4 無限のお道具箱
崖の上のだだ広い野原に、レオは立っている。
見渡す限り山脈に囲まれ、人も動物もいない。
右手を宙に翳すと、剣が現れ、地面に刺さった。
1本、2本、3本……。
長さや刃の形が違うが、どれも立派な剣だ。
そして左手を宙に翳すと、盾が現れ、地面に落ちた。
1枚、2枚、3枚……。
サイズも素材も様々な、頑丈な盾だ。
両側に剣と盾の山ができると、今度は両の手を前に出す。
どしゃぶりの雨のように、大量のナイフ、弾薬、斧、棍棒、弓、と無尽蔵な種類の武器が降ってきた。
掌からすべてを出し切って、何も無かった野原は武器の海となった。
「うーん、こんなにあったか」
レオはたまにこうして、自身の異次元の中で所持する武器の確認と整理をする。
無限に仕舞えるお道具箱には、日用品や飲食物、美術品などの貴重品に加えて、大量の武器が存在している。
過剰に道具を集めるのはレオの癖で、宇宙のように広がる闇の空間に物が満たされると、妙な安心感を得るのだ。
そうして武器をコレクションするうちに、その武器の機能性や芸術性、希少性にも取り憑かれていた。
「これはアレキ師匠と忍び込んだ、隣国の悪徳領主から盗んだ一品だ。こっちは軍の武器庫から頂戴したやつ。これは武器マニアのマフィアのコレクションだった物」
それぞれに経緯と背景があって、懐かしく眺める。
殆どの記憶がアレキサンダーとセットになっていて、レオは苦笑いした。
物体を瞬時に収納し、即座に出現させる異次元の扉の開閉の速度と、体の周辺すべての箇所で扉を開ける、などの応用の技はすべてアレキのもとで訓練した技術だった。
「最初はパンや財布を盗む程度の、チンケな能力だったのに」
レオが孤児の頃、極限の飢餓状態から発現したこの能力は、今では重量や大きさがある物や高冷温の物でもそのままに、無限に収納できるお道具箱として成長していた。
右手を翳して剣を仕舞い、左手を翳して盾を仕舞うと、海のように広がった細々とした武器を、両手で一気に仕舞っていく。
野原は一瞬で、もとの何も無い状態に戻った。
そして崖下から、奇妙な絶叫が登って来る。
「来たな」
人がいないはずの崖上に人間の匂いを嗅ぎつけて、崖の底の黒い森から、翼を持つ巨大な怪物が姿を現した。鳥のような骨格だが、鋼のような鱗と鋭い牙を持つ。
人間を餌にする、空の悪魔と呼ばれる凶暴な魔獣だ。
レオはこの手の魔獣を見慣れていた。
アレキと詐欺泥棒の旅の道中、何度も遭遇し、その度に退治し、退治の方法も能力の使い方も、日々研究していたからだ。
涎をダラダラと垂らして空中から突進する魔獣に、手ぶらのレオは空中に煙幕を撒いて視界を塞ぐと、円を描いて避けながら弓矢を現し、数発頭に撃ち込んだ。飛行がアンバランスになった魔獣の真下で長く重い剣を現し、下から首を目掛けて突き刺すと、そのまま飛行する方向に魔獣の急所が捌かれた。地面に墜落した頭に飛び乗って頸動脈を断つと、魔獣は動かなくなった。
レオは顔を顰めて、右手を振った。
「重い剣は上から出現させて、高さを利用して振り落とす方がいい。翳すだけで手が痺れる」
アレキの言葉を思い出していた。
「お前の攻撃はビックリ箱だ。常に相手をビックリさせて、混乱を招く。どんな剣豪も怪物も、ビックリするのが生き物だからな」
レオは自分の二つ名を考えてみた。
「ビックリ箱の勇者……あんまり格好良く無いな」
ヒューイ、と口笛を鳴らすと、遠くの森で待機していた黒猫がやって来て、レオは飛び乗った。
「キーラン、待たせたね」
「ンニャッ」
黒猫はゴロゴロと喉を鳴らして、レオと共に町へ帰っていった。
* * * *
村長の屋敷の中庭で、レオはお茶を飲んでいる。
近くで黒猫は寝転がってくつろぎ、村長はその腹を撫でている。
「なるほど……ノエル王子推薦の勇者か」
「はい。王子の我儘にはほとほと困っています」
じゃじゃ馬王子についての愚痴を、村長に漏らしていた。
「君はノエル王子のお気に入りだから、仕方あるまい。君のおかげで王子の癇癪が緩和されて、王宮の使用人達も助かっているよ」
村長に腹を撫でられている黒猫は、レオのもとに届くほど喉を鳴らしている。
「で……キーランをその戦場に連れて行きたくないんだね」
「はい。いかに巨大動物が頑丈だと言っても、キーランはあくまで配達の為に働く猫ですから……戦には向いていないと思います」
「相棒を傷つけたくないという気持ちは、よくわかるよ」
オリヴィエ村長は立ち上がった。
「戦いの場で騎乗するなら、鱗竜が相場だ。鋼のような体と機敏さ、冷血な精神を持ち合わせているから、魔獣相手でも怯まない」
「派遣をお願いできますか」
「ああ。とっておきの個体を用意しよう。だが、コントロールは難しいよ。鱗竜は能力が高いほど、気位も高いからね」
この世界の巨大動物には、二種類がある。
一つ目は、自然に生まれる巨大動物。
家畜は人間と共存し、仕事や生活を手伝ってくれる。
野生動物は遭遇した人間を襲う事もあるが、人間に狩られて捕食される場合もある。
二つ目は、大昔に能力者の手によって生まれた、魔獣。
魔獣は人造的に作られた生物で、巨大動物の力を超える頑強さと攻撃力、凶暴性を持ち、人間を食らう。人類が大陸や海を容易に横断できなくなったのは、この魔獣が主な原因とされている。
「オリヴィエ村長。魔獣はいったい、誰が何の目的で作ったのでしょうか」
今まで何度も聞かれた質問に、オリヴィエ村長は静かに首を振った。
「私が生まれるずっと前から存在した魔獣だ。いったい誰が、どんな理由でとはわからない。生み出した能力者は狂人だった、とも言われているがね」
オリヴィエ村長は大木を見上げながら続けた。
「もっとも……この世界の巨大動物や植物も、巨大化の能力を持つ能力者によって作られたのでは、と憶測されている。いつの時代も、己の思想によって世界を変えたり、人類を滅ぼす願望を持つ人間は一定数いるよ。能力者はとくに、人生を拗らせやすい」
レオは自分自身も、アレキと出会わなければ拗れた人生になっていただろうと想像し、言葉が詰まった。能力者の狂気というのも、他人事では無いのかもしれない。
村長は椅子に座ると、手元の地図を広げた。
そこには広大な森と、洞窟の場所が描かれている。
「今回、魔獣が急激に増えた原因は、あらゆる魔獣を集める巨大魔獣が、洞窟に住み着いたからだと推測されているが……。その魔獣も鳴き声や地響きの噂があるだけで、洞窟から出た姿をハッキリ見た者はいない。すべては仮定だ」
村長はレオを真っ直ぐに見つめた。
「レオ。君は類稀なる能力の持ち主だが、魔獣の巣の掃討は危険な任務になるだろう」
レオは頷いて、真剣に忠告を聞いた。
「死ぬなよ。アレキサンダーが悲しむ」
オリヴィエ村長は顔色を変えずにレオを脅して、優雅にお茶を飲んだ。
* * * *
レオが仕事を終えたリコを拾って金ピカ城に帰ると、ミーシャが心配そうに駆け寄って来た。リコの顔を見上げて、元気が戻っている様子に安心して、レオを見上げた。
「レオ君、ありがとう」
「え?」
「リコを元気にしてくれて」
ミーシャはそれだけ伝えると、走ってキッチンに戻ってしまった。
リコとレオは顔を見合わせる。
「私、夜中に泣いてたのがミーシャちゃんにバレてたのかな。恥ずかしい」
「ミーシャは繊細で優しい子ですから、人の機微に気付きやすいんですよ」
「いつかミーシャちゃんとマニちゃんにも、異世界のお話ができるといいな」
「きっと信じてくれますよ」
夜の便に出かけるために再び出かけるレオに、リコは改めてお願いをした。
「あの……魔獣退治で忙しいレオ君に、こんなことをお願いして申し訳ないんだけど……」
「週末のプリンの屋台ですよね? 勿論、手伝いますよ」
「本当?」
「冷えたプリンをそのまま、完璧に広場まで運びますから、ご安心ください」
リコはパア、と明るい笑顔になった。
レオは見たかったリコの笑顔を存分に眺めて、満足すると黒猫に乗って、宮廷に戻って行った。
リコは改めて、フンス、と気合を入れる。
「絶対、成功させるんだ。異世界プリン……!」




