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異世界転移した俺が推しアイドルそっくりの女海賊と汗だくで夜を過ごした話

作者: 五十嵐アオ

8000文字前後の短編です。よろしくお願いします。

 島野成美、愛称ナルミンは最近俺が全力で推している売り出し中のアイドルだ。

 とにかく元気で笑顔が可愛い。

 つやのある巻き毛セミロングが童顔アヒル口に似合っている。

 スタイルも良く、特に腰から脚への曲線が芸術的に美しい。

 しかも謙虚で誠実でファンを大切にしてくれる、天使のような美少女なのだ。


 この夜はナルミン初の単独ライブだった。

 渋谷のとあるライブハウスに300人ほどのファンが集まった。

 チケットは抽選でその倍率は凄まじかったと聞くから、次のライブは遥かに大きな会場になるだろう。

 ナルミンの可愛い歌声、元気なダンス、そして素直なトークで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 そしていよいよ、事前に告知されていたとおり今回のライブ最注目のコーナーが始まったのである。


「今から私とみなさんでじゃんけんをします! そして最後まで勝ち残った方にはなんと!」


 あざとく間を置いて、ナルミンが弾けるような笑顔で宣言した。


「私とデートをする権利がプレゼントされちゃいます!」


 300人の男の歓声で会場が揺れた。俺も全力で叫んだ。

 デートの時間は限られているし、デートコースも決められているし、身体に触れることは絶対禁止で、少し距離を置いてマネージャーやら警備員やらがついてくるとのことだが、それでもだ。

 このナルミンとデートができるなんて夢のようじゃないか。

 これをきっかけに本当の恋愛が始まるかもしれない。将来結婚に至る可能性だって誰にも否定はできないはずだ。


「じゃあさっそく始めるよ! 最初はグー! じゃん、けん……」


 ナルミンがステージ上で右手を振る。

 俺はその手を、そしてナルミンの存在そのものを注視する。

 ナルミンが出すのは。


 チョキだ。


 そう直感した次の瞬間、彼女はまさにチョキの手を高々とあげて「チョキー!」と叫んでいた。

 周囲から悲鳴と歓声が同時に起こる。

 事前にチョキを察していた俺が出したのはもちろんグーだ。


 いける。

 今日も絶好調だ。


 俺の名は工藤浩二。

 就職先が倒産して現在バイト暮らしを余儀なくされている、ちょっと不運な24歳だ。

 顔も服装も地味で彼女ができたことはない。

 そんな俺だが、気を察する感覚がどうやら尋常ではないようで、目の前にいる人間の次の動作を先読みする特技があった。これは小学生時代に通っていた空手道場で開花したものだ。

 残念ながら身体能力がほどほどだったので空手の試合でそれを活用することはできなかったが、しかし手をグー、チョキ、パーにする程度なら問題ない。


 じゃんけんなら、俺は無敵だった。


 ナルミンとのじゃんけん勝負でも俺は順調に勝ち進んだ。

 俺を含めた最後の5人はステージ上に呼ばれた。

 ナルミンが近い!

 超可愛い!

 鼓動が高鳴るが、いや、今は集中するときだ。

 およそ300人の敗者がステージ下から羨望の眼差しを向けてくる。


 ライバルが次々脱落し、あっという間に最後の2人となった。

 俺と、目の前で緊張して固まっているアロハを着た男だ。

 勝負を重ねるにつれ、俺の感覚はますます研ぎ澄まされている。

 正直、負ける気がしなかった。

 ナルミンが明るく盛り上げる。


「いよいよ決勝戦! 私のデートのお相手は、さあ、どっち!?」


 そのとき、謎の違和感があった。

 ナルミンの笑顔だ。

 そばに立って初めてわかった。ナルミンは笑顔の向こうに何か他の気を隠している。


『これはお仕事』


 え?


「最初はグー、じゃん、けん……」


 動揺しながら咄嗟にパーを出した瞬間。


 世界が一変した。


 渋谷のライブハウスのステージ上にいたはずの俺が、見知らぬ夜の屋外にいた。


 目の前にいたアロハは消え、やや離れた正面に老人が立っていた。顔の下半分から白いヒゲが腹まで伸びていた。大きな灰色のとんがり帽子で頭を、同じ色のマントで全身を覆い、しわだらけの右手に杖を握っていた。

 その奥には大勢の人々がいて、全員が息をのんで俺を見つめている。

 さらにその向こうには家屋なのか店なのかそのような建物が並び、小高い丘へと続いていた。

 人々の顔立ちや服装、建物の雰囲気は、まるで中世ヨーロッパのそれだった。


「なん……だ……!?」


 パーを出したまま硬直して、それしか言えなかった。


「召喚魔術成功だ!」老人の後ろの人垣から声があがった。

「さすが長老!」

「お見事です!」

 みんなが口々に叫んで大歓声となった。


 召喚魔術と聞いてようやく答えに辿り着いた。

 幼なじみの啓介から熱心にすすめられて最近何冊か読んだ小説のあれだ。


 俺は、異世界に転移させられたのだ。


 俺の動揺を察してくれているのだろう、白ヒゲ爺さんがなだめるように優しく声をかけてきた。


「召喚に応じてくれたこと感謝する。そなたの名は?」

「あ、ええと」


 どぎまぎしながら。


「工藤浩二。日本人です」


「クドー・コージ。珍しい響きじゃな。ニホンジンというのも初めて聞く」


 ここはどこですか? そう尋ねかけたとき、不意に後ろから若い女性の声が響いた。


「つまり、そのコージとかいう異世界人が、私と戦うってわけね?」


 よく通るその声は、俺に興味を示して楽しんでいるようだった。

 だが、戦うとはどういう意味だ。

 あわてて振り返ってまたもや唖然となった。


 俺が立っていたのは桟橋のたもとで、その先は海だった。

 潮の香りや波の音にも今気付いた。

 桟橋にはこの町の漁船と思われる小さな船が何隻も並んで係留されていたが、それよりも目を引いたのは暗い海上に停泊している巨大な帆船だ。

 左舷を見せて佇むその姿はどす黒く、ずらりと並んだ大砲がその発射口をこちらに向けている。

 あからさまに海賊船だった。


 そして、もっと近い距離、桟橋の中程に、満点の星空と海賊船を背景にして堂々と立っているひとりの女性に視線を移した。

 今度こそ俺は腰が抜けるほど驚かされた。


 さっきの声の主に違いないこの女性、いや女の子は、俺より歳下に見えるがおそらく海賊のボスなのだろう、つばを巻き上げた装飾の多い大きな帽子を頭に乗せ、いかにもそれに相応しいごてごてしたデザインのコートを羽織っていた。

 驚嘆すべきは自信に満ちたその顔が。


「ナルミン……!?」


 そっくりだった。

 大きな瞳とアヒル口だけじゃない。髪型も同じだ。

 肩周りや胸こそ衣装に隠れて不明だったが、ホットパンツから伸びた長い脚の曲線美はナルミン以上とも思えた。


 おかげでさっき感じた自己嫌悪が再び湧き上がった。

 ナルミンにとってファンとの交流は仕事。当たり前だ。

 そんなことは承知の上で応援していたはずだった。

 ところがいつのまにか俺は、本当のデートをしたい、できれば結婚したい、そんなふうに思い上がっていた。

 疑似恋愛だという建前を忘れて、うっかり本気になっていたのだ。

 ただの痛い、身の程知らずの愚か者だった。


「いいかげん口閉じれば?」

「……あ、いや。知り合いにそっくりだったもので」


 いぶかしむナルミン似の女海賊に、我ながら覚めた声で応じることができた。

 よく見れば桟橋には一艘の手漕ぎボートが係留されていて、これまた見るからに海賊の手下っぽい身なりの女が2人、無言で俺を睨みつけていた。なるほど、あの海賊船からこの桟橋まで、そのボートで来たわけだ。

 視線が落ち着かない俺に、ナルミン似の女海賊は見下したように言った。


「召喚されたはいいけれど、状況わかってないのね。あんた今から私と戦争するのよ」

「戦争?」

「私はこの港町の金品を奪いに来た海賊アドリアーナ。戦争だと言ったら、港町の長老は互いの代表による一騎打ちを提案してきたの」

「その代表が、俺……?」


「そういうことじゃ」今度は港町側から声がかかった。さっきの白ヒゲ爺さんだ。


「どうかその海賊との戦争に勝って、町を守ってくれ」

「頼む!」

「あんたが頼りだ! クドー・コージ!」


 その他大勢が次々俺に懇願してくる。

 勝手なことを言うなと断る前に、ひとつ確かめたいことがあった。


「一騎打ちで『戦争』は無いだろ。具体的には何をするんだ」


『戦争』とは本来、国家間で争われる規模のものをさすはずだ。そこを質問したつもりだったが、女海賊はけらけらと笑った。


「だから『戦争』だって言ってんじゃん」

「は?」

「ひょっとして『戦争』知らないの。面倒くさいなあ」


 面倒くさいと言いながら女海賊はアヒル口の端をいっそう吊り上げて笑っていた。俺を召喚した爺さんが「戦争の達人を召喚したはずじゃが……」とうろたえているのが愉快だったらしく、少しこちらに近づいて、馬鹿にするような口調で懇切丁寧に『戦争』のやりかたを説明してくれた。


 それは、グー、チョキ、パーをそれぞれ『軍艦』『沈没』『破裂』という言葉に置き換えた、俺にとっては子供の頃の遊び、いわゆる『戦争じゃんけん』だった。


 襲来した海賊のボスと港町の代表が戦争じゃんけんで勝負だと?

 ふざけた話だったが、自分が異世界に召喚されたこの異常事態に比べれば些細なことで、なにより、得意分野で勝負できると知った俺は笑みを浮かべていた。


「面白い」

「へえ。腹が据わったわね」


 うっかり自信を滲ませてしまったが、女海賊の俺を見下した態度は変わらなかった。

 見てろよそのナルミンみたいな顔を真っ青にしてやるからな。


 戦争じゃんけんにはローカルルールが無数にある。

 その詳細を注意深く確認した。

 俺が記憶していたものより単純で、片手を握っておいて叩くような遊びは一切無く、かなり本来のじゃんけんに近いルールだった。


 まずはコインの表裏で親を決める。

 親が発する号令でじゃんけん。親が勝てば同じ親で続行。子が勝てば親子交代。あいこだった場合にだけ親に得点が入る。

 得点後は親子を入れ替えて戦争再開。

 先に3得点したほうが勝利。

 じゃんけんに集中したい俺にとって、ルールのシンプルさはありがたかった。


「私が勝ったらこの町の財宝を根こそぎ貰っていくわよ。マナーとして聞いておきましょうか、そっちが買った場合の要望を」


 海賊のくせに律儀な心がけだ。

 これは俺が決めることではないと思い後ろの白ヒゲ爺さんたちを振り返ってみた。

 爺さんたちは少し話し合ってすぐに全員こくりと頷き、俺に向き直って言った。


「コージ様にお任せいたします」


 敬称がついて敬語になっている。困惑した。俺はこの世界のことなど何も知らないのだ。何を望むのが適切なのか想像もつかなかった。

 そしてふと思い当たった。

 そのまま事務的に告げた。


「じゃあ女海賊。俺とデートをしろ」


 本心ではない。

 勝負に勝ったらこちらから破棄するつもりだった。

 それがあのアイドルに対する失態の、俺なりのけじめになると思ったのだ。


 周囲の反応は思いのほか大きかった。

 女海賊は目を剥いて俺を睨みつけた。

 手漕ぎボートの手下などは何か叫んで腰から剣を抜いた。

 港町の人々はどよめき、笑ってはやしたてた。「いいぞ!」「コージ様最高!」「ひゅうひゅう!」

 少なくとも港町サイドが喜んでくれたので俺は安心した。

 あとはこの女海賊を『戦争』で打ち負かすだけだ。


「下衆が」


 女海賊の瞳に侮蔑が宿った。


「さあ始めようぜ」


 かまわず開戦を促した。

 女海賊はさらに近づき、手を伸ばせば届く距離に立った。

 その長いまつげエクステじゃないんだと妙なことに感心した。

 

 彼女は懐から一枚のコインを取り出すと表裏を俺に一度確認させてから指で弾いた。

 コイントスの結果、親は女海賊に決まった。


「行くわよ」


 辺りが静まり返り、聞こえるのは波の音のみとなった。

 ふと女海賊からすべての気配が消えた。

 この時点で気付くべきだったのだ。

 強敵だと。


 俺が息を吸うタイミングで仕掛けてきた。


「軍艦、軍艦……」


 ここまではテンポ作り。「じゃん、けん」と同じ。勝負は次だ。軍艦か、沈没か、破裂か。

 俺は親の権利を奪うためには勝つしかない。

 見えた気配は沈没、つまりチョキだった。と同時に俺の右手は軍艦、つまりグーを握る。

 いける。

 異世界でも俺は絶好調だ

 が、ここで予期せぬことが起きた。

 見えたはずの女海賊の沈没が軍艦の気配に変わったのだ。誘導された。まずい、破裂に修正しなければ。

 俺はあわてたが、同時に女海賊も驚きを露にした。

 間違いない、俺が破裂に変更しようとしている気配を察し、女海賊もあわてて破裂に合わせようとしている。

 ここまで、おそらく0.1秒未満の一瞬の攻防だった。


「ぐ破裂!」


 女海賊は一瞬軍艦と言いそうになりながらぎりぎりのところで破裂に言い換えた。

 俺は咄嗟に軍艦に戻していた。

 じゃんけんとしては女海賊の勝ちだ。だが得点にはならない。

 女海賊が親のまま、テンポを崩すことなく第2セットに続く。

 はずだったが。


「……気様あ」


 女海賊は第2セットには移らず、顔に一筋の汗を流しながら俺を睨みつけてきた。

 こっちだって同じ気分だ。親の権利を奪うつもりが、相手の得点を防ぐので精一杯だった。

 息を吸うタイミングで仕掛けて来たのも偶然ではあるまい。これは空手道場で学んだことだが、人間、吸う時にはどうしても隙が生じる。この女海賊はそれすら計算に入れていたのだ。

 手強い。

 俺は彼女を睨み返して、その言葉を引き継ぐように唸った。


「やるじゃないか」


 ボートから見ていた海賊の手下2人も目を丸くしていた。


「親分が……!」

「得点を逃すなんて……!」


 そうだろうよ。これほどの力があれば並の相手には無敵だったはずだ。

 港町の人々もそれを知っているらしい。


「あの戦争の鬼アドリアーナの得点を防いだぞ!」

「すげえ!」

「さすが、わざわざ召喚されただけのことはある……!」


 興奮して騒いでいる。

 なるほど。召喚魔術とやらで俺が呼ばれたのは、ちゃんと人選が為されてのことだったらしい。


 そしてここからこそ、魂を削る戦争が始まった。


 決まったテンポの中の一瞬に全身全霊を注いだ。

 その一瞬で相手の裏、あるいは裏の裏、あるいは裏の裏の裏を読み、時にはあえて一切のフェイントを排して突撃し、時にはわざと後退して誘い込んだ。


 自分の脳内に特別な何かが大量に分泌されているのを感じた。


 集中すればするほど周囲が見えた。


 暑くなったのだろう、女海賊が帽子を脱ぎ捨てた。


 ふわりとした巻き毛ロングが海風に揺れた。


 親の権利は奪ったり奪われたりしたが、互いに得点できないまま実に何百セットもの戦争が繰り返された。


 それはまるで会話だった。俺は女海賊と、2人にしか理解できない言葉を交わし続けた。


 いつのまにか相手に対する尊敬の念が生まれ、胸の中が暖かくなっていた。


 そして、それが起きた。


「沈没、沈没、はぐちぐッ……」


 手を出すぎりぎりまで激しく裏を取り合った結果、親だった女海賊が言葉を噛み、出した手の形も、グーチョキパーが混じったようないびつなものになっていた。そして同じタイミングで出した俺の手も、女海賊のそれと同じように歪んでいた。


「なにこれ……あいこ?」

「こんなのノーカンだろ」


 2人とも汗でぐしょぐしょに濡れ、肩で息をしていた。

 目が合うと互いに小さく含み笑いをし、相手が笑ったのがおかしくてまた笑った。

 気付けば2人で大笑いしていた。


 ボートの手下も、港町の皆も、そこにいた全員が惜しみない拍手を送ってくれていた。

 感極まって泣いている者もいた。


 女海賊がやれやれと肩をすぼめて言った。


「『戦争』じゃらちが明かないわ。じゃんけんで決着つけましょ」

「じゃんけん?」


 目が点になった。

 今の今まで何時間もかけてやっていたじゃないか。戸惑う俺を残して、女海賊は帽子を拾うと手下が待つボートに飛び乗った。

 待ってましたとばかりボートは桟橋を離れ、海賊船へと加速する。

 港町の人々の反応も不可解だった。


「そうだな、もうじゃんけんしかない」

「じゃんけんだじゃんけんだ」


 集まっていた男たちは一斉に走ってそれぞれどこかへと姿を消した。

 次に、地面のいたるところに亀裂が走り、たくさんの大きな長方形を描いた。

 いくつかの長方形はその一辺を支点にしてゆっくりと立ち上がり、鉄製の分厚い防護壁となった。

 またいくつかの長方形は真ん中を中心に重々しく回転し、裏側に収納していた大型の大砲を地上へと現出させた。

 いや、いくつかどころではない。見渡せば無数の防護壁と大砲が並んでいる。

 先ほど走り去った男たちも各々道具を携えて、いつの間にか大砲の周囲に規則性のある配置で並び、手際良く戦闘の準備をしていた。

 ただの港町がものの数分で要塞と化した。


 阿呆の見本のように口を開けて立っていた俺に、白ヒゲ爺さんが教えてくれた。


「察するにコージ様の世界とは言葉の意味が少々違うのでしょう。私どもの世界では、大砲で撃ち合うことを『じゃんけん』と申します」

「冗談だろ!」素っ頓狂な声で叫ぶしかなかった。


 先に撃ったのは海賊船だった。

 だがそれは、要塞に反撃の根拠を与えたにすぎなかった。

 地面を揺るがす轟音をあげて、要塞の大砲すべてが一斉に火を吹いた。


 海賊船が木っ端微塵に砕け散った。


 夜が明けた頃には、救助された20人弱の海賊が縄で縛られて港に並んでいた。

 

 船の大きさに対してこの人数は少なすぎると感じた。

 俺はあたふたと走り回って海賊たちの中にアドリアーナの姿を探した。

 いない。

 血の気が引いた。

 まさか、そんな……

 脚が震え始めたころになって、一番端にようやく見つけた。

 後ろ手に縛られて、アヒル口が地面にぺたりとアヒル座りをしている。

 あの尊大な帽子は今は無く、上着も失っていたが、海水でずぶ濡れのインナー姿は彼女のプライベートを見るようで、申し訳ないが少し得した気分になった。


「負けた負けた。やっぱ『じゃんけん』じゃかなわないわ」


 俺に気付くとあっけらかんとそう笑った。 

 戦力差は承知していたようだ。

 あとで聞いた話では、これが乗組員の全てだったらしい。

 全員女というのも驚きだが、あの攻撃で死者が出なかったのは奇跡としか言いようがなかった。


 変な世界だと思いながらも俺は安堵のあまり脱力した。


「良かった……死んだかと思った……」


 アドリアーナは子供を見守るような瞳を俺に向けてただ微笑んでいた。


 取り囲む人垣から白ヒゲ爺さんが現れて声高に言った。


「さて女海賊よ。約束通り、コージ様とデートをしてもらおうか」


 ん? 俺が勝ったわけではないのだが。

 その戸惑いを察した爺さんが柔和な小声で補足してくれた。


「コージ様のあの働きがあったからこそ『じゃんけん』に持ち込むことができたのですよ」


 なるほど。ではその解釈に甘えよう。

 当初はデートをするつもりなどなかった俺だが、実は気が変わっていた。

 この女海賊と2人でいろんな話をしてみたいと本心からそう思っていたのだ。

 すでにアイドルのことなど頭の中から消え失せていた。

 手を腰に当てて得意気に言ってやった。


「そうだな。俺とデートをしてもらうぞ、アドリアーナ」


 アドリアーナは俺の言葉をしっかり呑み込んでから、顔を赤らめて「ありがとう」と笑った。

 その笑顔がやけに美しくてドキリとさせられた。

 彼女の手下たちが全員、縛られたまま大歓声をあげた。


 数時間後、俺とアドリアーナは丘の上の小さな教会で神父様の前に並んで立っていた。


「は?」


 この異世界での『デート』は『結婚』を意味するらしい。

 礼拝堂は港の人々と海賊の手下で超満員だ。


「は?て何よ。今さら怖じ気づいた?」


 隣に立つアドリアーナが挑発的な横目で俺を見た。


「いや、まさか」


 むしろ小さくガッツポーズなどしてしまった。

 その拳をアドリアーナの優しい手がそっと包みこんだ。

 グーをパーで包まれた。俺の負けだな。そんなことを思いながら。


 俺は微笑んで、誓いの口づけをした。

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