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10 中庭の暴走

 リコはハッと目を覚ました。

 ベッドは朝日で明るく輝いて、爽やかな朝だった。

 ガバッと起き上がり、頭を抱える。


「ダメだ……エリーナに会えなかった。どうしよう」


 それどころか、何か酷い悪夢を見たような目覚めの悪さだった。

 心のどこかでレオが帰らないのを不自然に感じて、漠然とした不安が悪夢を見せたようだ。


 鏡の前に立つと、自分のおでこには大きな絆創膏が貼ってある。

 ほっぺも顎も、擦り傷だらけだ。昨日の無力な自分を思い出して、リコはキリッと顔を引き締めた。


「めそめそしないで、リコ。強くなると、決めたでしょ?」



 まだ眠そうなアレキは中庭の椅子に寄りかかり、三人娘の早朝の訓練を見守っている。テンションは昨日から変わらず、熱が籠もっていた。


「フリーズ!」「リング!」


 特にリコの気合は、危機迫っていた。

 人体の代わりに置かれた丸太は幾度も冷気で真っ白になったり、歪な氷で拘束されている。


「どうだい? リコちゃん」


 アレキが後ろからそっと近づくと、リコの髪は結晶で輝いて、周囲は冷気で煙がたっていた。


「フリーズはどうしても、全身に氷が掛かってしまって、足だけ固定するのが難しいです。リングはこの通り……」


 半壊した氷の輪が、丸太にくっついている。


「完全な輪にならないし、太さも歪です」

「だけど威力は充分じゃない? この輪がちゃんと繋がったら、すげえぶっとい拘束具じゃん」


 リコは笑っているが、アレキは内心、ほんのりと恐怖を感じていた。

 部屋が冷凍庫事件の時から感じていた、リコの潜在能力はやはり、思った以上に強烈な様子だ。


 続いてミーシャの元へ行くと、芝生に穴が開くほど高速に回転する竜巻が、ミーシャの背丈ほどの大きさで、発生していた。


「ミ、ミーシャ! 何!? そのドリルみたいな……」

「集中してるから、声かけないで!」


 ミーシャは荒々しい風をコントロールしようと、必死で両手を翳していた。

 アレキがよろめいて後退すると、真横をオスカールがマニを乗せて暴走していた。


「きゃははは!」


 楽しそうな笑い声が急速に遠のいていく。


「き、君たち。いったい、どうなっちゃうんだい!?」


 小さな魔女たちの怒りのパワーに、アレキは圧倒されっぱなしだった。



 * * * *



「ふぁ~、いい湯だなぁ~」


 マニは大浴場のお風呂に、殆ど水没するように蕩けている。

 リコとミーシャも体を洗ってお風呂に入り、三人娘は大量の湯気が舞う夜空を見上げた。


 ミーシャはずっと元気が無いリコの様子を、そっと伺う。


「ねぇリコ。私、強い竜巻を作れるようになったから、卵を攪拌してみたいな」

「あの竜巻で攪拌したら、卵がふわっふわになっちゃいそうだね!」


 マニが振り返る。


「ふわふわのお菓子、いいじゃん!」

「新商品ができちゃいそう!」


 リコは新しいリコスイーツを開発しようとしていたのを思い出して、明るい笑顔になった。


 リコの脳内には久しぶりに、大好きなおやつが巡っていた。

 溢れるアイデアを三人でペチャクチャと盛り上げて、夕食も、ベッドの中でも、スイーツ会議で盛り上がった。


 深夜にアレキがそっとリコの部屋を覗くと、ベッドの上でメモ帳やペンを散らばせたまま、三人娘はぐっすりと眠っていた。


「ふふふ。可愛い顔して。おやつの夢でも見てるかな」


 メモやペンを片付けて三人娘に布団を掛けると、アレキは灯りを消して、ドアを閉めた。




「……あれ?」


 リコはキョトンとして、木製の椅子に座っていた。

 目前には、同じく木製の……教室の椅子に座った、制服姿の自分がいる。

 ザワザワと懐かしい学校の喧騒も、遠くに聞こえた。


「莉子……」


 リコは思い切り、立ち上がった。


「じゃない、エリーナ!!」


 莉子の姿のエリーナは「しー」と唇に指を当てる。


「せっかく久しぶりに会えたのに、夢から覚めてしまうよ」

「夢……」


 リコは力が抜けて、椅子にへたり込んだ。


「しばらく昼寝する時間がなくて、すまなかった。今日はリコに、伝えたい事があってな」


 エリーナは前回会った時よりもますます綺麗になって、髪も肌も輝いていた。

 リコが莉子であった時、ろくに手入れもしていなかったのだなと、自覚する。


「エリーナ。なんかすごく、可愛いね」

「うん……その、恋人ができてな」

「え!?」


 リコはまた立ち上がって、エリーナの肩を掴んだ。


「嘘!? 万年ぼっちだった私が!? 誰? 誰が彼氏になったの!?」


 興奮して半透明になるリコを、エリーナは宥める。


「落ち着いてくれ。君も知っていると思うが、3年生の生徒会長だよ」


 リコは驚きで仰け反って、地面に倒れそうだった。


「あ、あの、憧れの桐島先輩!?」


 成績優秀にしてスポーツ万能、しかも近寄り難いほどのイケメンだ。


「お家もお金持ちで、フェンシングもプロ並みだって噂の……さ、さすがエリーナ」


 帰宅部で、おやつとアニメが生き甲斐のモブ的な生徒だった莉子には、あり得ない展開だった。

 エリーナは笑っている。


「図書室で出会ってから、気が合ってな。数学やフェンシングの話が、なかなか面白い」

「はぁ……」


 エリーナはクールを気取っているが、頬は薔薇色で、恋する瞳は輝いていた。

 リコは同性ながら、胸がキューンと高鳴る。


「エリーナ。おめでとう。エリーナが幸せだと、私も嬉しいよ」

「ありがとう。恋がこんな気持ちだなんて、知らなかったよ。恥ずかしながら、初恋だからな」


 その言葉に、のぼせていたリコはハッと我に返って、現実を思い出していた。


「そうだ、エリーナ! ユーリが……あなたの婚約者が、現れたの!!」


 エリーナはキョトンとした後、首を傾げた。


「ユーリ……?」



 * * * *



 レオは暗闇の中にいた。


「血生臭い……」


 自分の鼓動だけが聞こえて、辺りは誰もいない。

 遠い場所から、何かを引き摺る音が聞こえてくる。目を凝らすと、それは右腕を失ったダムだった。半分人の姿で、半分魔獣の姿をしている。大きな尻尾を引き摺って、自分の右腕を探しているようだった。


「ガフ~……レオ! お前の扉の中にある、俺の腕を返せ!」


「うわあーーっ!」



 叫んで目を開けると、自分は血溜まりの中にいた。

 青空の手前には、お姫様の泣き顔がある。頭は柔らかく……膝枕されているのがわかった。


「ひ、姫様……」

「レオ!目が覚めたのね!?」


 飛び起きようとするレオの頭を、レベッカ姫は抱えるように抑えた。


「動いたらダメ! 意識を失っていたのよ。頭を打ったんだわ」


 姫の膝枕の上から横を向くと、巨大な魔獣の首無し遺体が横たわり、レオと姫と砂浜は、魔獣の血で真っ赤に染まっていた。


「あ、あれからどれくらい?」

「30分くらいよ。私、あなたが死んじゃったかと思って」


 姫は再び泣き出していた。

 レオは自分が気絶していた事実に、ゾッとしていた。その間に二匹目の魔獣が来ていたら、姫がどうなっていたか……心臓がバクバクと早鐘を打っている。

 そして魔獣の首を切断したことで、ダムを思い出していた。


「仕方が無かったんだ……」


 レオは頭が朦朧として、言葉が漏れていた。


「レオ? 何が?」

「いえ……この力を、こういう風に使いたくなくて」


 姫は驚く。


「どうして? 私を助けてくれたじゃない。それに魔獣退治の時だって、あなたは沢山の兵士を救ったのよ? 凄い能力だわ」

「ええ……でも本当は、荷物を配達したり、プリンを運んだり……そのために使いたいのです」


 レオの悲しい顔を初めて見たレベッカは、労わるように優しく髪を撫で続けた。



 しばらく横になって、レオは意識がハッキリと戻っていた。姫と一緒に浅瀬で魔獣の血を洗い落としながら、周囲に警戒している。


「まさか魔獣がいるなんて。一匹いるなら、近くに何匹も生息しているはずだ」


 不安そうな顔をしているレベッカ姫の両肩を、レオは掴んだ。


「どうか教えてください。今までワープした時は、どうやって王宮に戻っていたんです?」

「わ、わからないわ。いつも気づいたら、王宮に戻ってるの。数時間で戻る時もあれば、丸一日かかった事もあるわ」

「エルド護衛長はその間、何をしていましたか?」

「そ、それは……」


 姫は戸惑うように、答えた。


「……殻よ」

「殻??」



 二人は岩陰で濡れた服を着替えて、空から身を隠している。

 姫は話の続きを教えてくれた。


「ワープをすると、エルドは私を殻に入れるわ。とても硬くて、誰も触れることができないの」

「それは……防御壁の能力という事ですか?」

「ええ。通常は盾や壁のように使うようね。だけど球体となった殻はすごく小さくなるから、私一人しか入れないの。エルドはいつも殻の近くで、野生の動物や虫と戦っていたわ」


 何ともストイックな凌ぎ方に、レオは頭が下がる思いだった。


「エルド護衛長は大変だけど、姫様は絶対安全ですね……」

「でも、私、寂しくて。殻の中は孤独よ。エルドに触れることもできないし、誰にも会えず、景色も見れないもの」

「うーん……なるほど……」


 レオの瞳は次なる企みを隠して、キラリと輝いた。

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