11 怪しげなるテント
巨大なオレンジ、イチゴ、スイカやブドウがゴロゴロと、露店の脇に積まれている。
樽の水で冷やされた果物は搾り器に置かれ、ドンキー・コングなゴリラの怪力によって、あっという間にジュースになっていく。
オレンジ色の果汁が注がれたグラスが、リコに差し出された。
「あ、ありがとう」
リコは緊張して受け取りながら、ゴリラに頭を下げた。店主の人間はその横で椅子に座って涼んでいるようだ。
マニが小銭を支払って、二人は広場のベンチに座った。
目前には見事な噴水があって、青空の下、涼しい水しぶきが上がっている。
フルーツジュースはキンキンに冷えているわけではないが、甘酸っぱい液体がリコを潤して、ゴリラのパワーを分けてもらったみたいに元気が出た。
「はぁ、美味しい……」
改めて広場を見回すと、露店で働くのも人と動物が半々だ。
呆然と人々と動物達の営みを見回すと、視界に何やら、怪しげなテントが目に入った。
星模様の紫の屋根と、薄暗いテントの中には、天井から吊るされた妙な飾り。そこには動物はおらず、髪の長い人物が仮面とフードを被って鎮座している。
しかもその人物は、こちらに顔を向けて手招きをしていた。
「ひっ、マニちゃん!」
リコは思わず、マニに飛びついた。
「ん?」
マニはリコの視線を追って、怪しいテントを確認している。
「ああ、あれは占いだよ」
「占い?」
リコはピョコン、と顔を上げた。
もとの世界で、雑誌やテレビ、ネット、いたるところで目にしていた物が、異世界でもあることに興味を惹かれていた。
マニは笑う。
「リコがボサボサの頭で凹んでるから、カモだと思ってるんだよ。占いって、悩んでる人がお金を払うからね」
「そんな……」
手招きの理由にリコは肩を落とした。
いじけてカラになったグラスに目を落とし、再度顔を上げると、テントにいたはずの占い師が目前に立っていた。
「ひえー!?」
リコの素っ頓狂な悲鳴にマニはジュースを噴き出し、リコはあまりの如何わしさに驚いて、咄嗟に鳴き笛を口に咥え、吹き鳴らしていた。
ピーーッ!
周囲の動物達が静止し、広場は一瞬で止め絵のようになった。
「ぶはははは!」
占い師の豪快な笑い声に、リコもマニも飛び上がる。
長髪に怪しい仮面と、民族衣装のような格好をした占い師は、男だった。
「お嬢さん。人間に効かない笛を町中で吹いちゃダメだよ」
* * * *
周囲の商人達は面倒そうに動物を叩き起こしながら、笛を吹いた犯人を探している。
リコとマニは逃げるように占い師のテントに入り込み、入り口の布を下ろして隠れていた。マニは冷や冷やとして、外を覗いている。
「ビックリした~! 凄い威力の笛だね」
リコは真っ赤になって、マニと占い師に頭を下げた。
「ごめんなさい! 驚いてつい……吹いちゃった」
占い師は怪しい笑みを浮かべている。ブルーグレーの長い髪と派手な仮面が際立っているが、よく見ると美しい顔つきの青年のようだった。
占い師は手を伸ばすと、リコが手に持つ笛ではなく、両手首に触れた。
「えっ」
驚いて見上げると、興味深そうにリコの両手に着いたブレスレットを眺めている。水色の半透明の石でできた大きな輪は、外し方がわからずに、付けっぱなしの物だった。
「あの……」
リコは戸惑い、マニは訝しんで、占い師を睨んでいる。
「珍しい石でできたブレスレットだね」
「あ、はい……」
ブレスレットを鑑賞する占い師の瞳は、怪しいテントと同じ紫色に輝いていた。その瞳にリコが魅入っているうちに、ブレスレットに触れる手は、マニによって引き剥がされた。
「商人に怒られるとめんどいから、ここに逃げちゃったけどさ。占いは別にいらないし、身に着けてるもんをあんたに売る気もないからね」
キッパリと断るマニの強さに、リコは舌を巻いた。
占い師は余裕の笑みで椅子にふんぞり返ると、テーブルに置いてあるカードの束を手に取って、弄んでいる。
「文無しの子供相手から、金や物を取らないさ」
一文無しのリコと、ジュースの釣り銭しか持たないマニは顔を見合わせた。
マニはぐいとテーブルに乗り出して、占い師を指す。
「でもあんた、さっきリコを手招きしたじゃないか」
占い師は黙ってカードを一枚、テーブルに置いた。
それは巨大な動物に頭を飲み込まれている、不気味な絵。
リコは思わず仰反った。
二枚目のカードは、水に溺れる愚者の絵。
三枚目は蜘蛛の巣に囚われた、旅人のカード。
リコは不気味に当てはまる占いに、恐怖で立ち上がっていた。
「いやぁ、なんだかお嬢さんが困っている様子だったんでね。どうしたもんかと」
飄々とカードを切る占い師と蒼白のリコを見比べて、マニは眉を顰めた。
「あんた、もしかして占いの能力者なの?」
「いや……お勉強中だよ」
机の下から、分厚い本を出した。
『初めてでもわかる! カード占い』とのタイトル。
リコは息を吐いて座り直し、マニは呆れて腕を組んだ。
「見たこと無い店だから、おかしいと思った。あんた、占いの初心者って事?」
「うん」
「外見に無駄な凄みがあって、紛らわしいわ」
「この仮面格好いいだろう? 異国の商人から買ったんだ」
マニと占い師の軽い会話の横で、リコは一旦心を落ち着かせて、並んだカードを手に取った。偶然にも当たっている三枚の、先を知りたくなっていた。
「あ、あの」
リコは二人の会話に割って入ると、占い師にお願いした。
「お金は無いのですが……カードをもう一枚、めくってもらえませんか」
占い師は無駄にハンサムな含み笑いをすると、大層な手つきでカードをめくり、テーブルに置いた。
その瞬間。
「師匠!」
大きな声が後ろから聞こえて、全員が飛び上がった。
テントの入り口が大きく開かれて、眩しい太陽光を背に、人物の影が仁王立ちしている。
「ここにいたんですか!? 探しましたよ!」
怒って荷物を手に持っているのは、配達員のレオだった。




