていたのが彼だ。

「うん、うん、もう二度と来なくていいや」

 サイツ兄ちゃんがうんざりしたように答えた。

「あの長男やばかったよ」

 何に対して怒っているのかすらわからなくなるほど怒りに支配されたあのときの長男のイッてしまった目をわたしも思い出して身震いして言った。

「あの長男は特に問題児なんだ、あいつにケガさせられた人が何人もいるんだ」

「ええ、こわー」

 ミイムねえちゃんは本当に怖がっている。

「あいつらミナミの嫌われ者だからね。長男はヤンボといって、たぶん村一番の乱暴者だ。次男の名前はドンボといっていじわるで特に自分より弱いものだけをいじめるんだ、ほんとに根性ババ色だよ。三男はジンボといって、こいつはとにかく手癖が悪いんだ。ジンボが近くにいたら、物は隠すかよく見はっておくようにしろよ」

「ああ、それであのときうちの鎌と箕がなくなったんだ、ジンボが盗ってちゃったんだ」

 慌てて走って帰るジンボがかかえていたもののせいでバランスをくずしてこけたのをわたしは思い出した。その時以来鎌と箕が見当たらなくなっていた。抱えてた荷物はうちの鎌と箕だったんだと確信した。あれがなくなって本当に困っていたんだ。

「あいつらはミナミでは爪はじきで身の置き所がないはずだからいつまたこっちへ来るかわからないよ。もしあいつらを見かけたら一目散に逃げるんだ。絶対相手したらいけないよ」

 やけに事情通なサイツ兄ちゃんはわたしたちにそう警告してくれた。

「はーい」

 みんなよい返事をしてそれぞれの畑へわかれていった。

 わたしも気をつけよーっと。

今回は平和でした。これからも平和なお話が続いて欲しいと思ってます。(と、振りを入れておきます)(押すなよ、押しちゃだめだからな、絶対押すなよ)

ノラちゃんが盗まれた箕は普段の生活で見かけることはないですよね、お目にかかれるのは十日えびすの縁起物の福箕くらいでしょうか。自家消費分の作物を箕に入れて持って帰るときはなんか充実感を覚えるのでしょうか。ご近所さんの玄関先ににおすそ分けで置いて行ったりするのでしょうか。

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