5 スイーツ探索
レオが帰宅しなかった翌朝。
休日は爽やかなお天気だった。
「ミーシャちゃん、おはよう」
「おはよう、リコ」
ミーシャの頭には、モノトーンでシックなデザインのリボンが付いている。
「ミーシャちゃん、リボンがお洒落だね!」
「昨日、アレキ様が買ってきてくれたの」
「私はついカラフルな色を選んじゃうけど、ミーシャちゃんのセンスって大人っぽくて、格好いい~」
笑顔のリコを見て、ミーシャはホッとする。
「昨日は調理の最中で手が離せなかったから、アレキ様にお迎えに行かせちゃった」
「わざわざ申し訳ないよ」
昨日の夕方に王宮の使いが来て、レオがレベッカ姫とともに行方不明になった事件はミーシャも聞いていたが、アレキと結託してリコには内緒にしていた。
まだ能力のコントロールに不慣れなリコは、情緒の不安定さから力が暴走する恐れがあるためだった。
ミーシャは平穏を装いながら、お皿を並べている。
「ねえリコ。今日はお休みでしょ?」
「うん」
「もう少ししたらマニも来ると思うから、三人でお買い物に行かない? リコスイーツのアイデアを探そうよ」
「リコスイーツ!?」
ミーシャはリコの正面に座る。
「プリンは大人気だけど、リコブランドとしては、そろそろ新しいスイーツ商品が出てもいい。って、マニが言ってた」
「へ~、マニちゃんは商人の才能があるな」
後ろから、寝起きのアレキがやって来た。
リコは立ち上がって、アレキにお茶を淹れた。
「アレキさん、おはようございます。あの、朝になっても、レオ君がまだ帰らないんです。今日は休日なのに……」
「ん? あ、あそう? よっぽど忙しいんだなぁ」
ミーシャは焦って、スイーツ開発に話を戻した。
「新しいリコスイーツを考案して、レオ君を驚かそうよ」
リコはピョコン、と背筋を伸ばす。
「いいね、それ! レオ君に新しいスイーツを食べてもらいたい!」
急に前向きになってウキウキする様子に、ミーシャとアレキは胸を撫で下ろした。
「やっほ~」
マニが子羊のムゥムゥに乗ってやって来て、三人は町に繰り出した。
休日の町は晴天で、広場もお店も人々で賑わっている。
軽食やおやつの屋台も出ていて、三人はアイデア探しと称して食べ歩いた。
「んん! この揚げ菓子、美味しい! チュロスみたい。ソフトクリームもあったらいいのになぁ。でもソフトクリームって、どうやって作るんだろう?」
マニはポカンとして、はしゃいでいるリコを見上げた。
「チュロス? ソフトクリームって何さ?」
「あ、えっと」
「リコは呪文みたいに、変な言葉をいっぱい言うよね」
マニは突っ込みつつ、リコが天然ということで納得している様子だ。
ミーシャは黙ってメモを取っている。チュロス、ソフトクリーム、と意味不明な言葉も全部律儀に書き留めていた。
「リコは自由に発想してくれればいいよ。私が全部書いておくから」
「ミーシャちゃん……しっかり者~」
リコは年長者でありながら、マニの商才とミーシャの冷静さに支えられていると実感して、二人の肩を後ろから抱きしめた。
「リコスイーツ隊は凄いねぇ。えへへ」
デレデレしていると、ミーシャが前方を指差した。
「あれ。あんなお店、無かったよね?」
確かに、見たことの無いお店がオープンしていた。
植物で可愛らしく飾られて、雰囲気の良いカフェのようだ。
「居抜きで新しく開店したんだね。よっしゃ、偵察しよう!」
マニが張り切って入店し、リコとミーシャも続いた。
「いらっしゃいませ」
店内は明るく、木製の家具で統一されていて居心地が良い。
三人娘は窓際に座ると、すぐにメニューを開いた。
「お。タルトが充実してる。フルーツ、木の実、チーズクリーム……美味しそ~」
マニがにやけている間、リコはどんなお客さんが来ているのか、周囲を見回していた。どちらかというと大人っぽい客層で、カップルや一人客が優雅に紅茶とタルトを楽しんでいた。
(あ……)
リコはなんとなく見回した店内で、一際目立つ人を見つけた。
銀色の髪とアイスブルーの瞳が美しい男性だ。
高貴な服装を身につけて、マントを椅子に掛けている。
旅人だろうか。革製のトランクを置いている。
(私と、というか、エリーナの髪色や瞳の色に似てる。もしかして、北の地の人なのかな?)
リコは自分の淡い金色の髪を指で取って眺めた。
もう一度男性を見ると向こうもこちらを見ていたので、リコは我に返って顔を逸らした。
(いけない。ジロジロ見たりして失礼だよね)
それからはタルト選びに熱中して、三人でスイーツ談義に花を咲かせた。
「は~、美味しかった~」
マニがお腹をさすって店を出て、ミーシャも後に続いた。
「マニ、タルト三個も食べ過ぎ」
「偵察だよ、偵察!」
リコも笑いながら後に続き、三人娘は腹ごなしに、人気のお洋服屋さんに行く事にした。
「あ! しまった!」
リコは途中で立ち止まる。
「ハンカチをお店に忘れて来ちゃった。マニちゃん、ミーシャちゃん。先にお店に入ってて!」
「オッケ~」
マニとミーシャは服屋に入店し、リコは走ってカフェに戻った。
ハンカチは店員さんが保管していてくれた。
リコは礼を言って、再び服屋に向かった。
「私ってば、ドジが治らないなぁ」
この世界に来る前も、もとの世界で散々忘れ物をしては、取りに戻っていたのを思い出す。
(結花もお母さんも、よく呆れてたもんね)
懐かしんでふわふわと歩いていると、唐突に、後ろから左手を掴まれていた。驚いて振り返ると、そこには見覚えのある人物……さっきのカフェで見かけた、銀髪にアイスブルーの瞳の男性が目前に立っていた。
「え!?」
間近で見ると男性の美しい顔立ちがよりハッキリとわかって、リコは思わず仰反った。
「あの……」
掴まれた左手は強く引き寄せられて、次の瞬間に、リコは男性の胸に抱きしめられていた。
「!?!?」
パニックになって硬直するリコを、男性はヒシと抱きしめ続ける。
「会いたかった……エリーナ!」
リコは頭が真っ白になっていた。
エリーナに似ている髪や瞳の色……だけどまさか、本当にエリーナの知り合いだとは思いもよらなかった。
「よく無事で……ああ、なんて奇跡なんだ」
男性はリコの混乱を置いてけぼりに、感動の再会を噛み締めている。
あまりに強く密着して、しかも段々と熱を帯びているようなので、リコは赤面して両腕で体を引き離した。
「あ、あの、私、リコです!」
混乱したまま、思わず大声で名乗っていた。
男性は唖然としてリコを見下ろしている。
「リコ……? いや、君は……エリーナだよね?」
「えっと、それはその、そうなんですが、今は違くて」
「どうして嘘を吐くんだい?」
悲しそうな顔の男性に、リコは罪悪感から慌ててまくしたてた。
「あ、わ、私、記憶喪失なんです! 池に落ちて! き、記憶が……曖昧っていうか」
男性は目を見開いて驚いている。
「記憶喪失!? そんな……じゃあ、僕のことも忘れてしまったの?」
「すすす、すみません!」
頭を深く下げて、上げると、男性は再びリコの目前にいた。今度は優しく、労わるように抱擁する。
「エリーナ。大変な目に遭ったんだね。可哀想に」
「そ、そうなんです」
「記憶は少しずつ思い出せばいいよ」
「あの、貴方は……」
リコが遠慮がちに名を尋ねると、男性はリコを抱擁したまま、耳元で囁いた。
「僕はユーリ。君の婚約者だよ」
その言葉に、リコは再び硬直していた。




