23 ジョークなチカラ
ものの数分で着いた金ピカ城の、ベルを何度鳴らしても出てこない。
しつこく連打して、ようやく出て来たアレキはゾンビのような顔で、だらしのない格好をしていた。
「何だよも~、リンリンリンリン! 二日酔いなのに!」
リビングのソファで、アレキは相変わらず、だらしなく伸びている。
豪華な室内も散らかしまくって、乱れていた。
「この綿みたいなやつさ~、酒に合うから呑みすぎちゃって」
テーブルの上にひと欠け落ちているポップコーンを、摘んで食べている。
しょうもない様子にレオは呆れて正面に座ると、いきなり本題に入った。
「ミーシャは能力者なんですか?」
アレキは紫の瞳をチラリと向けて、少し身を起こす。
「そうだよ。西の街の地下オークションでさ、手枷を付けて売られてたんだ」
「師匠が競り落としたんですか?」
アレキは当時を思い出して、笑いがこみ上げる。
狭いオークション会場に犇く熱気。
吊り上がっていく金額に、天文学的な数字を乗せて競り落とす、怪しい仮面のアレキサンダー。
そして、涙目の少女を鎖に繋いで引き渡す、脂ぎった顔のスーツの男。
「でけえ豚みたいなオッサンに、自腹で払わせてやったよ。はいぃ、私めが支払わせて頂きますぅ、つってな」
余程に滑稽な記憶なのか、顔真似をして笑い転げている。
「師匠はほんとに悪い人ですね」
レオの言葉に、アレキは心外という顔。
「俺はクズみたいな悪い奴にしか、能力を使わないと決めている。あんないたいけな少女を攫って売るなんざ、そっちこそ悪党だろ? 命があるだけ、ありがたいと思ってほしいね」
アレキは水を注いで飲み干した。
「勿論、今後のおイタも禁止させてもらったよ。今後一切、人身売買に関わる事はできないし、死ぬまで毎朝早起きして、公園を掃除する日課も付けてやった。ちったあ、世界がクリーンになっただろ?」
アレキのドヤ顔を無視して、レオは続ける。
「ミーシャはどんな能力者なんです? 師匠は何故、僕に黙っていたんですか?」
矢継ぎの質問に、アレキはこめかみを抑えた。
「も~、二日酔いなのにガミガミ言わないで!」
「本当に善意で引き取ったんですか? 何かに利用しようとしていませんか?」
「おいおい、尋問か? 俺はいつだって、か弱い子供を愛情で助ける男だよ?」
レオは冷めた目で睨む。
「孤児だった僕の能力を、利用しまくったくせに」
「だってレオ君は全然、か弱い子供じゃなかったからな。気が強くて生意気で。だから弟子にしたんだ。俺とお前の能力で、最強の詐欺泥棒コンビだったろう? 俺が洗脳し、お前が盗む。悪党どもから掻っ攫って、城が建つほど儲けたぞ」
金ピカ城の豪華な天井に、手を広げた。
「だから捕まったんじゃないですか。今後能力を使わないという王様との約束を破れば、ただでは済みませんよ」
「牢獄はやだな~。あそこ一人ぼっちだから、寂しくて死んじゃう」
溜息を吐くレオに、アレキは姿勢を正して座り直した。
「だーいじょうぶだって。ミーシャの能力は、これっぽっちさ。ちょっとした可愛い、ジョークみたいな力だから。俺と組んで詐欺やるようなもんじゃないって」
猜疑心に満ちた弟子の誤解を解こうと、説得する。
「それにあの子の人間不信は酷くてな。能力のことを誰にも言わないで、と泣きつかれたら、言えないだろ。自分の力を他者に期待されたり、つけ狙われるのを恐れているんだ」
レオはぐっと黙った。
「俺やレオ君のように、ブイブイ能力使える奴ばっかじゃないのよ。能力ってのは、内容も強度も選べずに一方的に恵まれるもんだからね」
レオはすでに、リコのことで頭がいっぱいになっていた。
リコはいったい、どんな能力者で、誰が力を封じたのか。
そしてどんな酷い目にあったのか。
アレキはレオの顔を見て仰反った。
「おいおい、なんて怖い顔してんだよ。悪党みたいだぞ」
「……」
「リコちゃんの事? どんな能力かは、俺もわからないよ。枷を解いてみなきゃ……本人も記憶喪失なわけだし」
レオは時計を見て立ち上がった。
「宮廷に戻ります」
「おぉ、じゃじゃ馬君によろしくな」
アレキはノエル王子を揶揄して、敬礼している。
「不敬罪」
レオは一瞥して去って行った。
* * * *
リコの家では、フーン、という小さな掃除機みたいな音がする。
リコとミーシャは並んで、テーブルの上を見つめている。
右へ、左へと移動する小さな旋風を目で追っていく。
「ちっちゃな竜巻だぁ、可愛い!」
喜んでいるリコを、ミーシャは照れ顔で振り返った。
「ね? たいした事ない能力でしょ?」
「可愛い能力だよ! 風使いかぁ、いいなあ」
ミーシャは遠慮がちに聞く。
「リコは自分の能力を、全然覚えてないの?」
「うん。私、記憶喪失だから……」
旋風にそっと指を入れると、指先がくすぐったい。
「私もこういう可愛い風が起こせたら、素敵なのになぁ」
ミーシャの覚悟の告白とは裏腹に、リコは呑気だった。過剰に同情されることも、期待されることもなく、ミーシャは居心地が良く感じていた。
ミーシャのリラックスした口もとが小さく呟いた。
「また食べたいな。ポップコーン」
リコはその言葉にピョコンと反応して、赤いコーン粒を、背中からそろりと出した。
「やっちゃいますか……ポップコーン・パーティーを!」
リコの変なテンションに、ミーシャの笑顔も明るく弾けていた。




