22 ミーシャの告白
「お先に失礼します」
「リコちゃん、お疲れ様~」
鳥類研究所で仕事を終えて、リコは外に出た。
すると建物の前には、夕陽に照らされた少女が佇んで待っていた。
「ミーシャちゃん!」
リコが駆け寄ると、ミーシャはモジモジとしている。
後ろにもっさりとした毛長の白い犬を携えて、ミーシャはいつものメイド服ではなく、可愛いワンピース姿だった。淡いグレーの髪に小さなリボンを着けて、おめかししている。
週末に一緒にポップコーンを食べてから、リコとミーシャの距離はだいぶ近づいたようだが、リコの職場に訪れて来るのは予想外だった。
「今日はひとり? アレキさんは?」
「きょ、今日はひとり……ア、アレキ様は、ふ、二日酔いです」
「あらら。呑みすぎちゃったのかな」
懸命な会話の後、ミーシャはクッキーが入った紙袋をサッと出して、リコに渡した。
「せ、先日はポップコーンを、ご、ご馳走様でした」
「お礼なんていいのに。でもありがとう!」
ミーシャはあまり目を合わせないが、少しずつ縮む距離を、リコは急ぎすぎないように歩調を合わせた。
ミーシャは後ろを振り返り、もっさりとした毛長犬に駆け寄った。帰るのかと思いきや、そのまま立ち止まっている。
「お、お送りします……オスカールで」
リコはキョトンとする。
「オスカール?」
ミーシャは毛長犬を指差している。
リコとミーシャはオスカールに乗って、ゆっくりとリコの家に向かって進んだ。オスカールは決して走らず、のんびりと歩いていく。
「オスカールって、貴族みたいな名前だね」
リコの声かけに、ミーシャは相変わらず身を固くして答える。
「ア、アレキ様が付けました。雄で、尻尾がカールしてるからって」
リコは思わず噴き出した。
ミーシャも少し含み笑いをして、会話を続けた。
「ア、アレキ様は、早く走る動物は、落っこっちゃうから怖いって」
子供のような理由にリコは笑った。
「あはは、でもわかるよ! 私もレオ君の黒猫ちゃんに乗せてもらったら、あまりに早くて高くジャンプするから、叫びまくっちゃったよ」
「わ、私も早いのは、怖いです」
会話がだんだんと成立していって、リコは嬉しくなっていた。
「アレキさんて、楽しいし、優しい人だね」
ミーシャは手綱を持って背中を向けたまま、少し間を置いた。
「ア、アレキ様は、すごく、優しくて……だ、大事な人です」
夕焼けの中、ゆっくり進むオスカールの上の交流を、少し離れた高い木の上で、黒猫が見つめている。
リコとミーシャの会話にだんだんと笑いが増えて、お喋りがスムーズになっていく様子を、レオは猫の頭に頬杖をついて、微笑んで聞いていた。
魔女小屋に着く頃には、ミーシャはすっかりリコに打ち解けて、お茶に誘うと、素直に室内に入って来た。
魔女憑きらしく、雑多な小屋の様子をキョロキョロと、興味深そうに見ている。
「汚くてごめんね。お菓子作りに夢中になっちゃって」
リコは転がる大きな卵の殻を、急いで片付けている。
湯を沸かしてお茶を出す頃には、ミーシャはちょこんと椅子に座って、落ち着いていた。
「あっ」
リコは思わず、ティーカップを出した手を急いで引っ込めた。今日はミーシャと突然の出会いだったため、手枷をシュシュで隠していなかったのだ。
焦るリコを、ミーシャは見上げた。
「い、いいよ。そのままで」
「ごめんね、私……」
ミーシャは首を振る。
「私こそ、ご、ごめん」
少しの間沈黙があって、リコとミーシャは紅茶をすすった。
「はあ」と一息ついて、ミーシャは決心したように、リコの方を向いた。初めてきちんと、目を合わせたように思える。
「あ、あの、リコさんは、何の能力者なの?」
思い切った質問に、リコは目を丸くした。
「能力者!? 私が? 能力なんて、何もないよ!?」
ミーシャはリコの手枷を指した。
「だ、だってその枷は……能力を封じる石だから」
「え?」
リコは思わず、自分の両手首を見る。
ミーシャは堰を切ったように、畳み掛けた。
「私も、手枷で能力を封じられてたから!」
テーブルは再び、沈黙になった。
そしてリコの家の窓の外では、こっそり会話を盗み聞きしていたレオが危うく、声を出すところだった。
(リコさんが、能力者!?)
戸惑うリコに、ミーシャは続けた。
「わ、私の能力なんて、たいした事なくて、封じる必要も無かったけど、そ、その……」
紅茶をゴクリと飲んで、思い切って告白する。
「オークションで!……人身売買のオークションで、人攫いに売られた時に、能力を使って暴れないように手枷を付けられたの」
リコは衝撃で目を見開いた。
人攫いの、オークション。暴れないように……。
酷いキーワードの連続に、打ちのめされていた。
「わ、私は孤児で、いろんな家にたらい回しで育てられて……あの頃は、こんなちっぽけな能力が珍しいなんて、知らなかったから。外で力を使って、遊んでたんだ。そうしたら、珍しい能力を持った子供だと思われて、悪い大人に攫われちゃった……」
そして悲惨な自身の過去をフォローするように、付け加えた。
「で、でも、アレキ様が助けてくれた! 悪い大人ばかりのオークション会場で、大金を払って私を買い取って、城に雇ってくれて……家族にしてくれたの!」
ミーシャがアレキ以外の人に心を開けず、他者を異常に警戒する理由を、リコは慎重に飲み込んで、頷いた。
窓の外のレオも、俯いて聞いていた。
アレキが孤児を引き取り、メイドと称して一緒に暮らし始めたのは知っていた。
だが、ミーシャが能力者で、オークションに掛けられていた過去は知らなかった。レオがこの町でミーシャと初めて会った時には、既に手枷が無かったからだ。
レオは黒猫に乗って、音も無く夜の森に飛び立った。
黒猫はアレキの金ピカ城に向かっていた。




