表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/72

8 目覚める乙女達

 リコは激しく息を吐きながら、転がるように森を駆け抜ける。

 しばらく自分の息と藪を漕ぐ音しか聞こえなかったが、やがて後ろから、猛然と何かが迫る足音が聞こえてきた。

 銀狐がユーリと共に、リコを追いかけていた。


「リング!」


 ユーリの声と共に、リコの真横を氷の輪が翳める。


「きゃあ!」

「エリーナ! 怪我をする前に止まるんだ!」


 ユーリの言葉を無視して、リコは走り続けた。

 穏やかで優しい顔に見えるユーリだが、リコにはもう、信用のおけない人物となっていた。差別的で強引で、乱暴な面を見てしまっては、恐怖の対象にしかならなかった。


 ザッと藪を飛び出すと、そこは町の手前にある、開けた野原だった。そのまま町へ向かって走ろうとしたその時。


「リング!」


 リコは氷の輪に捕まって、勢いよく転んでいた。

 ザシャア! と音がして、おでこからモロに地面に突っ込んでいた。

 ユーリはその姿に、溜息を吐いた。


「はぁ。みっともないな……記憶と一緒に知性まで無くしたのか? エリーナ」


 苛立ちを隠さずに、近づいて来た。

 リコはまた両腕が拘束されて、自力で立ち上がることができない。

 ユーリが銀狐から降りて、リコを抱き上げようと肩に手を掛けたので、リコは振り返りざまにユーリの手を噛んだ。


「痛っ!」


 ユーリは信じられない、という顔でリコを見下ろしている。


「ち、知性が無くて悪かったわね! 私はエリーナじゃないんだから、当たり前でしょ!? あ、あなたなんか、紳士じゃないし、私の好きなレオ君は、もっと紳士で、強いんだから!」


 涙目で一気にまくしたてるリコに、ユーリはピリッと空気を冷たくさせた。


「レオって……誰? エリーナ。もしかして、男がいるのか?」

「そうだよ。好きな人がいるの! だからあなたなんか……」


 言葉の途中で、ユーリはリコの襟首を掴んでいた。


「記憶喪失とか言って、男を作ってるじゃないか!」


 その剣幕に、リコは恐怖で目を硬く瞑った。

 と同時に、町の方向から、覚えのある声が聞こえた。


「はい、そこまで」


 リコとユーリが同時に振り返ると、離れた距離に、白い毛長の犬……オスカールが佇んでいた。見た事がないくらい、ハッ、ハッ、と息を吐いている。

 そしてオスカールの上には、派手なスーツを着たアレキサンダーが、金色の銃を構えていた。


 リコとユーリはどちらもギクッと肩を揺らして、固まった。

 情報が多すぎて、飲み込めない。


「そこの坊や。立ち上がって、後ろに下がるんだ」


 銃口がピタリとユーリに定まっていて、ユーリは息を飲む。


「き、汚いぞ。銃なんか……」

「君、能力者でしょ? 素手でやり合う馬鹿はいないよ」


 アレキはカチャリと銃を持ち直し、照準に集中する。


「銃と君の力。どちらが早く撃てるか、試すかい?」


 ユーリはそっと両手を上げて、歯軋りをして後ろに下がった。


「そうそう。賢明だよ」


 アレキは距離を保ちながら、近づいてくる。

 リコの頭上で「ウー」と小さな唸り声が聞こえた。それは銀狐ではなく、顔が見えないほど毛が長い、オスカールの声だと気づいた。白い毛で隠れているが、鋭い歯を剥き出しているのを、リコは間近で見てしまった。


 銀狐は竦むようにオスカールを凝視して、ユーリと同じように2歩、3歩と下がった。アレキはユーリを狙ったまま、銀狐に声をかける。


「よ~しよし、君にはわかるよね? オスカールは軍用犬だ。とっても怖い犬だよ~」


 宥める声が余計に不気味で、銀狐はユーリよりも早く後退した。

 ユーリは悔しさから、口を開く。


「お前は……誰なんだ。レオなのか?」

「俺はレオ君じゃないよ。三人娘の保護者だ。君さ、ミーシャを泣かしたでしょ? 俺の可愛い娘たちをいじめたら、許さないよ?」


 アレキの目は冷静を通り越して冷酷に見えて、ユーリは顔が強張る。足早に後退すると、銀狐に飛び乗って、森の方向へ逃げて行った。


 銃を下ろして、アレキはオスカールから降りると、リコの元へやって来た。


「アレキさん……」

「リコちゃん。あ~、おでこズルむけちゃったな」


 ヒリヒリするおでこを、心配そうに覗き込んでいる。

 リコを拘束していた氷の輪は、ユーリが去ったので溶け出していた。


「どうしてここがわかったんですか?」

「ミーシャとマニが、泣きながら城に飛び込んで来たんだ。リコちゃんが拐われた、ってさ」


 リコは二人が無事で、さらに助けを求めてくれたのだと知って、涙がこみ上げていた。


「そんでオスカールが、リコちゃんの匂いを辿ったんだ。だけど、自力で逃げ出したんだな。偉いぞ。がんばったね」

「あ、ありがとうございます。わ、私……」


 ドッと力が抜けて号泣するリコをアレキは抱き上げて、オスカールの上に乗せた。アレキもリコの後ろに乗ると、オスカールは鼻息荒く、町に向かってダッシュした。


「ちょ、待って待って、もう走らなくていいから!」


 アレキが手綱を引くと、オスカールはようやく、いつもののんびり歩きに戻った。


「オスカールが……走った」


 リコは決して走らないと思っていたオスカールが走り、しかも唸り、牙を剥いていたのに驚いていた。


「うん。オスカールはね、オリヴィエ村長が仕込んだ、優秀な軍用犬だよ。俺がゆっくり歩かせるから、いつもはのんびりしてるけどね」


 リコはオスカールが全力で走ってくれたから、アレキに助けてもらえたのだとわかって、オスカールの首にそっと抱きついた。


「オスカール。ありがとう。大好きだよ」

「ワフッ」


 オスカールは返事をするように答えてくれた。

 リコはこの世界にやって来て、初めて巨大動物と会話ができた気がした。



「リコォ~!」


 アレキの金ピカ城に帰ると、マニとミーシャが泣きながら飛び出して来た。リコもオスカールから飛び降りて、二人のもとに泣きながら駆け寄って、三人は固く抱き合った。


 中庭での感動の再会を眺めるアレキは「やれやれ」と一息ついて、オスカールを撫でながら水を与えた。

 しばらくすると視界に影が落ちので見上げると、アレキは三人娘に囲まれていた。リコもマニもミーシャも、泣きはらした目で毅然とアレキを見下ろしていた。


「ど、どうしたんだ? 三人とも怖い顔して」


 ミーシャが一歩、前に出る。


「アレキ様。私たちに、訓練を付けてください」

「へ?」


 リコも、一歩前に出る。


「レオ君を鍛えたように、私たちの師匠になってください」

「はぁ?」


 マニは二歩、前に出た。


「ああいう野郎をギッタギタに叩きのめす方法を、教えてよ!!」

「ええー!?」


 三人のギラギラとした恨み節の殺意に、アレキは仰反る。リコの身に立て続けに起きた誘拐未遂に、女子たちの堪忍袋の緒は、ぶち切れていた。

 アレキはしどろもどろになる。


「いや、女の子が戦うなんてさ……」


 ミーシャは毅然と、アレキを睨む。


「私はもう、自分の能力に怯えて力を出し惜しむのはやめました。アレキ様。私を立派な風使いにしてください」

「ミーシャ……」


 見たことの無いミーシャの勇敢な瞳を、アレキはうるうると見つめて、抱きしめた。


「ミーシャァー! 立派な目つきになって!」


 しばらく抱きしめた後、アレキはリコとマニを見上げた。


「お嬢さんたち。覚悟があるなら、俺が戦う手段を教えよう」


 マニとリコはパアッと顔を輝かせて、礼をした。


「お願いします! 師匠!」



 中庭で、アレキ師匠による講義が始まった。

 三人娘はプリンを作る時と同じように、真剣な眼差しだ。


「リコちゃんは同じ能力者に出会って、技の種類を見ただろ?」

「フリーズと、リングです!」


 挙手して答えるリコに、アレキは頷く。


「丸パクするんだ。まずはフリーズとリングを、ひたすら練習してご覧」

「はい!」


「そんでミーシャは、風の強度を上げる練習だ。心理的な枷が無くなれば、君はもっと激しい風が起こせるはずだ」

「はい!」


「で、マニちゃんなんだけど」


 アレキは一番憤って興奮しているマニを見下ろした。


「能力者じゃないけど、一番戦闘力が高そうだよな。戦うってのは、気概が大事だから」

「あたしはとにかく、ボッコボコにしたいんだ!」


 アレキは微笑ましく「うんうん」と頷いて、オスカールの頭に手を置いた。


「マニちゃんは体力があって、体幹も強い。農園で動物の指揮にも慣れてるから、騎乗の練習をしよう」

「はい!」


 三人はそれぞれに、自分が為すべき訓練に打ち込み始めた。リコは氷飛沫を上げまくり、ミーシャの竜巻は高速で回転し、マニがオスカールで駆け周っている。


 アレキは椅子に座って、乙女たちの殺気が篭る中庭を眺めた。


「こりゃあ~大変なことになったぞ」


 教えておきながら、その勢いに戦々恐々としていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ