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21 プリンスプリン

 フンス、フンス。

 リコはキッチンで、気合が入っている。

 王子様のためのプリンはいつもより豪華なグラスに入っていて、仕上がりも病的なまでにチェックされていた。

 念入りに氷の結晶でプリンを冷やすリコの様子を、レオは立ち尽くして見ている。


「あの……いいんですよ? いつも通りで。気合入れなくても」

「王子様のプリンだよ!? 気合入れるよ!」


 リコのテンションに、ミーシャも舞い上がっている。


「ねえリコ、お城に招待されちゃうかもね!」

「どうしよう! 私、ドレス持ってないよ!」

「舞踏会に呼ばれたりして!?」


 乙女チックな夢を語りあっていて、レオはまた目眩がしていた。


(リコさんの成功を一番祈っていたはずなのに、自分はこのプリンを、事故を装って届けないことまで考えてしまう。なんて悪い奴なんだ)


 レオはひとりで怒り、不安になり、反省し、情緒が不安定になっていた。


「できた! レオ君、無事に運んでね!?」


 リコの切なる願いに、レオは我に返る。


「勿論です。完璧に運びますよ」


 黒猫に乗って王宮に向かうレオを、リコもミーシャも、希望に満ちた笑顔で送り出した。


「くよくよするなよ。いつも通りの仕事をこなすんだ」


 自分に言い聞かせて、レオはまっすぐ王宮に向かった。



 * * * *



 豪華なテーブルの上にリコプリンが置かれて。

 金色のスプーンで、ノエル王子はプリンを召されていた。


(僕は、人の昇天顔を見るのが好きなんだな……)


 自己分析しながら、レオはノエル王子の喜びぶりを観賞している。

 三度の飯よりお菓子が大好きなノエル王子だが、ここまで感激する姿は初めて見た気がした。レオの心に嬉しさと、誇らしさと、不安がごちゃ混ぜで押し寄せる。


「美味い! なんて美味さなんだ!」


 ノエル王子は空になったグラスを天に掲げて、輝く瞳でレオを振り返った。


「これを作った者を、ここに連れて参れ!!」


 思った以上に率直に、早い段階で、レオの恐れていた命令が下されていた。


「ちょっと……待ってください」


 レオは動揺のあまり否定の言葉を発しそうになるが、ノエル王子は興奮していて気づかない。


「余はこの素晴らしいプリンを作った者に会いたいのじゃ! 直接会って、褒めてつかわす!」


 当たり前の上から目線にレオは体が震えていたが、そんな様子にも気づかずに、ノエル王子は高揚している。


「こんな繊細なものを作るのは、女性であろうな! そうだろう、レオ!」

「そ、それは……さぁ……」

「ここにリコプリンと書いてある。リコという名の女性だろう?」


 プリンのコースターに直筆で商品名が書かれていて、見落としていたレオは衝撃を受けていた。こんなに一気に、名前と性別が明かされて、心が付いて行かない。


「レオよ。すぐにリコ殿に、城に来てくれるよう通してくれ! 余はリコ殿とプリンを語り合いたい!」


 レオはゴチャゴチャの頭のまま一歩下がると、優美に礼をして胸に手を当てた。


「承りました……」



 * * * *



 レオは呆然としたまま、病室にいた。

 まるでワープしたように、ここまでの記憶が無い。


 目前のベッドにはシエナがいて、ポカンとしてレオを見つめている。


「何だ? その呆けた顔は」


 レオは朦朧と掌からシエナのプリンを出そうとして、ワイングラスを出していた。


「あ、間違えた」


 シエナは笑っている。


「間違えないと言ってたのに! あはは!」


 見たことがないほど落ち込んでいるレオの様子に、シエナは首を傾げた。


「あれか。またあの可愛い女の子の取り合いか」


 レオは図星を刺されて、ベッドに突っ伏した。


「バッツなんてどうでもいい奴、僕のライバルでも何でもない」

「君はわりと失礼な奴だな」

「僕の本当のライバルは、ノエル王子かもしれないんです」

「はあ?」


 レオは涙目で顔を上げる。


「ノエル王子がリコさんに会いたいって。興味をもってるんです」

「へ? 王子が町娘を?……妾にする気か?」


 ストレートな予想にレオはまた突っ伏して、頭を抱えた。


「だから嫌だったんだ! 王子にプリンを食べさせるなんて!」

「おいレオ。落ち着いて、私のプリンをサッサと出せ」

「鬼、悪魔!」


 言いながら、プリンを出してシエナに押し付けた。

 シエナはレオを放ったままプリンを食べて、昇天している。


「はぁ……こんなに美味いのだから、作った者に礼を言いたいのは、誰でも一緒だろう」


 顔を上げるレオに、シエナは微笑む。


「私だって、リコに会いたい。会って、どんなに幸せな気持ちか伝えたいよ。君は毎日会っているから、わからないだろうが」


 シエナは窓辺の明かりに、プリンのグラスを翳して眺めた。


「このプリンには愛が籠っているのがわかる。丁寧に、大切に作ったリコの愛が伝わるんだ」


 レオは初心を思い出していた。

 あの幸せな気持ちは、リコの愛に触れたから……。

 レオの瞳が急に輝いて、紅潮する様子をシエナは笑って見ている。


「君は大切な事を忘れているよ」

「え? 何を?」

「ふふ……少年よ。恋の甘水に踠き苦しみたまえ」


 意地悪に微笑んで、シエナはそれ以上のヒントをくれなかった。



 * * * *



 夜の金ピカ城で。


 リコの部屋で、レオはソファに座って冷静に話をしていた。

 ノエル王子の会いたいという伝言は想像通り、リコを舞い上がらせていた。


 わぁわぁと、着ていく服に迷っていたが、リコはじっと考えた後で、レオを見上げた。


「決めた。私、エプロン姿で行く!」


 レオはドレス云々の展開を予想していたので、意外な選択だった。


「だって、プリン職人として王子様に会うんだから、その方が現場感が出るもんね!」


 視点が女の子というより職人で、レオは笑う。


「そうですね。リコさんはエプロン姿も可愛いですよ」

「えへへ……ちょっと、見ててね?」


 リコは立ち上がると、スカートを持ち上げて、チョコン、と体を下げて首を傾げた。


「こうかな? 貴族風のカーテシーっていう挨拶だよ。アレキさんが教えてくれたの」


 そのたどたどしくも愛らしい仕草に、レオは胸が締め付けられる。


「ダメですよ……可愛いすぎる」

「え? じゃあ、こうかな?」


 もう一度チョコン、と挨拶をするので、レオはたまらず立ち上がって、リコを抱きとめた。


「レオ君?」


 レオのおかしな様子に、リコはキョトンとしている。


「すみません。愛らしいのでつい」


 リコに女々しさを晒せないレオは、嫉妬や心配を口にできなかった。代わりに力強く抱きしめる腕には独占欲が垣間見えて、リコは応えるように抱きしめ返した。


「レオ君。私が王宮で転んだり、失敗したりしないように……おまじないをしてくれる?」

「勿論です」


 レオが微笑んで体を離すと、リコは赤面して緊張した顔のまま、目を瞑っていた。

 レオはあれ? と一瞬、迷ったが、リコの肩から体の熱さが伝わって、急激にレオの体も熱くなっていた。

 自然と優しく唇に口付けをすると、リコはそっと瞳を開けた。間近の瞳が潤んで、輝いていた。


「んっ!?」


 レオはリコの頬に触れながら、暴走するように二度目のキスをした。その情熱的な感覚にリコは膝の力が抜けて、後方に向かって倒れていった。


「リコさん!」


 慌てて支えると、リコは顔面が爆発したように真っ赤になって、また全細胞がお祭り騒ぎとなっていた。




「おやすみなさい」


 熱が出たように恍惚としてしまったリコをベッドに寝かせて、レオはフラフラと自室に戻った。


 ベッドに上がって仰向けになると、ぽわーんと、身体が浮いていた。


「おまじない……自分に効いてる」


 柔らかくて温かい、甘い感触が唇に残っているようで、そっと触れてみる。

 さっきまで揺らいでいた心は静かに落ち着いて、恋の甘水が満ちていた。


「大切なことを忘れている、って……何だっけ」


 シエナの言葉が理解できないまま、甘水に沈むように眠りに落ちていった。

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