1-11 春は風の中に
いつも読んでくださってありがとうございます。
今週もよろしくお願いします。
おはようございます、今日もいい天気です。今朝も仕事に出る前に苗床を表へ出した。大丈夫、挿した芽は無事のようだ。しばらくは直射日光に当てないようにということで、わたしの苗床は外へは出さないで納屋の入り口近くの明るい所へ置いておく。本葉も出てきている、あと1週間くらいで植え付けできるかな。
お昼を食べてもらっているときに、マンフェに苗床の様子を報告した。
「そだの、もうじき植え付けだな。畑の段取りを急がにゃ」
マンフェはそういうと午後は一層仕事に精を出した。春本番、農作業もいよいよ本番だ。昼に食べに帰る時間も惜しいので、ここ数日はお弁当を持って野良で昼食を摂っているのだけれど、今日はお弁当は持って出なかった。マンフェの言うことには
「”深耕七たび肥要らず”といってな、よおく耕さんと」
真冬の寒起こしから数えて何度目になるんだろうか今日も土に鍬を入れていた。そして久々にお昼を家で食べた。わたしがごはんを食べていると、マンフェがやってきてにっこりと笑うと
「今日は昼から肥を入れようか」
とのたまった。肥要らずじゃないの?とわたしの顔に書いてあったのか、
「肥はいらんという訳にはいかんじゃろ」
と、お茶目な表情で笑った。
「冬の間から何度も肥しを入れてたよね」
とわたしが尋ねると。
「ああ、もう土はほとんど出来上がってるよ、今日はノラに肥のやり方を教えてあげよう。」
おでこ謹製の上質な堆肥は何度も田畑へすき込んできてやり方はもうわかっている。今日は何を改めて教わるのだろうか。
腹ごしらえを終えたわたしは肥撒き用の野良着に着かえて表へ出た。肥撒き用の野良着といってもただ着古してぼろぼろになっただけの服だ。いつものようにおでこの堆肥を取りに牛小屋へ行こうとすると、
「今日は堆肥はいいよ」
とマンフェが言う。納屋の奥から肥たんごを持ってきて外壁に据えてある桶の中身をそれにあけた。納屋の外壁沿いに桶が置いてあって普段マンフェはそこで立小便をしている。それは男だけに許された特権であった。その桶は壁に沿った部分が大人の腰くらいの高さの縦長の板になっていて、その下側に半円形の桶がくっついているという少し特殊な形状をしている。マンフェは溜まっていた自分の小便を移し替えたのであった。
どの家もそうだが、トイレは家の外にあって、独立した小屋になっている。どんな構造をしているのかというと、地面に大きな壺が埋めてあって、それを囲うように小屋が建てられている。小屋の床には穴が空いてあってそのちょうど下に壺の口があり用を足すと壺の中にそれが落ちるという仕組みになっている。いわゆるぼっとん便所というやつでである。夏には穴から覗くと肥壺の口が開いた地面を”べんじょこおろぎ”がのそのそ歩いているのが見える。壺に落っこちないでくれと心配事がひとつふえるのであった。床穴の中心と壺の入り口は微妙にずれていて、技術的に未熟で位置合わせの精度を出せないのかなと思っていたのだが、何度も用を足すうちにその絶妙な設計に気が付いた。ぼっとん便所なので大きな物を落とすと跳ね返った”おつり”がおしりにまで届くことがある。ミルククラウンができるときに飛び出すミルクの粒を思い出してもらうとわかっていただけると思うが意外と高く跳ね返るのである。しかしながら壺の口が微妙にずれているためまっ直ぐではなく斜めに跳ね返る。壺の口は少しすぼめられていて跳ね返りがそこに当たって止まるようにできているのである。しかし、落としどころが悪くておしりまでおつりが届くことがあり、”あちゃー”と絶望することもたまにはあった。穴のうしろには謎の板が立っている。初めは金隠しかなと思ったが前後が逆で板を背にしてしゃがむのが正解だった。その時あっぱっぱの裾をその板に引掛けると用を足すときに服を汚さないというように誠に合理的にできた仕組みだった。トイレひとつとっても日本とはずいぶんと違った工夫がされていて感心した。
壺に溜まったものは大切な肥しとなる。トイレの裏の壁の下の方に木の蓋があり、それを開けると地面に埋まった壺にアクセスでき、柄の長い柄杓で掻きだして肥たんごに移して畑へ運ぶ段取りになっていた。肥を汲みだそうと初めて蓋を開けたとき『下から丸見えだぁ、覗き放題じゃん』とびっくりしたものだ。
わたしは溜まっていた肥を肥たんごに汲み取ると担いで畑へ向かった。
「上手になったなぁ」
並んで歩いているマンフェが話しかけて来た。
「はじめは零しまくって、まともに運べんかったもんじゃった」
「マンフェが紐を短くしてくれたおかげよ」
そう、はじめはうまく運べなかった。肥たんごを天秤棒の両端にぶら下げて運ぶのだが、どうもバランスが悪くて肥たんごの揺れるのを止められずに零しまくっていた。もちろん初めのうちは水で練習してましたよ、道端に肥を撒き散らしたわけではないですよ。農作業に関しては全てにおいて完璧なマンフェはこれにもその才能を大いに発揮した。肥たんごと天秤棒の振動を完璧にシンクロさせることができた。天秤棒と吊り下げている紐から歩くに伴って伝わる振動を体でうまく同期を取り肥たんごを振動の節にすることにより微動だにすることなく運んで見せてくれた。それは芸術的とも言えるもので、足から腰、肩、腕を見事に連携されさらには手でつかんだ紐で巧みにリズムをとって完璧に調和し、さながら小さなシンフォニーがわたしの頭の中に響いた。対してわたしはどうもぎくしゃくしてしまってうまく運ぶことができない。背丈が圧倒的に足らないため天秤棒にあわせたリズムを体で作り出すことができないのだ。天秤棒のそれぞれの片側はカンチレバーの先に振り子がぶら下がった振動系となっていてそれが中央で繋がれていると考えることができる。歩くときに肥たんごを振動の節にすることで安定的に移動できるのだが、わたしの体のサイズでは天秤棒と肥たんごを合成した振動系の固有振動を物理的にコントロールできないようだった。そこでぶら下げている紐を短くして振動のバランスをわざと崩した。そして上体から天秤棒、肥たんごの先まで一体となるようイメージして、腰から下だけでバランスを取って歩くようにした。傍から見ているとそれはへっぴり腰で歩いているように見えているのか
「なんだい、おしっこでもがまんしてるのかい?」
とマルテアに爆笑された。
「ノラも一所懸命に練習してるんじゃから、まぁ笑うてやりなさんな」
とマンフェは弁護してくれたが、その目が笑っているのをその時わたしは見逃さなかった。
そんな生暖かい眼差しにも挫けることなく、ついにわたし流の肥たんご運搬法を完成させることに成功したのだった。短い脚がかえってばね下の重量を軽くする効果となり土のあぜ道の凸凹を見事に吸収することに成功していた。へっぴり腰で歩いているように見えて上体を微動だにさせることなく滑るがごとく器用に歩くわたしの姿をみて、終にはマンフェも関心してくれた。路面の不整を見ながら踏み出す毎に膝などの関節でうまく調節するのでかなりの速さで歩いても大丈夫だった。まるで猫足のごとくやさしく肥を運ぶ技を編み出したわたしは腰の悪いマンフェに代わって肥の汲み取りから運搬の仕事を引き受けることになった。
畑へ着くとわたしは肥溜めの蓋を開けて肥を流し込んだ。夏の間は鬱蒼とした草に囲まれて見晴らしのいい畑の中でそこに肥溜めがあることがわかるのだが、今の時期は背の高い雑草もすっかり枯れて肥溜めの蓋に覆いかぶさっている。枯草にすっかり覆い隠されているので近づくまでそこに肥溜めがあるのがわからない。奇しくも落とし穴のようになっていての時期はかえって危険だ。その蓋は風呂の蓋のように頼りなくできていて人が乗ったらすぐに捲れて落っこってしまうだろう。
作業しやすいように覆いかぶさったのや周りで倒れている雑草を取り除いていると、肥溜めを覗いていたマンフェが
「水を汲んできてくれんかい」
と声を掛けてきた、そこでわたしは畑の横に流れている水路で水を汲んできた、どうも濃度を調整する必要があるそうだ。都合3往復ほど水を汲んで肥溜めに入れた。
肥をかき混ぜてからマンフェは柄の長い柄杓で肥を掬って肥たんごに汲み上げた。
「ちょっと見てみんしゃい」
といって、天秤棒を担ぐと歩きにくそうにしながら畑へ入りさっきのより少し柄の短い柄杓で肥を撒いて見せてくれた。
「去年は柄杓を使ってたっけ?」
去年肥を撒くところを見たが、肥たんごを傾けてそこから直接撒いていた。
「あはは、ノラにはまだ無理じゃよ」
優しい笑顔でマンフェは言った。
「慣れんうちは柄杓を使いなさい」
去年はマンフェが肥を撒く担当だった、天秤棒を肩に畑中を縦横し流れるような所作で肥を撒いていた、リズムに乗って肥たんごを揺らして傾けると少しずつ畑へ肥が零れてゆく、と同時に次のステップで少し移動するとまた肥を撒くというような具合で見事な技を見せてもらった。腰は大丈夫なのかとわたしははらはらしながらそれをみていた。腰を捻ってツイストダンスをするようなあの見事な技を今日はいよいよ伝授してもらえるものと期待していたのですこしがっかりしてしまった。
柄杓をつかうとやはり効率が悪いように思える、あの流れるような動きはできない。しかし何事も基礎からだ。ここはおとなしく言うことを聞き言う通りにしよう。というのも、こっそりと去年のマンフェの真似をして肥たんごから直接撒いてみたのだがみごとに自分の足に掛けてしまった。ばつが悪くてマンフェの方を覗き見ると、にこにこしながらこちらを見ていた。まだまだ修行が必要のようだ。
ひとしきり撒き終わると今度は耕した、撒いた肥がよく混ざるように鍬を土に入れる。私の手にはマンフェが持ってきてくれた自慢のマイ鍬が握られている。いつも頼りにしている大切な相棒だ。
やがてお日さまも西に傾いてきた。今日の作業を終えて一息つく、心地よく疲れてすこし火照った頬を春の風がやさしく撫でてゆく。よく耕されている田んぼも畑も丸裸で茶色く枯れた雑草がそれを縁取っていて風景は寒々しいが、吹く風の中に春の息吹を感じて少し驚くとともに暖かい希望の気持ちが湧き上がってくる。
「今年もがんばって育てて、秋にはどっさり収穫するぞ」
そう心に決意を抱いたのだった。
江戸時代には人糞を肥しにすることがあったそうです。都市伝説ならぬ田舎伝説の”肥溜め”について書くことができてなんか不思議な気持ちです。
畑に肥しを入れるなんて異世界ならではの風景ですね。




