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31 本当の莉子

 リコは呆然と、小さなソファの上に座っている。

 ここはまだ、あの忌まわしい夜の山道だが、雨はすっかりやんでいた。


 ふかふかのタオルを被るリコの横には小さなテーブルがあり、そこにはランプと温かい紅茶が乗っている。

 目の前でレオが跪いて、リコのアザだらけの脚に、消毒と包帯を施していた。


「応急処置ですから、町の病院でちゃんと診てもらいましょうね」


 脱臼した肩は厳重に固定されて、右手も包帯でグルグル巻きだ。


 レオの掌から目まぐるしく、ガーゼや薬瓶や新しいタオルが出てくるのを、リコは茫然と眺めていた。


「レオ君は本当に手品師だったんだね」

「物が沢山収納できて、便利でしょう?」


 他愛無い会話の最中に、レオの手の甲に涙が落ちた。

 見上げると、リコは泣いていた。


「ごめんなさい」

「どうしてリコさんが……警戒が足りなかった、僕の責任ですよ」


 リコは首を振る。


「私、なるべくみんなに迷惑をかけないようにと思って、内緒で町に出かけてたの。レオ君が、あんなに毎日守ってくれてたのに」

「言ったでしょう? 僕は自分の意志でそうしてるんだし、迷惑なんて、これっぽっちも無いんですよ」


 新しいタオルで、リコの涙を拭った。


「こんな怪我をさせてしまって、アレキ師匠に怒られてしまう。あの人、怒ると怖いから」


 リコは泣きながら笑った。


「リコさんを取り戻せて良かった」


 真剣な声と瞳で見つめるレオから、リコは目が離せなくなった。

 レオに惹かれていく自分を躊躇させる原因を、リコはこの場で言わずにいられなくなっていた。


「あのね、レオ君。私……本当の私は、この姿じゃないの。こことは違う世界にいたのに、この女の子の体に入ってしまったんだ」


 自分でも突然の下手な説明に意味がわからなかったが、レオは黙って聞いている。


「だからその、この姿は借り物みたいな……ほ、ほんとはね、髪は黒くて、こう、二つ結びの、素朴な感じで……」


 自分の本当の姿を知って欲しくて懸命に説明するリコを、レオは笑う。


「ふふ……可愛いですね。どっちのリコさんも」

「えっ、えぇと……可愛い?……そうかな」


 レオの平常にして予想外な反応に、リコは照れた。

 レオは変わらない口調で続ける。


「リコさんは慌てん坊で食いしん坊で、ひたむきで頑固で。昇天してしまうところとか、中身が全部可愛いんですよ」


 欠点がまとめて可愛いと形容されていて、リコは真っ赤になって言葉に詰まった。


 レオは医療品を片付けると、立ち上がった。


「いつか会ってみたいです。もうひとりのリコさんにも」


 そう言って、レオは後ろを振り返った。

 坂の下から、犬に乗った村長とパトロール隊が駆けつけて来ていた。レオはそちらに手を振って、リコのもとから走って行った。


 一人でソファに残されたリコの心臓は、苦しいくらいに早鐘を打っていた。

 ずっと後ろめたく感じていた気持ちを、こんなにあっさり受け入れて解決してくれたレオに、暴走するように気持ちが膨らんでいく。

 ふわふわのタオルを自分ごと抱きしめて、自分の鼓動に耐えるのが精一杯だった。



「早かったですね、オリヴィエ村長」


 犬の足元から見上げるレオを、オリヴィエ村長は厳しい顔で見下ろしている。


「一人で捕まえるなと、念を押したはずだったが……」

「すみません。一刻を争う状況だったので」

「結果二人とも無事なようで、良かったがね」


 犬から降りる村長の後ろから、さらに眼鏡男や剛力男、警察達が幾人も馬車や動物に乗って集まっていた。


 壊れた馬車とロバが回収され、崖下に落ちた運転士役の男の捜索や、馬車内で重症を負っている大男の確保など、現場は慌ただしくなっていた。


 山肌を背に、血塗れで失神している意地悪君はロープでグルグルに拘束されている。その白目の顔を能力者達は見下ろして、レオを振り返った。


「衝撃波の能力者を、どうやって倒したんだ?」


 不可解な顔をしている眼鏡男に、レオは肩をすくめて答えた。


「後ろから木の棒で殴りました」


 極めて単純な方法に、能力者達は拍子抜けして顔を見合わせた。



「リコちゃぁん!」


 上空から、ヒステリックな泣き声と共に白い鳥が舞い降りて、ケイト所長が躓きながら、リコのもとへ駆け寄った。


 リコは聞き慣れた声に驚いて、顔を上げた。


「ケイト所長!」


 ケイトはリコの怪我を見て、ワナワナ震えると泣き崩れて、リコをそっと抱きしめた。


「あああ、リコちゃん! いぎてた……よがったぁ!」


 抱き合う二人をオリヴィエ村長は遠目に見ながら、レオに話した。


「ケイト所長から事情を聞いて、うちのオウムを飛ばして黒猫の姿を探したんだ」

「キーランを?」

「ああ。キーランとオウムのヨーダは幼い頃から犬猿の仲だ。キーランを探し出せと命令したら、ヨーダは憎しみを込めて見つけ出して来たよ。その案内をもとに、皆で駆けつけたのさ」


 レオが空を見上げると、ヨーダが叫びながら旋回していた。


「キーラン! バカネコ!」


 黒猫のキーランはヨーダを睨みながら唸っていて、レオは思わず笑った。


「そうでしたか。リコさんは怪我をしているので、馬車で町に搬送できるのは助かります」


 オリヴィエ村長はレオを見下ろして、フッと笑った。


「君のその飄々とした顔は、アレキサンダーにそっくりだな」


 レオは照れを隠すように、顔を顰めた。


「親子ではありませんよ」

「育ての親に違いは無い。奴は君を一流の能力者に育ててくれた。泥棒の穴を鍛え上げてね」


 反論できないレオを、オリヴィエ村長は笑っていた。

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