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15 異世界の休日

 先週のリコプリンの噂を聞きつけて、周辺の村や町から、女の子たちが大量に広場に集まっていた。


 今回も人だかりの中に、屋台の看板だけが見える。

『~異世界へようこそ~ リコプリン』


 左側には長蛇の列が、右側にはキャァキャァと騒ぎながらプリンを食べる人々が集まって、広場は大変な騒ぎになっていた。


 レオはその様子を、少し離れたところから眺めている。リコの姿は人だかりの向こうに隠れてまったく見えない。


「大人気とは聞いてたけど、これは凄い……」


 独り言を呟いて、横で地べたに座っているバッツを見下ろした。

 地面に敷いた布には、干物になってしまったコドラゴンが醜悪な顔で並んでいる。勿論、客は一人もいない。


「休日まで働くとは、バッツは真面目なんだな」

「はぁ。少しでも金を稼ぎたいんで……まぁ、全然売れないすけど」


 バッツもプリン屋台の方向を呆然と見つめている。

 失恋したとはいえ、やっぱりリコをひと目でも見たいという気持ちは変わらない。


「あ、完売した」


 レオの言う通り、マニが「完売」の看板を持って飛び出して、列はゾロゾロと解散していく。購入できなかった人々が残念そうな声や悲鳴を上げている。

 しばらくすると、今度はエプロンを付けたままのリコが屋台から飛び出して、こちらに走って来た。


「レオ君! 完売したよ! 見た!? いっぱいお客さんが……」


 途中で躓いて、ダッシュで受け止めに行ったレオの胸に思いきり飛び込んでいた。


「んぶっ!」

「あはは、見ましたよ! 凄い人気でしたね、リコさん」

「レオ君に見てほしかったの! 売れてるとこ!」


 興奮するリコをレオは愛おしそうに見下ろしている。

 羨ましすぎる眩しい光景に、バッツはまた気絶しそうになっていた。


 リコは途中でバッツの存在に気付いて、慌ててレオから離れた。


「あ、バッツ君!」

「リ、リコさん。こんにちは」


 バッツがいても冷静なままのレオの顔を見上げて、リコは安心した。


「あのね、レオ君。バッツ君は、私とマニちゃんとミーシャちゃんを、空飛ぶ魔獣から助けてくれたの」

「え!? 本当ですか!?」


 レオが驚いてバッツを見ると、バッツは複雑な顔で頭を掻いている。


「いや、その、たまたまというか……」


 リコの後を着けている最中だったとは、言えなかった。


「バッツ。何故言ってくれなかったんだ。そんな大事なこと……」


 レオは深々と頭を下げた。


「ありがとう。君は恩人だ」

「や、やめてください! ほんとに、偶然なんです~!」


 バッツは後ろめたさでレオの脚にしがみついている。


 リコは2人が仲直りしたのが嬉しくて、笑顔になっていた。



 その時、レオの耳がピクリと反応する。

 聞き覚えのある甘ったるい声が、数メートル先から聞こえた。


「あ~ん、売り切れだってぇ」


 その瞬間、レオは突然に日傘を出して開くと、リコの肩を抱いて傘で二人の頭を隠していた。


「レオ君?」

「今日は日差しが強いですね……リコさんが日焼けしてしまいます」


 唐突な変な行動に、リコもバッツもポカンとしている。


 聞き慣れた声の主は日傘の真後ろを通って、リコプリンの屋台の方へ歩いて行った。

 レオがチラリと後ろ姿を確認すると、オレンジの巻髪とお尻が揺れている。休日で露出の高い服を着た、ダリアだ。


 こちらを見上げるリコに微笑みながら、レオは冷や汗が出る。


(リコさんと淫獣ダリアを、絶対に会わせてはダメだ)


 町中でリコの力が暴走する未来が見えて背筋が凍った。


「レオさんはやっぱり、ジェントルなんだなぁ」


 バッツの的外れな感心を無視したまま、レオはリコを連れて、城に向かった。


「さぁリコさん、一緒にランチを食べましょう。アレキ師匠が豪華な食事を用意してくれていますよ」

「わぁ! あ、でも屋台の片付け……」

「僕が全部やっておきますから、気にしないで」


 不自然なほど過保護にリコを広場から連れ出すと、金ピカ城からパーティー帽を被って出てきたアレキにリコを引き渡し、屋台を片付けに向かった。


 ダリアはそこにおらず、マニが金を勘定し、ミーシャが片付けをしていた。


「マニさん、ミーシャ。お疲れさま。後は僕が片付けるから、城に戻って大丈夫ですよ」

「おぉ、便利な配達屋が来た!」


 マニは今回もたっぷり稼いで、ご満悦顔になっている。

 小さな金庫を抱えると、ミーシャと駆け足で金ピカ城に帰って行った。


 レオは手早くグラスや屋台を片付けて、異次元の扉にすべて仕舞った。ふと地面から顔を上げると、目前に女性のヒールが目に入った。ギクッと身体が固まって、そっと上を見上げると……そこにはダリアではなく、シエナ班長が立っていた。

 白いワンピースを着て、お嬢様風の大きな鍔の帽子を被っている。


「残念。プリンは売り切れか」

「シエナさん!」


 レオはドッと緊張が解ける。


「驚かさないでくださいよ、てっきりダリアさんかと」

「私はあんな下品な格好はしていない」


 確かに、どこぞの令嬢といった雰囲気だ。

 身体が細くて色白で、まるで軍人には見えない。


 だがレオは、昨日の訓練でシエナの戦い方を見てしまった。

 水の盾で味方を守りながら剣で魔獣を捌いていたが、その魔獣の顔はすべて、水の玉に包まれていた所を。

 魔獣がもがき苦しみ、溺れている間に、斬っていくのだ。


(無表情な顔して、残酷なことをするよな……)


 自分が同じ攻撃を受けたらどう回避していいのかわからず、恐怖を感じていた。


 無表情に自分を見上げるシエナの顔にレオは我に返り、掌の上に異次元の扉を出した。


「おぉ!?」


 シエナの目の前に、プリンが2つ現れた。

 レオはシエナの手に、そっと渡す。


「内緒でこれあげます。バニラプリンと、ココアプリン」


 プリンを運んだお駄賃で、レオが貰ったプリンだった。


 シエナはひんやりとしたプリンを受け取ると、そのまま口に流し込もうとしたので、レオはデザートスプーンも渡した。


「便利だな! 君の能力は」


 シエナは涎をたらさんばかりにスプーンを受け取って、慌てて頬張った。


「……!!」


 シエナの瞳は輝いて、薔薇色の頬になる。


「美味しい……!」


 リコと同じように、昇天していた。


(あ……可愛い……)


 レオは初めて、シエナが女の子に見えていた。



 噴水のベンチで二つ目のプリンを食べるシエナの横に、レオも腰を下ろした。ひとりぼっちで昇天しているシエナを放って帰るのは、何だかしのびなかった。


「はぁ、何だこれは……天国の味?」

「異世界にようこそ、らしいです」

「ふははっ、意味がわからないけど、わかる気もするな」


 いつの間にかレオはティーポットを持っていて、ティーカップに紅茶を注いで、プリンを食べ終わったシエナに渡した。


「君の能力……温度が保てるんだな」

「はい。配達で温かい食事を運ぶ時もありますよ」


 シエナは紅茶を飲んで、ほっと至福の笑顔になった。


「プリンと紅茶。最高だった」

「お楽しみ頂けて良かったです」

「普段は北東の辺境の地で勤務しているから、こんな洒落たものは食べられない」

「シエナさんは魔獣退治のために、王都に収集されたんですね」

「ああ。今回は各地に散らばっている軍の能力者が集められた。ダリアも普段は、南の辺鄙な村に配属されている。だから久しぶりの都会に浮かれているんだ。ウザいな」


 最後の言葉に力が篭っていて、レオは笑う。


「奴は年上だけど、私が軍学校から直ぐに入隊したから同期で、ずっとライバル視されているんだ」

「軍は女性が少ないですからね」


 シエナはレオを見つめる。


「君は国王軍に入った方がいい」


 ダリアと同じような勧誘に、レオは苦笑いする。


「僕は配達が好きなので……」

「配達業務に収まる力ではないだろう、この能力は。だいたい、そこまで多種多様な武器を集めておいて、配達が好きなどと矛盾している」

「それは……僕は武器に限らず道具マニアというか、収集癖があるんです」

「そんな大量に仕舞い込んで、物の出し入れで混乱しないのか?」

「ええ。手持ちの物はだいたい覚えているし、間違える事は殆ど無いですね」

「いったいどんな仕組みなんだか……」


 唖然としているシエナの後ろから、呼び声が聞こえた。


「レオくーん」


 リコが待ちきれずに、レオを呼びに来ていた。


「あ、ヤバ。すみません、呼ばれているので失礼します」


 焦って立ち上がるレオの横で、シエナは遠くのリコを振り返る。

 バッツと取り合っていた女の子はあれかと確認して、シエナも立ち上がった。


「レオ、プリンをご馳走様。明日の任務で会おう」

「はい、班長。ご指導よろしくお願いします」


 シエナは微笑んで、お嬢様らしくワンピースを翻して去っていった。

 同時に、ドン、と勢い良くレオの右腕にリコがぶら下がっていた。


「お城にね、すっごい大きな金庫が届いたんだよ! アレキさんが、プリンブームが来るぞ! って燃えてるの」


 興奮のあまり、シエナの存在には気付いていないようだった。

 そんなリコをレオは微笑ましく見下ろす。


「今度は知恵熱が出ないように、師匠を見張らないとですね」


 リコは楽しそうに笑っている。


「そしたらレオ君に、プリンを彼方此方に運んで貰うんだって。そんなに沢山、大丈夫かな?」

「いくらでも運びますよ。僕は荷物を運ぶのが好きですから。リコさんが望む所、どこへでも」


 リコは嬉しさのあまり、レオの腕にギュッとしがみついた。

 だけどその瞳には、すがるような不安が見える。


 明日、魔獣退治の日がやって来ることへの不安は、口にせずともずっと、リコにつきまとっていた。

 レオはそんなリコの気持ちを察して、互いに明日の話はしないまま、労わるように寄り添って、二人で金ピカ城に帰っていった。


 束の間の異世界の休日は、まるで嵐の前の静けさのように平和に満ちていた。

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