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8 冷血のオニキス

 レオは兜と防具を着けて、広大な中庭に立った。

 国王軍の施設では、騎乗の訓練が行われている。


 今回の魔獣退治で集まった勇者達……所謂、新人の能力者達が、慣れない騎乗訓練を国王軍のもとで習得するのだ。


 レオの目前には、深緑と黒の鱗を光らせる鱗竜が二足歩行の姿で直立している。鋭い爪と牙を持ち、鱗竜特有の冷たい目でレオを見下ろしていた。


 その手綱はオリヴィエ村長が持っている。

 レオと鱗竜の初対面の日だ。


「オニキスは鱗竜の中でも、特に機敏で優秀な個体だ。だがその代わりに、主を選ぶ。操作が気に食わないと故意に振り落とすから、気をつけてくれ」


 黒猫ではあり得ない所業に、レオは苦笑いした。

 オニキスに近づいて頬を撫で、声を掛ける。


「オニキス。僕はレオだ。よろしくね」


 オニキスの冷たい瞳は、まるで感情が読めない。


 背中に飛び乗ると、立ち上がっている分、視界が高い。

 タッ、タッ、タッと緩やかな歩行から速度を上げて走ると、かなりのスピードが出るようだ。

 黒猫に乗り慣れているレオにとって通常の騎乗は楽勝だが、問題は上下の空間を使って、自在に機動する技術だ。


 中庭には騎乗訓練のための様々な障害物や堀、壁面などがあり、それらを使って複雑な操作を練習する。


 立て続けにジャンプし、壁を蹴って横に飛び、身をかがめて障害物を潜り、と、早々にオニキスを乗りこなすレオをオリヴィエ村長は感心して眺めた。


「さすがに俊足のキーランを乗りこなすだけあるな」


 周囲で練習していた新人の能力者達も動きを止めて、オニキスの鋭敏な動きに注目していた。


 だがカーブからさらに高くジャンプをした後に、オニキスは尻を思い切り振って、レオを振り落とした。


 かなりの高さからの落下に周囲からあっと悲鳴が上がり、オリヴィエ村長も息を呑んだ。

 だがレオが落下する地点には、レオの手によって大きなスプリングマットが出現していた。

 ボスン! と音を立てて、レオはマットに落ちた。


「いたた……オニキス。何が気に入らなかったんだ?」


 オニキスは少し離れたところから、レオを冷たい目で見下ろしている。


 オリヴィエ村長がレオに近づいて説明した。


「落下した主の反応が見たかったのさ。ここで大怪我するようじゃ、自分に相応しくないと考えている」

「どっちが主だか、わからないですね……」

「舐められたら終わりだ。キーランのように互いの愛情で絆が結ばれるとは、期待しない方がいい」

「わかりました」


 周囲で見学していた能力者達は、スプリングマットが突然現れた現象に唖然としていた。どんなカラクリなのかと顔を見合わせている。


 レオはオニキスとの温度の無い、厳しい訓練を続けた。



 * * * *



 一方で、バッツは一匹も売れないコドラゴンの丸焼き露店を惰性で開いて、呆然と町の広場を眺めていた。

 休日と違って町は静けさを取り戻して、人々はランチや仕事でまばらに通りかかる程度だった。


「旅費に宿代に食費……ここにいるだけで金がかかるなぁ。コドラゴンも全然売れないし。魔獣退治を成功させて報酬を貰うしか道はねえ」


 だが魔獣退治への意気込みに反して、バッツの頭の中はお花畑だった。


「あぁ、リコ……可愛いかったなぁ」


 笑顔や驚いた顔、真剣な顔を次々と思い出して、膝に顔を埋める。


「でもあの三人の父親はかなり変人ぽかったな……」


 アレキが三姉妹の父親なのだと、すっかり勘違いしていた。


 遠くに聳える、金ピカ城の屋根を見上げた。


「それに凄い成金だ。あれは由緒正しき貴族の城というより、近代にド派手に建てたっぽいもんな」


 得体の知れない父親像に怯えていた。

 そうして金ピカ城を眺めているうちに、門が開いて、真っ白な犬が出てきた。


「あっ!?」


 まさに今、脳内で噂していた父親が、その白い犬に乗っている。またド派手な格好をして。

 いったい何者で、職業は何なんだという疑問の前に、バッツは走り出していた。


「お父さん!!」


 突然、オスカールの前に飛び出したバッツにアレキはギョッとして、オスカールを止めた。


「ちょっと。動物の前に飛び出たら危ないよ、君ぃ」

「お父さん! 俺、バッツです!」

「は?」


 アレキはその赤髪を見て思い出した。


「君は炎の勇者君じゃないか。荷物持ちの」


 バッツは覚えてもらえて笑顔を輝かすと、即座に地面に土下座した。


「お父さん! 娘さんのリコさんと、仲良くさせて頂きたく存じます!」

「えぇ!? 俺はリコちゃんのお父さんじゃないよ! そんな歳じゃないだろ!?」

「え……だって」


 ますます意味がわからずポカンとした顔のバッツに、アレキは溜息を吐いた。


「確かに俺はミーシャの父親みたいなもんだけどね。君さ、リコちゃんはやめときなよ」

「何故ですか!?」

「あの子にはヤバい彼氏がいるよ」

「レオって奴ですか?」

「うん。すっごく口うるさくて、陰険で、怖~い奴だよ」


 いつも自分が怒られている印象をそのまま伝えて、バッツは顔色が悪くなる。


「そんな悪評判の男と何故リコさんが……」

「恋してるからでしょ」


 元も子もない答えに、バッツはショックを受けて絶句した。


「あ、やば。取引に遅れちゃうから、俺行くね」


 アレキは懐中時計を見て、オスカールを歩かせた。バッツの横を通り過ぎてから一度立ち止まり、思い出したように後ろを振り返った。


「君。うちの可愛い娘達につきまとったりしたら、お父さんお仕置きしちゃうからね?」


 その瞳は赤色に近い紫に光っていて、バッツは背筋を凍らせた。


「つ、つきまといません!」


 アレキは去って、バッツは地面にへたり込んだ。


「何だあの目……色が変わったぞ。おっそろしい……」


 得体の知れない金ピカ城主の謎は、深まるばかりだった。



 * * * *



 鳥類研究所で。


 リコはさっそく、プリンの売り上げで得た卵代をケイト所長にまとめて支払った。


「リコプリン大人気だったって? 凄いわ! 流石、卵のプリンセス・リコちゃん!」


 新たな称号が付いている。


「最初は原価に近い値段で売ろうとしてたんだけど、マニちゃんが、それはダメだって。ブランドを確立させて、商品を発展させるための値付けをしなければって……そしたら凄く、利益が出たんです」

「へぇー! マニちゃんは農場で野菜を卸しているだけあって、しっかりした子ね! このまま行けば、リコプリンちゃんのお店が町にできちゃうかもよ!?」


 思っても見なかった夢のような展開に、リコはドキドキする。


「プリンのお店……」

「ああん。そしたらもう、卵のお仕事はしてもらえないわね。でも、私は全力で応援しちゃうわ! ファン一号だもの」


 ケイトは我がことのように浮かれていた。



 * * * *



 仕事が終わって夕暮れになると、研究所の前にはレオと黒猫が待っていた。

 いつもと違って制服ではなく軽装だが、遠目でも、あちこちに怪我をしている。リコは慌てて駆け寄った。


「レオ君! その怪我どうしたの!? 何があったの!?」


 擦り傷と打撲だらけの顔で、レオは笑っている。


「騎乗訓練をしただけですよ」

「そんな……こんなに痣が!」

「ただの打撲です」


 リコはそっとレオの腕の痣に触れると、ひんやりと掌で冷やした。


「あ……冷たくて気持ちいい」

「こうやって冷やすと打撲の痛みが引くって、昔お母さんが氷嚢でよくしてくれたの」

「優しいお母さんですね」


 リコはレオが母親の愛情を知らない事を思い出して、胸が締め付けられた。

 そして、いつもきちんと制服を着ていて、怪我をしたところなんて見たことが無かった分、リコはレオでも怪我をするという当たり前の現実に、ショックを受けていた。


「ねぇレオ君。魔獣退治って、危険なんだよね? 騎乗するだけでこんなに怪我をするなんて」

「今日は初めてだったから、トカゲの洗礼を受けただけです。慣れれば黒猫と変わらないですよ」

「でも……私……何も知らないで、勇者なんて格好いいと言ったけど、レオ君が危ない目に遭うのは、嫌だ」


 レオは微笑んで、巨木を見上げた。


「最近、魔獣の活動が異常に活発になっていて、この近辺にも目撃情報が多発しているんです」


 リコは昨日の魔獣襲撃事件と、炎のバッツについてはレオに知らせていなかったので、ドキリとする。


「町や村が襲われたら大変ですから、誰かが退治しないといけません」

「そ、それはそうだけど……でも」

「さあ、城に帰りましょう。暗くなると、夜型の魔獣が増えますから」


 リコはこの異世界に来てから毎日をのほほんと平和に暮らしていたが、本で見た通りの巨大な魔獣が本当に存在して、人々を脅かしているのだと初めて実感していた。

 ただの巨大動物でもリコにとっては脅威なのに、人を喰らう魔獣だなんて、震えるほどに恐怖を感じる。


 レオとリコは一緒に黒猫に乗って、あっという間に森を駆けていく。

 いつもと同じはずなのに、リコには何だかレオの身体が逞しく感じて、鼓動がずっと激しく鳴っていた。

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