表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/72

22 ミーシャの告白

「お先に失礼します」

「リコちゃん、お疲れ様~」


 鳥類研究所で仕事を終えて、リコは外に出た。

 すると建物の前には、夕陽に照らされた少女が佇んで待っていた。


「ミーシャちゃん!」


 リコが駆け寄ると、ミーシャはモジモジとしている。

 後ろにもっさりとした毛長の白い犬を携えて、ミーシャはいつものメイド服ではなく、可愛いワンピース姿だった。淡いグレーの髪に小さなリボンを着けて、おめかししている。


 週末に一緒にポップコーンを食べてから、リコとミーシャの距離はだいぶ近づいたようだが、リコの職場に訪れて来るのは予想外だった。


「今日はひとり? アレキさんは?」

「きょ、今日はひとり……ア、アレキ様は、ふ、二日酔いです」

「あらら。呑みすぎちゃったのかな」


 懸命な会話の後、ミーシャはクッキーが入った紙袋をサッと出して、リコに渡した。


「せ、先日はポップコーンを、ご、ご馳走様でした」

「お礼なんていいのに。でもありがとう!」


 ミーシャはあまり目を合わせないが、少しずつ縮む距離を、リコは急ぎすぎないように歩調を合わせた。


 ミーシャは後ろを振り返り、もっさりとした毛長犬に駆け寄った。帰るのかと思いきや、そのまま立ち止まっている。


「お、お送りします……オスカールで」


 リコはキョトンとする。


「オスカール?」


 ミーシャは毛長犬を指差している。



 リコとミーシャはオスカールに乗って、ゆっくりとリコの家に向かって進んだ。オスカールは決して走らず、のんびりと歩いていく。


「オスカールって、貴族みたいな名前だね」


 リコの声かけに、ミーシャは相変わらず身を固くして答える。


「ア、アレキ様が付けました。雄で、尻尾がカールしてるからって」


 リコは思わず噴き出した。

 ミーシャも少し含み笑いをして、会話を続けた。


「ア、アレキ様は、早く走る動物は、落っこっちゃうから怖いって」


 子供のような理由にリコは笑った。


「あはは、でもわかるよ! 私もレオ君の黒猫ちゃんに乗せてもらったら、あまりに早くて高くジャンプするから、叫びまくっちゃったよ」

「わ、私も早いのは、怖いです」


 会話がだんだんと成立していって、リコは嬉しくなっていた。


「アレキさんて、楽しいし、優しい人だね」


 ミーシャは手綱を持って背中を向けたまま、少し間を置いた。


「ア、アレキ様は、すごく、優しくて……だ、大事な人です」


 夕焼けの中、ゆっくり進むオスカールの上の交流を、少し離れた高い木の上で、黒猫が見つめている。

 リコとミーシャの会話にだんだんと笑いが増えて、お喋りがスムーズになっていく様子を、レオは猫の頭に頬杖をついて、微笑んで聞いていた。



 魔女小屋に着く頃には、ミーシャはすっかりリコに打ち解けて、お茶に誘うと、素直に室内に入って来た。


 魔女憑きらしく、雑多な小屋の様子をキョロキョロと、興味深そうに見ている。


「汚くてごめんね。お菓子作りに夢中になっちゃって」


 リコは転がる大きな卵の殻を、急いで片付けている。

 湯を沸かしてお茶を出す頃には、ミーシャはちょこんと椅子に座って、落ち着いていた。


「あっ」


 リコは思わず、ティーカップを出した手を急いで引っ込めた。今日はミーシャと突然の出会いだったため、手枷をシュシュで隠していなかったのだ。

 焦るリコを、ミーシャは見上げた。


「い、いいよ。そのままで」

「ごめんね、私……」


 ミーシャは首を振る。


「私こそ、ご、ごめん」


 少しの間沈黙があって、リコとミーシャは紅茶をすすった。

 「はあ」と一息ついて、ミーシャは決心したように、リコの方を向いた。初めてきちんと、目を合わせたように思える。


「あ、あの、リコさんは、何の能力者なの?」


 思い切った質問に、リコは目を丸くした。


「能力者!? 私が? 能力なんて、何もないよ!?」


 ミーシャはリコの手枷を指した。


「だ、だってその枷は……能力を封じる石だから」

「え?」


 リコは思わず、自分の両手首を見る。

 ミーシャは堰を切ったように、畳み掛けた。


「私も、手枷で能力を封じられてたから!」


 テーブルは再び、沈黙になった。


 そしてリコの家の窓の外では、こっそり会話を盗み聞きしていたレオが危うく、声を出すところだった。


(リコさんが、能力者!?)


 戸惑うリコに、ミーシャは続けた。


「わ、私の能力なんて、たいした事なくて、封じる必要も無かったけど、そ、その……」


 紅茶をゴクリと飲んで、思い切って告白する。


「オークションで!……人身売買のオークションで、人攫いに売られた時に、能力を使って暴れないように手枷を付けられたの」


 リコは衝撃で目を見開いた。

 人攫いの、オークション。暴れないように……。

 酷いキーワードの連続に、打ちのめされていた。


「わ、私は孤児で、いろんな家にたらい回しで育てられて……あの頃は、こんなちっぽけな能力が珍しいなんて、知らなかったから。外で力を使って、遊んでたんだ。そうしたら、珍しい能力を持った子供だと思われて、悪い大人に攫われちゃった……」


 そして悲惨な自身の過去をフォローするように、付け加えた。


「で、でも、アレキ様が助けてくれた! 悪い大人ばかりのオークション会場で、大金を払って私を買い取って、城に雇ってくれて……家族にしてくれたの!」


 ミーシャがアレキ以外の人に心を開けず、他者を異常に警戒する理由を、リコは慎重に飲み込んで、頷いた。


 窓の外のレオも、俯いて聞いていた。

 アレキが孤児を引き取り、メイドと称して一緒に暮らし始めたのは知っていた。

 だが、ミーシャが能力者で、オークションに掛けられていた過去は知らなかった。レオがこの町でミーシャと初めて会った時には、既に手枷が無かったからだ。


 レオは黒猫に乗って、音も無く夜の森に飛び立った。

 黒猫はアレキの金ピカ城に向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ