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17 葡萄酒色に染めて

 町の広場にはカラフルなテントの屋根が並び、異国の商人たちが品物を広げている。

 市場の日がやってきて、週末の町は賑わっていた。いつもより多くの人が行き交い、珍しい商品を眺めて歩いている。


「うわぁ~!」


 リコとマニは、見たことのない雑貨や食べ物の陳列に興奮して、舞い上がっていた。


「見て、マニちゃん! 綺麗な模様の布! この食器も可愛い!」


 リコが綺麗なスカーフを巻いて見せると、マニは怪物のお面を被って戯けていた。


「んべろば~! このお面、イケてるよ!」


 二人は彼方此方と屋台を行き来して、多種多様な食べ物にも夢中になった。

 異国風の揚げ菓子を買って、食べ歩く。熱々の生地にナッツのような風味が美味しい。


「そういえばリコ、文無しじゃなかったの?」

「えへへ……ケイト所長に週末に市場に行くって言ったら、一週間分のお給料を先払いしてくれたの」

「へ~、良かったね! じゃあ、今日は散財だ!」

「ダメだよ。プリンのハーブ代と、お家賃に取っておかないと」


 異国の香辛料を売っている露店を覗いてみたが、ラッシュビーンズは見当たらない。巨大な唐辛子や胡椒のような実がズラリと並んでいる。スパイシーなお料理に使うらしく、辛い、辛い、酸っぱいの連続で、プリンの香りとは程遠い。


 リコはスパイスを嗅ぎすぎて赤くなった鼻をすすりながら、改めて広場を見回した。先週は占いのテントがあった場所に、違う店が出ていた。


「アレキさん、今日はテントのお店やってないんだね」

「あのインチキ占い師? 怪しすぎて客が来ないから、潰れたんじゃない?」


 リコはアレキのテントがあればレオに会える気がしていたので、少しガッカリしていた。


 その時突然に、後ろからどよめきが起こった。


「泥棒ー!!」


 二人が咄嗟に振り返ると、人だかりの中から猛然と男が飛び出して、こちらに向かって走って来ていた。

 マニは慌てて端に避けるが、リコはその場で硬直したように突っ立ったまま、男を凝視した。


「捕まえてぇ!」


 店主であろうおばさんの悲痛な叫び声が聞こえて、リコは無意識のうちに、両手を前に差し出して、男に向けていた。


「どけええぇぇ!」


 男はがなりながら、一直線に突進する。

 マニはリコの不可解な行動に気づいてギョッとして、男と激突する瞬間に、叫んでいた。


「リコー! 危ない!」


 ドムン!


 大きな音がして、男はリコの目前で、車に撥ねられたように空に舞い上がった。

 リコの視界は、急に真っ暗になった。リコの前に飛び出した黒い壁は、まだ宙にいる男を追いかけて、さらに地面に叩きつける。

 大きな黒い壁は巨大な黒猫だと気づいた時には、泥棒は大きな肉球の下で、完全に沈黙していた。


 猫パンチの振動で、隣の屋台に積んであった樽が傾き、葡萄酒の滝がリコの頭に思いきり浴びせられた。


「きゃ……」


 誰かがリコの頭に被さって、葡萄酒の滝から守ってくれている。だが無常にも、大量の葡萄酒は二人の全身を紫色の雨で染めていった。

 リコが自分を覆う人物を見上げると、それは苦笑いするレオだった。


「無事……ではないですね」

「レ、レオ君!」


 町に行ったら、本当に会えた。けど、予想外な状況の、さらに近距離での再会に、リコは急激に緊張していた。レオの背が自分を覆うほど大きいのだということも、間近で見る瞳が漆黒の夜のように美しいことも、咽せ返るワインの滝の中で、リコは知ってしまった。



 樽の中身がカラになる頃、店主のおばさんが駆け寄って、何度もレオとリコに頭を下げた。泥棒が盗んだ袋の中には大金が入っていたようだ。

 泥棒は駆けつけた警察に連行されて、店主のおばさんも事情聴取で同行した。


 広場はもとの賑やかさが戻ってきたが、葡萄酒の池だまりになったレオとリコの周りは、誰もが避けて通っていく。

 猫も酒の匂いが嫌なのか、離れて毛繕いをしていた。


 マニは恐る恐る、ワイン漬けになった二人に近付いた。


「あちゃ~、これまた凄い色になったね」

「すみません。樽を支えるのが間に合わなくて……リコさん、大丈夫ですか?」

「だ、だいじょうぶ」


 リコは何重もの驚きで放心状態となり、動揺していた。


 レオが葡萄酒屋の店主に声を掛けようと振り返ると、店主は既に、誰かから金を受け取っていた。


「酒代は俺が払おう。ついでにもうひと樽、城に運んでくれ」


 ド派手な異国風の衣装で登場したのは、あの怪しい占い師のアレキだった。


「占い師さん!」


 リコの驚きに、アレキは額に二本指を翳し、無駄にキザなポーズでウィンクした。


「やあ、お嬢さん。また会ったね」



* * * *



「どひゃ~!」


 マニは金色ピカピカ城の中庭で、豪華なプールやテラスに度肝を抜かれた。

 金の椅子に金のテーブル、金の浮き輪。

 ド派手な様に、ゲラゲラ笑っている。


「悪趣味~!」


 葡萄酒色に染まったレオとリコは、マニと一緒にアレキの金ピカ城に招待されていた。

 外観も派手だが、中も想像以上に派手だった。


 マーライオンならぬ、マーエレファントの像から大量の水が注がれて、リコは茫然と滝行のように頭から浴びている。紫色に染まった全身は、ようやく肌色に戻ってきていた。


 隣でバケツの水を被って葡萄酒を落としているレオは、心配そうにリコを伺っている。


「リコさん、酔っ払ってしまったかな……」


 葡萄酒が落ちたリコの顔は真っ赤になっていて、フラフラと頭が揺れていた。

 マニもリコを覗き込んだ。


「リコってば、さっきは何で逃げなかったの? あんな大男と激突したら、大怪我してたよ!?」

「おばさんが……つかまえてぇ、って……」

「こんな細い手で、止められるわけないじゃん」


 リコの無謀な行動に、マニは呆れ返っている。

 そしてレオを振り返った。


「それにしても、凄いタイミングで跳ね飛ばしたね。人間があんなに空を飛ぶの、初めて見たよ!」


 ワクワクするマニに対して、ずぶ濡れのレオは苦々しい。


「もう少しスマートに捕まえられれば良かったのですが。ああするしか間に合いませんでした」


 お手柄の黒猫は、プールサイドで気持ちよさそうにゴロゴロと寝転がっている。


「今日は祭りだ、かんぱ~い! みんな飲め飲め」


 ワインを片手に、アレキが賑やかに現れた。

 市場で新しく買った仮面を被って、ご機嫌の様子だ。


 レオは「うっ」と顔を顰めた。


「何が祭りですか……ワインはしばらく見たくないです」


 アレキはお構いなしに、タオルと服をレオに押し付けた。


「そちらのお嬢さんは、お風呂に入っておいで。今、ミーシャが用意してくれたから」


 アレキの後ろから、メイドさんの格好をした華奢な女の子が付いてきていた。以前、テントにアレキを迎えに来た少女だ。


 マニは興奮して手を上げた。


「私も一緒に、お風呂入る~! だってリコ、酔っ払ってるから溺れちゃうし、あたしが見張るよ!」


 リコとマニはミーシャに案内してもらって、金ピカ城の風呂場に向かった。



「どっひゃ~!」


 マニは再び、度肝を抜かれた。

 豪華絢爛な浴場は温泉施設のように広く、金色の銅像や鏡で飾られていた。大量の湯気は吹き抜けの天井を昇って、青空に抜けていく。


 二人は体を洗って湯に浸かると、気持ち良さからしばらく沈黙になった。


 そのうちにマニはぼそりと、悪口をこぼした。


「あの占い師、とんでもない成金だね。大金持ちのくせに占いの屋台なんかやって、変人だよ。道楽ってやつ?」


 リコはこの世界に来てから初めて浸かった湯に、体がとろけるようだった。


「はぁ……かっこいい」


 湯の感想とは思えない譫言がリコから聞こえて、マニは目を丸くした。


「え!? あの占い師が!?」


 リコは首を振って、マニはニヤニヤと笑う。


「あのレオって少年だ! 助けてもらったのは二度目だもんね」


 気持ちが口に出てしまっている事に気付いて、リコは真っ赤になっていた。


「ち、ちがうよ、そんけいのきもちで……」



 マニの笑い声が響く浴室の脱衣室に、ミーシャはタオルや着替えを持って入って来た。


 同時にリコとマニが素っ裸で浴室から出て来たので、ミーシャは慌ててタオルを渡した。


「こ、これ、どうぞ」

「ミーシャちゃん、ありがとう」


 リコがタオルを受け取ったその時、ミーシャはリコの手を見て、突然、体を固くした。


「ひっ……」


 みるみるうちに真っ青になって、ミーシャは震え出した。持っていた籠が床に落ちて、ブラシや香油が盛大な音をたてて、散らばった。

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