20 秘密の能力
薬草屋で精算を済ませて広場に戻ったリコは、いつものリコに戻って、興奮していた。
「レオ君、ありがとう! おかげで、思っていた以上のお買い物ができたよ!」
「それは良かったです」
「私一人じゃ、最初に関係無い匂いを嗅ぎすぎて、ぶっ倒れるところだった!」
「あははっ」
レオは笑いながら、いつの間にか手に持っている瓶を差し出した。
「はい。これ飲み物」
喉が渇いたタイミングで出て来た瓶に、リコは驚く。
「あ、ありがとう。いつも何でも、持ってるね」
二人は広場のベンチに座って、瓶入りのジュースを飲んだ。
楽しい雑談が途切れたタイミングで、リコは聞きたかった質問を一つずつ整理して、真顔で口に出してみた。
「あの……レオ君はどうして、そんなにしっかりしてるの? アレキさんに人生を教わったから?」
レオはジュースを咳き込んだ。
「な、何ですかそれ?」
「アレキさんが、人生の師匠だって言ってた」
アレキの発言を真に受けているリコの様子に、レオは困った顔をした。
「あの人の言う事を全部信じてはダメですよ? 人を誑かすのが好きですから」
「じゃあ……レオ君も、瞳の色が変わるの?」
レオはハッとしてリコを見た。
「それは……変わりません。何故です?」
「だって、アレキさんの瞳が、紫から青に変わったのを見たの。だからお弟子さんのレオ君も、色が変わるのかなって」
レオは少し微笑んだ。
「僕の瞳は、ずっと闇色のままですよ」
リコは更に踏み込もうと、自分の手首のブレスレットに触れた。
「その……アレキさんに命令されたから、私を見守ってくれるんだよね?」
リコは感覚的に、アレキは瞳の色を変える事で、人を操れるのではないかと考えていた。動物を従わせ、調教できるオリヴィエ村長のように。
「逆ですよ」
「え?」
「アレキ様は、青い瞳が素なんです。邪気の無い時は青く、人を誑かす時は紫。そして……赤い瞳は、命令を下します」
リコは衝撃を受けていた。
「えっ、だって、いつも紫だよ?」
「ええ。邪気のない青い瞳は、滅多に見ません。日常的に人を誑かしたくて仕方ないんですよ。困った人ですね」
リコは思わず噴き出すが、また真顔に戻った。
「赤い瞳で命令を下すって……凄い能力だね」
人間を操作する能力を、空恐ろしく感じていた。
「とても危険な能力です。でも、アレキ様は国王から禁止令を受けていますから、力は使えないんです」
「禁止令!?」
「数年前に、投獄されたんですよ。力を使わないという条件で釈放されましたが……適当な人だから、ちゃんと約束を守っているか僕は常に心配です」
思わぬアレキの前科にリコは固まり、レオは人差し指を唇に当てた。
「内緒の話ですよ? リコさんだけに話しましたから」
「う、うん! 絶対言わないよ! っていうか、言えないよ!」
「だからあの時の命令は、アレキ様の純粋な願いです。そして僕は従ったのではなく、同調しただけ……実行していることはすべて、僕の意思ですよ」
リコはその回答に、強く胸が締め付けられていた。
「ありがとう」
アレキとレオに向けた、心からの感謝だった。
「さて、そろそろ夜の便の時間です。家まで送りますよ」
レオにまだまだ聞きたい事は沢山あったが、リコは元気に立ち上がった。
夜の黒猫ドライブと、手に入れた理想のハーブ。そしてレオとお喋りした時間。欲張りなほど、嬉しい気持ちで満ちていた。
二人は黒猫に乗ると、疾風のように、町を出て行った。
* * * *
夜も深くなり。
レオは村を出て、町を抜け、王都に帰ってくる。
胸の紋章を翳して宮廷の門を潜り、豪華な廊下を渡ってさらに王宮に入ると、王子の部屋に真っ先に向かった。
ノックを鳴らすとすぐに返事があり、扉を開けると同時に、こちらに王子が駆け寄って来た。
「レオ! 遅かったな! 待っていたぞ!」
「ノエル王子殿下。夜分に失礼します」
「そういう挨拶はいいから、早くこっちへ!」
輝かしい金色の髪に青い瞳のノエル王子は、レオと同じくらいの年頃だが、動作はまるで子供のように落ち着かない。
優美な挨拶を中断させてレオの腕を引っ張ると、ソファに座らせた。自分も隣に座って、ワクワクと興奮している。
「で!? 今日の話を聞かせてくれ!」
「今日は配達が数件。村と、山奥、町、湖の向こうです」
「いろんな所へ行ったんだな! 何を運んだ? どんな奴がいた?」
「まずは山奥に住む、巨人族のご老人に。世界で一番固いと言われる、木材を2メートル弱」
「大きいな! 何に使うんだ?」
「硬度は金属並みですから、大変な重さでした。誰かを殴らなければ良いですが」
「わはは! 巨人の武器かもしれないな!」
ノエル王子はレオの配達の話に夢中になっている。
レオはリコとのドライブだけ伏せて、配達の記録をすべて明かしていた。
「で、湖の向こうに住む、釣り好きの伯爵に船を一隻。前回のはやはり、沈没したらしいです。巨大海老を釣るのに、あれじゃ耐えられないと、さんざん忠告したのに」
ノエル王子は大笑いして、目を輝かせている。
「お前は凄いな! どんなに重い物も、大きな物も運んでしまう。なんて面白い能力なんだ!」
王子はレオの手を取って、自分の手の平に乗せた。
「さあ、今日も見せておくれ。お前の異次元の扉を」
「はい」
レオの手の上に、黒くて丸い穴がポン、と現れた。
それはまるで、突然空間が切り取られたように、漆黒の宙を覗かせていた。
ノエル王子はそっと掌に近づいて、じっと穴の中を見つめた。
浮遊する数多の物体が星々のように瞬いて、それは本物の夜空や宇宙のようだった。
いつまでも魅入るノエル王子に、レオは声をかけた。
「ノエル王子にお土産がありますよ」
「本当か!?」
レオの掌の上の宙は大きくなり、王子の顔ほどになる。
レオはそこに手を入れて、長い木の枝を取り出した。
その枝の先には、平べったく、楕円形のドーナツのようなお菓子が、ジュウジュウと甘い香りと煙をたてて、くっついていた。
「巨人族のおやつです。焼きたてを貰ってきました」
「うわっ……わははは!」
王子は枝を受け取って、ソファの上で踊りながら空に翳した。
「面白い、面白いな、お前は!」
「身に余る光栄です」
「つまらない王宮の毎日も、お前に会えると思うと、余は楽しくて仕方ないのだ! お前が世界を、ここに運んでくれるから!」
レオはノエル王子の賛辞に胸に手を当て、優美な挨拶をした。
リコの言葉を思い出していた。
どうしてそんなにしっかりしているの、って……。
それは、じゃじゃ馬な王子様のお世話をしているからだよ。
口の端を上げて、心の中で答えていた。




