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19 黒猫ドライブ

 鳥類研究所のケイト所長は、真剣な眼差しでリコを観察している。


「むむむ……リコちゃんたら、今日はいつもにも増して可愛いわねっ」


 リコは薔薇色の頬をよりピンクにして、目を逸らした。


「な、何言ってるんですか、所長~」

「週末に何かいい事あったわね? 恋? 恋なの?」

「もう、真面目に仕事してください!」


 所長はキリッとして、ボードの色相関図を確認した。そこにはリコが個人的にメモをした、卵の風味の特徴も書かれている。


「リコちゃん、仕事が早くなったわね。色の見極めが瞬時にできるようになったし、卵を運ぶのも手慣れてきたし。それにこの、リコちゃんオリジナルの風味の説明がわかりやすいって、卸先のお客さんが感心してたわ」

「本当ですか!?」

「卵の仕事、楽しい?」

「はい! この卵たちの個性はどんなふうに調理すれば引き立つのか、考えるのはまるでパズルみたいに楽しいんです! 大事な卵たちを、みんなに美味しく食べて欲しいですから!」


 生き生きとして饒舌になる部下に、ケイト所長は嬉しそうに身震いした。


「リコちゃんは色感度だけじゃなくて、味の想像力も優秀なのねっ。もう! キラッキラしちゃって、可愛いんだからっ」



 * * * *



 仕事を終えて研究所を出ると、リコは自分の家ではなく、町の方に向かった。

 しばらく歩いた後に意を決して、森の天井に向かって呼びかけた。


「レオくーん」


 少し間を置いて、葉すれの音とともに、大きな黒猫が空から降りて来た。

 猫に乗ったレオは、ゴーグルを外した。


「はい」


 リコは自分で呼んでおいてビックリしている。


「本当にいた……私のこと、ずっとつけてたの?」

「ええ。リコさんの終業時間に合わせて見守っていましたが、家に帰らないんですか?」


 リコは半ば呆れて、半ば嬉しくて、複雑な気持ちになる。


「見守ってくれるのは嬉しいけど、ずっと後をつけるなんて大変だよ! それに、配達のお仕事は?」

「昼便の後は暮れてからの夜便ですし、合間に見守るので大丈夫ですよ。ここらへんの町と村は僕の管轄ですから」

「それじゃあ……もうひとつ、お願いしてもいいかな?」

「はい。何なりと」



「ひゃああー!」


 リコは自らお願いして黒猫に同乗しておきながら、悲鳴を上げてレオにしがみついた。木々の上を、黒猫は音もなくモモンガのように飛んで行く。上下の落差が激しいジェットコースター状態だ。


「リコさん、着地の時に体を浮かせるように……」

「ひえぇ、無理ー!」


 コツも掴めないまま恐怖のドライブは終点に到着し、リコはレオに支えられて、町の広場に降り立った。

 しかし村から町へのルートは最短の速さで、あっという間の出来事だった。


「怖いけど、早い……すごいんだね、猫ちゃん」


 リコは黒猫を振り返るが、「ふん」という顔で、そっぽを向かれてしまった。


 夕方の町は昼間とは違って、静かな時間が流れていた。

 みんな仕事や学校の帰りだろうか。買い物や食事をのんびり楽しんでいる。橙色の灯りが石畳を照らして、素敵な雰囲気だ。


「お買い物ですか?」


 レオの問いに、リコは頷いた。


「ハーブを探しに来たの。その……プリンの材料で」

「へえ、プリンの!? じゃあ、作り方がわかったんですね?」


 レオは俄然興味を持って、笑顔になった。


「まだ完全じゃないけど、レオ君がくれた王子様のキャンディがヒントになって、次々とプリンの材料を思い出したんだ」

「お役に立てて良かったです」

「あとは香りがついたら、完成なんだけど……」



 二人は草の絵の看板がぶら下がった店に入った。

 薬草屋さんらしく、入店した途端に草花の香りが押し寄せる。


「うっ、これ全部……」


 リコは息を飲んだ。


 途方もない数の瓶が棚に並び、引き出しや籠、箱の中までハーブが保管されていた。

 棚のゾーンも調味料から薬草、化粧品類、防虫……と、限りなくある用途が札に書かれていた。


 調味料の棚に行ってみるが、そこだけでも膨大な種類だ。

 商品名が書かれたカードも無限にあって、リコは好奇心で、端から当てずっぽうに見本の瓶を空けて嗅いでみた。


「レモンみたいな……こっちは生姜? ネギ、にんにく、鉄の味!」


 まったく検討違いな香りが続いて、目眩がする。


「リコさん、どんな香りを探してるんです?」

「うんとね、ラッシュビーンズっていうの。黒豆が飛び出して、頭に当たる危ない豆なんだけど」


 注意事項まで付いてきて、レオは笑う。

 通りかかった店員に声をかけて、場所を聞いてくれた。


「すみません。お菓子に使うハーブはどこですか? ラッシュビーンズを探しています」

「こちらです」


 店員についてお菓子コーナーに来ると、一角は甘い香りで満ちていた。そしてすぐに、ラッシュビーンズの瓶を渡してくれた。


「わ! これだ!」


 ハーブ辞典と同じ鞘豆の絵が描かれている。すぐに開けて嗅いでみると、甘く芳醇な、懐かしの香りがリコを包んだ。


「あ……これは……プリン、アイスクリーム、ホットケーキ……!」


 呪文を唱えながら昇天するリコを、レオはまじまじと見つめている。

 リコの脳内では、バニラにそっくりな香りに合わせて、様々なお菓子と果物の絵が浮かんでいた。


「これ……合うやつ……もっと……」


 譫言を呟きながら、ふらふらと隣の瓶を一つずつ、手に取って嗅いぎだした。


 花、蜜、ナッツ、カカオ、メロン……。


 いくつかの瓶をインスピレーションで手に取って、レオが差し出す籠に入れていった。虚ろな瞳でふわふわと頷いている。


「私、調合する。特別なプリン作る……」


 まるで何かに取り憑かれたようだった。

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