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19 新たなる異世界

 国王軍の宿舎に到着すると、レオは受付でダリアの部屋番号を聞いて、廊下を走った。


 ドアをノックすると、いつものように軍服を着崩したダリアが出てきた。部屋は旅立ちの用意の最中だった。


「レオ君じゃない」


 意外という顔で迎える。


「あの、ダリアさんにお礼を」


 両手にバニラプリンとココアプリンを持っているレオの姿に、ダリアの目は光っていた。



「ああ~ん、美味しい!」


 大胆な昇天顔を、レオは眺めている。

 狭い部屋は散らかっていて、指図されるままに、ベッドにダリアと横並びで座っていた。


 あっという間にペロリと二つのプリンを食べ終わると、ダリアは大変満足したようだった。


「ダリアさん。改めて、あの時に命を救ってくださって、ありがとうございました」

「いいわよぉ、別に。任務だもん」


 ダリアはニヤリと笑って、レオの勲章を指で触った。


「立派な男になったじゃない? ウェルターが随分、興奮して君を称えていたわよ」

「光栄です」


 ダリアの部屋はあの毒草の香りで満ちていたが、レオの優等生顔は変わらずで、ダリアはつまらなそうに顔を顰めた。


「で、お礼に何してくれるの?」

「プリンを……」

「バカね。今のは餞別でしょ? 助けたお礼よ」


 レオが躊躇する隙に、ダリアはまた怪力を使って、レオをベッドにねじ伏せていた。両手を頭上に固定すると、制服のボタンを上からパチン、パチン、と外していく。

 ダリアは愉しそうに見下ろしているが、レオは真顔のままだった。


「いいですよ……好きなだけ噛んでも。その代わり、見えない部分にしてください」


 許可を得て、ダリアは興が冷めた顔をする。


「私は怯える男の子が好きなの。つまんないわね」


 レオはダリアの異常な嗜好に苦笑いすると、そのまま制服の中に手を入れられて、思い切りくすぐられていた。


「えっ! わ、あはは! ちょっと、あは、やめてくださ……あははは!」


 しつこくくすぐられて、懇願してもやめてくれず、最後は泣き笑いになって、ようやくダリアは解放してくれた。


 レオは床に手をついて、ぜえぜえと呼吸している。髪も服も乱れて涙にまみれていた。


「な、何するんですか!」

「きゃはは! 取り繕った男に興味無いのよ! あ~、最高の泣き顔!」


 腹の底から楽しそうに笑っている。


 シエナとはまた違った豪胆さに度肝を抜かれて、レオは猛者が集まる宿舎から、逃げるように帰って行った。



 * * * *



「ただいま……」


 体力を消耗するお見舞いと見送りを終えて、レオは金ピカ城に帰って来た。


 誰も出迎えに来ないのでリビングを覗くが、無人だ。どうやらキッチンに皆集まっているようだった。楽しげな騒ぎ声が聞こえる。


 キッチンを覗くと、そこには大きな玉ねぎ、人参、それに干物のコドラゴンが……。


「あっ!? バッツ!?」


 三人娘に囲まれて、エプロンを付けたバッツが鍋を持っていた。


「レオさん! おかえりなさい!」


 むさ苦しいお迎えの挨拶に、レオは唖然とした。


「な、なんでお前が城にいるんだよ!」


 バッツは鍋を置いて急いでレオに駆け寄ると、流れるように土下座した。


「すんません! 俺なんかがお城にお邪魔しちゃって!」

「ちょっ……どういうこと!?」


 キッチンを見ると、リコとマニ、ミーシャが苦笑いしている。


「あのね、バッツ君は見習いに来たの」

「炒飯のね」

「中華だよ」


 意味のわからない言葉が三人から続いて、レオは混乱する。


「まさかまた、リコさんの弟子になろうだなんて……」


 怒りが再燃しそうなレオの後ろに、アレキがやって来た。


「バッツ君、料理人を目指すんだって。中華の」

「だから中華って、何なんです?」

「火力を活かした料理なら炒飯がいいって、リコちゃんが」


 レオがリコの方を見ると、リコは肩をすくめている。


「バッツ君がコドラゴンが売れないって困ってたから、コドラゴンを使った料理をお城で一緒に研究しよう、ってなったの」


 レオはバッツの見舞いにリコを行かせたことを後悔していた。

 足元にすがっているバッツを見下ろすと、拝むように涙ぐんでいるので、レオは諦めたように溜息を吐いた。


「炒飯できたら……帰れよ」

「は、はい! 勿論です!」


 引き続きキッチンの炒飯道に戻るバッツと三人娘は楽しげで、レオは不機嫌な顔でリビングのソファに座った。


 アレキは酒を注いで、コドラゴンを齧っていた。


「固っ! 何これ、岩なの? 俺の大事な歯が欠けちゃうよ~」


 医療室でのシリアスは遠いどこかへ行ってしまって、アレキは日常に戻っていた。


「あんな奴を、城に入れないでくださいよ」


 レオのぶすくれに、アレキは笑う。


「妬くな妬くな。バッツ君はお前のこと、命の恩人だって崇めてるんだぞ?」

「あいつが頑丈なだけでしょ。一回死んだのにピンピンしてるし」

「頭縫っただけで済んで、奇跡だったな」

「尾の衝撃を一番受けたのはシエナさんだったみたいで。バッツは一番後ろにいたから、尾の先が頭に当たったんでしょうね」

「どちらにせよ、生きているのは奇跡だよ」


 アレキの微笑みに、レオは頷いた。


「は~い、おまたせしました~」


 リコが中華屋さん風に、大皿に盛った炒飯を運んで来た。

 マニとミーシャもスプーンや冷水を持って、バッツはスープを運んできた。


「ひゃっほ~、待ってました!」


 アレキがはしゃいで、みんな席に着く。

 食欲を唆る良い香りがリビングに満ちて、レオのお腹も鳴っていた。


 リコはまた、フンス、と鼻息荒く興奮している。


「ハーブ屋さんで、胡麻とかお醤油とか、中華風の香りを選んで調合しました! コドラゴンをチャーシュー代わりに、ご飯は小麦を細かく加工した、クスクスです!」


 説明の半分が呪文のようで訳がわからないが、それぞれが器によそった。刻んだ玉ねぎと人参がご飯に均等に混ざっていて、ニンニクとコドラゴンのチャーシューが香ばしく効いている。ふわっとした卵がそれらをまとめて、熱々の湯気がたっていた。


「いただきまーす!」


「んっ」「うまいっ!」


 バッツは感激してリコを振り返った。


「リコさんはやっぱり、天才っす!」

「でへへ」


 瞳を輝かせて食べているレオを、リコは嬉しそうに見上げた。


「レオ君、美味しい?」

「美味しいです! こんな味や食感、食べたことが無い」

「異世界に、行っちゃった?」

「はい! 完全に」


 炒飯を手に見つめ合う二人に、マニは呆れている。


「そこ、意味わかんないイチャつきやめてくれる?」


 ミーシャが吹き出して笑っている。


 一人も血が繋がらない不思議な家族の食卓は、幸せで溢れていた。

 炒飯という、新たなる異世界で……。

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