06話 黒き忠義、白き敵意
(やっぱり……あの情報は本当だったんだ……兄さんたちが、このセカイに来てるって……)
「兄さん……もう、あのことを話さないといけないんだね……」
ぽつりと落ちた青年の声は、風にさらわれて消えた。
リオの耳には届かない――だが、肌の奥が微かにざわつく。気配を察し、彼は「?」と眉をひそめ、くるっと振り返った。
(今……グロリオサが……?)
「リオちゃん? どうかしたの?」
「お前の弟が、近くにいたのか?」
「ん、あぁ……今、そんな気配がして……」
「俺が調べた、コウモリの全てをさ……」
(……コウモリの、全て……?)
リオは視線を伏せ、わずかに唇を噛む。嫌な予感を悟らせまいと、そっと読心遮断を張った。
「リオ、どうした?」
「んー……いや、なんでもない!」
笑顔をつくり、駆け足で先に進む二人を追いかける。
「さて、と……寮の前でお出迎えしてあげないとね。驚くかなぁ~~ジニア君とエリカ君は!」
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――その頃。
「カラス。君がついていながら失敗、って……どういうことかな?」
「それは、その……」
「兄さん、にーちゃを、責めないであげて……?」
スズランの瞳にはうっすらと涙。カラスはため息をつき、失敗の理由を淡々と述べた。
「仕方がなかったんだよ、コウ。アイツらには俺の特権が効かなかった。恐らくお前のも効かない。だから、戦略的撤退をしたんだ」
「……なるほど。3人揃って初めて発動する特権、か……ふふ……」
コウモリはテーブルに肘をつき、掌に顎をのせ、不敵な笑みを浮かべる。
「兄さん、3人揃わないと発現しない特権って……普通のと何が違うんですか?」
「たまにいるんだよ。そういう特権を持つ吸血鬼が。1人でも欠ければ、力は一切発動しない。でも、3人揃えば……」
「だから兄さんはリオを欠けさせて……他2人を殺そうと」
「ふふ……違うよ? ルピナス。根本から間違ってる」
唇の端を上げ、コウモリはわざと間を置いた。
「……なら特別に、この場にいる君たちだけに教えてあげよう。俺がリオ君を狙う理由をさ」
コウモリのこの言葉で空気が一瞬で張り詰める。
「カラス、君は知っているだろうけど、俺がリオ君を望む理由。それはね、彼が“粉砕”の特権を持っているからなんだよ」
「粉、砕……? あの吸血鬼界を脅かした、あの特権……?」
「そう。そしてその粉砕は、俺とカラスが与えたんだ。セツナ君と一緒に、ね」
「セツナ」という名に、スズランの肩がぴくりと震えた。
「僕……セツナ君が苦手です」
「けどね、スズ。俺は君に、セツナ君と仲良くしてほしいと、そう思ってるんだよ?」
「それは、どうしてですか?」
きょとんとした目が、コウモリを射抜く。
「それはね――セツナ君も、君と同じで、不遇な人生を送ってきたからだよ」
その時、コンコン、とノックの音。
「どうぞ」と声をかけると、扉の向こうから静かに足音が近づく。
「失礼します。不遇な人生なんて、そんな大袈裟ですよ、お義兄さん。あんな出来事があったから今のオレがある。オレは、あの人生を不遇とは思っていません」
セツナは淡々と、しかし芯のある声でそう告げた。
「……聞こえてたみたいだね、セツナ君。俺はやっぱり、君のあの出来事を“不遇”としか思えないんだ」
コウモリは悲しげに目を細めるが、セツナは強く首を振った。
「俺はお義兄さんと出会えて、今とても幸せです。あの人生があったから、あなたに出会えたんですから」
笑みを見せるセツナ。だが、その奥に決意の色がある。
「でも俺は……君たちを幸せには出来なかった。この吸血鬼界がある限り、君たちは――」
「それ以上は言わないでください、お義兄さん。オレたちは、あなたの野望のために戦います。一緒に吸血鬼界を正しましょう。粛清しましょう。……今のオレたちなら、それができます」
セツナはコウモリの手を握り、真っすぐに見つめる。
しばし視線を交わし、コウモリは小さく「ありがとう、セツナ君」とだけ返した。
「それと――」
くるりと振り向き、スズランを指差す。
「オレもお前が嫌いだよ。苦手じゃない。……大嫌いなんだ」
その一言に、スズランの肩が震えた。
「ぼ、僕も……あなたが苦手です。でも……!」と言いかけたその声を、セツナの冷たい笑みが断ち切る。
「“だけど”何? どうせくだらないことだろ。“仲良くなりたい”とか? あはは……超くだらないね。オレはお前が嫌いだ。仲良くする気もない。それで十分だろ」
真っ赤な目で、スズランを射抜くようにそう言い放った。