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3 騎士か勇者か

「さっきはすみませんでした。怒鳴ったりして」


 莉子を助けてくれた少年は、礼儀正しくお辞儀をしている。

 隣には巨大な黒猫がお澄ましして座っていて、莉子は自分が乗っていたのはやはり猫だったのだと再確認した。


 蜘蛛の巣から遠く離れて、莉子は美しい小川のある、明るい丘に降ろしてもらった。

 安全な場所まで運んでもらって安心した莉子だったが、先ほどの蜘蛛の恐怖と猫のジェットコースターで興奮状態となっていて、少年の謝罪に受け答えができなかった。


「おっ、おっ、うおぉん」


 オットセイのような嗚咽を上げる莉子を、少年は頭を下げたままそっと見上げている。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

「うっ、おお、うんっ、うんっ」


 必死で頷いて何とか落ち着こうとする莉子に、少年は何かを差し出した。瓶に入った飲み物だ。

 莉子はお礼を言葉にできずに頭を下げて受け取って、瓶の中の液体を口に流し込んだ。爽やかな甘さが喉を潤して、莉子はやっと冷静になった。どうやら緊張で喉が張り付いて、声が出なかったようだ。


「ご、ごめんなさい。た、助けもらったのに、私……」

「いえ。こちらこそ、焦って乱暴な救助になってしまって。お怪我はありませんでしたか?」


 申し訳なさそうな少年は掛けていたゴーグルを首元に下ろしていて、先ほどはわからなかった顔がよく見えた。賢そうな凛とした瞳と、整った品の良い顔をしている。黒髪と黒い瞳が自分と同じ日本人のように見えて、莉子は親近感を覚えた。

 隣の巨大な黒猫は少し毛長の綺麗な猫で、黄金色の大きな瞳でこちらを見下ろしている。莉子は猫が好きだが、あまりに大きいので後退りしてしまう迫力だ。


 莉子は自分が小さくなってしまったのかと思っていたが、少年の身長は自分より少し高いくらいなので、どうやらこの世界は人間以外が大きいらしい。


「あ、あの、あなたは……」

「僕はレオと申します」

「あ、わ、私は莉子です」

「リコさん」


 少年が爽やかに微笑んだので、莉子は思わず心が和んで、疑問を率直に口にしてしまった。


「レオ様はどこぞの騎士とか、勇者様でしょうか?」

「えっ!?」


 少年の目を丸くした顔を見て、莉子は「しまった」と口を塞いだ。川に転落してからあり得ないことが続いたので、莉子は自分がおかしな世界に来てしまったと自覚して、完全なるアニメ脳を発動してしまった。アニメでこういう場合、助けてくれるのは騎士か勇者という展開が殆どだからだ。


「あはははっ」


 レオと名乗る少年は朗らかに笑った。


「リコさんは面白い方ですね。僕は配達員ですよ」

「え? は、配達員?」

「ほら」


 レオは自分の胸元にあるエンブレムを指して見せた。

 莉子が前のめりで見ると、そこには金の刺繍でできた豪華な紋章があった。獅子と剣のモチーフだなんて、配送業の社章にしてはあまりに仰々しい。レオが着ている黒い制服もやたらに高級な素材だ。キチンとした詰襟に、金の刺繍が袖や襟に豪華に施されていた。

 よほどの一流企業かと感心した莉子が巨大猫を見上げると、猫も同じ紋章のネクタイをしていた。


「はあ……黒猫の……配達屋さん?」

「はい。そうです」


 少年は言いながら、莉子にタオルを手渡した。


「そこの小川は綺麗な水なので、蜘蛛の巣を落としてください」


 莉子は我に返って、真っ赤になった。蜘蛛の巣と泥と涙と鼻水に塗れて……自分は最悪な有様になっているはずだ。慌ててタオルを受け取って礼を言うと、小川に駆け寄った。

 レオに聞きたいことは山ほどあるが、まずは酷い身なりを整えてからだ。


 苔むした岩間には清水がさらさらと流れていて、透き通った水が手足についた蜘蛛の巣と泥を洗い流してくれた。

 冷たい水で泣きはらした顔も洗って、丘を囲む鳥の囀りや水音に耳を澄ませた。あまりに美しい場所なので、蜘蛛に襲われた恐怖心も洗われるようだった。


「あの、レオ様」


 小川から振り返ってレオに声を掛けると、レオは手元で見ていた金色の懐中時計をパチンと閉じた。


「レオでいいですよ」

「あ、レ、レオさん。ここはいったい、どこの世界でしょうか」

「え?」


 レオがキョトンとしたその時、丘の後ろの森から、か細い声が聞こえてきた。


「おーーい」


 レオが振り返り、莉子が慌てて立ち上がると、森の中から小柄なお爺さんがやって来た。まるで童話の世界に登場するような三角の帽子を被っていて、可愛らしい。


「あんたら、何か釣れたかい?」


 お爺さんはどうやらレオと莉子を釣り人と勘違いしているようで、釣竿を掲げている。

 レオはお爺さんを見て、ほっとした様子で声を掛けた。


「こんにちは。良かった、村の方ですね?」

「ああ、そうじゃよ」

「あちらのお嬢さんが道迷いをされているようなので、村に案内して頂けますか?」

「ほお、それは大変じゃ」


 レオとお爺さんが莉子に注目したので、莉子は慌てて二人のもとに駆け寄った。

 レオはひらりと黒猫に乗ると、営業スマイルで莉子を見下ろした。


「すみません。僕は配達の時間が押していて。村まで行けば町も近いので」

「えっ、あ、えっ」

「それでは失礼します」


 莉子がどもっている間に、レオを乗せた黒猫は颯爽と巨木の枝に飛び乗り、忍者のように木々を渡って行ってしまった。


「あ、ありがとうございました~!」


 大声で何とかお礼を述べたが、莉子は拍子抜けしていた。助けてくれたレオから色々聞きたかったのに、呆気なくいなくなってしまった。

 隣を見下ろすと、お爺さんは莉子を見上げて驚いた顔をしていた。


「何とまあ、ここらじゃ見ない顔じゃのぉ」

「あ、わ、私、川に流されて池に! それで蜘蛛に襲われて!」


 混乱している様子の莉子に、お爺さんは優しく頷いた。


「うんうん。うちに婆さんがいるから、とにかくおいでなさい。そんなずぶ濡れでは風邪をひいてしまうわい」


 莉子は自分が全身びしょ濡れのままであると気付いて、歩きだしたお爺さんにふらふらと着いて行くことにした。

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