13 卵と卵と卵
洗濯して乾いたワンピースを着て、リコは気合が入りまくっていた。
「今日は面接の日……村長さんが特別に推薦してくれたんだもん、絶対受からなきゃ」
長テーブル上の、ボーリング玉大のプチトマトを手に取る。
「ちょっとしおれてきた? 冷蔵庫がないもんね」
一昨日の町の露店で、ゴリラに作ってもらった搾りたてのジュースを思い出した。
「そうだ、トマトジュースにしてみよう!」
ボールにトマトを入れて、ゴリラの真似をして上から体重をかけてみる。
ブシューッ!
トマトに亀裂が入って、真っ赤な中身が噴水のごとく噴き出した。
「あああ、一張羅がーっ」
* * * *
森の中。地図を片手に、リコは猛然と走っている。
また魔女風の黒ワンピースを拝借して、巾着袋を体にくくりつけ、鳴き笛を首にかけて。
「大変、着替えてたら遅くなっちゃった!」
オリヴィエ村長にもらった地図によると、面接場所は村と町の中間あたりで、何とか徒歩で行ける距離だった。鬼気迫る爆走ぶりに、虫たちも呆気に取られているのか、近づいてこない。
大木を何本も通り過ぎると、白いドームのような屋根が見えて来た。
「あった、あそこだ!」
入り口には小さな看板があり『鳥類研究所』と書いてある。
リコは髪や服を整えると、玄関のベルを鳴らした。
しばらくするとドアが開いて、女性が顔を出した。
「はーい……あ、面接の子ね」
「リコと申します! よろしくお願いします!」
リコは研究所の所長室に案内された。
「へえ~、記憶喪失ねえ」
面接を担当する女性は眼鏡をかけて、白衣を着ている。髪は無造作に後ろにしばっていて化粧気もないが、綺麗な人だ。
研究者らしく、通された部屋は本と書類に溢れて、机も雑然としていた。
棚に置かれたいくつもの瓶には大きな鳥の羽が挿さり、壁には鳥の骨格や種類が描かれた図が無数に貼られている。そして遠くから、鳥の鳴き声がいくつも重なって、聞こえてくる……。
リコは緊張していた。
動物と関わらない仕事、と村長は言っていたが、思い切り鳥の気配がある仕事場に目眩がする。突っつかれ、追い回される想像しか浮かばなかった。
「あのっ……」
リコは思い切って、女性に尋ねる。
「鳥が……いますよね?」
女性は一呼吸置いて笑った。
「あなた、動物にナメられるんだって? オリヴィエ村長から聞いてるわ。珍しい体質だって」
リコは情けない笑顔で頷いた。
「だーいじょうぶよ。あなたが担当するのは、鳥の世話ではなくて、選別よ」
「選別……って、何を選ぶんですか?」
「卵」
リコはキョトンとする。
「こっちへ来て頂戴。面接試験を始めるわ」
試験という言葉に、リコは改めて緊張を高めた。
「これは……」
新たに通された部屋は広く、吹き抜けの天井から日光が明るく照らしている。
そして目の前に並んでいるのは、沢山の大きな卵。
敷き詰められた藁の上にゴロゴロと、無造作に置かれていた。ボーリングの玉くらいあるだろうか。
右から左へ卵の山を見渡して、リコは不思議なことに気づいていた。
「色が……こんなに微妙に違う」
卵は白をベースに、非常に淡いピンク、黄色、水色、紫と、色が付いている。まるでパステルカラーのマカロンのように可愛い色だ。
女性は卵を左右に2つ取り上げて、リコに問う。
「この2つのピンク、違いがわかる?」
「えっと、左は青よりのピンクで、右は黄色よりのピンク?」
「正解!」
次に2つの卵に取り替えて、「どお?」と促す。
ほぼ同じ色に見える卵を、リコは慎重に見極めた。
「どちらも黄色だけど……右は左よりも、ほんの少しだけ薄いです」
女性は嬉しそうに微笑んだ。
「せいかーい! 偉い、偉い」
卵を置いて、リコの頭を撫でた。リコはこの世界で初めて褒められて、満面の笑みになる。
女性がさらに扉を開けると、ラックの上に膨大な数の卵が、色とりどりで並んでいた。
「この卵はね、全部同じ種の鳥が産んでるの。でも、全部色が違うでしょ? それぞれが森で食べた植物によって、色と成分が微妙に変わるの。だから色ごとに選別して、レストランやお店に卵を出荷するのよ」
リコを振り返り、ウィンクした。
「どうして動物ではなくて、人間が選別するか、わかる?」
リコは一生懸命考えて答えた。
「えっと……動物は卵を食べちゃうから?」
女性はきゃはは、と笑って手を振る。
「違うわよ。殆どの動物は、人間のように高度な色の判別ができないの。それに卵を試食して味をみる時もあるから、味覚も同時に必要になるわ。数少ない、人間の特性を生かしたお仕事よ」
リコは感心して、「ほえー」と声を出していた。
女性はリコに近づいた。
「私は鳥類研究所の所長で、ケイトよ。あなたには、今日から働いてもらうわ」
「え!? 私、合格ですか!?」
「ええ。人間でも、色の識別には能力差があるんだけど、あなたの色感度は高くて、この仕事に向いているわ」
リコは嬉しさで体が震えて、涙目になっていた。
「う……嬉しい……私、役に立てる……働けるんですね!」
所長はさらに一歩近づいて、リコを抱きしめた。
「ああん、リコちゃん、可愛いわね!」
熱烈な歓迎と面接の結果に、リコは舞い上がっていた。
数時間後、卵の色相関図が出来上がった。
薄ピンクから薄黄色ピンク、黄色ピンク、薄黄色、黄色、薄黄緑……繊細な色の移り変わりが、広大な作業場に陳列されていた。仕切りのある木箱に色分けで入れていくと、まるで大きな卵のパックだ。
「はあぁ……」
色を見極め、慎重に卵を運ぶ作業は思いの外、神経と体力を使う作業だった。
リコは所長に指示されたノルマをこなすと、書類にそれぞれの色番号と数を書き留めて、所長を探した。
「所長~、ケイト所長」
建物の裏庭に出ると、そこには神秘的な光景があった。
様々な羽の色を持つ巨大な鳥たちが、木々に留まって所長を囲んでいた。
ケイト所長はリコを振り返ると、唇に指を当てて、空を指した。
「それ!」
言葉の合図で一斉に鳥達は飛び立ち、風が巻き起こっていた。
「ひゃあ、綺麗……」
鳥たちは群れをなして、青空に小さく消えていった。
「鳥は放し飼いなのよ。村長に仕込まれてるから、夜には必ず戻って、朝に卵を産んでくれるの」
所長は散らばった羽を拾い集めて、建物に戻って来る。
「お疲れ様。明日の朝から、また来てくれるかしら?」
リコは大きく頷いて、頭を下げた。
そして頭を上げた瞬間に、ぐぅ~、と大きくお腹が鳴っていた。仕事に没頭して昼食を食べ損ねていたのを、すっかり忘れていた。
「きゃはは!」
ケイト所長は楽しそうにリコを抱きしめた。
「もう、可愛いなっ!」




