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7 美しの銀狐

 一方で、週末で賑わう町の中。

 リコはユーリと名乗る男性から抱擁されたまま、呆然としていた。


(婚約者)


 何度もその言葉がリフレインしていた。

 エリーナに婚約者がいたなんて知らなかった上に、エリーナの体の中身は別人のリコなので、婚約者と言われても戸惑うし、頭はお祭りのように混乱していた。


「エリーナ。北の地は内戦が激化して、君の国でもクーデターが起きたと聞いた。でも、無事に国外に逃げられたんだね。本当に良かった」


 ユーリの語る内容は深刻で、リコは抱擁を拒絶しづらく、固まったまま聞くしかなかった。


「僕も祖国から逃げて来たんだ。隣国に親族が暮らしている。君も一緒に行こう。そこで僕と一緒に暮らすんだ」


 リコは話の展開に驚いて、思わず頭を上げた。


「ちょ、ちょっと待って! 隣国には行けません! わ、私、エリーナじゃないんです!」


 ユーリは穏やかに頷いた。


「記憶喪失は僕が治すよ。少しずつ、僕との思い出を取り戻してあげる」


 そう言いながらリコの顎に指を当てて、顔を近づけていた。

 リコは咄嗟に仰反るが、ユーリの手はガッシリと腰を抱えて、逃してくれなかった。


「ちょ、わ、待って……」


 リコの中でレオの顔が浮かんで、パニックになっていた。


「駄目ーっ!」


 限界まで仰け反って叫ぶのと、リコとユーリが勢いよく引き剥がされるのは、同時だった。


「ちょいちょい!」


 元気な声を見下ろすと、マニが二人の間に無理やりに体をねじ込んで、ユーリを睨んでいた。


「マニちゃん!」

「ちょっとお兄さん、うちのリコに何すんのさ!」


 小さいけど威勢のいい女の子に、ユーリは驚いて一歩下がった。


「き、君は?」

「あたしはリコの友達で、ボディガードだよ!」

「ボ、ボディガード?」


 ユーリがキョトンとしてる間に、マニはリコを振り返る。


「リコ! 遅いから様子を見に来たら、何ナンパされてんの!?」

「マ、マニちゃん、違うの、ナンパじゃないの」


 二人が揉める横で冷静なミーシャは黙っていたが、ユーリをジッと見て問いかけた。


「リコの知り合いなんですか? 貴方は誰?」


 ユーリは胸のリボンを整え、美しく自信に満ちた笑顔で答えた。


「僕はユーリ。彼女の婚約者です」


 ミーシャもマニも、衝撃で固まっていた。

 三人娘が動揺している間に、ユーリの隣にはいつの間にか、これまた美しい、銀色の狐が立っていた。まるで雪のように真っ白な体にブルーグレーの瞳が映えて、ユーリと並ぶと雪原の景色のように眩しい。


「グレイス。待たせたね」


 ユーリがカフェにいる間、外で待機をしていたようだ。

 銀狐の迫力に驚いて、三人娘は息を飲む。

 銀狐のグレイスはスッと地面に伏せて、ユーリはリコに手を差し伸べた。


「さあ。一緒に行こう。まずはゆっくり話を聞かせてほしい」


 リコは後退りながら、首を振る。


「ち、違うんです。記憶喪失も違くて、私……」


 どう説明していいのかわからず狼狽る様子に、ミーシャはユーリを振り返った。


「リコは貴方を思い出せずに混乱しているので、日を改めてもらえませんか?」

「参ったな……」


 ユーリは苦笑いして、銀狐に跨いだ。立ち上がった銀狐は大きく、やはり迫力だ。


 ひとまず出直してくれそうな雰囲気に三人娘はほっと胸を撫で下ろしたが、その直後に、ユーリはミーシャを指差していた。


「フリーズ」


 ユーリがそう言葉を発した直後に、ミーシャは氷のように固まった。続けてマニに向けて、同じように指差す。


「フリーズ」


 マニも固まった。


「え?」


 リコは意味がわからず、微動だにしない二人を見回すうちに、自分にも指が向けられていた。


「リング」


 キラキラと輝く大きなリングがリコの体を囲い、リコも身動きが取れなくなっていた。

 直後に、ユーリは銀狐の上からリコを掻っ攫うように持ち上げて、銀狐は弾丸のように飛び出した。人々の間をぬって疾走し、あっという間にミーシャとマニから離れていった。


「なっ……待てーーっ!!」


 マニは大声で叫ぶが、体はまったく動かない。

 ミーシャも同じように走ろうとするが、足が一歩も動かなかった。2人が自分の足元を見下ろすと、靴底と地面が凍りつき、完全に密着していた。


「何これ!? 靴が凍ってる!」


 マニが焦って足を地面から引き剥がそうと踠き、ミーシャは自分の靴紐を解いている。


「リコと同じ、氷使いの能力だ。同じ国の、同じ能力の持ち主なんだよ」

「あんの野郎、人攫いじゃんか!」


 マニも靴を脱いで、二人は裸足で銀狐を追って、駆け出した。

 勿論、追いつくはずもなく、影も姿も見当たらない。それでも二人は町中を裸足で走り回って、リコを探し続けた。



 銀狐は町を抜けて、隣町へと続く森を走っている。

 リコはリング状の氷に拘束されたまま、ユーリに抱えられていたが、精一杯もがいて叫んでいた。


「降ろして! これを解いて! ねぇ、二人に何をしたの!?」


 マニとミーシャが心配で、リコは焦っていた。

 ユーリはずっと無言を通していたが、ようやく銀狐の歩調を緩めて、リコを抱え直した。


「まったく……記憶喪失になったからといって、あんな下賤な者達と関わるなんて」

「え?」


 リコは自分の耳を疑った。

 ユーリは冷たい瞳でリコを見下ろした。


「高貴な身分である君が、あんな庶民の子供達と関わるなんて、どうかしている」


 ユーリの軽蔑するような、呆れるような口調にリコはショックを受けていた。


「マニちゃんとミーシャちゃんは大切な友達で……私を助けてくれたんだよ!?」

「下々の者が我々貴族を助けるのは、当たり前の事だ」


 リコはその言葉に、完全に頭に血が上った。

 差別主義的な考えに、我慢がならなかった。

 体当たりするようにユーリを頭で突き飛ばすと、頭頂部がユーリの顎を直撃して、ユーリはバランスを崩した。


「うわっ!?」


 リコも同じように後ろに向かって倒れ、銀狐の背中から地面に、おもいきり落下していた。かなりの高さから拘束されたまま落ちて、ゴロゴロと遠くまで転がっていく。幸い柔らかい芝だったために、大怪我をせずに済んでいた。


「つぅ……」


 ユーリは強打した顎を摩りながら、リコを見下ろす。

 リコは少し離れた場所で立ち上がり、ユーリを睨んでいた。


「私の友達の悪口は、許さない!」


 ユーリは少し怯んで、苦笑いした。


「エリーナ……本当に別人だな。まるで幼い子供のようだ」


 リコはグッと唇を噛み締める。

 確かに、夢で会ったエリーナは凛として、賢くて、格好いい女性だった。だけど、優しさと温かさを持っていて、差別的な考えなど持っていないに違いなかった。


 無言になるリコとユーリの間に緊迫の時間が流れて、そのうちにユーリは、フッと笑みを漏らした。


「で……どうするんだい? さっきからリングも外せないみたいだけど、力の使い方まで、忘れてしまったのかな?」

「そ、それは……」


 確かに、リコにはこのリングを外す術がわからなかった。

 両腕を拘束している輪は氷だが、冷気をずっと発していて溶ける様子が無い。興奮していて気づかなかったが、拘束されている腕やお腹は冷気で冷え切っている。


 力で壊そうと腕を動かすが、ビクともしない。

 真っ赤な顔でもがくリコをユーリは笑う。


「面白いな。記憶と一緒に能力も忘れるなんて。まさか君の、そんな姿が見られるなんてね」


 意地悪な顔で小動物を観察するように眺めている。

 そしてさらに指をさすと、言葉を重ねた。


「リング」「リング」


 言葉の数だけリコを囲むリングが増えて、腕とお腹だけじゃなく、太腿、足首にまで氷の輪が嵌り、リコは横向きに棒のように倒れた。


「むぶっ!」

「あははは!」


 もがく余裕もないほど、完全に棒のように拘束されて、リコは涙目でユーリを睨むしかできなかった。

 銀狐から降りて、目前まで歩いて来るユーリにリコは抗議する。


「婚約者なのに……好きな人に、こんな酷いことをするの?」


 ユーリは笑いながらしゃがんで、リコを拘束するリングに手を当てた。


「リリース」


 氷は呆気なく溶けて、消えていた。


「ごめんね。つい、面白くて。冷たかった?」


 リコは悪ふざけだったのだとわかって、安堵した。


「エリーナ。君が従順に僕の言う事を聞いてくれるなら、もう拘束なんてしないよ」


 優しいが強引な台詞に、リコは顔が引きつった。

 自分に対するユーリの言動は、レオと比べると真逆のように乱暴なのがわかってしまう。


 リコは立ち上がって、ユーリと向き合った。

 余裕の笑みで立っているユーリに向かって、リコは見よう見真似で、付け焼き刃な言葉を叫んだ。


「フリーズ!!」


 右手はユーリの足元ではなく全身に向けられて、ユーリは一瞬、全身が霜に覆われて真っ白になった。


「うっ!?」


 時が止まったように動けなくなったユーリを置いて、リコは来た道を引き返す方向に走り出した。


「エリーナ!」


 怒号が後ろから聞こえたが、リコは茂みに突っ込み、獣道を走り、ジグザグと撹乱するように走った。

 きっと銀狐が本気で追いかけたら、あっという間の距離だろう。だけど、逃げられるチャンスを逃すわけにはいかなかった。

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