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14 王子様のキャンディ

 夕方の森の中で。


 カタン、カタン、と小さな手押し車を押して、リコは帰宅している。中にはボーリング玉大の卵が乗っていて、慎重に運ばれていた。

 お腹が減っているリコに、所長が卵をくれたのだ。味見も兼ねて調理して食べなさい、との事だった。


「この世界に来て初めての、卵……! オムレツ……目玉焼き……茹で卵!」


 卵料理の掛け声で気分を上げながら、リコは夕方の森を進んでいく。


「ううん。卵はもっと、無限の可能性があるの……ケーキ、茶碗蒸し、う~ん、プリン!!」


 テンションが上がって絶叫したところで、自宅の楠の下に、大きな黒猫とレオが並んで立っているのを見つけた。


「うん……ぷりん?」


 レオは小さく復唱していた。



 * * * *



 魔女の小屋にて。


 長テーブルの上に、リコは淹れた紅茶を置いた。

 予想外のレオとの再会で絶叫を聞かれてしまったので、ぎこちなく振舞っているリコだが、レオは相変わらず行儀良く椅子に座っている。


「リコさん。ご就職おめでとうございます」

「あ、ありがとう! 村長さんが特別に紹介してくれて……あのね、研究所の所長さんも、優しい人だったの」


 堰を切ったように仕事先の報告が溢れて、褒められた嬉しさや、鳥の美しさを喋り倒していた。

 うん、うんと話を聞いてくれるレオに、リコは我に返って、紅茶を飲み干した。


「ごめんね、興奮しちゃって」

「だから叫んでいたんですか?」


 リコはレオの質問に、お茶を咳き込んだ。


「う、うん」

「うーん・ぷりんて、何ですか?」


 聞いたことのない単語に、レオは真面目に質問を重ねた。


「あ、いや、何でもないの。ぷりんて、私の大好物で……」

「へえ、どんな食べ物です?」

「えっと、プルプルしてて、黄色くてね、いい匂いがして……甘いの!」

「プルプルして……甘い……プディングみたいな?」


 リコは驚いて立ち上がった。


「プディングって、何!? プリンの事!?」

「宮廷のパーティーで食べたことがありますよ。魚を包んだ、甘~い物で……」

「さ、魚!?」


 レオはその味を思い出して、眉を顰めた。


「とにかく歯が溶けそうなほど、甘かったです。宮廷の料理は砂糖を過剰に入れるので」

「そ、そうなんだ! なんか、私の好きなプリンとは、ちょっと違うかも」


 リコは内心、この世界でもプリンが食べられるのかと期待したが、冷静になって椅子に座り直した。


「私の好きなプリンは……おやつなの」


 リコは頭を捻って、もとの世界で毎日のように食べていた物体を脳内で分解してみる。最初に浮かぶのは、卵の色と味だった。

 椅子の脇に置いてある、手押し車の中の卵を指した。


「多分ね、卵が入ってるんだ。だから私、プリンを作れるかも、って思ったんだけど……」

「他の材料は?」

「……」


 しかしそれ以上、材料の詳細や作り方が、思い浮かばない。


「私、あんなに食べてたのに。作ったことないから、わかんないや……」


 情けない結果にレオも戸惑っていたが、思い出したようにポケットを探りだした。


「そうだ。昨日、近くに配達に来た時にマニさんに聞いたんですよ。リコさんは甘い物を食べると、昇天するって……」

「え!?」


 真っ赤になるリコに、小さな包紙を差し出した。


「これ、就職のお祝いに。宮廷のキャンディです」


 リコは椅子を倒して、再び立ち上がっていた。


「宮廷のキャンディ!?」

「はい。宮廷内で作られているキャンディです。王子にお願いして分けて貰って……」


 すごい入手の方法に、リコは仰反った。


「王子様のキャンディ!」


 リコの輝く瞳に、レオも驚いて笑った。


「まだ食べてないのに……昇天してますね」


 震える手で包紙を受け取って、高貴な紺色のリボンを解くと、そこには鮮やかな黄金色の飴玉がキラキラと輝いていた。まるで宝石のようだ。


「ありがとう……すごく嬉しい!」


 レオは一口お茶を飲むと、本題に入るように咳払いをした。


「それで、一昨日ですが……あのテントで、何をしてたんですか?」


 リコはふわふわとした顔のまま、キョトンとした。


「ああ、あの占い師のテント? アレキさんのことを、レオ君は師匠って呼んでたよね?」

「いえ、師匠だなんて……聞き間違いですよ」


 レオは明らかな嘘で流すと、真剣な顔で質問を重ねた。


「あの男の目は、何色でした?」

「へ?」


 リコは妙な質問に、回想した。


「うーん、紫色? だったかな」

「それだけ?」

「それだけって……うん」


 ふー、とレオは安堵の溜息を吐いた。


「そうですか。あのテントにはもう、行かない方がいいですよ」


 再び忠告をして、立ち上がった。


「え、もう帰っちゃうの!? 一緒に卵でも……卵焼きとか、目玉焼きとか!」

「まだ配達先があるので、今日は失礼します。お茶をご馳走様でした」


 玄関先でいつもの優美な挨拶をするレオに、リコは駆け寄った。


「あの、私、レオ君には助けてもらったり、笛とかキャンディを貰うばっかりで……私、何もお返しできなくて」


 焦って謝るリコに、レオは明るく笑った。


「それじゃあ、今度はトウモロコシを炊いてください」


 それはじゃがいもの会と同じように、また家に遊びに来てくれる約束に受けとれて、リコは笑顔で何度も頷いた。


 レオはゴーグルを装着すると、颯爽と黒猫に乗って暗闇に消えてしまった。


「行っちゃった……」


 一緒に卵料理を食べられるアテは外れてしまったが、リコは掌にあるキャンディの包紙を見下ろして、満面の笑みを浮かべた。


 これ以上ないほどに、甘い気持ちになっていた。

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