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15 魔女のお祭り

 週末の町の広場は、大いに賑わっていた。

 人だかりが囲んでいる真ん中には、リコプリンのテントがあるが、今日はプリンを売っていない。看板にはこう書かれている。


『わたあめパーティー』


「今日はみんなで試食会だよ! わたあめ食べてってね!」


 マニは元気に、籠から取り出した木の棒を広場のみんなに配っている。棒の先には、小さなわたあめが付いている。

 見学する人々は我先にとわたあめを受け取って、歓声を上げながら口に含んで楽しんでいた。そうしてふわふわの優しい甘さを味わいながら、テントで行われている「わたあめショー」に魅入っている。


 アレキが特注で手配した特大の中華鍋のような鉄板には、ミーシャの竜巻が立ち、溶かされた砂糖が雲のように回転する。

 見たことのない不思議な風景に、人々は夢中になっていた。


 リコはわたあめの竜巻からクルクルと木の枝でわたあめを巻き取って、小さなわたあめを大量に作っている。

 作っても作っても足りないほどに、観客が大勢集まっていた。


 マニは小声でほくそ笑む。


「初回はタダで配るけど、次回はおっきなわたあめを売りまくるからね。大人気間違いなしだよ」


 リコはマニの籠にミニわたあめを足しながら、笑った。


「マニちゃんの経営戦略は、ほんとにすごいね。こんなに人が集まるなんて思わなかったよ!」

「見たことない変な食べ物は、一度味見させるに限るからね」


 隣のミーシャを見ると、長時間に渡る竜巻のコントロールに集中していて、真剣な顔をしている。


「ミーシャちゃん、疲れない? 大丈夫?」

「うん。アレキ様の訓練で、だいぶ慣れたよ」


 会話をしているうちに、目前にアレキが立っていた。

 オペラグラスを片手に、まるで観劇にでも行くようなお洒落をしている。どうやら遠くから観察していたが、我慢できずに近づいて来たようだった。


「わたあめひとつくださいな」


 言いながら、ミーシャが立派に風使いとして活躍している姿を見て、うるうると瞳を青く潤ませていた。


「ミーシャァァ! 立派なわたあめ職人になって!!」


 感極まってミーシャに抱きついて、ミーシャは竜巻のコントロールを失った。


「ちょっ! アレキ様!?」


 わたあめを乗せた竜巻は空中に飛び出して、天高く高速回転した後に風は霧散し、わたあめがちりぢりと、広場の空から降ってきた。

 観客達はまるで雲が落ちてきたような景色に盛り上がって、宙に手を伸ばして、わたあめを掴んで食べ出した。


「も~! 邪魔しないでくださいよ!」

「あっはっは! でもみんな楽しそうだぞ」


 アレキの言うとおり、みんなはパフォーマンスの一環だと思っているようで、大人も子供も目を輝かせて、雲掴みの遊びに興じている。その光景はまるで輪になって踊っているように見えて、リコは胸がギュッとなっていた。


「これは……お祭りだよ! わたあめ食べて、盆踊りだ!!」


 また意味不明な事を叫んでいるリコを、マニは笑っている。


「みんなで雲を踊り食いするなんて、とんだ奇祭だね」



 * * * *



 町がわたあめ祭りで盛り上がる頃、レオは自然が豊かな地帯にある、立派な屋敷の前にいた。

 手には大きな花束の代わりに、リボンで包まれた巨大なわたあめを持っている。


「レオー!!」


 レベッカが屋敷から飛び出して来た。

 ラフなワンピースに、やっぱり裸足のままで、芝生を駆けている。


「レベッカ姫! 新居にお招き頂きありがとうございます」


 優美な挨拶をするレオを、レベッカは笑う。


「もう姫じゃないわよ、レオ。私は自由な女の子になったの!」

「そうでした。レベッカお嬢様」


 その呼び方に満足して、レオの持つわたあめを指す。


「何よ、それ? どっかで綿でも摘んできたの?」

「レベッカお嬢様のお屋敷には、すでに見事な薔薇が満開でしょうから。お花の代わりにわたあめをお持ちしました」

「わたあめ?」


 首をかしげながらわたあめを受け取るレベッカの後ろから、エルド護衛長がやって来た。


「レオ! よく来てくれた」

「エルド護……」


 言葉の途中でレオはエルドによって、力強くハグされていた。


「!?」


 まるで家族を迎えるような愛情の籠もったハグに、レオは驚く。存分に抱きしめた後、エルドは体を離すと、レオのまん丸な目を見下ろして爽やかに笑っている。見たことの無い、憑物が落ちたような笑顔だった。


「ちょっと、何よこれ!?」


 二人の間に、レベッカが割り込む。

 わたあめを食べて興奮していた。


「こんなふわふわした甘い物、食べたこと無いわ!?」

「レベッカお嬢様。食べ物だと説明してないのに、召し上がったのですか?」


 レオが呆れて振り返ると、レベッカは紅潮してほっぺを膨らませていた。


「だって、甘い香りがしたんだもの! やっぱり食べ物なのね!?」


 エルド護衛長は笑いながら、右手で興奮するレベッカの手を引いて、左手でレオの肩を抱いて、屋敷に入っていった。



「うわぁ、凄いですね……」


 レオは屋敷の中を、口を開けて見回す。

 立派な屋敷の一階部分は殆どがサンルームになっていて、植物園のように薔薇が爛々と咲き誇っていた。


「ここはもともと、植物を研究する学者が住んでいたの。私は薔薇の研究をして、いっぱい新種を作るのが夢だったから、ピッタリでしょ!?」


 薔薇園は美しく珍しい種類の薔薇で満ちていた。


「レベッカお嬢様の薔薇への熱意は素晴らしいですね」

「ふふん。ただのじゃじゃ馬娘じゃないのよ?」


 心中を見透かされたようで、レオは苦笑いする。


「見て! ここに溝が通ってて、水路になってるの! これはシャワーになっていて、広い敷地の放水が簡単だわ」


 レベッカは熱心に自慢の薔薇園を説明していて、その姿はとても眩しい。レオの隣のエルドも同じ気持ちのようで、愛の溢れる眼差しで、レベッカを見守っていた。


「エルド護衛長。薔薇園の生活は如何ですか?」


 レオの質問に、エルドは聞かなくてもわかるだろう、というニヤケ顔で見下ろした。


「幸せさ。世界がこんなに眩しいとは、知らなかったね」

「それはご馳走様です」


 後ろから、護衛隊のひとりが呼びかけた。


「皆さん、お茶のご用意ができています」

「ありがとう」


 レベッカの屋敷は相変わらずイケメン揃いの護衛隊によって守られているが、その空気は幽閉の塔と違って、広々とした自然な空間の中で誰もがのびのびとしていた。

 レオはお茶を頂きながら、全員が幸せそうで感心していた。


「いい職場ですね、ここは……」


 レベッカがニヤリと笑う。


「レオ。あなたもここで働きなさい! あなたなら、護衛隊の副隊長にしてあげてもいいわよ? 今日は勧誘しようと思ってたの!」

「そ、それは無理ですよ。僕はノエル王子のお抱え配達員ですから」


 レベッカは「ふん」とそっぽを向く。


「王宮の仕事なんて、堅苦しくて窮屈じゃない」

「僕はわりと、堅苦しいのは嫌いじゃないんで」


 レベッカは変人を見るような顔で、わたあめを貪り食っている。


「いいわ。それじゃあ、またこの雲のお菓子を配達して頂戴。あと、プリンもね!」

「喜んで、お持ちいたします」


 護衛隊もわたあめを貰って、女の子のように浮かれて食べている。


 町で、薔薇園で。わたあめは多くの人々に、夢色の休日をもたらしていた。



 * * * *



 夜になって。

 金ピカ城のリコの部屋では、リコが町の広場のわたあめパーティーの報告を。レオは薔薇園のお茶会の報告を、互いにしあっていた。


「レベッカさんもエルドさんも幸せそうで、良かったね!」


 人ごとながら、二人の熱愛ぶりにリコもホクホクとしている。身分違いの恋が叶った部分にも萌えているようだった。


「リコさんも。お祭りが楽しかったようですね」

「うん! まさかこっちの世界で、わたあめの盆踊りができるなんて……エリーナにも報告しなきゃ!」


 リコの満面の笑顔に、レオも嬉しそうに頷く。


 レオは一呼吸置くと、右手を自分の背中に隠した。


「いろいろとハッピーエンドということで、リコさんにひとつ、お願いがあるのですが」


 リコはキョトンとする。


「なになに!?」

「これ……着けてもらってもいいですか?」


 レオが背中から手を出すと、そこにはあの、白猫耳のカチューシャがあった。リコは思わず笑って、カチューシャを受け取った。


「レオ君、元気が無いの? 栄養がいるの?」

「い、いえ、違います! その、今回はがんばったご褒美というか……」


 自分で言いながら恥ずかしい理由に、レオは赤面している。


「ほ、ほんとは海でお願いしようと思ったけど、水着に猫耳はさすがにヤバいというか、変態的というか……」


 リコは噴き出して、猫耳のカチューシャを頭に着けた。

 猫のポーズをして、首を傾げる。


「レオ君は、エッチだにゃん!」

「ち、ち、違いますよ!!」


 真っ赤になって焦っているレオに、リコは猫のようにしなやかに近づいて、そっと、ご褒美のキスをした。いつもより緊張して照れているレオに笑いをこらえながら、リコの中の「好き」がわたあめのように膨らんでいった。



 第三章 おわり

物語はこれで完結です。最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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