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【1万2千PV突破!】血塗の玉座  作者: 月 七見
1章 人間のセカイ編〜日常①〜
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05話 カラス、スズランvsリオ、ジニア、エリカ

 彼らが転移してきた国の名は、テラシティア。

 その一角に広がる街――レルファンシエル。

 商業ギルド《ルーチェ》の活動に支えられ、今も息をするように栄える街だ。


 この国では、どこでも神々が祀られている。

 レルファンシエルが崇めるのは、全知全能の神ゼウス。ゼウスが妻ヘラと愛してやまなかった、レティマッチャとシルフストロベリーのタルト――。

 それを同じ味付け、同じ盛り付けで祭壇に供えるのが、この街の習わしだった。



 ウ〜〜 ウ〜〜 ウ〜〜――。


 空気を震わせる警報が街に響き渡る。

 胃の奥を揺らす低音が、皮膚の裏まで入り込んでくるようだった。これは、自警団に「吸血鬼が出現した」と知らせる音。


「……何、この音」

「警報?」

「……嫌な響きだな。移動しよう」


 リオたちは顔を見合わせ、歩き出そうとした――その瞬間。


 バサッ、バサッ……。


 黒い羽根が、頭上からひらひらと舞い落ちた。

 ゆっくりと顔を見上げる。そこには、カラスとスズランが並び立ち、冷たい瞳で見下ろしていた。


「何……? 何の音……?」


 街の人々がざわめく。

 そして――。


「やばい!」

「吸血鬼だ!」

「巻き添えを食らうぞ!」

「自警団を呼べ!」


 叫びと同時に、人々は蜘蛛の子を散らすように建物の中へ消えていった。

 静寂が落ちる。風の音すら遠のく。


「……逃げろ。逃げ惑え、ゴミクズ共」

 カラスが、口角をゆっくりと吊り上げる。

「俺たちが、お前らに粛清をしてやる。なぁ、新人君たち?」


「……ッ!」


 目が合った瞬間、ぐわっと殺気が刺さる。

 息が詰まり、背骨の奥まで冷気が走った。

 この感覚……今まで味わったことがない。

 どれだけの命を、この男は奪ってきたのだろう。


「……お前、どんだけの人間を殺してきた?」


 リオは、声を絞り出すように尋ねた。


「人間を殺す? 俺たちが?」

 くつくつと笑いながら、カラスは首をかしげる。

「俺たちが殺すのは、吸血鬼と忌々しい魔族だけだ。人間なんぞ殺しても、アイツの腹は膨れない」


「アイツ……? コウモリのことか?」

「お前らに答える筋合いはない」


 カラスが右手を上げる。

 リオたちの眼前に、七色に輝く結晶が現れた。


「……これが、『結晶』か」


「なるほど……お前ら、“コウ”のお気に入りか」


「は? 何の話だ」

「セツナのこと、覚えてないのか?」

「知らねぇよ、そんなやつ」

(……ルピナスの記憶操作は、まだ生きているか。まぁいい)


 カラスの視線がリオに突き刺さる。


「コウモリの命令だ。そこの奴以外は――始末する」


「は?」

 ジニアとエリカが一歩前に出る。

「理由は?」

「答える義理はない」


 カラスの目が、射抜くように細まった。

 ジニアが応じるように右手を上げる――重力が、ずしりと足元にのしかかった。


「スズ」

「……うん、わかった! にーちゃ!」


 スズランもまた手を上げ、ジニアとエリカにさらに重力をかける。


「お前らに付いてこい、なあ、リオ」

「なんで俺が――」

「コウがお前に会いたがってる」

「ふざけんな」


 リオが指を地面へ向ける。

 近くの建物が震え、パラパラと破片が落ちる。


「これが粉砕の特権……」

「ジニアとエリカを解放しろ」

「断る」

「なら、この建物を落とすぞ」


「ふふ……そうか、やってみろよ、忌々しい純血が」


 カラスがそう言った瞬間建物が一気に崩れ、轟音と土煙があたりを飲み込む。


 カラスは右手を静かに掲げた。

その手先から、七色に輝く結晶が空中にじわりと形を成し――リオたちの頬すれすれに浮かび上がる。光が頬をかすめ、肌を冷たく撫でた。


「……うおっ、びっくりしたな」

「もしかして……これが?」

「ええ、これが“結晶”」


 カラスは薄く笑い、リオの顔を真っ直ぐ覗き込む。その瞳は、まるで獲物を値踏みする猛禽のソレだった。


 リオを指差したあと、ジニアとエリカが同時に一歩前へ出た。床板がわずかに軋む。


「コウモリがリオに会いたがってる? は? お前急に何言ってんの?」

「リオちゃんを狙ってるの? その理由は何?」

「お前らに答える義理はない」


 カラスがまた右手を上げた。

 今度は、目が告げていた――「次は外さない」と。


「さっきのはわざと外したのか」

「当たり前だ。挑発だよ」


 ジニアも同じように右手を掲げる。

 瞬間、空気の密度が変わった。二人の身体がずしりと沈み、靴底が地面を踏みしめる感触に変わる。重力が倍以上に増していた。


「スズ」

「うん、分かった! にーちゃ!」


 スズランも右手を上げ、ジニアとエリカの重力をさらに操作する。空気が軋む音がした。


「2人とも!」

「リオ、俺たちについて来い」

「は? なんでだ。なんで俺がこいつらを置いて――」

「コウがお前に会いたがってる」


カラスは何度も何度も、同じような言葉を繰り返す。


「それはお前の都合だろ? わけわかんねーこと言ってんじゃねぇよ!」


 リオは手を横へ、そして瞬時に頭上へと振り上げた。

 パラパラ……と乾いた音。近くの建造物が低く唸りをあげながら震え出す。

 その後カラスの口元に笑みが浮かんだ。

「ふふ……もしこの建物を崩したら、近くの人間を殺すことになるぞ」

「今はいねぇだろ。目ェ節穴か?」

「……なるほどな」


 カラスは首をゆるく横に振った。

リオは小さく「そうか」と呟き、人差し指を地面へ。

次の瞬間、建物が轟音とともに崩れ落ち、カラスを飲み込んだ。


「にーちゃ……?」

「あと1人だな」

「誰が“あと1人”だって?」


 崩落の瞬間に、カラスは影のように消えていた。

 次に姿を現したのは――リオたちの真上。


「リオ、奴は強い。一旦立て直そう」

「けど、お前らが――!」

「そうですよぉ? 僕の重力はそう簡単には崩せませんっ」

「ハッ……俺も重力操作の特権持ちだ。相殺くらい簡単なんだよ!」


 ジニアが自分とエリカへ重力を向ける。

 「ギギギギ……バギィィンッ!」と空間が悲鳴をあげ、重力がぶつかり合い、霧散した。


「えっ!? そんな方法あったんですか!?」

驚きの声をあげるスズラン。


「覚えておけ。重力同士をぶつければ、相殺できる」

「……覚えておきます。でも――」


 カラスは宙に浮き、ジニアとエリカを結晶で包み込む。しかしヒビが走り、「バキィインッ!」と音を立てて砕け散った。


「は?」

「えっ? にーちゃの特権が……効かない?」


 リオは目の前の光景を理解できず、ただ息を呑んだ。

(なぜ……? 一体、何をした……?)


 カラスは短く息を吐き、スズランに視線を送る。

「退くぞ」

「にーちゃがそう言うなら、仕方ないですね」


 スズランはにこっと笑い、カラスの腰に抱きつく。2人は闇に溶けるように姿を消した。


「……なんで効かなかったんだ?」

「さぁ……私たちの身体、謎すぎるわね」


 そのやり取りを、影の中からじっと見ている者がいた。――リオと瓜二つの顔をした、吸血鬼が。

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